ピンク頭とファム・ファタール
※今回少し嘔吐などの表現があります。いや毒物の種類や薬の機序を考えずに魔法か薬で一発解毒……というのが違和感があって現実的にどう解毒するか考えたら何故かこうなりました(陳謝)
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店でトイレを借りて、できるだけ音を立てないようにさっき食べたものを全部吐く。
あらかた吐けたところで懐に入れておいた水をがぶ飲みして下剤を飲んだ。
頭がぼうっとする感覚も不自然な眩しさもほとんどおさまったので、おそらく毒物はほとんど吐き出せたと思う。
念のため下の方からも出して胃腸を空っぽにしてからよく手を洗ってトイレを出た。
ご不浄を出てすぐのところに一人の若い女性が立っている。
二十代前半くらいのとても綺麗な人だ。順番待たせちゃったかな?
ものすごく気まずい思いをしながら「すみません、お先に失礼します」と声をかけると、彼女は「あら、あなた……」と呟きながら僕をじっと見つめてきた。
急がなくて大丈夫なのかな?と思いつつ相手を見返すと、なぜか胸元でぴしりとごくごく小さな音がした。驚いてお姉さんを見返すが、綺麗な人だと感じているはずなのに妙に印象が薄い。
青、赤、黄色、紫……様々な色を含んでキラキラと輝く瞳の中央に、真っ黒な瞳孔がぽかりと空いていて吸い込まれそうだ。
なんだか頭がぼうっとしかけて……
「なるほどね」
お姉さんがぼそりと呟くと急におかしな感覚が消えた。
一体何だったんだろう?何だかものすごく不吉な予感がする。
慌ててエステルのところに戻るが、彼女にはとりたてて変わったところはない。
「ヴィゴーレ、ひっど~いっせっかくのデートなのにお腹崩してあたしを一人にするなんてっすっごく寂しかったんだからねっ」
ぷぅっと頬を膨らませて文句を言ってくる。いつも通りの良くも悪くもマイペースなエステルだ。
と、いうことはさっきのお姉さんはエステルとは無関係なんだろうか?
それにしてもタイミングが良すぎる。
そういえば胸元で変な音がしていたな……と思って見てみると、なぜかタイピン型の護符にひびが入っていた。
まさか、何らかの魔術を使われていた……?必死でさっきの女性の顔を思い出そうとするが、なぜか思い出せない。
一目見たら忘れられそうにないほどの美貌だったのに、全く印象に残っていない。そのくせどこかで見た顔だと言う確信がある。
はっきりしているのは虹のように輝く瞳とぽっかり空いた黒い瞳孔のイメージだけ。どう考えてもただ者ではない。
思い出せ、いったいどんな人だった……?
ダメだ、おそらく認識阻害魔法を使われている。こんな使い手がいたなんて……
公に存在を知られていない精神操作魔法の、それも熟達した使い手が国内に存在して、王族に何事かを企んでいる。きわめて危機的な状況だ。
僕が必死でさっきの虹色の瞳の女性の事を考えていたら、ふいに手をつつかれて我に返った。
目の前の席に座ったエステルがヘソを曲げた小さな女の子みたいに頬をぷうっと膨らませ、口を思い切りとんがらせている。
本人はとびきり可愛いつもりだろうが、ただただ見苦しいだけだ。
「ちょっと、ヴィゴーレ聞いてるっ!?あたしが目の前にいるのに他の事考えてちゃダメじゃないっ」
「ごめんごめん。あんまりお腹痛かったもんだから……」
ぶんむくれるエステルは正直言って全く可愛くないが、僕が失礼な態度だったのは間違いないので慌てて謝った。
「ほんとに?他の女のこと考えてたんじゃない?」
念を押されるが、そもそも僕はエステルと婚約しているわけでも付き合っているわけでもないので、他の女性の事を考えるなと言われる筋合いはない。
……なんて、馬鹿正直に言う訳がないのだけれども。
「当たり前だろ。軽く眩暈がしただけだから、ちょっと休めばすぐおさまるよ。心配かけてごめんね」
内心の呆れや嫌悪感を押し殺して明るく笑えばエステルも深くは突っ込んでこない。
「え~っ、ヴィゴーレに目眩ってマジ似合わないっ!なんか疲れてんじゃない?」
ケラケラ笑って軽く流された。まぁ、いまさら気遣って欲しいとは思わないけどね。
さっきまでのあからさまに媚びるような態度ではなく、いつものように僕が自分の機嫌を取るのが当然と思い込んでいるような振る舞いに戻っている事に気付いて少しおかしくなった。それだけ仕込んだ薬に自信があったのだろう。
単純に薬を使えば使うほど相手が自分の思い通りになると思っているのか。
人の心はそんなに単純で安直なものではないし、薬や魔術で操ったところで相手が本当に好意を持つ訳では無いだろうに、そんな事もわからない。いや、興味が無いんだろう。
ただ、その場その場で自分がチヤホヤされて、いい気分を味わっていたいだけ。
そんな状態は長くは続かないのはいくら何でもわかっているだろうに、彼女はこれから何をどうしたいのだろう?
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