ピンク頭と転落事故

 その日は放課後に三人で手分けして記録球を仕掛けて回り、全ての記録球をセットできたか確認して解散した。

 そして翌日。


 全クラス合同のダンスレッスンがあるので少し早めに講堂へと向かうと、きっちりとドレスを着こなし背筋を伸ばして講堂へ向かうアハシュロス公女と、その後をコソコソとつけているエステルを見かけた。

 猛烈に嫌な予感がして、記録球をオンにしながら講堂からダンスホールに上る階段に向かう。


「……っきゃぁあああああ!!」


 わざとらしい悲鳴とともにエステルが階段から飛び降りて……すぐ上の段にいたアハシュロス公女が驚いた顔で振り向き、落ちていくエステルの腕をぐいっとつかんだ。

 そのままエステルを階段の上に投げるように体を入れ替えると、今度は自分がバランスを崩して落ちていく。どうやら咄嗟とっさに助けようとして自分が落ちてしまったようだ。

 まだ何が起きたかわかっていない様子で、強く目をつぶり身を固くしているだけ。このままでは受け身を取る事もおぼつかない。


 僕は慌てて自分に強化魔法をかけると階段を駆け上がり、彼女をしっかり両手で受け止めた。ちなみにエステルは最上段の踊り場に投げられて全くの無傷である。


「お怪我はありませんか?」


 今になって自分が危険な状況にあったことを理解したのか真っ青になっているアハシュロス公女に、僕はそっと微笑みかけた。


「あ……ありがとうございます。ポテスタース卿がいなければわたくし大けがをしていたかも……」


 いつもは完璧すぎるほどに綺麗だけど無表情で、近寄りがたい雰囲気のアハシュロス公女だが、青ざめながらも震える声で気丈にお礼を言ってくれる。

 無意識に僕の腕に縋ってくる姿は潤んだ瞳もあいまって、可愛いとか健気という言葉の方が似合いそう。

 ……そしてその背後でこちらを睨んでいるエステルの鬼のような形相ときたら、深夜に見たら眠れなくなりそうだ。


 おそらくエステルは自ら階段を落ちてアハシュロス公女の仕業だと騒ぐつもりだったのだろう。当てが外れて怒り狂っているのがよくわかる。

 今から公女のせいにしようとしても、僕が現場を見ていたのはわかっているから諦めざるを得ないだろう。


 これは後で荒れそうだと思いつつ、腰が抜けてしまったらしいアハシュロス公女を保健室に連れていくことにした。

  どうやら今になって事態を理解したようで、全身が小刻みに震えている。僕の腕から降りたいようだが、手足に全く力が入っておらず、これでは自力で歩くのは難しい。


 ちょうどさっきの悲鳴(笑)に気付いた同級生たちがやってきたので先生に伝言を頼み、ついでに公女と仲の良い女子に付き添いをお願いする。

 やはり僕一人で保健室に連れていくと変な誤解されたりしかねないからね。


「お怪我はありませんか?とっさの事とはいえ、我が身を呈して転落しかけた級友を助けるとはすばらしい勇気です」


 まだかすかに震えているアハシュロス公女に声をかけ、両腕でしっかり彼女を抱いたまま階下に降りる。いつも堂々としている彼女が僕の腕の中にすっぽり収まってしまっているのは少し不思議な気分だ。

 この年齢にしては小柄な僕と、女性にしては長身の彼女では大して身長差はないはずだけど、やはりそこは深窓のご令嬢なんだろうね。


「クリシュナン嬢は大丈夫かしら……」


 しばらく呆然と運ばれるだけだった公女はぽつりと小さな声で呟いた。


 誰だよ傲慢高飛車で底意地が悪いって言ってたヤツ。

 エステルが自分を陥れようと演技していたとは露にも思わず、相手の事を心配している。あんな噂を信じるとは僕の目はどこまで曇っていたんだろうと思うと我ながら情けない。


「彼女なら無事ですよ。少し驚いたようで座り込んでいましたが、こちらに来る前に立ち上がる姿が見えましたから」


「良かった。改めてお礼申し上げます。受け止めていただけなければどうなっていたか」


「たまたま下にいただけです。うまく受け止められて良かった」


 内心の後ろめたさを誤魔化しながら彼女に微笑みかけると、恥ずかしそうに頬を染めてうつむいてしまった。たしかに落ちそうになった人を助けようとして自分が落ちちゃうなんてかなり恥ずかしいよね。

 意外に可愛いところもあるんだ。


 階段を下りきると、アハシュロス公女は自分で歩こうと僕の腕から降りようとして少しだけじたばたした。しかし、全身が小刻みに震えたままで力が入らず、とても自力で歩ける状態ではない。


「ご無理なさらないで。このままで大丈夫です」


 安心させようと努めて明るく笑いかけると、少し顔を赤らめて俯いてしまった。どうやら歩けないのが恥ずかしいらしい。

 悄然しょうぜんとした姿は平素の冷静さや、とっさに転落しかけたエステルを安全な踊り場に放り上げた機転とかけ離れているように思うが、そこはやはり年頃の女の子なんだろう。

 

 これ以上彼女に気まずい思いをさせないようあまり視線を合わせないようにしながら保健室につくと、養護教諭と付き添ってくれた令嬢に後をお願いしてホールに戻った。


 さっきの騒ぎはすっかり噂になっていたようで、戻るやいなやすぐにコニーに捕まった。そのまま隅の方に引っ張って行かれる。


「お前、奥の手使っただろう?大丈夫なのか?」


 あらら、見事にお見通しだね。


「大丈夫、ちょっと副腎を刺激して身体能力を上げる物質を分泌しただけ。この程度なら生命力の消費はほとんどないから、ご飯食べれば自然に回復するよ」


「本当か?」


 僕が使う身体強化や治癒といった身体操作魔法は魔力の他に生命力を消費する。濫用すれば、寿命が大幅に縮んだり、生命力を使い果たして死に至る事もあり得るもろ刃の剣だ。

 冷たそうに見えて実は優しいコニーが心配するのも無理ないのかもしれないけど、ちょっと過保護に過ぎないか?


「大丈夫。自分の魔法のリスクはよく分かってるよ。師匠の二の舞は嫌だから絶対に無茶はしない。約束する」


 両手を上げて降参のポーズで苦笑いすると、ようやく納得してくれたようだ。


「ならば良い。そろそろ授業だ、行くぞ」


 いつもの無表情で言うと、点呼をとる教師の方に歩いていった。

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