-出会い-

「……えっ、と」

 まりなちゃんは目線を逸らして次の言葉を探しているようだった。本当の事を言っていいんだよ。僕は君に危害を加えるつもりはない。むしろ君の言葉を聞きたい。君は、嘘をつくのかい?

「知ってる事を気付かれたら指名外されちゃうのかなって思って……」

 若干嘘を着いた。どうして? どうすれば君の本音を聞くことが出来るの?

「そんな事しないよ。僕は君の味方だから」

 「どういう事ですか?」とでも言いたげな表情だね。僕はずっと君の味方だ。5年前のあの日から。


 僕が君に出会ったのは5年前の妹の入学式の事だった。メンバーと出会ったのもその頃だ。まりなちゃんと僕の妹柚月は同じクラスで、柚月が始めに声をかけたのは君だった。あの頃の君は二次元のキャラクターに恋をしていたのだろうか? いつもスマホを触っていたと聞いているよ。それでも内気な柚月には君だけが友達だった。1度柚月が君を家に連れてきたことがあった。一緒にお菓子を作ったり、楽しそうに会話をしてた。僕はそれを見て凄く嬉しかったんだ。柚月が何かに真剣になって話をしている様子を見たのは初めてだったから。あの頃とは容姿が凄く変わったんだね。努力したんだね。

「なんで柚月学校行かないの?」

 柚月が学校に行かなくなったのはしばらくしてからだった。あんなに毎日楽しそうに学校に行っていたのに。何があったのかと聞いても教えてはくれなかった。「まりなちゃんと喧嘩したの?」と聞いたら少しだけ顔色を変えて「喧嘩はした事ない」って言ったんだよ。それを信じて僕は何も踏み込まないようにしてた。柚月が自殺するまで。

 朝起きるとお母さん達が騒いでいた。「どうかしたの?」と聞くと「柚月が!」と言うばかりで何もわからなかった。お母さんは膝から崩れ落ち泣き叫んでいた。お父さんは柚月の部屋で涙を殺しながら名前を呼んでいた。ドアの隙間からぐったりとなった柚月がお父さん腕の中で倒れているのが見えた。背筋が固まる。冷や汗も溢れてきた。

 遺書には学校でのいじめについて書き綴られていた。これを書いている時もずっと辛かったのが伝わってくるくらい文字は涙で滲んでいた。その中にまりなちゃんの話も書いていた。

『まりなちゃんは私と一緒にいじめられていた。「私は傷つかないから。柚月は学校に来ちゃ駄目だよ」って言われてその言葉に甘えた。私が休んでいる間もまりなちゃんはいじめられているんだって思ったら苦しくて、ごめんって言いたかった。いじめられていた時のことを思い出すだけで生きている事が怖くなった。だからこうするしかないと思ったの。何も相談出来なくてごめんなさい。許してください』

 まりなちゃんは最後の最後まで柚月を守るために学校に行き続けてくれたのにその苦しみが報われる事はなかった。柚月の悲報を聞いた時、まりなちゃんは苦しそうに眉間に皺を寄せ「わかりました」とだけ言った。そして誰にも聞こえない声で「楽になれたんだ」とだけ言った。僕は何も出来なかった。あの時無理矢理にでも話を聞き出せばよかったのにと後悔ばかりが募っていく。それでも表向きではファンに笑顔を振り撒くアイドルとして平常心を保たなくてはいけなかった。

 そんな時、大晴は僕に「辛い時は我慢しなくていいんだよ」と励ましてくれた。大晴だけにはプライベートな話もする事が出来た。最年少だけど知的で親切で僕より大人っぽい。大晴だけが心の支えと言っても過言ではなかった。"親友に出会えた"と思えたんだ。だけど大晴はアメリカに行った。相談されなかった。みのるさんは知っていたみたいだったけど、「行くと決めたらやらなくちゃ。誰かに相談したら気持ち変わっちゃうから」とだけ伝えたらしい。

 僕の周りの人は皆そうだ。誰も僕に相談はしてくれない。信用出来ないのだろうか。知るのは結局1番最後。

 メンバーと僕の間を埋めてくれていたのは大晴だった。大晴がいなくなってすぐに僕は浮いた。テレビの前では丸いように見えたグループは実は裏では三角と点。前に龍輝くんに言われた。「お前はなんか絡みずらい」って。それからはあんまり接点がない。唯一同い歳の辰月くんでさえ「なんかタイプ合わないよね」と言われた。雰囲気を悪くしたくなかったから「確かにね」と笑ったけど、それから雑誌でツーショットを撮ることはなくなった。みのるさんは時々気にかけてはくれるけど、龍輝くんと辰月くんが癇癪を起こしやすいタイプなのでそっちの方が心配らしい。僕は孤独だった。

 そんな時にゆりなに出会った。最初は単純に好奇心だった。

『僕の事、知ってるのかな』

 最初は知らないフリをされたけど連絡先を聞かれたので何となく教えてみた。付き合うようになってから彼女がRI-Tu_Mのファンで龍輝くん推しという事を知った。握手会は彼女として仕事の様子を見に来てくれただけだと思っていたから。

