ピンク頭と毒の正体
今までエステルを盲目的に信じてしまったことへの反省と、真相究明のための決意を新たにした僕とオピニオーネ嬢。
コニーの仕事が一段落つく頃まで校内をこっそり見回ることにした。エステルが「被害に遭った」と称する場所をもう一度見回って、何か気付いたことがないか探すのだ。
「パブリカ嬢はエステルからどんな話を聞いてるんですか?」
「教室でノートや教科書を破かれたり、ロッカールームにあったドレス実技用のドレスを破かれたり……」
「それは僕も聞いたことがあるな。……どうやら自演も多そうだけど」
「……そうですわね……」
いかん。落ち込ませてしまった。
「他には?僕は階段から落とされそうになったとか、体操服がなくなった、くらいかな? あ、あと囲まれて口々に嫌味を言われたって」
「わたくしは中庭の噴水に突き落とされたとか、水をかけられたとうかがいましたわ。夏の終わりごろでしたかしら? ものすごく暑かった記憶がございますから。最近は聞きませんわね」
……それ、自分で水かぶって涼んでただけなんじゃ……?
「おや、今日は早いな」
ちょうど中庭を通りがかったところでパラクセノス師にばったりと会った。
「先生、ちょうどいいところに」
僕は教わったばかりの伝説の#情報伝達呪文__かくかくしかじか__#を使い、昨日の夕食時の事を伝えた。
「なるほど。随分なお食事会だったようだな、ご苦労様だった」
どうやらお食事会でのいたたまれない様子までしっかり伝わったらしい。本当にすごいなこの呪文。
情報を共有したい人が同時に同じものを見たり聞いたりして認識し、その共通する知覚から表層意識を共有して、そこから情報を共有すると言うしくみ。
ものすごく便利な魔法なんだけど、消費する魔力量はごくわずか。
そのかわり、表層意識の同期と正確な魔力操作が難しいので便利なわりに普及していない術式だ。ちなみにお互いに信頼関係がある相手ほど共有できる情報もより詳しくなる。文字通り、以心伝心という訳だ。
「それにしても、そのクッキーとやらは放置しておけんな。さっそく分析するので今持っていたら渡してくれ」
ちょうどクッキーはこれから先生に分析をお願いに行くつもりだったので懐に入っている。いそいそとお渡しして、先生の分析結果を待つことにした。
「そうそう。昨日言ってたタイマー式の記録球、試作品ができているから後で取りに来い」
うわ、もうできたの? 持つべきものは有能でお人好しの師である。
先生と別れたあと、オピニオーネ嬢とあらかた校舎を見回ったが特に変わったこともなく、ちょうど良い時間になったので生徒会室に向かった。相変わらず疲労困憊した様子のコニーと合流して先生の研究室につくと、先生は開口一番におっしゃった。
「おう、クッキーに入ってた薬物だが、だいたいわかったぞ」
え?先生、仕事早すぎでしょ。まだ二時間くらいしか経ってませんよね?
「もう種類がわかったなんて、さすが天才の誉れ高い先生ですわ」
「まぁ、似たような毒はいくつかあるから完全に特定できたわけじゃないけどな」
それでも十分すごいです。
「クッキー?毒?何の話ですか?」
一人話についていけないコニーに先生が伝説の呪文を使った。
「エステルのクッキーにそんなものが!? 俺も差し入れで何度も貰って食べてしまってましたよ」
「実は私もなんだ。それでさっきポテスタース君に聞いて慌てて分析してみたんだよ」
なるほど。自分の命もかかってりゃ仕事も早くなるわけだ。
「それで、どうだったんです?」
「以前、このクッキーを食べたあとでやたらと胸がドキドキしたりまぶしく感じる気がしたんだ。そこでゴボウとすりつぶしてメタノールに溶かし、それをこのクロマトグラフィーで成分を分析したところ、アトロピンとスコポラミンが検出できたというわけだ」
「あ~、やっぱり
ごく微量を媚薬として使う犯罪者もいるようだが、量を誤ると呼吸困難などを起こして死に至る危険な毒物だ。
最近は天人朝顔の種を女性の食べ物に混入して意識を混濁させ、せん妄状態になったところに暗示をかけて言いなりにさせてしまう性犯罪が立て続けに起こり、担当部署が取り締まりに苦心している。
「いや、花粉が検出されたから蜜だなこれは」
「密はいかんでしょう、密は」
「いやそれ字が違うから」
「えっと……アトロピンとスコポラミンとは何でしょう?……というかなんでゴボウ??」
話についていけなかったオピニオーネ嬢が目を白黒させながら訊いてきた。
「ゴボウについては岡山県環境保健センターの山辺先生に聞いてくれ。
アトロピンもスコポラミンも、天人朝顔や瘋癲茄子に含まれる有毒物質だな。少量だと手術用の麻酔などにも使われるが、扱いが難しく量を間違えると死に至る。
軽い中毒でも
「……よくわからない上にツッコミどころだらけなのはわたくしの気のせいですかしら?」
「早い話が脈が速くなって心臓がドキドキしているように感じたり、瞳孔が開いたせいでまぶしく感じたりするんだ。
あと現実と区別がつかないような空耳とか幻覚とかが起きる」
「エステル君が致死量などを分かったうえで使っていたとは思えないからな。一歩間違えば大惨事だ」
うわ、ひどい中毒になってなかった僕かなりラッキーだった。
もう岡山ってどこ?とか山辺先生って誰?とか、そんなツッコミは三光年ほど彼方にほっといて大した中毒や後遺症がなかったことに安堵する僕。
もちろん三光年ってナニ?ってツッコミは聞かないよ?
それにしても、天人朝顔の蜜とはね。
根や葉、種とは違って特定の植物の蜜だけで蜂蜜を作るならそれなりの技術と手間が必要だろう。
エステルはいったいどこでどうやってこんなものを手に入れたんだろう?
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