第一部第四幕 仁義の墓場Ⅳ

 ――近藤さん、電話です。

 ――誰からだ。

 ――田中の兄貴からです。

 ――田中か……。もしもし、お前どこにいるんだ。何、港? フェリーが停泊している? 分かった。すぐに人を送る。ああ、ああ、急ぐよ。現場の指揮はお前が取れ。俺は本部で会長を守る。


 ガチャン。

 その時、近藤の脳裏には幾つもの疑念が浮かんだ。何故西谷は居場所を曝したのか。何故今まで隠れられていたのに、隠れ続けなかったのか。何故田中を返したのか。何故、何故、何故。しかし、その答えはやはり出ない。最初から最後まで、西谷の酔狂でしかなかったのか。奴は散々遊んでいただけなのか。どの答えも腑に落ちることはない。確かなものは、嫌な予感だけである。しかし、既に賽は投げられている。近藤にこの流れを止めることはできなかった。近藤は意を決した。


 ――おい、お前ら、人を集めろ。今すぐにだ。西谷の野郎の居場所が分かった。ありったけ武器もかき集めろ。唐沢組と高麗組からも人を呼んでこい。いいか、奴のせいで何人も死んだ。今度こそ逃がすんじゃねえぞ!

  

        *


 その夜、港には東堂会本家、唐沢組、そして高麗組併せて約五百人もの人間が集まった。対する西谷組は総勢百人にも満たない。勝敗は火を見るより明らかだった。しかし、フェリーは依然として出港する気配を見せない。田中は手に拡声器を持ち、遠巻きにフェリーを包囲させていきながら、その様子を伺い続けていた。

 ――田中、西谷の奴は一体何を考えてんだい。

 ――唐沢の姉御、そんなことはわかりゃしませんよ。

 ――あんた、会ったんだろう。

 ――ああ。

 ――何か話さなかったのかい。

 ――さっぱりでしたよ。時代がどうの、はみ出しものがどうの。

 ――時代、か。私達どうなっちまうんだろうね。

 ――そりゃあ分かりませんよ。

 ――あんた、もし東堂会が無くなったらどうすんだい。

 ――そんな馬鹿な。

 ――例え話さ。あんた、組長か、或いは近藤さんか、死んじまったらどうすんだい。

 ――そんな……。

 田中は直感した。

 ――姉御、高良は何処に行ったんだ。

 ――高良? 脱会してから一度も見てないよ。

 ――不味い……。

 ――どうしんたんだい。

 ――姉御、一番近い公衆電話は何処だ。

 ――ああ、確か、あっちの方に……。

 その時、銃声が鳴り響いた。

 ――撃って来やがったぞお。

 ――撃ち返せえ。

 ――殺せ、殺せえええ。

 幾つもの銃声が続く。見れば、フェリーの甲板上から男達が自動小銃を撃ち始めていた。

 ――始まっちまった。……姉御、頼んます。

 ――は、おい、どこへ?

 田中は持っていた拡声器を唐沢に渡すと、駆け出して行った。

 ――ち、しょうがないねえ。田中の奴がどこかに行っちまったので、あたしが指揮するよ! 突撃隊、突っ込めえ!

 その号令により、待機していた複数台の車がフェリーに向かって突っ込んでいった。その車を銃弾の嵐が襲う。乗車していた男達の一人は頭に銃弾を受け即死、また一人は喉を撃ち抜かれ呼吸できなくなり、またある男は胸に五発、肩に二発、腹に三発の弾を受け死亡した。生き残った男達は車を桟橋の前に車を止め、降車し、車を盾にしながらフェリーに向かって拳銃を撃ち始めた。

 ――第二陣、突っ込めえ!

 唐沢の号令に合わせて、男達がフェリーに向かって走って行く。ある者は全力で走り、ある者は銃をぶっ放しながら、またある者は銃弾で撃たれながら。男達は車の陰に走り込むと、フェリーに向かって銃弾を放つ。西谷組の側にも、倒れる者が出始めた。

 ――梯子隊、行けえ!

 梯子を担いだ男達が現れた。男達は撃たれながら、フェリーの傍まで走って行く。幾人かの男は血をまき散らし、地に倒れていく。やがて、フェリーの傍まで辿り着いた男達が、フェリーの欄干に梯子を掛けた。

 ――よし、全員突撃いいいいい!

 雄叫びを上げながら、何十人もの男達がフェリーに向かって行く。幾人も死人を出しながら、梯子を駆け上がってフェリーに乗り込んで行った。乱闘が始まった。フェリーの中から、銃を持たない西谷組の男達が現れ、ドスで切りつけ合い、パイプで殴り合い、拳をぶつけ合った。

 ――西谷はどこだ!

 ――殺せえ!

 ――逃がすなあ!

 元より多勢に無勢である。西谷組はその数を減らし続けた。

 ――西谷い、出てきなあ。遊びは終わりだよ!

 銃声が、瞬間、止んだ。

 静寂を打ち破ったのは、巨大な銃声である。東堂会の男が一人、デッキの上から吹き飛ばされた。現れたのは、ショットガンを手に持った赤いスーツの男、西谷であった。

 ――お集りの皆様、ご苦労様でした。俺はここだあ! だが、これで終幕じゃねえぜ。今夜死ぬのは俺じゃないからなあ!!

 ――ああ? 西谷い、お前何言ってんだい。負け惜しみかい!?

 そこへ――。

 田中始が唐沢の元へ戻って来た。青い顔をして。

 ――さあ、間もなく閉演だ……。

 西谷が呟いた。

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