ヒロインなあたしと乙女ゲーム

 あたしが前世の記憶を思い出し、ここがゲームの世界で自分がヒロインだという事に気付いたのは十五の頃。クソババア……じゃなかったお母さんとイリュリアの下町で暮らしている頃のことだった。

 それからあいつがやっと死んでくれて、お父さんに引き取られるまでの二年間は本当に地獄だった。


 平民の家に生まれて、しかも父親がいない。世間からは後ろ指をさされる立場だった。なぜか定期的にまとまったお金が届くから飢えるようなことはなかったけど、キレイなドレスやアクセサリーとは無縁の生活。

 お母さんはちゃんと着飾ることもせずに小さな食堂を開いてあくせく働いて、あたしのことは店の手伝いをさせながら教会でやってる平民向けの学校に通わせた。

 事あるごとに世間様に顔向けできないような真似はするな、しっかり勉強して手に職をつけろ。下らない事をゴチャゴチャほざきやがってクッソうざいったらありゃしない。

 ゲーム開始がこれほどまでに待ち遠しくなるとは思ってもみなかった。


 あたしは前世ではまだ十五にもならなかったのに、下らない事件に巻き込まれて殺されてしまった。女神さまはそれを憐れんで、あたしが生前ハマっていた乙女ゲームの世界に転生させてくれたんだ。

 誰よりもキラキラな最高のヒロインとして。


 ここはあたしが輝くための世界。ムカつくやつらが詰められて惨めな姿を晒せば晒すほどあたしの輝きが増して幸せになる。

 あたしはここで誰からも愛されてキラキラと輝いて、幸せになって……それが女神さまの力になるんだって。


 明日は攻略対象者のヴィゴーレと卒業記念パーティーで使う小物類を見立てに行く。

 正直言って連れて歩いてそこまでいい気分になれる相手じゃないけど、攻略対象者だから仕方がない。

 別に顔が悪いわけじゃない。むしろ攻略対象者だけあってそこらじゃなかなかお目にかかれないくらいにはキレイな顔をしてはいる。

 腰くらいある長~い真っ赤な髪を三つ編みにして、黄色のでっかい目とふっくらしたほっぺた。丸顔の童顔はカッコいいというよりは可愛らしい印象で、よく女の子と間違われるらしい。

 身長は低くて悪役令嬢と大差ないんだけど、髪も瞳もド派手な色で、しかも両耳にそれぞれ色もデザインも違うピアスを三つずつつけているから超目立つ。何が楽しいのかいつもニコニコ笑っててハイテンション。元気で無邪気な、いわゆるワンコ系体育会男子だ。

 元気で可愛い系の男子が好きならたまらないんだろうけど、正直に言っちゃえばワイルドな感じのイケメンが好きなあたしの好みではない。 

 派手な見た目に似合わず中身は任務と勉強でいっぱいいっぱいのクソつまんない堅物だし、攻略対象者じゃなければ相手にしないんじゃないかな。


 攻略難易度は一番低くって、あたしがちょっと「イジメられてかわいそうだけど健気にがんばる女の子」を演じて「頼りにしてるよ」って素振りを見せればあっさり落ちた。マジでチョロすぎ。

 ワガママ一杯に育った王太子のセルセと違っていちいち機嫌を取らなくてもいいから扱いはとっても楽。むしろあたしの機嫌を取るためにいつも必死で笑えるけど、それだけに一緒にいて居心地は良い。

 身分は伯爵家の三男で本人は騎士爵と、対象者の中では一番低い。ハッキリ言って格下の相手だ。こんなヤツに愛想を振りまくのももったいない。


 でも既に騎士としても働いてて自分の収入があるからか、他の対象者よりも自由になるお金がある。

 他の連中は家督を継ぐまではどーのとあんまり好きにお金を使えないみたい。なんか家令がお金の管理をしてるから自分の裁量で動かせるお小遣いは微々たるものなんだって。高位貴族なのにケチ臭いよね。


 だから買い物に行くならヴィゴーレとがいい。騎士団の仕事があるからって断られてばかりでなかなか誘えないのが残念だけど。

 まったく、イージー枠なんだからヒロインのあたしが声かけてやったら即仕事休むくらいの誠意を見せろよって思う。とにかく明日はいろいろ買わせるつもりだから今日のうちに下調べをしておこう。ただし、あのムカつくお助けキャラのオピニオーネには見つからないように。

 じゃないとまた要らないお節介で自分のお下がりを押し付けてくるから。

 アイツ、いちいち親切ぶってちょっかいかけてくるからマジでムカつく。あたしが「ものを壊された」って泣くと、セルセ達が代わりのものを買う前に自分のお下がり押し付けてくるんだよね。

 たかがお助けキャラのくせにウエメセなんだよ。何様のつもりだっての。


 だいたい貴族って一度着た服は二度と着ないんじゃないの?わざわざとっておいてリメイクして着まわしたり着れなくなったらバザーに寄付したりって、マジ貧乏くさくない?

 そんなショボいニセ貴族なんてお呼びじゃねえっての。


 せっかくヒロインに転生したのに、この世界の貴族ってみょーに世知辛いっていうか貧乏くさくって、あたしが思ってたキラキラした世界となんか違う。もっとゴージャスでハッピーな、キラキラした毎日があたしにはふさわしいのに。


 あーあ。

 早いとこハーレムエンドからの隠しキャラ登場でちゃんとヒロインっぽくなる日が来ないかな。みんなに愛されて大事にされて、ステキなものだけが溢れてるあたしの幸せ。今でもセルセとかが色々くれたりするけど、こんなんじゃ全然足りない。

 もっともっと大勢のイケメンに褒められ愛されチヤホヤされて、何でも手に入って、毎日がキラキラキラキラ輝いてるの。

 そうそう。お高くとまった貴族令嬢たちが惨めったらしく屈辱にうめいたり没落して苦しみぬく姿も見ないとね。

 女神さまは奴らが破滅して惨めになればなるほどあたしが輝く世界なんだって言ってた。まだ誰も破滅してないんだもん、頑張らなくちゃ。


 そのためにもしっかり攻略進めなきゃだね。

 今日、いろいろ下見するついでに課金アイテムも買ってこなきゃ。

 また誰かのロッカーから靴か宝石でも盗んで売りさばかなきゃお金が足りないかな?とりあえず前にオピニオーネの奴が押し付けてきたアクセサリーは全部売っちゃえ。

 セルセ達がもっといいやつ買ってくれたからもう要らないもんね。


 あたしはこれから訪れるはずの栄光の日々を思い描きながら、一人で街へと繰り出すのだった。

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