ピンク頭と秘密捜査
エステルと別れた僕は一目散に連隊本部に帰って上官にさっきの事を報告した。
そのままパラクセノス師の研究室に赴き、
「とりあえずこれでも飲んで落ち着け。大変だったのはよくわかった。
なんというか……新種のモンスターにでも遭遇したみたいで災難だったな」
「一応、記録球に撮影もしてありますがご覧になりますか? 途中からなので申し訳ありませんが」
「それはありがたい。見せてもらおう」
先ほど撮影した記録球を取り出して再生を始める。
ちょうど例の『蜜』について訊きはじめたあたりからだ。
『なんかすっごく気持ちイくなるよねっ!!』
実に頭の悪いそうなセリフで何度聞いていても頭が痛くなるが、魔術師団長は気になることがあったらしい。
「どうも、この女は精神に作用がある薬だとは知っているが、それが危険なものだという自覚がなさそうだな。それに目つきが少しおかしい」
ああ、確かになんか変ですよね。すぐ目が血走ったりするし上機嫌な時とキレてる時の落差が激しすぎるし。
「
『酷いっ!! ヴィゴーレあたしがせっかく作ってあげたクッキー嫌いなのっ!? あたしのこと大事じゃないんだっ!?』
「ほら、ここ瞳孔が開いてるだろう。だから異様に目がギラついてるように見えるんだ」
「やはり散瞳が起きてますね。となると、この異常な興奮状態は
「だろうな。死亡事故が相次いだから禁止されたはずなんだけどな」
魔術師団長の言葉にパラクセノス先生が補足してくれる。
確かに、さっきのエステルの興奮ぶりは異常すぎだ。
「
「あの女が作ったと言うクッキーからも似たような成分のものが出てきたぞ」
「『蜜』と言っていたし、お前も言っていたように天人朝顔の花の蜜だろう。クッキーから花粉の成分が検出された。
あれは全草に猛毒があるんだが、花が美しい上に独特の甘い香りのせいでうまそうに見えるんだ」
うわぁ……やっぱりヤバイもの入ってた。
「あんなヤバイ花の蜜なんて普通に手に入るんですか?種子とか葉を悪用した例は見聞きした事がありますが……」
「そんなわけなかろう。そもそも検出された花粉は一種類。意図的にその花だけの蜂蜜を作ったという事だ。
まともな人間のすることじゃない」
「このやり取りを見る限り、この女は自力で何らかの陰謀を企めるほど頭の回る人間じゃない。こいつの愚かさや肥大化した承認欲求に目を付けた誰かにそそのかされて、ただの惚れ薬だと思って使ってるんだろう」
「そいつがこの件の黒幕ってことですね」
「間違いないな」
エステルはそいつに利用されて、自らも薬漬けにされながら高位貴族令息たちに薬物を盛り続けているわけか。
誰が、いったい何のために?
薬物の入手元であるだろう疑いが濃厚な月虹亭には、当然のことながら捜査の手が入ることとなった。
とはいえ、店に入ったはずのエステルがいきなり姿を消して、次に現れた時には件の蜜を抱えていたのだ。普通に捜査したところで何も見つけることはできないだろう。
地道に張り込んで怪しい客が来ないかどうか見張りつつ、転移魔法が使われていないか観測するしかなさそうだ。
僕は顔を知られてしまっているので張り込みには参加せず、数日おきに客として店を訪れる事に。
店員さんには「どれだけ貢がされてるんだ」って思われそうだが、警戒されて逃げられるよりはましだろう。
とりあえず今日のところは張り込み役の先輩方と打ち合わせをして、明日はいつも通り登校する予定だ。放課後のエステルとの買い出しも予定通り行うとのことで、正直気が重い。
昨日の様子ではちょっとしたことで機嫌を損ねて街中で大騒ぎしそうだ。
彼女自身が麻薬の類に手を出していると言われると納得が行くくらい、尋常ではない情緒不安定さだった。
想像するだに頭が痛いが……これも黒幕の尻尾をつかむためなんだ。
先輩方の頑張りを無駄にしないためにも気を引き締めてうまく立ち回らなければ。
帰宅して、自室でふと鞄を見て今日買ったペーパーウェイトの包みが入ったままであることに気付いた。
色々あってすっかり忘れていたけど、明日アハシュロス公女に渡しに行こう。
そう思ったら少しだけ胸のあたりが温かくなって、重く張りつめていた気持ちが楽になった。
明日は間違いなく大変な一日になりそうだ。今日はしっかり休んで、英気を養わなければ。
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