第一部第四幕 仁義の墓場Ⅴ

 ――すまんな、浩。

 ――何言ってんですか親父。水臭いやないですか。それより、こんな役目、若いもんに任せりゃいいんやないですか。何で親父自ら……。

 ――もう、この国は俺達のようなヒットマンが堂々と大通り歩ける国じゃなくなったんだ。いいか、浩、もし俺に何かあったら……。

 ――分かってますよ、松方組に入れ、でしょ。しかし信用出来るんですか。

 ――そういう所は、大丈夫な男だろう。さ、そろそろ時間だ。

 ――最後に一つ聞いても?

 ――何だ。

 ――何故仕事の時はいつもその白いスーツなんですか。

 ――帰り血を浴びて気付かないでいると、血の匂いを漂わせながら帰ることになっちまう。それに、血を浴びずに済ませた方が、スマートだろう。

 ――ははあ。

 ――無駄話は終わりだ。行くぞ。

 山城組若衆桐生浩は、塀の傍で手を組み、アンダーハンドの構えを取る。山城組組長、高良大悟は浩に向かって走って行き、飛んだ。そして片足を浩の手に乗せると、再度飛び、塀を飛び越えた。

 高良が着地したのは、日本庭園の片隅。見張りとして立っていたのは東堂会若衆石田幸三ただ一人。高良は懐から二丁のサイレンサー付きの拳銃を取り出すと、素早く石田の頭を撃った。石田は声を出す暇も無く、地に倒れた。

 高良は改めて周囲を見分する。しかし、庭園内には誰もいなかった。幾つかの木々や石灯籠が倒れて、粉々になっている。西谷が爆破したものだろう。高良は石田の遺体を木々の裏に隠し、手近い屋敷の縁側に駆けて行った。辿り着くと、身を隠しながら中の様子を伺う。時折、廊下を歩く見張りが現れたが、眠そうにただ歩くだけである。

 見張りの合間を縫い、高良は屋敷の中に静かに入った。そのまま静かに廊下を歩き、屋敷の中心部に向かう。屋敷の壁も所々崩れていた。

 二つの角を曲がり、扉を二つ開いたところで、男達の話声が聞こえて来た。その声は部屋の一室から聞こえてきている。障子に銃口で穴を空け、中の様子を伺う。その中では、若衆達が花札で遊んでいた。

 ――たくよう。何で俺達は居残りなんだ。

 ――そりゃ、本部をもぬけの空にする訳にもいかんでしょ。

 ――そりゃそうだけどよう。

 ――はい、月見酒。上がりだ。

 ――おいおい、三文で上がりか?

 ――月見酒は五文だろう。

 ――なにおう、俺が馬鹿だから騙そうってのか。

 ――おいおいおい。

 二人か、呟くと高良は障子戸を開き、持っていた拳銃で瞬時に二人を撃つ。呆気に取られたもう一人をゆったりと、しかし素早く狙って、撃ち殺した。

 部屋に入り、二人の死亡を確認すると、すぐに部屋を出る。すると、そこで一人の男と出くわした。

 ――あれ、高良の叔父……。

 言い終わる前に、その高良はその男の頭を撃った。その男の死体を部屋に入れ、障子戸を閉める。そうして次の場所へ移動する。

 高良はこの様に静かに、しかし着実に人を殺しながら屋敷の中を移動して行った。港に向かったのであろう、屋敷の中に人はほとんどおらず、高良にとってそれは容易い仕事であった。

 やがて、高良は大広間にまで辿り着いた。

 襖を僅かに開け、中を伺うと、近藤と五人の若衆が電話の前で待機していた。

 ――ええい、大友はまだ見つからんのか。

 ――それが、今日の朝から行方がさっぱりです。

 ――あの野郎、一体どこへ……。

 

 リリリリリリ。


 ――はい、もしもし。ええ、ええ、分かりました。フェリーの包囲、完了したとのことです。

 ――よし、分かった。今日こそ西谷の息の根を止めてやれ。警察に動きはないな。

 ――ええ、ありません。

 ――西濃組は。

 ――大丈夫です。

 ――万事完璧だな。よし、田中に伝えろ。作戦開始だとな。

 ――はい。

 高良は二丁の拳銃のマガジンを交換し、懐から手榴弾を取り出した。一旦、深呼吸する。

 若衆が電話を終え、受話器を置いたのを見て、高良は手榴弾のピンを抜いた。それを、襖の隙間から五人の中心に向かって放り込んだ。

 

 ――ん? 手榴弾だ!!

