ピンク頭とおかしなお菓子

「そろそろ卒業だね。みんなとこうして過ごせるのもあとちょっとだと思うとあたし寂しいっ」


「何を言うか。卒業してからも我々は永遠にずっと一緒だぞ」


「そうですよ。私たちの友情は永遠です」


「貴女なしの人生なんてもうあり得ない。

いつまでも貴女を見守らせてください」


「みんな……うれしいっ。でもね、あたし、このままじゃ公爵家に消されちゃうかも……

 だって、アマストーレ様をさしおいてセルセに愛されちゃってるんだもの……」


 エステルはいかにも不安そうに涙ぐんでは悄然とうなだれて見せる。僕にはこっそり目薬さしてたの見えてたけどね。


「最近コニーやマイヒャも冷たいし……あたし、このままで大丈夫かなぁ……」


 いかにも心細そうに言う彼女をたまらなく愛おしく感じてしまっている自分と、それを「その愛おしいという感情は本当に自分自身のものだろうか」と冷めた目で見ている自分を感じながら、僕はエステルにどんな態度で接するべきか頭を悩ませていた。


 今の状況は明らかにおかしい。

 強いて言えば調子に乗って酒を飲みすぎた時のように、妙に気分が昂って異様な多幸感を覚えるくせに、ちょっとした事が癇に障ってイラついたりもする。

 心臓の動悸も激しいし、視界も妙にまぶしくてちらついている。


「大丈夫だ、我々がみんなでエステルを守るぞ」


「卒業記念パーティーがアハシュロス公女の最期の舞台です。あの女の悪行を衆人環視のもとであばき、処刑台へと送ってしまいましょう」


「みんな、ありがとう……」


 そんな白々しい芝居を横目に、そういえばしばらく前に逮捕した性犯罪者のグループが使ってた薬にもこんな作用がなかったっけ?と思い起こしていた。

 知り合った女性に薬を飲ませ、意識が朦朧としたところで性的な関係を持つ。

それをネタに脅して金品を奪ったり、娼館に売り飛ばしていた悪質な性犯罪者どもだ。

 面倒なのは、この薬物を使ってせん妄状態に陥っている時はとても暗示にかかりやすい状態になり、被害者が自ら言いなりになってしまうのだ。


 奴らが使っていた薬を服用した時に起きるのが、散瞳といって瞳孔が開いて視界が眩しく感じる症状や、動悸、唾液などの分泌物の抑制だった。

 そのうち幻聴が聞こえてくると暗示にかかりやすくなり、耳元で囁かれた言葉に知らず知らずのうちに従ってしまうのだ。


 それをふまえてよく観察してみると、他の側近候補たちの様子も何となく変な気がする。

 なんだかみんな酔っぱらったようにいい気分で、陽気に盛り上がってるくせに妙に不安定で興奮しやすい。それに聞き間違いや空耳がやけに多い。

 そしてエステルの無茶苦茶な言葉に疑うことなく頷いて、呆れるほどに言いなりになっている。


 ああくそっ、どうにも思考がふわふわ逃げて行って何かがつかめそうなのに考えがまとまらない。むやみにあたりがまぶしいし、心臓がバクバク言っていておちつかない。口の中が異様に乾いてねばついているように感じる。

 ああ、やぱりこれはアレの初期症状だ。


 あまり使いたくない手段ではあるが、肝機能を亢進させて早めに分解するようにしなければ。他の人に気付かれないよう、こっそり自分に身体操作魔法をかけて肝臓の機能を強化させると、薬物の影響とおぼしき症状が弱まってくるのと同時に強烈な眠気が襲ってくる。

 体力のほとんどを肝臓に回して解毒している分、身体の他の臓器にまわるエネルギーが足りなくなっているのだ。


「ヴィゴーレ、さっきから静かだけど大丈夫っ?もっとクッキー食べる?」


「ごめんごめん、ちょっと疲れてるだけだから全然平気。今日も訓練きつくてさ、ものすごく眠いんだ。そろそろ料理も来るんじゃないかな?」


 ちょうど良いタイミングで料理が運ばれてきてほっとする。

 これ以上あのクッキーを食べさせられたらどうなるかわかったもんじゃない。今までよく平気だったな、僕。

 ……いや気付いてなかっただけでかなりおかしな言動をしていたのかもしれない。


 とりあえず出てきた料理をどんどん食べて水を飲む。


「なんだ、貧相なものばかりだな」


「これはこれで美味いんですよ。庶民の味ってやつです。下々の者が何を食べて喜ぶか知るのも為政者のつとめですよ」


 よく言えば素朴な料理の数々は、贅沢好きなクセルクス殿下のお眼鏡にはかなわなかったらしく、不平を漏らしているところに適当な言葉を並べて丸め込んだ。

 僕自身が羊のひき肉とクルミやイチジクがたっぷり入った熱々のミートパイをはふはふ言いながら食べてみせる。


「うまいっ。これエールが合うんですよ」


 にぱっと笑うと殿下も恐る恐る口に運ぶ。


「ふむ。これはこれで美味いものだな」


 どうやらお気に召したようで良かった。


 ある程度食べ終わったところでだいぶ頭がぼんやりとするのもおさまってきた。

 クッキーに盛られたものが他のものを飲み食いしたお陰で薄まったのかな?

 毒物の作用は定性的なものもあるけど、定量的……すなわち血中濃度の問題が大きいからね。

 充分に薄まれば怖くないものも少なくない。


「今日はありがとう!断罪パーティー、ぜったい成功させようね!!」


 お腹いっぱい食べて満足したエステルは楽し気に僕たちに念を押すと、財務大臣の息子であるアッファーリに家まで送ってもらって行った。

 僕は殿下を王宮に送り届けると、家に戻って今日の食事会でのエステルの言動や違和感について簡単にメモ書きする。

 明日は必ずパラクセノス師に相談しなければ。

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