ピンク頭と秘密の蜜


「おっと。これ、落っことしそうだったよ。ずいぶん重いけど何が入ってるの?」


 僕が明日渡すためのプレゼントを買いに来たと知って飛びついてきたエステルに訊いてみた。

 まぁ、正直に答えるとは思えないけど手掛かりくらいはつかめるかもしれない。彼女が抱えていた紙袋は、持ってみた感じ大小の瓶が何本か入っているような手触りで、大きさの割には少し重い。

 そのまま話しながら店外に出る。


「えへへ~、内緒だよっ」


 ぺろっと舌を出していたずらっぽく笑うエステル。すごい、伝説の「てへぺろ」を生で拝んでしまった。

 うわ~気持ち悪い。


「あ、もしかしてさっき言ってた『秘密の蜜』ってやつ?クッキーにいつも入れてる隠し味だっけ?あれ食べるといつも不思議な感じになるんだよね」


「でしょでしょ?なんかすっごく気持ちイくなるよねっ!!」


 遠回しに「何かおかしなもの入ってない?」と訊いたつもりなんだけど、こりゃわかってないね。困ったな……

 「食べると気持ちよくなるもの」なんてかなりヤバイ薬物だって感覚ないのかな?こんな危険なものを王族に盛ったりすれば、冗談抜きで物理的に首が飛ぶんだけど……


「う~ん……まぁ、ちょっと頭がぼ~っとしちゃうから、訓練前とか遠征の時は食べられないかも」


 もう一度それとなく「それ危なそう」って伝えてみる。


「酷いっ!!ヴィゴーレあたしがせっかく作ってあげたクッキー嫌いなのっ!?

あたしのこと大事じゃないんだっ!?」


 いや一つ一つの文が全くつながってないんだけど?

 何やら涙ぐみながら「超理不尽な仕打ちを受けて傷つけられた被害者です!!」と言わんばかりの勢いで詰め寄られたけど……

 あまりに急に機嫌が悪くなるから、正直言うとちょっと怖い。

 見開いた目の瞳孔が開き気味なのが、余計にギラギラした印象になって不気味な印象だ。

 そういえばエステルって頻繁に目薬さしてるけど、あれって昔はやった瘋癲茄子ふんてんなすびの目薬かも。あれは瞳孔が開くことで瞳が大きく見えるってことで美容グッズの一つとしてすごく流行ったんだよね。でも材料が猛毒なわけだから、使いすぎると中毒を起こすわけで……事故が相次いで、今では作っている店なんてほとんどないだろう。

 まったく、どこでそんなおかしなものばかり手に入れてくるんだろう。


「そういう問題じゃなくて。食べたらふわふわした気分になっちゃうと、咄嗟の判断が大事な訓練や実戦には対応できないだろ?

 酔っぱらったまま訓練や遠征に参加する騎士がいると思う?」


「そんな……あたしがわざわざ作ってあげたクッキーをそこらのお酒と同じに扱うなんて……やっぱりヴィゴーレはあたしのことないがしろにして虐げるつもりなのねっ!?」


「そうじゃなくて。戦闘時にイイ気分でいたら、いきなり強敵に襲われた時に君を守れないだろう?それは嫌だから、剣を持つ必要があるときは控えておくよ、って話」


「ほんとに?あたしのこと蔑ろにしてるんじゃないの?」


「するわけないだろ。大事だからこそ、確実に守れるようにしたいんだ」


 ごめん、ちょっと嘘ついた。

 悪いけど、自分だけが大事にされて当然って態度を取られるたびにエステルへの評価は下方修正されているし、今は個人的に彼女を守りたいなんて気持ちは微塵も残っていない。もちろん市民である以上、警邏の僕が守るべき対象だからしかるべき時はきちんと守るけどさ。

 さすがにイラついてきたのを鈍感なエステルなりに感じ取ったのか、急に態度を変えてきた。


「えへへ、そっか。ヴィゴーレはあたしのナイトだもんね。いつでもどこでも守ってくれなくちゃダメだよね」


 ……いや僕が剣を捧げたのはこの国にであって君にじゃないけどね。

 著しくめんどくさくなったので、もう適当に機嫌を取って誤魔化してしまおう。

 このままだとアハシュロス公女に罪を着せて処刑台に送るどころか、数日中にエステル自身が処刑台送りになりかねないんだけど、理解する気がないなら仕方がない。


「まぁ、美味しいエステルのクッキーを仕事の合間に食べられないのは残念だけどね。任務がありそうな時以外は喜んでいただくよ」


 僕に任務がある可能性が全くない日って存在しないけどね。非番の日だって大捕物があれば部隊全員が総動員されることもあるし。


「……そっか。それじゃ仕方ないねっ。でも今日はヤダな気分にさせたんだから、罰としてしっかりあたしに尽くしてもらいますからっ」


「はいはい。ありがたき幸せ」


 すっごく上から目線で許してあげます宣言されたので、軽く調子を合わせながら店を後にする。もはやこんな扱いでもムカつくことすらない僕はちょっと薄情なのかもしれない。


「それにしてもその蜜どこで売ってるの?他にはない味だけど」


「だから~秘密だってぇ~」


「そっか、残念だな。従姉の姉ちゃんに訊いてこいって頼まれたんだけど諦めてもらおう」


 その瞬間、目に見えて空気が変わった気がした。エステルの眼が血走っている。

 さっきからずっと異様な雰囲気で怖かったのが、ますます気持ち悪くなった。ギラギラした欲と悪意が小さな身体からにじみ出てくるようだ。


「え?何それ超ムカつくんだけど。これはあたししか買えない特別な蜜で、あたししか使っちゃダメなのっ。その女ナニ様のつもり?

 ちゃんと身の程をわきまえるようキツ~く言っといてねっ」


「……え?」


 キンキンした声で一気にまくしたてられる。

 はぐらかされるとは思ってたけど、まさかの逆ギレ?

こう言っては悪いがエステルは男爵家の庶子で、つい最近父親に引き取られるまで貴族籍すらなかった。貴族とは名ばかりでほとんど平民と言っていい。

 対する従姉は伯爵家の嫡出子で、一応高位貴族令嬢である。

 それを完全に上から目線で「その女」呼ばわりした挙句に身の程をわきまえろって……むしろ弁えなきゃいけないのは自分の方だよね?


「なんかすごい怒ってるみたいだけど、そんなに特別なものなの?」


「当たり前でしょ。これはこの世界にとって特別なヒロインの、あたしのためだけにあるものなの。そこらのモブ風情が興味持つとかありえないっ!」


 とんでもなく不当な扱いを受けたかのように目を剥いて憤っているが、何を言ってるのか訳が分からない。どうやら自分をこの世界にとって特別な「ヒロイン」だと思い込んでいるようだが……

 興奮しすぎて口の端に涎が泡となってついていて、血走った眼と相俟ってまるで狂犬のようだ。

 とても正気とは思えない姿。この執着はいったいどこから来るんだろう??

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