第36話
その日、朝から教会は慌ただしかった。
「聖女ミーナ様が凱旋(がいせん)される!」
「おお…… それは嬉しいですな」
「聖女ミーナ様はてっきり教皇領で、そのままに留まるかと心配しておりました」
冬が過ぎて、早朝の山に春霞(はるがすみ)が出始める頃にミーナは王都ミッドランドに情報を遠方から伝えられる魔法伝達圏内
聖女ミーナ派閥の聖職者達はこの報に喜び、祭りの前のようにウキウキと円卓に集まるとミーナ派の司祭が笑顔で話を始める。
「なるほど、では聖女ミーナ様が自(みずか)ら王都の教会に伝言を伝えて来たと?」
「はい、伝達の内容は此(こ)れに。」
「ほう、聖女様からの?なになに…… 『カエリマス アル 二 ハヤク アイタイ ミツケテ オイテ』どういう事だ?」
ざわざわと、円卓に座る12人
「帰ります、アルに早く会いたい…… という事でしょうな」
「アル…… というのは誰か?」
「…… あ…… あの」
『アル』が分からずに荒れ出した場に、おずおずと手を挙げる聖職者が1人…… 彼は聖女ミーナの執務室の保全を担当する聖職者だ。
聖職者の位階が一番下の彼は怒られないか心配しながらも司祭の『話があるなら早くしろ』という言外の圧力に震えながら声を出す。
「…… お、おそらく、アルというのは聖女ミーナ様と一緒に孤児院に入った男児かと思われます」
「ほう、何故そう思う?」
「あ、あの、聖女ミーナ様は幼馴染であるアルフレッド君ととても仲が良くて、執務室ではよくお笑いになりアルフレッド君と話をされていました」
「…… で?」
「…… はい?」
「…… で、そのアルフレッド君とやらはどこにいるのだ!?」
「はいいいいいい!あの、それが…… ですねぇ…… 」
執務室付きの聖職者は、アルフレッドをミーナ側近から強制的に罷免(ひめん)し教会から追放したと震えながら伝える。
「…… ではアルフレッド君がどこにいるかは?」
「分かりません…… 聖女ミーナ様にはアルフレッド君が行方不明になったと伝えています」
「…… なんという事だ…… 聖女様に嘘を話していたのか…… 」
「はい、どうも聖女ミーナ様の側近にどうしてもなりたい方々がいらっしゃった様で…… 」
「その者達と加担した者は異端審問にかける、後で名前を教えなさい」
「…… はい」
執務室付きの聖職者は震えながら俯(うつむ)いた。
彼も欲に駆られた1人で異端審問にかけられるのだろう。
…… 幾人かの『聖女を欺いた異端の罪』による極刑の即時執行と共に教会のミーナ派閥はアルフレッドを探す事になる。
異世界の教会はプロテスタントとカトリックに別れていないのでローマ教皇ピウス5世の創設した諜報機関
地道な足を使っての聞き込み調査なので、情報を得られる範囲は恐ろしく狭い。
そうして得た有象無象の情報から聖職者達は憶測で話を進める。
「商家に勤めているだろう」
「肉体労働をしているだろう」
「酒場で客商売をしているだろう」
と聖職者は探すのだから見つかるわけがない。
また他派閥からの聞き込みをすると聖女ミーナの名声に傷が付く可能性もあるので地道な調査が続くが……
「おそらく…… アルフレッド君は死亡したのでしょう」
という結論に達して、聖女ミーナへどのように説明すれば良いのかと派閥の者達は頭を悩ませた。
*****
「春のダンジョン?」
「おうよ!アル、行かねえか!?」
「…… 利点を言う前に話を進めるのは
「いいじゃん!アルと俺の仲じゃん!」
「話の筋と答えが合っていないよな!?」
はぁ…… とアルフレッドは相変わらず天真爛漫なキースに呆れてため息をつく。
今年の冬は魔女マリスカの生存確認をせねばならぬ程に厳しく、多くの孤児が凍死と餓死の為に若い命を散らした。
アルフレッドとキースが魔女マリスカの家から帰還した時それは最悪な状態で、何とか生きたいと願う孤児が拠点の扉を叩くとキースは子供達を可能な限り受け入れた。
中には手のつけられない悪童がいて、助けを求めてキースの元に来たが…… それらは拠点の前で冷たくなる結果になる。殺人や暴行などをした者は孤児でも受け入れられなかった。
