ピンク頭と放蕩王子

 パラクセノス師から超小型の録音装置と一回だけダメージを肩代わりしてくれる魔術が籠められたタイピンを拝借した僕たちは、帰宅する前に記録球をしかけておくことにした。とりあえずこのままずっと起動しておいて、明日の朝新しいものに交換するつもり。

 タイマー式の記録球はこれから作るので、残念ながら使えるのは明日以降らしい。というか、一日で開発するつもりの先生、すごすぎるだろう。


 帰り道、もしかすると殿下たちがまだいるかもしれないと思い、徒歩で劇場を回って帰ることにした。案の定、ちょうど公演がはけたところらしく、ぞろぞろと人が出てくるところに出くわす。


 殿下たちは……いた。

 鮮やかな金髪の殿下の腕にぶら下がってるピンクのふわふわ頭はもちろんエステル。他にも生徒会書記のアルティスト・アハシュロス公爵令息の銀髪に会計のアッファーリ・コンタビリタ侯爵令息の緑頭と、色とりどりの髪色が夕闇が訪れつつある繁華街の灯りによく映える。

 なんというか……派手というか目に痛い。いや、僕の赤毛もかなり目立つから人の事言えないんだけどね。


「ねぇ、これからどこ行く? あたしおなかすいちゃったぁ」


 エステルの甘ったるい声が聞こえてきた。


「どこかのカフェで休むにしては中途半端な時間だな。適当なレストランで夕飯でも食べるか」


「店を予約していないので、今からディナーは難しくありませんか? 軽くお茶をするだけで早く帰らないと真っ暗になりますよ」


「ね、いいお店知ってるからみんなでご飯食べよ? あたしちょっとくらい遅くなっても大丈夫だから」


 どうやらエステルお勧めの店で夕飯を食べて帰るらしい。

 一国の王太子がふらふらと得体のしれない店で飲食するのはいろいろな意味で問題があるような気がするが、殿下としてはこういう「庶民的な体験」とやらが新鮮なんだろうな。街のそこかしこに平服姿の近衛騎士たちがこっそり隠れている。

 先輩方も表立った護衛を断られて苦労しておられるようだ。見かねた僕は偶然を装い、殿下と合流してそのまま護衛につくことにした。


「殿下、こんなところでお会いするのは珍しいですね。視察か何かですか?」


「うむ、下々の者が何を見聞きして喜ぶかを知っておくのも為政者のつとめだからな」


 間違ってはいないのかもしれないけど、それと男どもが一人の女の子を取り巻いてチヤホヤしながら芝居見物するのは別の話だ。言わないけど。


「ちょうど僕も訓練の帰りで腹が減ってたところなんです。ご一緒してもかまいませんか?」


「もちろんっ!! ヴィゴーレが来てくれてエステルうれしいっ!」


 わざとらしく僕の腕に抱きついて胸を押し付けてくるエステル。一瞬だが、眩暈にも似た感覚がして気分が悪くなる。

 以前はちょっと嬉しくなって照れたりもしたけれども、彼女の本性を知ってしまった今は気持ち悪いだけだ。

 つい振り払ったりしないように気を付けながらそっと手を外す。


「ありがとう。僕もみんなと食事ができてうれしいよ」


 心にもない礼を言った。

 笑顔が引きつってなきゃいいけど。ふと平服でこっそり護衛についている先輩騎士と目が合ったらサムズアップされた。「がんばれよ」って何を頑張るんだろう?

 とにかくここからは僕が護衛しますので、先輩方は先に休んでいただいて大丈夫ですよ。そんなつもりでサムズアップし返したら、にっこり笑って手を振ると踵を返して行かれた。


 下町と言っても比較的綺麗な一角にあるその店はよくある大衆向けの食堂だ。

この辺りは治安も悪くないらしく、客の中にはちらほらと若い女性の姿も見える。

おそらく近所の仕立て屋や織物工場などで働く女工たちだろう。店内は活気に満ちていて楽しげだが、人の出入りが激しいので警備する身にとってはたまったものではない。こんな店に、いつ暗殺者に狙われるかわからないような立場の王侯貴族がふらふらと立ち入っては欲しくない。


 料理はふかした芋や羊のひき肉のパイサムサなど、庶民でも手の届くものが主体で、その中に少しだけ串焼きなどの「ちょっと贅沢な」ものが混じる。

 豚の頭とクズ野菜のごった煮のような具沢山のスープペイスとライ麦のパンのセットを頼んでいる人も多い。

 ヨーグルトベースのシチュータルハナも酸味が効いていて美味しそう。

 下級貴族ならともかく、王族である殿下はこんなもの存在すら知らないだろうな。僕は平民出身の平騎士の皆さんとも街で食事をする機会があるのでさほど抵抗はないけど、口の奢った殿下が食べられるかしら?

 とりあえず無難にミートパイサムサと串焼き、ふかした芋と野菜のスープペイス、白いパンを人数分頼んだ。

 ライ麦のパンなんて、殿下も他の側近連中も食べたがらないだろうからね。


「アレウス様、かっこよかったぁ。観に来れてほんとに良かったわぁ」


 料理を待つ間、僕以外の面々は芝居の話で盛り上がる。

 主演の役者は巷で人気のイケメンらしく、エステルはしきりにそいつの話をしてはうっとり頬を紅潮させている。


「なんだ、まさか好きになったのか?」


 余裕ぶって尋ねる殿下、目が笑ってない。


「えっとぉ、そんなんじゃなくてぇ。あたしも、あんな風に愛されたいなってっ。敵味方も身分も乗り越えて、その人だけを愛しぬくってあこがれちゃうじゃないですかぁ。えへへっ」


 ……そういうお話だったのね。


「もちろん私は愛しているぞ」


「私だってどんな障害も乗り越えて愛しぬいて見せます」


「私もエステルのためならどんな事だってできます」


「みんな……っあたし、幸せだよっ」


 何やら涙ぐみながら芝居を始める四人。

 一緒に観に行かなかった僕は全くついていけない。いやまぁ、観ててもついていけない自信があるけど。

 よく酒も飲んでないのにこんなに盛り上がれるな。

 ちょっと醒めた目で四人を見てしまう僕であった。

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