約束

 そこからのRI-Tは散々だった。

 立て続けに人気メンバーの脱退が続いたことで、週刊誌の注目の的となったのだ。もちろん、メンバーの不仲から報道は始まり、神崎龍輝の女性問題や事務所による所属タレントへのパワハラ問題までもが明るみとなり、目に見えるようにその輝きは失われた。

「これから、どうするんですか」

 あの日から私は週に3回程度、河田光友の自宅を訪れ相談相手となっていた。きっと彼に取材をしたくて自宅の周りを彷徨いているジャーナリストはいるはずだった。けれど私は彼のためにここへ来る。

「これ、ポストに入ってましたよ」

 送り手の記載がない手紙を、寝巻き姿で机につっ伏す河田光友の両腕の間に差し出した。

「……読んで」

 もう関係のないメンバーの事なのに、彼はここ数日ずっとこんな感じだった。

 手紙の封を切り中身を取り出す。2枚にわたり書かれたそれを彼の横に座って読んだ。

「『光くんへ ずっと連絡できなくてごめんなさい。ネットニュースなんかで僕の話を耳にしているかもしれませんが、なんの相談もなくグループを脱退しました。本当にごめん。日本に戻るって決まってから、マネージャーに連絡をした時に光くんの話を聞きました。何も知らなくて何もしてあげられなかったね。僕は、君のいないグループには戻る気がなかったので脱退しました。会って話したいことが沢山あるので、近々会いましょう。新しくなった連絡先と住所を書いておきます。 宇野大晴』て、え! うーくんからだよ!」

 推してた頃の血が騒ぐ。

 河田光友の顔を見ると目に涙を浮かべた状態で手紙を凝視していた。


「じゃあ本当にいいんだね?」

「うん」

 河田光友はその日のうちに連絡を返し、それから2日後に会う約束となった。そこに私も同席してほしいというのが彼からのお願いだった。久しぶりに会うから緊張するらしい。私としては推しと推しのメンバーに会えるのだから一石二鳥といった具合だが、最近は何故か河田光友に対して『推し』という感情ではない別の何かを感じる。

ピーンポーン

 河田光友の自宅は既にマークされている事を前提に、待ち合わせは宇野大晴の自宅となった。遠くから足音がする。いや、私の心臓の音?

「いらっしゃい」

 ドアを開けた瞬間、天使って本当にいたんだ、と私は肩を落とした。私が河田光友にハマった当初のビジュアルとよく似ている。茶髪のふわふわパーマを当てた宇野大晴は、誰かとも知らない私ににっこりと微笑みかけるのだ。

「ガールフレンド?」

「いや、そういうのじゃないです!」

 河田光友はハハと他人事のように笑う。

『なんだこの楽園。私いつ死んだっけ?』

「さぁ、上がって」

 自宅の中は洋風という感じで、相当留学中にいい意味で影響を受けたんだなと感じた。

「そちらへどうぞ、今お茶を入れるね」

 知らなかった。知るタイミングがなかった。こんなメンバーもいたなんて。全然違う。4人の時、確かにみっくんだけが浮いてた。彼もいたら、みっくんは1人じゃなかったんだ。

「はじめまして。知ってるとは思うけど、改めて自己紹介を。宇野大晴です。しばらく留学してて最近帰ってきました。よろしく」

「はじめまして、村島まりなです。元々河田さんを推してて、今はなんやかんなあってここにいます」

「元々なの?」

 ここに来てようやく河田光友が口を開いた。あの頃の面影はない。

「今は……」

「それよりさ、光くん」

 先程までと違った真剣な眼差しで宇野大晴は正面の席に座る。

「僕はまだ芸能界で生きて生きたいと思ってる。向こうに僕たちの需要があるかはわかんないけど、今すぐにならまだやれると思うんだ」

「僕たちって何」

 何故彼がずっと高圧的な態度でいるのか私には一切分からなかった。それでも宇野大晴は落ち着いた様子で話を続ける。

「僕は光くんともう一度アイドルをしたい。ステージに立ちたいと思ってる。光くんはこれからどうしたいの」

「僕は……」

「光くんはさ、ステージでペンライトが光ってる様子を見るのが好きなんだなーって思ってたんだよ。違った?」

「好きだよ、好きだけどグループ抜けた理由が理由だし。戻れないよ」

「どうしたいの?」

 ずっとこうしてデビュー前から話し合うことが多かったのかもしれない。2人には2人の特別な空気感を感じる。私は本当にここに必要だったのだろうか。

「人生なんて2択にひとつだよ。そこから枝分かれして色んな人生になっていく。そう言ってくれたの光くんじゃん。僕が留学するか悩んでた時だって、自分に正直に自分のための人生を生きろって言ってくれたじゃん」

