エピローグ

最近ずっと眠くて体が怠かった。

なんとか誤魔化しつつ今日までやってこれたけど、もう限界みたいだ。

次に寝たらもう起きられないだろうけど、この眠さに耐えられそうにない。

いつかは終わるとわかってはいたけど、もっと彼と一緒にいたかったな。


私の想像と現実が逆転していたことには少し前から気づいていた。

気づいたきっかけは些細な違和感だったけど、気づいてしまえばなぜ今まで気づけなかったのかが不思議なくらいだ。でも、優しい彼が私のために日常を演じてくれているのが嬉しくて、ずっと気づかないふりを続けてきた。

呂律だけはうまく回らなくなっちゃったけど、それ以外はいつも通りのはずだ。

きっと彼は私の演技には気づいていないと思う。



眠さと疲労で立っているのも辛くなり、私は保健室のベッドに横になった。そして、水筒のコップを持ってベッド脇まで来てくれた彼を見た。


「飲める?」


「ありがと~。きみはいつもやさしいね~」


「そんなことないよ」


微笑む彼を見て、心配してくれる相手の心情を利用するのは悪いと思いながらも、今なら何をいっても受け止めてくれそうな気がしたから、最後に私の想いを伝えることにした。

ずっと想い続けたあなたを好きという気持ち。

あと数分の命の相手からいわれてもただただ重いだけの迷惑な気持ち。

それでも、最後の思い出がほしい。

嘘でもいいから両想いだと思って終わりを迎えたい。


「そんなきみがだいすきだよ」


彼が少しだけ困ったような微笑みを見せた。それでもきっと優しい彼は押せば断れないだろうと、言葉を続けようと思ったところで、彼が答えた。


「俺も大好きだよ」


嘘だとわかっていても嬉しい。

彼の優しさを利用するなんて最低だってことはわかっている。それでも欲深い私は最後に思い出をもらうことにした。


「じゃあいまからわたしたちはこいびとだね~。もっとかおみせて~」


両手を広げて、もっと近くに来てほしいというジェスチャーをしたら、彼は優しい微笑みを浮かべながら近づいてきてくれたから、私は彼の頭を両手で抱くようにしてゆっくりと引き寄せた。

彼が全く抵抗しないでくれたから、そのまま私は目をつむり、彼と唇を重ねた。


最後の思い出に大好きな人と初めてのキス。


これ以上幸せなことなんてないだろう。


本当ならもっと一緒にいて、デートもしたかったし、恩返しだってしたかった。今朝約束した彼の料理だって食べたかった。


そんなことを考えたからか泣きそうになってきた。


私はもう十分に幸せだからこれ以上彼に迷惑をかけたらいけない。

これ以上優しい彼に無理をさせてはダメだ。


私が手の力を緩めると、彼は顔を離した。その彼に私はできる限りの笑顔を作って見せた。

悲しいのも苦しいのも辛いのも全てを隠して、幸せだけを表した笑顔。

最後はこの笑顔の私を覚えていてほしいから。


「えへへ~。ありがと~。わたしはしあわせだからね。おやすみ~」


これ以上は涙を堪えられそうになかったから、今までの感謝を出来るだけ重くならないように、それでいてちゃんと伝わる言葉を選んで伝えて、私は毛布を被った。


目を瞑ると、ゆっくりと体が沈んでいくような感覚がした。

痛みはなく、ただただ暗闇に沈んでいくような感覚。

このまま沈みきったら戻って来られないだろうという感覚。

でも、それでいい。

私は最後の思い出をもらえて幸せだから。

このまま永遠に眠るのであれば、それはきっと素敵なことだ。


彼は優しいから、きっと私が死んだら悲しんでくれるだろう。

そればかりはどうしようもない。

だから、今まで彼が私に合わせてくれた優しさが罪悪感に変わることのないように、この日常が偽りだと私が気づいていたことは、君は知らなくていい。

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君は知らなくていい 葉月二三 @HazukiFuni

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