第5話 陳腐な出会い
北の端に宮中のある安陽があり、南の端に安陽に勝るとも劣らない大きな街の慶央がある。そして、泗水は青陵国の真ん中に位置し、そのために交易で栄えた。それで人々は『青陵国の
その『青陵国の
その日、待ち合わせた酒楼で、康記と悪友たち四人はたらふく食って飲んだ。やがて夜も更けてきて、なじみの女がいる妓楼に繰り出そうと通りを歩いていた時だった。ならず者に取り囲まれている馬車があった。取り囲んでものたちのみすぼらしい恰好から見て、因縁をつけての金欲しさのたかりのようだ。
取り囲まれているのは一人の乗りの小さな馬車だった。
遠目にもわかる凝った
通りを歩く人々も、その光景をちらりと見やるだけで足を止めようともしなかった。露骨に足を速めて通り過ぎようとするものもいる。それぞれに、家路を急ぐものは家で待っているもののことで、またこれから出かけようとしているものは今夜の愉しみのことで、頭の中はいっぱいだ。他人の面倒事に首を突っ込む余裕もなければ、興味もないようだ。
そして荘康記もまた、腰を据えて商売を覚えようと思う根性もないが、困っている人を見て助けようと思う正義心もあいにくと持ち合わせていない。
――あんな目立つ馬車で、夜の街を無防備に出歩くとは。脅せば、いかようでも金を払いますって、大声で触れまわって歩いているようなもんだ。自業自得だな――
せせら笑って馬車の横を通り過ぎようとしたとき、馬車の乗り口の垂れ幕が上がった。心の臓が跳ね上がり、足がとまった。
――もしや、白麗か?――
御者台の横にぶら下げている提灯に照らされて、不安そうにあたりをうかがう女主人の顔が浮かび上がった。浅黒い青陵国人には珍しい、はっと息を飲む肌の白さだ。妓楼遊びに慣れた康記の目にも、その白さは塗りこめた
十五歳になった祝いに叔父の
忘れていたはずの白麗への愛憎が一瞬にして蘇り、心の中で激しく渦巻いた。
康記の横を並んで歩いていた悪友たち三人の足も止まった。康記と馬車の女の顔を交互に見比べて、三人は訳知り顔に頷きあって笑う。
「なるほどな、康記、おまえも隅におけぬな」
「ここで知らぬ顔をして通り過ぎれば、男がすたるという訳か」
「康記、助太刀してやろう」
最後にそう言った男は、手にしていた刀をはらりと抜き放った。泗水の鼻つまみものの悪童四人組ではあるが、幼少のころより剣の使い方は習っている。
『類は類を呼び、友は友を呼ぶ』という。
康記と同じ年頃の彼ら三人も、親は泗水の豪商か役人だ。幼いころから面倒事は金か権力で片づける親を見て育った。そのような親を後ろ盾して、泗水の歓楽街を肩で風を切って歩くようになった。盛り場で三人が康記と出会い気が合ったのも、当然の成り行きだった。
仲間のひとりが刀の柄に手をかけたことで、我関せずと通り過ぎていたものたちの足が止まった。「斬っちまえ」という声が人だかりの中からあがり、その声にならず者たちが怯んだのが目に見えた。
「まあ、焦るな。だれにでも事情っていうものがあるだろう。おい、そこの悪党。どんな事情で、女一人が乗っている馬車に因縁をつけていた? 刀の錆になるまえに聞いてやってもいいぞ」
親の金と権力はまた、彼らに人をいたぶる面白さを教えていた。
「この馬車がぶつかってきて、着物が破れた」
ならず者の一人が、着物の肩を引っ張って破れ目を見せて答える。
「そうか、むこうのあの男の着物の裾が破れているのも、馬車にぶつかったせいか?」
ひとだかりからどっと笑い声がおきた。
康記もまた馬車をかばうようにして立ち、刀の柄に手をかける。「園家のお坊ちゃん、遠慮することはない。やっちまいな」と、歓声があがった。
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