ピンク頭と強制力

「ヴィゴーレっ、ちょっといい?」


 その日の放課後、エステルに呼び止められた。


「どうしたの?」


「あのね、明日ショッピングに行けるかな?パーティーに着ていくドレスに合わせて靴が欲しいんだ」


「もちろんだよ。仕事はお休みをいただくから授業が終わったらすぐ行こう」


「ほんとっ!?あたし、ヴィゴーレと行きたいとこいっぱいあるんだっ。デート楽しみっ」


 案の定、プレゼントのおねだりだったようだ。いつもは仕事を優先する僕が、二つ返事でOKを出したのでエステルは上機嫌で飛びついてきた。

 何だかまた頭の芯がしびれるような感覚があって、思わず身震いする。

 エステルから漂う甘い香り。この香りをかぐと心拍が早くなる。

 これは胸のときめき……なんて訳はなくて、たぶん天人朝顔の香りだろう。エステルはあの花で作った香水でも使っているのだろうか?もしそうだとしたらなんと怖いもの知らずな。


「デート!?いやただの買い物だよ?殿下が誤解すると怖いから言葉には気を付けようね」


「え~ヴィゴーレびびってんの?ちょっとした言葉のアヤだって。いちいち真面目だな~」


 危険を感じて身を離しつつ、冗談めかしてエステルの言葉を訂正する。

 本人はサービスしているつもりなんだろうけど、僕はちっとも嬉しくない。それよりも浮かれた言葉のせいで殿下やその取り巻きに逆上されてはたまらない。


「ただの冗談ならいいけど。明日は教室まで迎えに行けばいいかな?」


「うんっ!!楽しみにしてるねっ!!それじゃ訓練がんばってっ!!」


 ぶんぶんと手を振るエステルと別れて連隊本部に向かう。

 念のためエステルが危険な薬物を使っている可能性が高いことを上司に説明して、明日エステルと買い物に行くが、もしかすると薬物の入手元にたどり着けるかもしれないので尾行してほしい旨をお願いした。

 上司たちは快く引き受けてくれて、当日は潜入捜査の経験が豊富な先輩がこっそりついてきてくれるよう、すぐに手はずを整えてくれた。

 うちの部隊は組織犯罪対策を専門としている。こうした尾行や潜入捜査はお手のものだ。


 それから一足先にパラクセノス師の研究室に向かい、成分から薬物の入手元が割り出せないか訊いてみたが、さすがに無理だそうだ。

 我が国きっての天才パラクセノス師でも無理なら、他の誰がやっても無理だろう。成分から入手元を割り出すのは諦めるほかはない。


 ついでに昨日は薬品騒ぎで確認しそこなった記録球を一緒に見る。

 ダンスホール前の大階段と校舎裏は何もなかったが、ロッカールームでまた自分のダンスシューズを壊しているエステルが映っていた。

 昨日オピニオーネ嬢があまり元気がないように見えたのはこのせいか。懲りないなぁ……教室でもペンを自分で踏んで割っていた。

 こりゃ明日のおねだりが怖いな。


 パラクセノス師の研究室で昨日の記録球を確認しながらコニーたちを待っていると、先にオピニオーネ嬢がやってきた。

 エステルが自分で靴や文房具を壊していた話をすると、オピニオーネ嬢の表情が目に見えて曇る。


「もしかして、あれもオピニオーネ嬢が融通したものだったりする?」


「恥ずかしながら……きっとドレス同様、エステルさんのお眼鏡にはかなわなかったのでしょうね。もっと流行の先端の、華やかなものをお渡しすべきでした」


「いやそれ以前にオピニオーネ嬢がエステルの満足するようなものを全部用意しなきゃいけない義理ってどこにもないでしょう?もう使わなくなったものを譲ってあげてるだけでも相当な親切なんですから」


「……言われてみればそうですわね」


 言われてみるまで気付かなかったんかいっ。いやまぁ、お人好しのこの人らしいけど。

 本当にイジメで服や文具を壊されたとしても、代わりのものをオピニオーネ嬢が用意しなければならない義理はどこにもない。融通してもらったならそれだけで相当な親切であって、それに感謝するどころか不満ばかり見つけ出しては逆恨みするのは筋違いにもほどがあるのだ。


「だいたい、本当にイジメでもの壊されたり破かれたりしたことあるのかな?少なくとも僕たちが記録球しかけてからは自分でやってるとこしか見てませんよね」


「それもそうですね。何故でしょう、エステルさんが『ひどいわっ』て訴えてこられると全て本当の事に思えてしまって、一刻も早くわたくしが何とかしなければと、それだけで頭がいっぱいになってしまうのです」


「ああ……あの勢いだから……」


 自分の思い通りになると全く疑っていない態度で言い募られると、素直なこの人なら流されてしまいかねない。


「それだけではありません。わたくしがどうしてもエステルさんが楽しく快適な学園生活を送れるようにしなければならないと思い込んでいて、エステルさんに頼まれると全て言うことを聞かねばらならない気がしてしまっていたのです」


「それはちょっと……」


 さすがに度が過ぎるというか、筋が違うような。


「ええ、よく考えればそれはエステルさんの保護者か学園のすべきことですよね。なぜわたくし自身の義務のように思い込んでしまっていたのかしら……」


 オピニオーネ嬢はエステルの家族でも保護者でもないのに不思議なことだ。


「もしかしてパブリカ嬢もエステルの作ったクッキー食べた事ある? あれ食べると頭がぼーっとするだけじゃなくて、エステルの言う事なんでも聞かなきゃって気分になったりしたんですが」


「そういえば彼女が転入してすぐ何度かいただきました。最近はいただいていませんが……」


 やっぱり手作りクッキーに入ってる薬物で洗脳されたのかな?

 いくらオピニオーネ嬢がお人好しとしても、ここまでエステルの希望を叶えなければならないと思い込んでいたのはちょっと不自然すぎる。まるで何かに強制されているみたい。


 何とも不気味なものを感じて僕は身震いした。

 まだ被害者があまり出てないからいいようなものだけど……この薬物、蔓延したら大変なことになりそうだ。

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