悪役令嬢の贈り物

「ありがとうございます。大事に使いますね!」


 わたくしの刺繍した襟巻クラヴァットを受け取ったポテスタース卿はぱっと花の咲いたような笑顔を浮かべると身をひるがえし、足早にお仕事に向かわれました。

 弾むように軽やかな足取りに合わせて背中の長い三つ編みがぱたぱたと揺れ、まるで犬の尻尾のよう。

 学生と騎士の二足のわらじを履いておられるポテスタース卿は、学業とお仕事の両立に大変な忙しさだとうかがっております。誰にでもにこにこと愛想のよい卿のこと、嫌な顔ひとつなさいせんでしたが、お忙しいところをお引止めしてしまってご迷惑ではなかったかしら?


「よかったですね、アミィ様。ポテスタース卿、喜んで下さってましたわ」


 嬉しそうにジェーンが申します。

本当に喜んで下さっていたのかしら? それならばわたくしも嬉しいのだけど。

 先ほどのポテスタース卿の朗らかな笑顔を思い出し、わたくしの頬もついつい緩んでしまいました。


 少し時間はさかのぼって昨日の保健室から教室へと帰る途中のこと。


「アミィ様、本当にお怪我がなくて何よりでしたわ。あんな所から落ちたら当たり所が悪ければ怪我ではすみませんのよ。どうかくれぐれもお気をつけて」


 ジェーンにお説教されてしまいました。

 たしかに己の力量もわきまえず無謀なことをしたとは思います。ジェーンにはすっかり心配をかけてしまって、悪かったとも思います。

 思いますが……


「だってすぐ近くで人が落ちかけたのよ?びっくりしてとっさ止めようとしちゃうでしょう、誰だって」


 ちょっとだけ拗ねて言い返します。

 わたくしだってわざと危ない真似をしたわけではございませんのよ。ついうっかり、自分でも気が付かないうちについ、つい手が出てしまっただけなのですもの。


「まったくもう、アミィ様はお人好しなんですから……」


 ジェーンは軽く口を尖らせたものの、納得してくれたようです。


「でも、ポテスタース卿がいなかったら本当に危なかったんですよ?もう今度からはご自分で止めようとなさったりしないでくださいね」


 それでも、真剣なまなざしで再度念を押されてしまいました。それだけ、わたくしの事を本気で案じてくれているのです。

 こんなに心優しい友人がいて、わたくしは本当に幸せ者ですわ。


「ええ、善処いたしますわ。大切なお友達を悲しませたくはありませんもの」


 ジェーンの思いやりが嬉しかったので、つい微笑んでしまいますと、呆れたように軽くため息をつかれてしまいました。


「アミィ様ったら、もう。わたくし、存じませんわ」


 軽くそっぽを向いたジェーンの頬がほんのり桜色に染まっています。照れているのでしょうか?

 いずれにせよ、お説教はどうやらこれで終わりのようですわね。


「何はともあれポテスタース卿に何かお礼をしたいわね。何がよろしいかしら?」


襟巻クラヴァットはいかがでしょうか?騎士だったら任務でいつも身に着けますでしょう?

 首元を守る大切なものですし、毎日長時間使って汚れますから、洗い替えにいくつあっても良いはずですわ」


「そうね。ポテスタース家の家紋は鷹と月桂樹だったわよね?家に帰ったらさっそく刺繍しなければ」


「それがようございますよ」


 ジェーンが何やら嬉しそうにニコニコしていましたが、気にしない事にします。


 放課後、我が家の懇意にしているドレスショップに立ち寄って、クラヴァットを選ぶ事にしました。いつもは家まで来ていただくのですが、今回は急ぎなので直接お店にうかがうのです。

 わたくしは久しぶりにウキウキしながら馬車に向かいました。


 ところが、馬車停まりに行く途中でばったりクリシュナン男爵令嬢に出くわしてしまいましたの。

 あら。出くわすなんてわたくしとしたことがはしたない……とは申せ、今回ばかりはお許しくださいませ。

 せっかく楽しみな予定の前に、よく訳の分からない怖さのある彼女に出会ってしまい、森の中の猛獣に出くわした気分になってしまったんですの。いたし方のない事だと思いませんこと?

 クリシュナン嬢には申し訳ございませんが、今日だけはお会いしたくなかったのが正直な気持ちですわ。


「ちょっと話があんだけど。こっち来て」


 クリシュナン嬢は、いつもの可憐で気弱な仕草はどこに行ったのやら、アゴをくいっと横に振る仕草でわたくしをどこかに誘われます。

 正直、馬車の窓ごしに下町で見かける破落戸ゴロツキのように下品かつ粗暴な仕草で、見ていて怖いし不愉快です。せっかくの可愛らしいお顔が台無しでございますわ。

 一体何をおっしゃるおつもりかは存じませんが、どうせろくでもないことなのでしょう。それでも断るといつまでもしつこくつきまとって、周囲に事実を著しく違う事を喚き散らすはずですわ。

 もしかすると、またクセルクセス殿下にあらぬ事を吹き込んで、側近の皆さまをけしかけてくるかもしれません。


 わたくしは仕方がないので話だけ聞くことにして、彼女の後をついていくことにしました。

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