 

 爆発。

 若衆の一人が吹き飛ばされ、気絶した。その他の五人は、テーブルを盾にし、或いは即座に距離を取り、或いは低く姿勢を取り、難を逃れた。高良は襖を蹴って開き、中に転がり込むと、片手で伏せていた男を撃ち、もう一方の銃で部屋から出ようとしいた男の背中を撃ち、続いてテーブルから頭を出した男を撃ち、最後に起き上がって銃を構えつつあった男を撃った。

 近藤はテーブルを背にして身を守りながら、懐から拳銃を取り出していた。

 ――……高良だな?

 ――ああ。

 ――狙いは俺か。

 ――そうだ。お前を撃てば東堂会に武闘派のまとめ役はいなくなる。会長も大友も、暴力撤廃の旗を掲げた以上、これまで腕力で仁義を貫いてきた男達は一挙に離れることになるだろう。唐沢も高麗も受け皿になることはない。

 ――……そうして、実行犯であるお前と西谷は高飛び。シマの稼ぎは松方が回収し、ほとぼりが冷め次第お前ら二人が帰って来る。そういう絵図か!?

 ――その通りだ。

 ――松方も、果たしてその器と言えるかな?

 ――或いはそうかもしれん。だが、もうなるようにしかならないんだよ。

 ――それは西谷の思想だろう!

 近藤は机の裏から飛び出すと、高良に向かって発砲した。一発、二発、三発。しかし、高良は襖の裏に引き返し、弾丸を躱した。そして、高良も撃ち返す。

 ――俺達ヒットマンに思想などない。ただ、目の前の敵を撃つだけだ。

 ――なら何故裏切った。

 ――裏切ったのはお前らの方よ。

 ――ええい。

 近藤は拳銃の弾を撃ち切ると、拳銃を放り投げ、机を持ってそれを盾にしながら高良が隠れている襖に突っ込んで行った。高良が撃ち続けると、一発の弾が近藤の腹に当たった。だが近藤は止まらない。

 ――うおおおおおおお。

 そのまま襖に向かって突っ込む近藤。襖は外れて、高良を下敷きにした。その衝撃で高良は銃を取り落とした。近藤は机を放り、襖の上から高良にのしかかり、ドスを取り出し襖を刺した。白刃が襖を押し返そうとしていた高良の手に突き刺さる。

 ――うぐっ。

 高良は呻き声を上げながら、その刃を手で掴み返した。血が滴り落ち、高良のジャケットを赤くしていく。近藤は刃を抜こうとしたが、抜けない。そして、襖の下から、ごそごそと物音がするのを聞いた。次の瞬間、近藤の腹部に激痛が走った。更に一発、二発、三発。近藤は痛みに堪え切れずドスを離して襖から飛び降りた。

 襖の下から、高良が這い出して来る。手には一丁の拳銃、銃口から煙が出ている、

 ――チョッキ。着てやがるな。

 ――着込んでても、いざ撃たれるといってえなおい。

 ――今ので俺も弾切れだ。

 高良は拳銃を放り投げ、懐からドスを取り出した。素手となった近藤は足を開き、空手の構えを取った。

 高良は深く腰を落とし、切先を近藤に向け、突きをくり出す。近藤はそれを手でいなして近付き、正拳突き。高良は素早くサイドステップで躱し、再度顔目掛けて突いた。近藤は上半身を逸らして回避。再び突き。近藤はバックステップ。追い突き。サイドステップ、からの肘鉄。高良は避け切れず胸で受け、更にその衝撃で折れ曲がる体を利用して切り返す。近藤の二の腕を切った。

