ピンク頭と謎の店

 エステルが楽しく快適な学園生活を送れるよう、自分があらゆる手を尽くさなければならないとなぜか思い込んでいたオピニオーネ嬢。

 保護者でも親戚でもないにもかかわらず、あまりにもエステルの意向に忠実であろうとしてしまう彼女に違和感を覚えてエステルの手作りクッキーを口にしたことがあるかと訊ねてみると、転校してきた直後に何度か食べた事があるという。もしかするとエステルはあのクッキーを利用して相手の認識を乱し、自分の味方にならなければいけないような気になる暗示をかけていたのではなかろうか。


 それにしては半年近くクッキーを口にしていないオピニオーネ嬢にまで未だに思い込みが残っているのは不思議ではあるのだが……いずれにせよ、薬物の入手元が判明して詳しく成分を調査してみないとわからないだろう。


  そんなこんなを話し合っていると、少々乱暴に研究室のドアがノックされた。

パラクセノス師が扉を開けると、同じ部隊の先輩騎士が入ってきて声を潜めて一言。


「例の娘が一人で商業街に向かった」


 一気に緊張が走る室内。

一人で商業街に向かった、ということは僕たちに知られたくない何かを買いに行っている可能性が高い。


「潜入捜査を得意とする仲間が尾行しているが、君も早急に後を追ってほしい」


 いよいよ薬物の入手元がわかるかもしれない。僕は急先輩に頷くといで先生の元を辞して街に向かう。

 伝令に来てくれた先輩の話では、エステルは裕福な平民向けの雑貨店などが立ち並ぶ一角をうろうろしているらしい。僕はまずエステルと一緒に行ったことのある小洒落た雑貨店に向かう事にした。

 あそこでは宝石の研磨の際に出る細かな破片を軸に練りこんだ、キラキラした光沢感のあるペンをねだられたことがある。他にも真珠の粉を使った白粉など、今はやりの、平民には少し贅沢な雑貨や化粧品が所狭しと並んでいた。

 今日もあの店に向かったという確証はないが、エステルのお気に入りの雑貨店といえば他に心当たりがないのだ。


 道行く人に迷惑にならないよう気を付けながら精一杯急いで店に向かう。

 イリュリアの街は坂が多い。王宮に近い学園や官庁の立ち並ぶ界隈は海を見下ろす小高い丘にあって、西向きの長い坂を下るにつれて貴族の屋敷が立ち並ぶ貴族街、商会やブティックなどが立ち並ぶ商業街と街の様相が変わっていき、海岸に着くと正面に観光港、南に向かうと市場や花街を経て商業港に至る。北側にはやはり小高い丘があって、そちらは海外からの保養客が利用する別荘街だ。


 観光港の周りの商業街は裕福な平民の観光客向けの小洒落た店が集まっていて、エステルのお気に入りの雑貨店もその一角にある。

 店の前に着くと、ちょうど店に入っていくストロベリーブロンドの後ろ姿があった。学園の制服を着たままなので、間違いなくエステルだろう。

 ピンク色の髪はこの世界ではとても珍しく、学園在校生の中では彼女一人しかいない。行き違いにならずにすんだ幸運に感謝すると、僕は見慣れたふわふわのピンク頭を見失わないよう気を付けながら店外から様子をうかがった。


「ご苦労だったなヴォーレ。呼び立てて済まないが、俺がああいう店に入る訳にもいかん。あとは任せたぞ」


 尾行を担当していた部隊の先輩が人目につかぬよう声をかけてきた。彼の話ではエステルは他の店などには一切見向きもせず、学園からまっすぐこの店に来たらしい。

 おそらくよほど重要なものを買いに来たのだろう。

 エステルが入っていた瀟洒な雑貨店は可愛らしい花やレースでファンシーに飾り立てられていた。羽根のついたハートの上に虹がかかった看板には月虹亭と書かれている。

 可愛らしい飾り窓のついた扉を開けて入ったエステルは迷わず店の奥に踏み入った。


 僕も気づかれないよう細心の注意を払って店の前まで近寄って開いたままの扉からそっとのぞき込む。

 エステルは店内の棚のものを見る素振りもなく迷わず店の奥へと向かい……何か前方に手を伸ばして手首をひねった。まるでドアノブを回すかのように。

 いぶかしく思う間もなく、いきなりエステルの姿が消える。一体何が起こったのだろうか?


 慌てて店内に入るが、以前来た時と同じく少女趣味で、平民ばかりが集う下町の店にしては装飾過多で贅沢な、言い方は悪いが成金趣味の品が多いというだけの普通の雑貨店だった。しかしエステルの姿は影も形もない。

 店内には扉のようなものも見当たらないのに、いったどこに行ったのだろう?


「お兄さんどうしたの?何か探し物?それとも……」


 焦り気味に店内をキョロキョロと見回していると、店番の若い女性が声をかけてきた。綺麗な金色の瞳は不審そうにしかめられている。

 たしかにこの少女趣味な店に男一人で入ってくるなど珍しいだろう。しかも学園の制服姿のままだ。

 学園の生徒の大半は貴族で、このような下町の店に共も連れずにやってくるのは不自然だ。年頃の少女が集まる場所に紛れ込んだ不審者に見えているのかもしれない。もしくは店の常連客のストーカーか。


 ここで通報でもされて騒ぎになると、エステルをこっそりつけようとしていた事がバレてしまう。さて困った、どうやってごまかそう。

 僕は内心の焦りを隠してとりあえず愛想笑いを顔に貼り付けた。

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