ピンク頭と自作自演

 手早く昼食を終えた僕は「なくなった体操服を探す」と言って殿下たちと別れた。

 さっきの予想があたっているか確認したかったのもあるが、エステルのわざとらしい被害者アピールや、彼女の機嫌取りに必死で、嘘くさい演技にまるで気付かない殿下たちにも幻滅したのだ。


 つい数日前まで僕も彼女を疑うことなくご機嫌取りに必死だったのを棚に上げて、我ながら調子がいいとは思う。それでも、エステルのとても正気とは思えない言動を目の当たりしてしまった今となっては、とにかく少し距離を置きたい。


 殿下たちと別れた僕は校舎のあちこちを探すふりをしながら校舎裏に向かう。

特に今朝エステルを見かけたあたりはよ~く注意して見落としがないようにしなきゃ。

 そうやって周囲を探索することしばし。一見何ともないが、よくよく観察してみると不自然に落ち葉が多い場所が見つかった。足で葉をどけてみると案の定、土を埋め戻した跡がある。

 適当な石で掘り出すと、土でぐちゃぐちゃに汚れた体操服が。



「……やっぱり自演か」


 思わずうんざりした声が出てしまった。誰にも聞かれてないといいんだけど。

 この調子だと、今朝の教科書の件も自演じゃないかと疑わしく思えてきてしまう。念のため後で記録球を確認するけど、あの時間ならまだ起動してないかもしれないな。

 明日からはもっと早い時間に仕掛けるようにしないと。タイマーで決まった時間に起動できるようになってると便利なのに。

 パラクセノス師に相談してみようかな?今日報告する時に話してみよう。


 そんなことを考えながら、ぐちゃぐちゃの汚い体操服を地中から取り出すと……


「……これ、どうやって持って帰ろう……」


 見つけた後の事を何も考えてなかった事に気付いた僕だった。


 結局、はじっこを指でつまんで、できるだけ触らないように用心しながら一般教養科の教室に持っていった僕は、途中の廊下にいっぱい泥を落としてしまって、学園の用務員さんにものすごく怒られてしまった。

 汚したところを掃除して、ついでに「かつて体操服だった泥の塊」を入れる袋を課してもらい、ようやくたどり着いた一般教養科の教室。

 「殿下たちに慰められてようやく笑顔を取り戻した」という態のエステルは、あまりに泥まみれの体操服を見て思いっきり癇癪を起した。


「ひどい! ひどすぎるわ! 何であたしばっかりこんな目に!?」


 体操服を受け取ろうともせず、ヒステリックに泣き叫ぶエステルを、殿下たちは慌ててなだめて機嫌を取ろうとする。


「大丈夫だ、必ず犯人は見つけ出すから」


「そうとも。俺たちがついているんだから、いつまでもこんなことは続けさせない」


「それにしても、ここまで泥だらけになるなんて。いったい何をしたんだ?」


 口々に言う殿下たちはエステルの訴えを微塵も疑っていないみたい。


「校舎の裏庭に埋まってました。土をかけた上から水をまいたらしくて、それで泥水がしみ込んでいるんだと思います」


「ひどいわ! これじゃ、もう着られないじゃない!」


 僕の報告にエステルが悲痛な叫びを被せる。


「一応、洗えば汚れは落ちると思うよ」


「あたしにこんな汚いものを洗えって言うの!? 冗談じゃないわ、さっさと捨てて来てよ!!」


 エステルの言葉に思わず耳を疑った。

 君、つい最近まで平民だったよね?

 汚れたりほつれた衣服は洗ったりリメイクしてすり切れるまで着るものだと思うんだけど。 

 この国では衣服はそうそう簡単に捨てたりはしない。

 そりゃあ、高位貴族の中には「一度公の場で着た衣装は他の席には着て行かない」なんて見栄を張る人たちもいるけれども、それでも上質な衣装は刺繍や飾りボタンをつけかえて「別の衣装」という形にアレンジして着まわしている。

 もちろん、ある程度着たら傷む前に使用人に下げ渡したり古着屋に売ったりして、自分の物は新調することもよくあるよ。それでも、まだ使える状態の服を安易に捨てるような人は、この国にはあまりいないんじゃないかな?

