ピンク頭と反省と決意

 なんとも頭の痛い食事会の翌日、幸いなことに何事もなかったので放課後はすぐに連隊本部に戻った。

 エステルが殿下に何か薬などを使って洗脳じみたことをしているなら、事態は深刻である。一刻も早く真相を明らかにする必要があるため、事情をお話してしばらく訓練への参加を免除してもらえないか小隊長に申し出てみた。


 幸いなことに魔術師団長があらかじめ話を通してくれていたらしく、小隊長もその上の中隊長も嫌な顔ひとつせずに「これはお前にしかできない役割だからしっかり頑張れよ」との激励をいただいた。「くれぐれも無茶はするなよ」といういたわりも。

 上司からの信頼が胸に迫り、実に身が引き締まる思いである。

 近衛の先輩方もわざわざうちの連隊を訪れて、「昨日は護衛を代わってくれてありがとな。隠れて護衛すると距離があるから万が一の時は間に合わない可能性があって気が気じゃなかったんだ」と声をかけて下さった。その上で「真相究明のために頑張れよ」と励まされたので、僕としてはやる気がむくむくと上昇している。


 僕自身は情けないほどに未熟だが、上司や先輩方にはとても恵まれていると思う。皆さんの期待を裏切らないためにも、及ばずながら事実の解明につとめ、殿下や上位貴族に対する何らかの企みがあるならば一刻も早く阻止せねば。


 実のところ、僕はエステル自身は国家転覆や戦争勃発などといった大それたことを考えられるような器ではなく、ただ単に殿下や高位貴族の側近たちと結ばれてお姫様扱いされる身分になりたいだけなのだと思っている。

 しかし、昨日の薬物が入っていると思しきクッキーの事を考えると背後にもっと厄介なものが潜んでいるような気がする。良くも悪くも素直で欲深い彼女をうまく煽って操っているのだろう。

 小さなクッキーを一つ口にしただけで思考がぼんやりしてしまうほどの薬物だ。ごく普通の男爵令嬢が簡単に用意できるようなものではない。

 そして、一般教養科の授業ですらついていけない程度の彼女の知的能力では、あの毒物をどんなものなのか理解した上で、目的に応じて使いこなすことなど到底できないだろう。


 という事は、エステル自身ではなくその薬物を用意した人物が、王族を薬で操ってこの国を意のままにしようとしているのかもしれない。もちろん、逆に薬物で思考力を落とした殿下に大きな失態を犯させて、失脚させようと目論んでいる可能性もある。

 それ以前に、ダルマチア王族と縁戚のアハシュロス公女にシュチパリア王族が危害を加えれば国際問題になり、戦争は避けられないだろう。下手をするとこのあたりの小国全てを巻き込んだ泥沼の民族紛争だって起こせてしまうかも知れない。

 とにかく慎重に行動して事実を見極めなければ。


 上司や先輩方に激励されてやる気マックスの僕はコニーの元に向かおうとして……彼は生徒会の雑務に忙殺されている時間であることを思い出し、新聞部に向かった。


 オピニオーネ嬢はもう自分の担当の記録球を回収して新しいものに交換し、内容を確認したらしい。また気になるものが映っていたそうで、表情が曇りがちだ。


「わたくし、ずっとエステルさんのいう事を鵜呑みにして、力になって差し上げねばと躍起になっておりましたが……もっと冷静に他の方からのお話もよく伺ってから判断して行動すべきでしたわ。

 市民の皆さんに事実をわかりやすく伝える記者になりたいと思っていたのに、悪意ある人物に踊らされてひどいデマを流していたなんてお恥ずかしい限りです。もっと物事を公平に見られるようにならねば、記者どころかまっとうな大人になれません」


 この人、ちょっと単純で流されやすいけれども、素直で善良な好い人なんだよね。まっとうな人に囲まれていれば面倒見が良く働き者の、気の良いご令嬢なのだ。


「僕だって同じですよ。国民の盾となるべき現役の騎士なのに、一方の言い分だけを信じてしまい、何の罪もない人を極悪人だと思い込んでいたんだ。このままではとんでもない冤罪を生み出すところでした。

 それだけじゃない。

 アハシュロス公女のお母様はお隣のダルマチア王妃の従姉です。そんな公女を衆人環視のもとで辱めてしまえば、ことの真偽はどうあれ国際問題になるのは間違いありません。規模の大小はともかく、放置すれば戦争になりかねないところでした。

 オピニオーネ嬢が調査に協力してくれたおかげで真実がわかって、問題を事前に阻止できそうです。本当にありがとう」


「わたくし、お役に立てているんでしょうか?」


「もちろんです!僕たちが思っていたよりも事態は深刻かもしれない。もしかするとエステルだけの問題ではなく、背後にもっと悪質なものがいる恐れまであります。

 これからも事実の調査と、最悪の事態を防ぐため、ご協力をお願いできますか?」


 少しだけ表情を明るくしたオピニオーネに改めて協力をお願いした。


「もちろんですわ。わたくしが噂を広めて名誉を傷つけてしまったアハシュロス公女のためにも、できる限りのことをさせてください」


僕たちは真相解明のため、決意を新たにしたのであった。

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