ヒロインなあたしと落ちない男
「さっきから自分のことしきりに『ヒロイン』って言ってるけど何の事?お芝居か何かの話?少なくとも現実のこの世界で、エステルが何か『
思いあがるにもほどがあるんじゃない?」
クッソムカつく事を言われてあたしはそいつをキッと睨みつけようとして、その目を見た途端に全身の血の気が引いた。
いつもの笑みを消した黄色い瞳はどこまでも澄んでいて、何もかも見透かすような鋭い光を放っている。
口元にうっすらと浮かぶのは獲物を見つけた肉食獣のような、感情の籠らない冷たい笑みで、いつものヘラヘラとした明るい笑顔とは全く違う。
ぞくりとするほど恐ろしいのに、どうしようもなく惹きつけられる。高温の炎のような、抜き身の日本刀みたいな、どこか危険で感情を伴わない美しさ。
こいつは、いったい誰……?
「この世界はあたしが幸せになるためにあるのっ!!あたし以外はみんな攻略対象者か悪役かモブっ!!
全部ぜんぶあたしを幸せにするか引き立てるかのどっちかしかないのっ!!
攻略対象者って言ってもいっちばん格下のオマエなんかがあたしに逆らうとかあり得ないんだからっ!!」
いつものヘラヘラした姿とは別人のような表情を見せたヴィゴーレを怖いと思ってしまったあたしは、とにかくこっちの方が上なんだとわからせようと必死になって叫んだ。
でも、あたしは当たり前のことを当たり前に言ってるだけなのに、何を言っても納得しない。だからバカは嫌いなんだ。
あたしはヒロイン、この世界の誰よりも上なの。お前ごときが逆らって良い相手じゃないんだ!!
それなのにどうして黙っているだけなのっ!?
何の感情も映さない透き通った視線があたしの心を直接射抜くように見つめている。
どうしようもなく怖いのに、どうしようもなく美しい。
「ちょっとっ!!ちゃんと聞いてるのっ!?このクズ脳筋が、底辺のくせに生意気なんだよっ!!」
いっくら力の限りに叫んでも、鋭い、刺すような冷たい瞳が何もかも見透かしたようにあたしを見つめているだけ。
膝ががくがく震えはじめる。
怖い怖い怖い怖いこわいこわい……
「うぜえんだよ、この脳筋が!!いっつもイイ子ぶってクッソつまんねぇ説教しやがって……っ
勉強手伝おうかとか、遅くまで遊び歩くなとか、マジいらねー!! 大きなお世話なんだよ……っ!!
攻略対象者って言ってもいっちばん格下のオマエなんかがあたしに逆らうとかあり得ないんだからっ!!」
あたしの方がコイツより上。
こわくなんかないこわくなんかないあたしはこわがってなんかいない……
あたしはヤツが自分の身の程をわきまえて屈服するまで、ひたすら罵り叫び続けた。
どのくらい経っただろう。
喉が痛くなるまで叫び続けるあたしを冷たい目でただ眺めていた脳筋が、ふいにいつも通りのヘラっとした笑顔になって軽い口調でこう言った。
「ごめん、本気で怒らせちゃったみたいだね? べつに馬鹿にするつもりじゃなくて、本当にわからなかったから訊いただけなんだ。
結局、ヒロインって何なのか全然わからなかったけど、もういいや。変な事きいちゃってごめんね」
やった。あたしの勝ちだ。
あたしの方がコイツより上なんだ……っ!!ついにこいつも認めたんだ!!
そう、信じられたらどんなに良かっただろう。
でも本当は違う。コイツは何を言っても無駄だと思って、あたしを見限りやがったんだ。どうでもいい存在として、斬り捨てやがったんだ。
この世界のたった一人のヒロインのあたしを。
ナメやがって……ムカつくムカつくムカつくっ!!
……でも、ここでおさめなければコイツは完全に敵に回る。脳筋がちらりと周囲に目をやった。
いつの間にかあたしたちの周りに人が集まっていてヒソヒソ言っている。
「なにあの子めっちゃ怖い」
「あれ王立学園の制服だよね?」
「まさか。あんな野蛮で頭悪い子が貴族なわけないでしょ」
無数の白い視線が突き刺さる。
……ただの背景の分際でこのヒロインのあたしに何言ってんの……?
一人一人に自分の立場を言い聞かせて思い知らせてやりたい気分だけど、今それをやったらただでさえ下がってるはずの脳筋の好感度が間違いなくどこまでも下がる。このままじゃ確実に攻略失敗だ。
ただでさえ難しいハーレムエンドを迎えるのが絶望的になる。
とにかく機嫌を取って、なんとかして好感度を取り戻さないと。あたしは即座にさいっこうにカワイイ超絶美少女の顔を作って、腕に抱きついてあげた。
自慢の胸をしっかり押し付ける事も忘れない。大きすぎず、形が良くて、ちょうど掌のなかにすっぽりおさまる自慢の胸。
悪役令嬢みたいにでっかいとすぐ垂れるし、カッコ悪いし、手からあふれて揉みにくい。
男にとっては、S〇Xするときはあたしくらいの胸が一番いいんだって。ベッドの中でみんな言っていた。
「やだな~わかってくれればいいんだよっ!もう二度と変な事言わないでねっ!!
今日はヴィゴーレのくせにいっぱいヤダな気分にさせたんだから、いっぱいいっぱい埋め合わせしないと許さないからねっ!!」
叫びすぎてちょっと喉が痛いけど、我慢してあっま~い声をつくってあげる。急いで蜜を与えて好感度を上げないと……
「本当にごめんね。そろそろ戻って夕方の任務につかなきゃいけない時間だから。明日ちゃんと埋め合わせはするよ」
「ほんとにっ?なんかつまんない物を贈るだけで誤魔化そうとしたら絶対に許さないんだからっ!!」
「うん。期待しててね」
あたしが何かする前に、ヤツはあたしをやんわり引き離すと、いつも通りにニヘラっと軽く笑って去って行った。
くるりと踵を返してこちらには見向きもしない背中で、ただ赤い三つ編みがゆらゆらと揺れている。
「あの人なんであんな子の言いなりなんだろう」
「絶対趣味悪いよね」
野次馬たちの無責任な言葉がムカつくけど、とても反論する気にはなれない。
趣味悪いってなんだよ。
だいたい、あいつ全然言いなりになってないじゃん。むしろあたしの事全然相手にしていない。
いちいちまともにさとすのが面倒だから、適当にあしらってるだけじゃない。
攻略対象者なんだから、本当はヒロインのあたしの言うことは何でも聞かなきゃダメなのに。
ああ、どうしよう。ちゃんと攻略済みだったはずなのに。
コイツのせいでハーレムエンドが迎えられなくなりそうだ。
明日は勝負に出なくっちゃ。
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