  まして、平民は……いや下位貴族は、衣装が多少痛んでも修理したり仕立て直して長く大切に使うもの。


「でも、まだ洗えば着られるよ」


「ひどい、ヴィゴーレはあたしを洗濯婦扱いするつもり!?」


「そうじゃないけど……」


「もしそんなに洗って使えって言うなら、なんで自分で綺麗に洗ってから持ってこないの? やっぱりあたしのこと元平民だからって馬鹿にしてるんだわ!」


 あまりの言い分に、思わず堪忍袋の緒が切れそうになった僕は息を呑み……

 殿下たちが何か言おうと口を開きかけたところで、昼休みの終了を告げる予鈴が鳴った。


「午後の授業が始まるので、僕はこれで」


 後ろで殿下たちが何か言っていたような気がするけど、いちいち相手にする気分にはなれない。僕はもう振り返りもせず自分の教室に向かった。


 そんなこんなで散々だった昼休みも終わり、その後の授業は何事もなく終わった。

 殿下たちの様子も気にならなくはないのだけど、一般教養科に顔を出すとまたエステルが逆上して面倒な事になりそう。

 今日はさっさと連隊本部に戻って、早めに訓練に参加しよう。ついでに溜まってしまっている書類仕事も片付けておきたいな。

 そんな気持ちで足早に教室を出ようとしたところで、意外な人に呼び止められた。


「ポテスタース卿、少しよろしいでしょうか?」


 ちょうど教室のドアを出ようとしたところで後ろから涼やかな声がかかる。

振り返るとやけに嬉しそうなドゥ子爵令嬢と、はにかんだ様子のアハシュロス公女が立っていた。


「お忙しい所をごめんなさい」


「いえ、今日は訓練があるだけなので構いませんよ。私に何か?」


「もしお嫌でなければこちら、受け取っていただけますかしら?」


 ほんのりと頬を桜色に染めた公女に、小さな包みを渡される。淡い黄色の薄葉紙と、艶のある紅色のリボンが上品だ。


「これは?」


「昨日のお礼ですわ。わたくしあんな所から落ちたのに、卿のおかげでかすり傷一つなかったのですもの。本当にありがとうございました」


 落ちた瞬間を思い出したのか、丁寧にお礼を言う公女の顔が青ざめる。とっさに身体が動いてエステルを助けたものの、後から思い出して恐ろしくなったのだろう。

 この人、意外にお人好しで抜けてるところもあるんだな。


 見慣れるとけっこう感情が目もとに出ていたりするし、実はかなり情緒豊かな人なのかもしれない。一見冷たい無表情に見えてしまう美貌のせいで、少なからず損をしているんじゃなかろうか。

 もっと表情をうまく動かして、必要のない時には本当の気持ちをカモフラージュできるようになれば、もっと楽に生きられると思うのだけど。


「ありがとうございます。今ここで開けてみても?」


「もちろんですわ」


 お言葉に甘えて包みを開けると、中には細かな銀糸で刺繍がほどこされた白い襟巻クラヴァットが。

 上質で手触りは良いが、絹ではなくリネンを使っているのは、これが装飾用ではなく訓練や任務の際にも使える実用的なものを、との心遣いだろう。

 刺繍の図案になっている鷹と月桂樹は我が家の紋章だ。細かな針目は一針一針ていねいに縫ってくれた証だろう。

 細やな心遣いがこもっているのが良く分かる贈り物は、エステルの悪意を目の当たりにして萎れていた僕の心を一気に明るくしてくれた。


「ありがとうございます。大事に使いますね!」


 思わず頬を緩めながら口にしたお礼の言葉は、自然と弾んだ声になった。今日から訓練の時にはこれを使おう。

 さっきまでのげんなりした気分はどこへやら。僕はうきうきした気分で連隊本部に向かった。


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