膨れ上がる拠点メンバーの数と、支出を考えるとやはり一体となって仕事をするしかない。
ならばとキースはクランを名乗り冒険者ギルドにキース派閥として仕事の斡旋願いを持ち出した。
ここで上手くいくほど甘くはないのが世の中だが、幸いな事に自称アルフレッドの妻である魔女マリスカが英知を与えてキース派閥のクランは薬草の採取から魔法薬の製造までできる薬師工房として上手く行きだした。
「俺…… 建築家になりたかったのに」
というキースの泣き言はアルフレッドとの酒の席で涙と共に枯れ果てた。
まぁ、薬師工房の施設を増築するのには土魔法が役だったのでキースドンマイ。
「──────で、春のダンジョンって何?」
「お!さすがアル!気になりだしたか!」
「今は聞くだけね?」
「おうよ!」
春のダンジョンとは王都より馬車で5日程の距離にある湖畔のダンジョンで冬場は湖が凍り入れず、夏になると山の雪解け水が流れ込みダンジョンを塞いでしまうので春にしか入れないダンジョンである。
「…… 長期間ダンジョンが封鎖されてるのにスタンピードとか起こらないの?」
「いやな、アルがギルドでナンパしている時に職員に聞いたんだけどよ今まで春のダンジョンから魔物の氾濫は無かったらしいぜ?」
「…… ナンパなんかしてねー」
「なんだよ?目が合うだけで女メロメロにしてんじゃんイケメン野郎」
「…… おーーおー、やるか?コラ?」
「ケンカ売ってねーし、事実だし…… イケメン野郎、この前なんてパン屋の人妻にまで言い寄られてたじゃん!」
「よし、よーし!」
アルフレッドとキースの口喧嘩を聞きながらクランの拠点サポートメンバーは(ああ、あれは多分ダンジョンに行くな)と察して戦闘メンバーである4人と魔女マリスカの旅の準備を始めた。
「いい事ないね…… アル兄さんは本当にどうするつもりかね?」
「側室とかになるでしょ?アンタは?」
「…… ほう、いいね…… リリィ…… この魔女様にそんな口を聞く女はなかなかいないよ?」
「ロリエルフじゃん」
「…… あ゛ぁ?」
こちらはこちらで、魔女マリスカとリリィの口喧嘩が始まり、それを見た休憩中のクランメンバーの男達は(他所でやってくれよ…… )と真剣に思い、女メンバー達は(私もアルフレッドさんの側室にでもなんにでもなりたい…… )とアルフレッドの瞳を脳裏に浮かべながら心ときめかせるのだった。
*1
地球ではクロードシャップ(1763〜1805)という偉人が腕木通信という狼煙ではない通信方法を発明した。
家屋の屋根上に風見鶏のように信号施設を取り付け、遠方から望遠鏡で確認しながらリレー方式で通信
をして狼煙より正確に情報を伝える事に成功している。
トゥールビヨン(重力に影響を受けない機構)を発明したブレゲにらに中傷され心を病んだのだろう、彼は41歳という若さで自殺している。
異世界では魔法があるので土魔法を使える兵士または聖職者を要所の施設に置き、大きな文字または暗号を石造の櫓の上数人がかりで作りリレー方式で伝えている。
原始的な方法だが使い勝手はすこぶる良い。
*2
12は神聖な数字である。
キリストの弟子は12人(裏切り者は除く)。
ヤコブの息子も12人、星座も12、一年は12ヶ月、ゼウスを始めとする神々も12柱、日本でも干支は12である。
*3
オーストリアのユダヤ教徒である
アイヒマンの逮捕に重要な役目を担ったのも彼だ。
彼程の有能で名を残すほどの人物のインタビューで「世界で最も効果的で最高のスパイ組織はバチカンにある」との話も残っている程に、教会の
「the best and most effective espionage service in the world belongs to the Vatican.」
異世界でも諜報はあるが、聖職者が各地から得た大まかな物・雑多で噂話程度のもの・各国の状況等と地球と比べると情報の精度は低い。
めんどくさい世界で、ただ強くなろうとする狂人の話 @ais-
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