「雨が降らなければ虹はでない。背伸びして完璧になろうとする嫁に降った軒下の雨だれ」

hitori

第1話「雨が降らなければ虹はでない。背伸びして完璧になろうとする嫁に降った軒下の雨だれ」


久しぶりの祝日。嫁はというと祝日でも休みがとりにくいので、今日は娘のカナと家でのんびり。


カナ「お父さん、なんか曇ってきたよ。雨降らないかなぁ」

私「ああ、なんだか降りそうだ」

カナ「ザァッで振り出すかも。ベランダの洗濯物、濡れたらお母さん怒るよ」

私「そうだな」


私はカナと一緒に洗濯物を取り込んで、部屋のすみに置いた。


カナ「まだ少し湿っぽいのもあるよ。このままでいいの?」

私「乾いたのだけをたたんでも、またやり直さないといけないじゃないって、ブツブツ文句言われるだけだもんな」


ということで、私は洗濯物をそのままにしておいた。雨はにわか雨程度のものだった。


夕方嫁が仕事から帰ってきて、「ただいま」も言わずにすごい顔で一言。


嫁「何で雨降ってないのに洗濯もの取り込んだの?」

私「降りそうだったよな」


私の言葉に頷く娘。にわか雨だったから、嫁は気がつかなかったのかもしれない。


嫁「勝手なことしないでよ」

私「お前には常識がないのか。ありがとうくらい言えよ」

嫁「あなたの常識って何よ。取り込んだ洗濯物をそのままにしておくこと?それともシワも伸ばさずにたたむこと?」

カナ「ああ、お父さんもお母さんも喧嘩ばかり。もう私、お手伝いなんてしない」


嫁はどちらかというと完璧主義者。俺にも完璧を要求してくることがある。靴下は裏返しのままにするな。たたむ時にそろえやすいように表にして。ご飯粒をお茶碗に残すな。すぐに洗えないときは、こびりついて落ちにくいらしい。そんなの水につけておけばいいのに。

納豆は毎日食べろ。栄養がいっぱいだからって、俺はあのネバネバが嫌いなんだ。


私「お前の常識ってなんだ?自分の知っていることに我がままを塗り重ねただけじゃねえか。お前の言う愛は、自分が大切にされ、何でも言うことを聞いてくれる、ただそれだけだろ。愛されるだけで、愛するがないんだ。もううんざりだよ」


嫁「あら、私だって家族のために働いて、疲れていても家事をしているのよ。そのどこが我がままなのよ。あなたの手伝いは、後始末が大変なのよ。いつもいい加減なんだから」


私「後始末?冗談じゃない。その後始末をしないといけないなんて思っているのはお前だけだ」


ぶつくさと文句を言いながら、荷物を置いて、台所に行った嫁。夕食の準備を始めた嫁を見て娘が一言。


カナ「またスーパーのお惣菜なんだ」

嫁「お母さんだって疲れているのよ。それに材料買っても半分は痛んで捨てちゃうでしょ。

もったいないわ」

カナ「まみちゃんとこ、ママの帰りが遅いから、まみちゃんが作ってるんだよ。私も作りたいな」

嫁「カナが作ったものなんて食べられないわ」


娘は嫁を睨んで自分の部屋に入ってしまった。


私「最初からうまい料理なんて作れるやつはいないよ。カナに謝ってこいよ」

嫁「なんで謝る必要があるのよ。まずい物をおいしいなんて言うのは芸能人だけよ」


思ったことをストレートに口にしてしまう嫁。言い返せば喧嘩になるだけなのはわかっている。


次の日、嫁の母さんがやってきた。どうやら、カナがお祖母ちゃんの作ったご飯が食べたいとメールしたようだ。お義母さんはカナと一緒に楽しそうに夕飯の用意をしていた。

そこへ嫁が仕事から帰宅。


嫁「あら母さん、急に来たりして。夕飯作ってるの?それなら連絡してよ、スーパーで買い物して来ちゃったじゃない」


お義母さん「そうねもったいないから、あなたがそれ食べなさいよ。私たちは手作りのおいしいご飯食べるから」

嫁「そんな意地悪言わなくてもいいじゃない。これは明日にするわ」

お義母さん「食べたいなら、今の不愛想な言葉を取り消しなさい。人間、顔がよければいいとか、頭がよければいいってもんじゃない。スーパーのお惣菜に母親の愛情が入っているとでも思っているの?お惣菜を買うのに、忙しいってのは言い訳ね。料理が下手なのを隠したいだけでしょ。あなた遊んでばかりで、料理なんてしようともしなかった。

カナがあなたに似なくてよかったわ。ああ、そうだ、カナちゃん、夏休みはお祖母ちゃんとこに来てよ。一緒にお料理しよ」


カナは大喜び。お義母さんの料理はおいしかった。


嫁「いつもの母さんの味ね。何十年も作っていたら当然かな。カナ、お祖母ちゃんの話し相手になってあげなよ」

お義母さん「おいしいって感じるのは、心を込めて作るからよ。食べるときも、喜んで食べるからおいしい。この食卓に思いやりがあるから、もっとおいしく思える。下手でも、失敗しても笑顔があれば、次はもっとおいしく作ろうって頑張れる。そうしていくうちに、上手になるのよ」

カナ「お祖母ちゃんも最初は下手だった?」

お義母さん「目玉焼きとカレーしかできなかったわ」


お義母さんは、食事のあとカナと一緒に洗濯物をたたみ始めた。楽しそうにしている。


私「水澄めば魚棲まずだよ。なにもかも完璧だと息苦しいだろ」

嫁「カナのあんなに楽しそうな顔、しばらく見てなかったような気がする」


それから嫁はガミガミ言うことはなくなった。しかし、夕食の総菜は続いた。俺とカナはそれを見越して、冷蔵庫の残り物で一品作ることにした。俺が仕事で遅くなった時でも、カナはサラダや味噌汁などを作っていた。娘のやる気が消えなくて良かったと思う。嫁ですか、嫁に料理は期待しないように割り切りました。洗濯物?なんか、もう文句を言われることに慣れちゃって適当に片付けてます。きっと怒ることが嫁のストレス解消なんですよ。これが空気みたいな存在になる入り口なのかもしれない。

俺は嫁が好きだ。気持ちをそのまま口にする嫁がうらやましい。俺は喧嘩が苦手。嫁は料理が苦手。でも俺にできないことをしてくれた。とても大きなことをしてくれた。カナを産んでくれたことだ。俺にとって家族は宝物。嫁はもっと宝物。互いを支え合い補いあって、金婚式を目指したい。

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