「なんで言ってくれなかったの」

「何が?」

「龍輝くんのファンだったんでしょ?」

「だったじゃないよ」

「どういう事?」

 プレミアム握手会でゆりなが来てくれなかった事とかSNSで龍輝くんの事ばかり投稿していたのを見てだいたい察しは着いていた。

「今でもききが私の推しだよ」

「じゃあなんで僕と付き合ってるの」

「それとこれとは違うくない?」

「違わないよ」

 これは嫉妬なんかじゃない。怒りだ。

「僕を介して龍輝くんに近づくつもりなの?」

 彼女はパッと僕の方を見て笑った。

「今更?」

「え」

「最初からそういうつもりだった。光友といても楽しくないし近づける所から近づこうって思ったの。それが貴方」

「……それは無理だよ」

 無理に決まってる。だってメンバーだからって彼とは仲良くないもの。紹介する機会があるほど一緒に飲んだりしないし。この女は馬鹿だ。

「僕と龍輝くんは仲良くないから。なんなら僕はメンバーの誰とも仲良くなんかないよ。選ぶ相手、間違えたね」

「は? じゃあなんだったのこの時間。無駄。とにかく無駄なんだけど。何それ、あんたグループでハブられてるんだ。やばいね」

 ゆりなはそう言い捨てて部屋を出て行った。誰からも見捨てられていく。なんで。僕が何をしたって言うんだよ。なんでみんな僕から離れていくんだよ。柚月も大晴もゆりなも。

「もう限界だ」

 僕は何故かゆりなを追いかけた。フロント前でゆりなの肩を掴むとゆりなは僕をキッと睨み「何?」と低い声で言った。それでも歩いていこうとするゆりなに、僕は何故かまりなちゃんの話をしてしまった。

「なんでまりなちゃんと関わるの」

「なんで光友がまりなの事知ってるの」

「教えない」

「なら私だって教えない。触らないで!」

 ゆりなは僕の手を振り払う。その瞬間、撮られてしまったのだ。SNSをしているという情報を提供したのはゆりなで間違いないと思う。

 その写真はすぐメディアに出され処分を下された。正直処分よりメンバーからのコメントの方が堪えた。そのコメントはメディアには報じられなかったが僕の元に届いた時、僕はもうRI-Tu_Mに戻れないんだと感じた。

神崎「大晴がいなくなってから余計周りとのコミュニケーションから逃げてる」

沢田「河田はアイドルとしての自覚が足りない」

板倉「リーダーとしての監督不行届」

 どんな気持ちで僕にこれを送ったのだろう。その表情を想像するだけで孤独が広がった。辺り一面には暗闇が広がり僕の足元だけが黒光りする。誰もいない箱の中で僕は一生孤独に生きるのだ。

『明日、ちょっと着いてきて』

 颯汰とは番組の共演で仲良くなった。時々飲みに誘ってくれていたので今回もきっとそうなんだろう。

 しかし、連れて来られたのはキャバクラだった。

「こんな時にまずいよ」

「大丈夫。光友に会わせたい人はテレビに疎いらしいからバレないよ」

「そういう問題じゃないって」

 颯汰が指名したのはゆりなという女性だった。まさかと思ったが髪の長さを見て違う事に安心した。しかし彼女の顔には見覚えがあった。まりなちゃん? 彼女はRI-Tu_Mの握手会に参加してくれていた子だ。間違いない。まりなちゃんだ。

「ゆりな、さんですか?」

「あ、はじめまして、ゆりなって言います」

 違う。君はまりなだ。なんであいつと同じ名前なんだよ。

 君の努力はSNSで見ていた。話をするのも楽しかった。ゆりなと繋がっていると知って会話をしてみたが本当に楽しいと思った。偶然、柚月と仲の良かった子もまりなちゃんと言っていた。だから僕は君をあのまりなちゃんと被せたんだ。

 君との会話で柚月の事が出てきたのは意外だった。まさか本当にあのまりなちゃんだとは思わなかったから。君が柚月を「守れなかった存在」だと認識していた事を嬉しく思う。

「守れなかった存在?」

『はい……。学校に来させない事が彼女を守る事だって勘違いしていたんです。でも、それが逆に負担になってたなんて……。こんな話聞きたくないですよね汗』

「そんな事ないよ。誰かを守ろうとするなんて素敵な事だから」

『あの頃の私は口下手でどうすればいいのか分からなかったんです。でもある時気がついて。人より傷つかないのかもって。だから学校に来ちゃダメって言ったんですけど、どうする事が正解だったんですかね』

 正解なんてない。いじめはどうする事も出来ないのだから。いじめをする人間はいじめられている人に非があると言う。果たしてそれは本当にそうなのか。結局は自分を正当化させたいだけの口実なだけで、誰かの上に立ちたいだけなのではないだろうか。その為なら弱い人間を言葉や力で抑えるしかないのだ。戦争を小さなカゴの中に詰め込んだものがいじめなのだから。弱い人間は治ることのない言葉の傷を背負って生き続ける。記憶を消す事が出来れば生きられるのに。

 柚月はどれほどの間苦しみ続けたのだろう。

「でもきっと、その子は喜んでいると思うよ。大切な人に今でも忘れないでいてもらえているから」

 僕は時々彼女に会いにキャバクラに行った。何度お願いしても連絡先をくれなかった事が心残りだけど。そうしてすぐ、脱退することを決めた。メンバーはすぐにそれを了承した。止めてほしいというわけでもなかったので僕は何の躊躇いもなくそれを事務所に報告した。大晴には言わなかった。きっといずれ知るだろうから。

 1人寂しい部屋で飲むお酒は冷たいだけの飲み物にすぎなかった。まりなちゃんと飲んだお酒の味も今では覚えていない。

 そういえばこれまで僕に貢いでくれていた子に僕が貢いでるってなんか面白いな。

 ピーンポーン

 珍しくチャイムが鳴る。颯汰だろうか。

 しかしインターホンに映っていたのはまりなちゃんだった。

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