-接触-

「そんな事しないよ。僕は君の味方だから」

 僕の家に君が来た。誰かから聞いたと言っていたね。それでも責めたりしない。誰が教えたかなんてどうだっていい。ここに君がいてくれるのだから。

「どういう……意味ですか?」

「僕を好きでいてくれたからだよ」

「あ、そういう」

 戸惑ってる。そりゃそうか。高嶺の花だった僕が君の事を覚えてるし知ってるから、そりゃ困惑するよね。まあこんなの、自意識過剰に過ぎないが。

「さっきの、死のうと思うっていうの……」

 自分でもよく分からない。なんであんな事を口走ったのか。1人が寂しいから変な話題で彼女を長居させようかと思ったのかもしれない。

「長くなるからあがってよ。絶対にまりなちゃんに近づいたりしない。安心して」

 まりなちゃんはキョロキョロしながらヒールを脱ぐ。今になって気がついた。彼女はお店で着るような派手な格好をしていた。髪も少し乱れているけどお店用の髪型だ。

「まりなちゃん、仕事は?」

「飛び出してきました」

「なんで」

「近藤様から連絡を頂いて、河田様が電話にも出られないとお聞きしたので」

 その丁寧な言葉遣いに距離を感じる。それでも、颯汰が僕を心配してくれているという事が嬉しかった。彼とは生きる世界が変わってしまった。僕がいた場所に彼がいる。そんな彼が、僕みたいなやつと絡んでいるなんて世間に知られたら、彼のファンからきっと叩かれるだろう。だから僕は彼から逃げたのだ。卑怯だと知りながら。

「そっか。足、痛くない?」

「大丈夫です。お邪魔します」

 まりなちゃんの前を歩きながらふと思った。いつから僕はアイドルを目指したのだろうと。アイドルをしてなかったらまりなちゃんにだって大晴にだって出会えなかった。だけど、アイドルになったから苦しいと思う事だっていっぱいあった。常に誰かに見られながらプライベートを過ごして、変化を取り入れながら新規のファンを付けていく。誰かとキャラが被れば二番煎じだと言われ比べられる。正直アイドルだけでなく芸能人にはプライベートなんて存在しない。こうして女性と会うだけでも「誰にも見れていないだろうか」と常に意識してしまう。職業病の一種だろう。

「どうぞ」

 リビングに招き入れ、飲み物を用意する。その間、まりなちゃんは部屋を見渡し落ち着かないといった雰囲気でかしこまっていた。だけどすぐ、何かを見つけたようでそちらの方に駆け寄って行った。

「柚月?!」

 まりなちゃんの声で、僕が犯した失態に気が付いた。まりなちゃんの手元には、僕と柚月が最後に撮った写真があった。

「……へ?」

 動揺が言葉にまで現れる。柚月と僕の関係は彼女には黙っておこうと思っていたのに。

「まりなちゃん、落ち着いて聞いてほしいんだ」

「柚月の後を追うつもりなの?」

「……違う! それは違うよ」

「なんで、教えてくれなかったんですか」

「お願い、落ち着いて聞いて」

 写真を握る手が震えている。その手を僕の手で包み込む。

「聞いて、まりなちゃん。確かに僕は柚月とまりなちゃんが友達だったのは知ってる。けどね、僕が柚月の兄だと伝える必要もないと思ったんだ」

「そもそもなんで私が友達だって知ってるんですか」

 あー、僕はもう壊れ始めてるんだ。自分自身に蓋をして嘘をつき続けたせいで分からなくなっている。

「僕は、SNSでまりなちゃんに声をかけたみっとさん本人だよ」

「え……」

 これまでの全てをまりなちゃんに包み隠すことなく話をした。その間、まりなちゃんは何も言うことなく、頷きながら話を聞いてくれた。

 僕の話を聞き終わると、まりなちゃんも僕に出会ってからの事を全て話してくれた。

 点と点が線になった瞬間だった。

「僕にはもう、正解が分からない。誰かに道を示してもらわないと、どうする事も出来ないんだよ。情けないだろ」

「情けなくないです。私は、情けない人間を好きになんてならないです。私が好きになった河田光友は間違いなく、自分に自信を持ってました。輝いてました」

 しっかりと俺の目を見て伝えてくれるその全てに救われるようだった。すると、まりなちゃんのスマホがブーッと音を立てる。

「主任からかも。見てもいいですか」

「いいよ」

「……え」

「どうしたの」

 まりなちゃんはその画面を僕に見せた。

「うわ」

『宇野大晴が芸能界復帰。RI-Tuを脱退』

 トップスターの階段を駆け上がるRI-Tuの足元が、崩れ落ちていく音がした。

 

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