ピンク頭と作戦会議

 今日はいよいよエステルとショッピングに行く日だ。


 朝は早めに訓練を切り上げて登校すると、まだかなり早い時間にもかかわらずアマストーレ嬢が登校してきた。仲良しのジェーン・ドゥ子爵令嬢も一緒だ。


「ごきげんよう、ポテスタース卿。今日も朝から鍛錬ですか?」


 幸い、あちらから気付いて声をかけて下さったので、今のうちにクラヴァットのお礼をお渡ししてしまおう。


「おはようございます、アハシュロス公爵令嬢。少しだけお時間よろしいでしょうか?」


「よろしくてよ。ジェーンが一緒でも?」


「もちろんです。先日素敵なものをいただいたので、お礼をお渡ししたくて。

 こちら、お気に召すかわかりませんが使っていただけますか?」


 なぜかドゥ令嬢がやけにニコニコしているのが気になるけど、昨日買った文鎮を渡すことができてよかった。エステルが登校した後だとまた騒がれかねないから。


「あれはお礼として差し上げたのだからお返しなんてよかったのに……喜んでいただきますわ。今開けても?」


「ええ、どうぞ」


 さっそく中を確認してくれた。


「あら素敵、大事に使いますね。ありがとうございます」


 どうやら気に入ってくれたようだ。公女たちと別れた僕は、先ほど目にした彼女の花がほころぶような笑顔を思い出して、ちょっと温かい気分で教室に向かった。


 そして何事もなく訪れたお昼休み。弁当を中庭で食べようといそいそと教室を出かけたら、コニーに呼び止められた。


「昼食なんだが、たまには一緒に食わんか」


 目の下にくっきり隈の浮かぶ顔に真剣な目をして言われれば、否やと言えるはずもなく。そのままパラクセノス先生の研究室まで連行された。


 研究室に入ると、先生の他に魔術師団長とオピニオーネ嬢が長机の前に座っていて、弁当を広げている。あ~これは会食という名目の会議ですね?わかります。


 僕たちが席に着くと、改めて魔術師団長から挨拶があった。


「今日は呼び立ててすまない。ここ数日、色々な事実が判明したので情報を共有したい。特にあの女と行動することの多いポテスタースにはしっかり状況を把握しておいてもらわんと困る」


 ……確かに今日も一緒に出掛けますしね。危ないアイテムとか持ってそうならあらかじめわかってた方が対処できます。


「はい。僕も今日エステルと出かける前にいろいろと伺っておきたい事があったので助かります」


「そう言ってくれると助かる。ああ、昼休みは時間に限りがあるので弁当を食べながら聞いてくれてかまわない」


 お言葉に甘えてコニーと並んで弁当を広げる。騎士としてのお仕事もある僕の弁当は文官志望の彼の倍くらいあるのは内緒だ。


「まず、件の月虹亭だが……女性騎士が私服で入ってみた限りではごく普通の小さな雑貨屋だった。いかにも若い娘が好きそうな安くてキラキラしたものを扱う店で、特にあやしい品物もなかったそうだ。」


「はい、僕が入った時もそうでした。ただ、エステルがあの店に入ったあとしばらく姿を消していて、いつの間にか店内に現れたのは確かです。

 そし現れた時には、入った時に持っていなかった紙袋を抱えていました。本人は特に危ないものと思っていないようで、それが『蜜』だとあっさり認めました」


「うむ、あの娘があの店で何か購入したのは監視役の騎士も確認しているので間違いなかろう。いったいどういう仕掛けになっているのか……」


「空間転移魔法を使った形跡もないので、店内のどこかに空間の歪みでもあるのでは?」


 みんな猛烈な勢いで食べながら活発に議論していく。

 これまでに提出した記録球も要所要所だけを編集したものを早送りで確認した。


「エステルは、彼女は例の『蜜』を人に摂取させることに固執しているように見えます。他者を自分に都合よく動かす薬だと認識しているが、それが危険な向精神薬という理解はできないようです。薬品で他人の意識や感情を動かすことがいかに危険か理解できないのでしょう」


「確かにそんな感じですわね。みんなが自分の言う事を聞くのが当たり前。そうでないとおかしいから便利な物を使って正してるだけ、みたいな」


「だから思い通りにならないと、ものすごく不当に扱われたって顔で被害者アピールするのか。誰もが自分の思い通りになるのがこの世界のあるべき姿だと思っているから」


 うわぁ……どんだけ傲慢なんだ。でも、それが彼女の言う「ヒロイン」なんだろうな。


「昨日の彼女は、僕が彼女の思い通りにならない事に尋常ではない怒りと焦りを覚えていました。もしかすると他にも何かマジックアイテムなどを使ってくるかもしれません。

 何か精神操作系の魔法に対抗できるアイテムがあれば貸し出しをお願いします。あと、例の毒物の解毒薬も。できれば即効性のあるやつでお願いします」


「……即効性のある特効薬があるにはある。ただ、中枢神経に直接作用する薬なので使い方が難しい。量を間違えばあっさり死ぬぞ」


 うわ、やっぱりそんなのしかありませんか。たしか拮抗作用があるから作用を打ち消しあうんだったっけ。南方の国でとれる特殊な豆から作る薬品だったはず。


「気休めだがゴボウと活性炭食うといいぞ。毒素を吸着してくれるんだ。それと下剤な。吸収される前に体外に出してしまうのが一番効果的な治療とされている」


「ゴボウはともかく活性炭って飯屋で出してもらえるんすか?」


「腹壊してることにしてトイレで喰えば?」


 ……先生、他人事だと思って面白がってますよね?


「後はとにかく水を飲むこと。毒物が混入したものが胃から腸に入る前に全部吐くことができればそれが一番良い。

 吐くつもりなら牛乳か果実ジュースを飲んでおくのも、毒の成分を吸着できて良いぞ」


「うぅ……覚えておきます」


 思い切り嫌そうな顔になったけど、自分の命にかかわる事なのできっちりメモをとる。いちいち取り出して見るようなヘマはしないけど、僕の場合はこうやって手を動かして書くことで大事なことを覚えておけるんだ。


「それから、向精神作用のある魔法を無効化する護符を渡しておく。君が操られてしまうとこちらの手の内が筒抜けになるからな」


 護符の存在は素直にありがたい。タイピンに偽装したもののほかに念のためカフスと小さなペンダント型も渡してくれた。

 どれか一つが壊れたりエステルに奪われたりしても他のものでなんとかなるように。


 これで今日の対策はあらかたできたと思う。大役を仰せつかった気がするけど、僕にできることを精一杯やるだけだ。

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