 一旦二人の距離が離れる。

 ――ハアハア。

 ――ハアハア。

 二人は素早く息を整え、集中する。高良は再度腰を落とした。その時、突きが来ると近藤の体は構えていた。

 しかし、高良はドスを握る手ではなく、何も持たない手を振った。近藤に刺され、血だらけとなった手を。瞬間、近藤の目に血が入り込んだ。反射的に閉じられる瞼。近藤はその闇の中で、刃が風を切る音を聞いた。

 近藤が目を開くと、眼前には血の噴水があった。近藤は喉を切られたのである。すぐに息が出来なくなった。

 ――うごッ。

 声を出そうとしても、ごぼごぼと、嫌な音がするのみであった。

 近藤は、自らの血の海の中へ、体を沈めていった。

 

 東堂会本部長近藤正二 死亡――。



          *


 屋敷の中には、大友も、会長もいなかった。不可思議に思いながら、高良は屋敷の外に出た。高良の白いスーツは、近藤の返り血により真っ赤になっている。

 ――スマートとは程遠いな。

 高良は夜空を見る。星は、見えない。それどころか真夜中だと言うのに、仄かに明るんでいる。

 ――時代は変わった、か……。

 高良は堂々と、正門を開いた。すると、そこには数十台のパトカーと、幾人もの警官が、盾を構えて待機していた。

 ――投降しなさい、お前は包囲されている。

 見れば、警官の中に混じって、大友と東堂会長の二人が高良を見ていた。

 ――なんだ、そういう事か。後は頼んだぞ、西谷……。

 高良は手を挙げた。詰め寄る警官達。高良の血だらけの手に、手錠が掛けられた。

 ――お前一人か?

 ――ああ。容疑は?

 ――殺人だ。

 高良はそのままパトカーに乗せられた。

 ――大友さん、予想が外れましたね。出てきたのは、近藤ではなかった。

 大友に近付きせしは、本間竜也である。

 ――しかし、高良も離反組の主犯であり、それはつまり抗争の主原因ということでもある。と、いうとこで勘弁して下さいや。

 ――本家と西谷側で痛み分けという形を取りたかったが、まあ仕方ない。中で近藤が死んでいるならな。

 ――近藤の方が筋がよろしかったでしょうか。

 ――そりゃあ、西谷が死んで、抗争の指揮を取った近藤を警察が引っ張ってしまえば、全部丸く収まったんだがな。

 ――そりゃそうですが、サイコロちゅうもんは、そううまあ転がらんもんでっしゃろ。

 ――分かった、分かったよ。

 本部の中に警官達が踏み込み、本家の人間以外存在しないことが確かめられた後、現場検証が始まったのであった。


            *


 この日、港での抗争及び東堂会本家への襲撃により、多数の死傷者が生じた。その総数は、東堂会本家百八十七名、唐沢組三十二名、高麗組十六名、西谷組六十五名、民間人六名の計三百六名である。その内死亡したのは、

 東堂会本部長  近藤正二

 東堂会若衆頭  石橋達也

 東堂会若衆   宇野昌平

 東堂会若衆   梅沢僚介

 東堂会若衆   神木慎之介

 東堂会若衆   北澤喜壱

 東堂会若衆   柴藤寛太

 東堂会若衆   仙谷義人

 東堂会若衆   種市健治

 東堂会若衆   西田俊道

 東堂会若衆   真島剛

 東堂会若衆   吉沢浩明

 唐沢組若衆頭  青砥隆平

 唐沢組若衆   新庄徹

 唐沢組若衆   山口哲司。

 高麗組若衆   相沢豊太郎

 西谷組若頭補佐 金子哲也

 西谷組若頭補佐 藤沢大太郎。

 西谷組若衆頭  東寛太

 西谷組若衆頭  大田実彦

 西谷組若衆   黄前一

 西谷組若衆   篠原明彦

 西谷組若衆   南太郎 

 西谷組若衆   宮木兼平

 西谷組若衆   山下幸之助

 西谷組若衆   山田智明

 以上、計二十六名である。

 警察は翌々日、抗争の主原因たる高良大悟の逮捕と、西谷健吾の指名手配を発表した。


 第一部 完。

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挽歌 ナナシイ @nanashii

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