ピンク頭と衝撃的事実

 放課後、コニー、オピニオーネ嬢、僕の三人で女子更衣室の映像を確認していたら、すさまじい勢いで罵詈雑言を並べるエステルの姿が映っていた。


『悪役令嬢の分際でなんなのよ!?あれだけ言ったのにイジメをしてこないし。あげくの果てに何アレ? あたしをかばって落ちてヴィゴーレにお姫様抱っことか。っざけんじゃないっての!!』


 ロッカールームに仕掛けてあった記録球には甲高い金切り声で汚い罵声を並べるエステルの姿が映っていた。


「こ……これが本当にエステルなのか?」


「わたくしもにわかには信じられませんでした」


 いつもの可愛くて健気なエステルとはあまりにかけ離れた粗暴な姿にドン引くオピニオーネ嬢。エステルを疑っていたコニーですら唖然としている。

 うんうん、僕も初めて見たときはショックだったよ。


「実は、お二人に見ていただきたいのはもっと後ですわ」


「え?」


 いやもう、この凄まじい罵詈雑言だけでも充分衝撃的なんですが。

 ……まさか、更にとんでもない事をやらかしてくれてるのだろうか?

 おかしいです!おかしすぎます、エステルさん!?


『ああもうっ!  だっせえドレスっ!!  もう着れなくなったからってこんな古臭い流行おくれのモノ誰が着れるかよっ!!  恩着せがましく押し付けてくんじゃねえってのっ!!!』


悪鬼のような形相で誰かを罵りながらドレスを引き裂いている。


『ドレスがなくてお困りでしょ、とか言うならデザイナー呼んで最新の作らせなさいよ! まだ誰も着たことのないようなすっごいやつをっ』


「授業用のものが破かれたと落ち込んでらしたから、小さくなって着られなくなったわたくしのドレスを差し上げたんですが……」


「え……」


「善かれと思っての事でしたが、あんな風に思われてたなんて……確かに去年作ったものだから流行の最先端ではありませんが、まだ皆さんお召しの型なので大丈夫だと思ったんです。わたくしが浅慮でしたわ……」


 あ~ エステルはなんでも自分が一番じゃなきゃ気に入らないタイプなんだろうね。流行も、誰よりも早く取り入れて自慢したいタイプ。

 本人は自ら流行を作り出すファッションリーダー気どりなんだけど、センスは普通だから本当にセンスの良い人がみんなに褒められてるの見て「なんでアイツばっかりっ!」ってキレながら必死で真似するんだよね。


 ちなみにアハシュロス公女は自分が着たいものを着て、それを見た人々が真似して流行になっちゃうタイプ。オピニオーネ嬢は無難にその時流行ってる……というかみんなが支持しているデザインを着るタイプ。


『こんなしょっぼい袖じゃ全然目立てないってのっ!! デコルテだって開きが少なくってこれじゃ肩がキレイに出ないじゃない』


 ……ああ、今は肩と胸元が大きく開いていて袖が肘のあたりで思い切り膨らんだデザインが流行ってるんだっけ?

 もっとも、今のファッションの中心とされている海洋帝国のルンデンヴィックでは袖が自然にフィットするデザインのドレスに人気が出始めているらしいから、イリュリアでも数年もしないうちに膨らみすぎた袖は流行らなくなると思うんだけど。

 エステルって自分の周囲の半径15メートルくらいのものしか認識できないとこあるからなぁ……以前はそういうところも可愛いと思ってしまっていたんだけど、今から考えると不思議でたまらない。


 それにしても、せっかくの善意をこんな風に踏みにじられるなんて……人の好いオピニオーネ嬢にとってはショックだろうな。もともとかなり下がっていたエステルへの好感度が更に下方修正された気がする。

 今まで「イジメられても健気に頑張る可愛い」エステルの姿を信じて親身になっていたオピニオーネ嬢はショックを受けているみたいだし……善良な人に悲しい想いをさせてるって時点で僕自身の良心の呵責もあって、エステルに対してもネガティブな感情を抱いてしまう。もちろんそれは八つ当たりに近い感情なんだけどね。


 正直、二人にエステルの本性を知ってもらうにはこれでもう充分な気もするが、念のため僕の持参した記録球も見てもらうことにした。


 まずは階段に仕掛けたもの。


『……っきゃぁあああああ!!』


 エステルがわざとらしく叫びながら自ら階段を飛び降りると、すぐ上の段にいたアハシュロス公女が慌てて助けようとして自分が落ちてしまう場面が映っている。

 公女に押し上げてもらった踊り場でしりもちをついたまま彼女を睨めつけているエステルの表情ときたら……「鬼のような形相」って、こういう顔を言うんだろうね。


 うっかり夜中に見たら眠れなくなりそう。


「これ、わざと飛び降りているな」


「わたくしにもそう見えましたわ」


 険しい表情のオピニオーネ嬢とコニー。やはり二人にもエステルが故意に飛び降りたように見えるらしい。


「アハシュロス公女、あのまま落ちていたらただではすまなかっただろう。お前よく間に合ったな」


「まぁ、伊達に十三歳から戦場に出てる訳じゃないからね。ちょっとだけ奥の手使ったけど」


 ちょうど僕が受け止めたところは画面の外だったから映ってなくてよかった。

 変なことをしたわけじゃないけど、見られてたらちょっと恥ずかしい。


「その奥の手は、本当にいざという時に取っておけよ。リスクが大きすぎる」


 また釘をさされてしまった。コニーは誰かから僕の使う魔法の特性を聞いたらしいけど……ちょっと反応が極端な気がする。

 誰だろう?

 無暗に不安をあおるような聞かされ方をしているような気がするんだけど。


「それにしても、自作自演でここまでやるとはな。何が狙いだ?  やはり隣国との関係悪化か?」


「更衣室で言っていたことと関係ありそうですが……」


「さっき見たやつか……あれはあれで訳がわからなかったな」


 二人は訳が分からないながらも不気味なものを感じているらしく、エステルの目的についてしきりに気にしている。

 この調子で校舎裏のも見てもらって何かわかることがないか話し合おう。

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