ピンク頭と三文芝居

 初日からいきなりヘビーな動画が撮れてしまい、衝撃冷めやらぬ状態ではあるが、協力してくださっているパラクセノス師にも念のためご報告しなければならない。

 せっかくだから、みんなで先生の研究室に行くことになった。


「先生、さっそくですが録画できたものをお持ちしました。比較のため普通の記録球のものもお持ちしたのでご確認いただけますか?」


「おや、初日からわざわざすまんな。確認しながらここでバックアップ取ってリセットしよう」


 さっそく中身を確認するパラクセノス師。

 だんだんなんとも言えない顔になってくる。全ての動画を見終えたころには、先生の顔がはるか東方の天涯山に棲むというスナギツネのようになっていた。


「……とりあえず、記録球の動作自体は順調みたいだな」


 はい。先生が思ってたのと違うものが撮れてたでしょうが。


「今後も撮影を続けるのか?」


「当分の間は続けてみようと思います。一日だけでは判断がつきませんし」


「なるほど。明日以降も持ってくるがいい。こちらでバックアップを保存しておく」


「ありがとうございます」


 先生はいろいろと思うところがあるみたいだけど、引き続き協力してくれるのでほっとした。

 この後エステルがどう動くかはわからないけれども、こまめに様子を記録しておくことで何か取り返しのつかない事態になることだけは防げる。……と信じたい。


 次の日の朝、僕はまだ他の学生たちが誰も登校してこない時間に記録球を仕掛けに行った。急がなくては朝の訓練に間に合わない。

 まずは校門近くの講堂に行ってダンスホールに上がる階段にリモコン式(笑)記録球を仕掛けると、連隊本部に向かう途中の校舎裏にも普通の記録球を仕掛ける。


 そのまま慌てて連隊本部に急ごうと小走りにその場を離れると、校舎裏の雑木林でコソコソしているエステルを見かけた。何をしているのかものすごく気になるけど、訓練は遅刻厳禁。後で記録球を確認することにしよう。


 朝の訓練が終わって学園に戻ってくると、エステルのクラスが何だか騒がしかった。なんでも今朝登校してきたらエステルの教科書が破かれていたらしい。


「ひどいわっ……どうしてあたしばっかりこんな目にっ」


 大きな瞳いっぱいに涙をためて小さく震えながら弱々しくつぶやくエステル。おおいに庇護欲をそそる姿である。

 もっとも、このところ彼女の粗暴な姿を立て続けに見てしまっている僕はあれが演技かもしれないとつい疑ってしまうのだけれども。


「大丈夫、わたくしの教科書をお見せしますから」


「殿下に相談すればきっと新しいものを買ってくださいますよ」


 いかにも人の好さそうなクラスメイト達が口々に声をかけて励まそうとしている

その後ろで複雑な表情で黙ってみんなを見ているオピニオーネ嬢と目が合った。

 いつもならこういう場面で真っ先にエステルに駆け寄って励ますのに。きっと僕と同じで素直に彼女の言葉を信じられないのだろう。そして、そんな自分に嫌悪感を覚えているんだ。

 放課後、またみんなで記録球を確認しなければ。


 自分のクラスに帰ってからは午前中それ以上の騒ぎもなく無事にお昼休みに。

 気が進まないながらもいつも殿下と一緒に食べることになっているサロンに行くと、いつものメンバーが既に揃っていて、涙目のエステルを囲んで慰めていた。


「うぅっ……ぐすっ……なんであたしばっかり……」


「大丈夫、教科書も体操服も俺たちが買いなおしてあげるから」


「エステルが可愛すぎるから嫉妬されるんだな。こんなことをしても自分が愛される訳ではないのに馬鹿馬鹿しい」


 肩を落とし、小さく震えながら手で口元を覆ってポロポロと涙を零すエステルはとても儚げな印象で、思わず守ってあげたくなる。……ここ数日のあの野蛮な姿を見ていなければ。

 必死にエステルの機嫌を取ってなぐさめようとする殿下たちを見ながら僕は気付かれないようにこっそりとため息をついた。


「今来たばかりでよくわからないけど、何かあったの?」


「またエステルの教科書が破かれてたんだ。それだけじゃない。四時限目に更衣室に行ったら体操服もなくなっていたって」


「毎日よくやるよな。どうせアハシュロス公女だろ?」


 うわ、教科書だけじゃなかったのか。

 あれ? もしかして早朝にエステルがこそこそしてたのって……


「そっか。それは大変だったね。教科書は買いなおさないと仕方ないとして、僕はお昼食べ終わったらすぐ体操服を探してみるよ」


 たぶん校舎裏にあるんじゃないかな?

 ……予想が外れてくれればいいんだけどね。


「ああ頼む。それにしても教科書を破いたり体操服を隠したり……やることが幼稚すぎる」


「だよね~。やっぱりちゃんと証拠を押さえて訴えるべきところに訴えた方がいいよ。僕の上官に相談して捜査してもらってみる?」


 みんな見事に騙されてるみたいなのでちょっぴりカマをかけてみる。


「ダメよっ!相手は公爵家だもの。逆に訴えられたらただの男爵令嬢のあたしはどうしようもないわ。ああ、やっぱり元平民のあたしなんかが学園に通うのがいけないのね……」


 必死で割って入り、よよと泣き崩れるエステル。更に必死に機嫌を取る殿下と金魚のフンたち。さすがに胡散臭すぎる。


 茶番にしてもはりきりすぎだろう。

 僕はエステルに対しても、彼女の言葉を鵜呑みにしている殿下たちにも幻滅していた。つい最近まで自分もエステルを微塵も疑ってなかったことを棚に上げて。

 ああもう、付き合いきれないよ。

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