ピンク頭とお持ち込み

「あれぇ?ヴィゴーレなんかテンション低い?せっかくみんな盛り上がってるのに萎えるよぅ」


 さっき観てきた芝居の話で盛り上がるクセルクセス殿下たち四人。どうやら物語の登場人物に自分たちを投影して真実の愛とやらに酔っているらしい。

 話についていけない僕がぼんやりと彼らを冷めた目で見ていると、手持ち無沙汰な様子に気付いたのかエステルがこちらに話をふった。


「ごめんごめん。僕その芝居観てないから話わからなくて。今日も訓練キツくて疲れたし」


 機嫌を損ねないように慌てて取り繕う。


「そっかぁ。ヴィゴーレ頑張ってるんだねっ」


 幸いなことにそれで素直に納得してくれたようだ。


「そうだ、ヴィゴーレにはまだ渡してなかったよね。またクッキー焼いてきたから食べてっ」


 満面の笑みで可愛らしい紙包みを渡された。エステルお得意の手作りクッキーだ。


「ありがとう。持ち帰って食べるよ」


 僕も笑顔で受け取ってそのまま鞄にしまおうとすると、なぜか悲しげな顔をされた。


「食べてくれないの?もしかしてあたしのクッキー嫌い?」


 今にも泣きだしそうな潤んだ瞳でじっと見つめられて少し焦る。


「え?でもここ食堂だろ?持ち込んだものを食べたら失礼じゃない?」


 マナー以前の問題だよね。


「そんな……ひどいっ。ヴィゴーレはあたしの作ったクッキーなんか食べたくないんだっ!?」


 いきなり泣き出された。一体どうすりゃいいんだ?


「え?そういう問題じゃなくて……こういうお店で持ち込んだものを食べてたら料理人さんに失礼じゃない?」


「ひどいっ……こんな場末の食堂の料理人なんてゴミみたいなヤツには気を使うのに、あたしが気分悪くなるのはどうでもいいのっ!? どうせお貴族様はプロの作ったものじゃないから食べれないとか、そんな感じで馬鹿にしてるんでしょっ!?」


 ぽろぽろと涙を零して訴えられるが、言ってる事がさっぱりわからない。

 場末の食堂って言ってもエステル自身が連れてきた店だし、ゴミみたいなヤツって凄まじく失礼な言い方だよな。

 ごくまっとうに働いて生活している人を、そこまで馬鹿にできるほどエステルは高貴な身分だろうか? いや、本当に高貴な人ほど、一生懸命生きている市井の人をむやみに嘲ったりはしないもののはずだけど……。


 だいたい、高級レストランだろうが庶民向けの食堂だろうが、お店で持ち込んだものを食べないのは最低限の礼儀だよね? それでひどいひどいって泣かれるのはかなりキツイ。


「おい、いい加減にしろっ!! エステルを愚弄して虐げて面白いのかっ!?」


「虐げるとか、そういう問題じゃなくてですね……人として最低限の礼儀ですよね?」


「もういい、お前は帰れ。二度と私の前に顔を出すな。騎士団もクビだっ!!」


「わかった。わかりましたよ。一つだけ食べますから騒がないでください。

 他のお客様に迷惑です」


「やかましい!! どうせ賤しい平民どもなんだ、いちいち気にする方がおかしい!! それよりエステルを愚弄するな!!」


 なぜかヒートアップして喚きだす殿下。

 もともと精神的に幼くて、激昂しやすい人だったけど、最近は異常なまでにこらえ性がない。騎士団の人事だって口を出せるような権限なんて全然持ってないのに、すぐに威張り散らすんだから。

 どうしてこの人の側近候補になんかされちゃったんだろう。僕自身は王族の身辺に取り立てられたいなんて思ったことはなくて、ただ恩師や仲間たちと一緒にずっと王都の安全を守って行きたいと思っているだけなのに。


 うんざりしながらも、面倒な事になりそうなので仕方なく一つだけクッキーを頬張った。

 クッキーを口に入れた途端ににんまりと卑しく笑うエステル。無邪気に喜んでいるというよりは、してやったりという表情だ。

 どうしてこうも無理やり食べさせようとするんだろう?


 疑問に思いながら咀嚼すると、甘ったるい香りが口いっぱいに広がって、急に不快感や困惑が消えていった。代わりに頭の芯がしびれてふわふわした良い気分になってくる。

 あたりがやけにまぶしい。どこかで心地よい音楽が鳴っているようだ。

 こんなに良い気分になれるのに、どうしてすぐに食べてやらなかったんだろう?


「ごめんな、周りの目を気にして変な気を使ったりして。今度からはすぐに食べるよ」


 今すぐ全部平らげなければ一生懸命に作ってくれたエステルに申し訳ない。

 そう思ってしまってから急に違和感を覚えた。食べた途端にこんなに気持ちが変わるのはおかしい。

 心臓がドキドキ言っているのはときめいているのではなく、物理的に心拍数が上がっているだけではなかろうか。そういえば口の中がやけに乾いている。

 さっきの魔導師団長との会話が脳裏によみがえる。


 やはり何か混入されているようだ。このような症状をきたす毒物に心当たりがある。そう確信を持った僕は残りのクッキーを食べたふりをして制服の袖口に隠した。


「ちゃんと食べてくれたんだねっ。やっぱりヴィゴーレ大好きっ」


 僕が全部食べたと思ったのかエステルがすっかり機嫌を直して手を握ってきた。さっきまでは嫌悪感すら覚えたその行為を嬉しく感じてしまうのも、さっきのクッキーのせいかもしれない。

 絶対に何か入っている。 これは食べたふりをして持ち帰り、先生に分析してもらおう。

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