 あー、みっくんはみっくんなりに柚月に対してしてあげられなかった事をうーくんにしてあげていたのかもしれない。私は本当に何も分かってないんだ。

「僕は、ステージから見る景色をもう1回見たい。何回だって見たい。有名になりたい。人気な番組にゲストで出て司会者にいじられてみたい。河田光友面白いねって言われてみたい。自分の番組持ってみたい。ファンいっぱいになって竹下通りとか歩いてる時に人集り作ってみたい」

「……は、はは。いいね、楽しそう。叶えよう、僕とさ、もう1回。アイドルじゃなくてアーティストになったら、まだもうちょっとは恋愛しやすいかもね」

 冗談なのかそうじゃないのかは分からない。だけど、河田光友が顔をぐちゃぐちゃにしながら笑っているということは冗談なのかもしれない。

「マネージャーさん」

「え」

「今日から僕たちのマネージャーは君だよ? まりなさん。見届け人」

「よろしくね、まりなちゃん」


──2年後

「本日のゲストはこちらの方々です。どうぞ!」

「「よろしくお願いしまーす」」

「サニーライトのお2人は、初登場だよね」

「そうですね」

「ずっと出てみたかったんですよ!」

「河田くん、テレビで見るより圧が凄いね」

「いや、本当にもうマネージャーから今日の話を聞いた時に嬉しすぎて、いつもより長めにランニングしちゃいました!」

「絶対必要ないから」

「気分上がるじゃん! 今日もこの後走れるよ」

「おー河田くん思ってた以上に喋るし面白いね」

「えー! ありがとうございます!」

 あの日からのスタートは、私たちが思っていた以上にエスカレーターだった。

 2人で心機一転再スタートする事を発表した時、批判する人も少なからずいた。元のメンバーを捨てた、平気な顔して出てくるな。色んな事を言われた。それでもSNSを絶対にしないと約束させた2人には、なんて事ないセリフだった。

 英語力を身につけた宇野大晴は元々の地頭の良さでクイズ番組ではほぼレギュラーのような存在になっていたり、河田光友は作曲のセンスがある事を活かして3ヶ月後に予定しているライブに向けて2人の曲を制作中。本格的に芸能界に戻っている。しかしRI-TU_Mの時から180度キャラ変した河田光友に始めファンは困惑していた。それでも好きが勝っているらしい。

 ちなみにサニーライトは宇野大晴の『晴』と河田光友の『光』から来ている。2人で考えたものを自信満々に見せられたので、そのまま2年が経った。

 私も、未だ慣れないマネージャーという仕事をここまで続けられているのは近藤颯汰との出会いがあったからだったりする。今の河田光友がいるのは間違いなく、あの日私に電話をかけてくれた近藤颯汰のおかげだった。その縁もあり、近藤颯汰のマネージャーさんに色々教わりながら不器用なりに頑張っている。

 余談だが、RI-Tは現在活動休止中だ。ほとんど自然消滅とも言われている。神崎龍輝は時々舞台なんかには出ているらしい。板倉みのるはドラマや映画でよく見かける。沢田辰月は時々遭遇情報を目にするくらいでテレビで見かけることもない。

 あの日宇野大晴が言った「向こうに僕たちの需要があるかはわかんない」という言葉。今ならはっきりと伝えることが出来る。必要とされているよ、と。

 その日の収録が終わると、定例会議のように私たちは宇野大晴の家に30分ほど集まる。

「ねぇ、今度のライブで歌いたい曲出来たよ」

「どんなの?」

「オマージュ的な感じになるんだけどさ『7月の約束』」

 私と宇野大晴は顔を見合せて頷いた。

「すっごくいいと思う!」

 私は推しとしてではなく、こうして傍でただ彼が幸せそうな顔をしているのを支えたい。2年間での私の気付きは間違いなくそうだった。恋愛感情は湧かない。だって彼らは私のアイドルだから。誰かに夢や希望を与える、変わるチャンスを与えてくれるアイドルだから。

 私はベールを諦める。彼ら2人が私の永遠の片想いだから。私は彼らを幸せにすると誓います、一生。

 春の夜風に揺れる桜が花びらを散らす時、寂しさより愛おしさを感じるのは、その時こそがスタート地点だからなのだ──

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彼女はベールを諦める 青下黒葉 @M_wtan0112

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