ピンク頭とこの世のヒロイン

 例の「蜜」について、従姉が知りたがってるからという口実で購入元をエステルに訊いてみたのだけど、はぐらかされるどころか思いっきり逆上されてかなりびっくりした。


「なんかすごい怒ってるみたいだけど、そんなに特別なものなの?」


「当たり前でしょ。これはこの世界にとって特別なヒロインの、あたしのためだけにあるものなの。そこらのモブ風情が興味持つとかありえないっ!」



 すさまじい剣幕で怒り狂ってるけど……この世界にとって特別なヒロインって自分のこと言いきっちゃうって何様のつもりだろう?妄想にしても度が過ぎる暴言の数々に、怒りを覚えるよりは呆れと嫌悪感の方が先に立つ。

 ギラギラと血走った目は不自然に瞳孔が開いていて、たしかに瞳は大きく見えるが可愛らしいというよりは気持ち悪い。

 どうやらエステル本人もアトロピン系の薬物を摂取しているようだ。


「モブ風情って……モブって『暴徒』とか『愚民の群れ』って意味だよね?エステルってうちの従姉に会ったこともないのによくそこまで馬鹿にできるね?

 伯爵令嬢相手にいくらなんでも言葉が過ぎるんじゃない?さすがにちょっと退くなあ……」


 身内をここまで愚弄されてヘラヘラ言いなりになっていたら不自然だろう。少しだけ不快感をあらわにしてみた。


 これでもかなり我慢してるのは内緒。侮辱されたから腹が立つというよりは、あの驕慢きょうまんさが生理的に受け付けない。


「はぁ?ナニわけわかんないこと言ってんの。伯爵令嬢が何よ。

 モブっていったらくっだらない脇役未満のゴミのことでしょ。生きてる意味も価値もないゴミクズ風情が、ヒロインのこのあたしのためだけに用意された特別なアイテムを欲しがるとか、ふざけんなっ!!

 この世に存在させてもらってるだけで感謝してひれ伏すのが当然でしょっ!?」


 心底見下した口調でとんでもない暴言をどこまでも重ねていく。


 目を血走らせギャンギャン吠えたてるエステルの姿は、粗暴さと幼稚さばかりが目立っていて、いつもの取り繕った可憐さは微塵も残っていない。もともと瞳は大きく見える方だけど、今日は瞳孔が完全に開いていて狂気じみた姿になっている。

 彼女が冷静になってから今の自分の姿を見たらどう思うのだろうか?


「さっきから自分のことしきりに『ヒロイン』って言ってるけど何の事?お芝居か何かの話?少なくとも現実のこの世界で、エステルが何か『英雄ヒロイン』として認められるような実績をおさめたことないし、それだけの実力もないよね。

 思いあがるにもほどがあるんじゃない?」


 いつも張り付けている軽そうな笑顔を引っ込めて、真顔で問いただしてみた。いったい「この世界のヒロイン」って何なのさ。


「ちょ……っざっけんなっ!! イージー枠の脳筋ふぜいがこのヒロインのあたしにイチャモンつけるとかあり得ないんだけどっ!?

 お前もう死ねよっ!! さっさと死ねっ!! 今すぐ死ねっ!!!」


 たぶん、自分より下に見ていた僕が冷静に非難してくるなんて想像もしていなかったんだろう。思わぬ指摘に表面を取り繕う事すらできず、地団太踏みながら口から泡を飛ばして喚き散らしているが……

 あまりに頭の悪さと品位のなさがあからさまで、腹が立つよりは憐れになってくる。


「それは答えられないって事かな?喚いてごまかそうとしても通用しないよ。ねえ、ヒロインって何の事?」



「うっさいっ!! うっさいっ!! うっさいわっ!!

 ヒロインって言ったらヒロインっ!! この世界はあたしが幸せになるためだけにあるのっ!!

 あたし以外はみんな攻略対象者か悪役かモブっ!! 全部ぜんぶあたしを幸せにするか引き立てるかのどっちかしかないのっ!!

 攻略対象者って言ってもいっちばん格下のオマエなんかがあたしに逆らうとかあり得ないんだからっ!!」


 その賤しくも惨めな、狂犬のような姿を哀れに思いながらも、更なる醜態を引き出すべく小出しに煽って小型記録球でこっそりと撮影する。

 任務とはいえ、こんなことが平気で出来てしまう僕はどこまでも外道なんだろうな。


 血走った眼をギラギラと光らせて口から泡を飛ばして喚きたてるエステルは、おとぎ話に出てくる悪鬼オーガ餓鬼グールのように醜悪だ。

 そんな彼女をこっそりと撮影しつつ、意外なほどに心が動かない自分に少し驚いた。これだけ蔑み嘲られ罵られても、腹が立ったり呆れるよりは「哀れな人だ」という感想しか湧いてこないのだ。


 もともと彼女に下に見られているのは何となくわかっていた。彼女がベッタリまとわりつくのは王太子であるクセルクス殿下をはじめとして、公爵家、侯爵家の跡取りばかり。

 それにひきかえ僕は伯爵家の三男坊で、継ぐべき爵位はない。すでに騎士としての働きで士爵を賜っているけれども一代限りで領地もない。


 もちろんこれからも精進してできる限りの事はするつもりだし、その結果もっと上の爵位を賜ることもあるかもしれないけれども、今のところは他の連中の方が将来的に高い身分になるはずだ。


 彼女としては結婚して旨味のある相手ではないので、適当にあしらいつつキープするような認識なのだろう。他の取り巻き連中と違ってすでに自分自身の収入があって、自由に使えるお金があるので擦り寄ってきているだけなのだと思う。


 そんなことが見透かされない訳もないのだけれども、なぜか取り繕えていると思い込んでいるエステルは、やっぱり惨めで憐れな人だと思う。


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