クリスマス後日譚

片桐 椿

クリスマス後日譚

 冬の街は浮き足立っている。ハロウィーンからクリスマス、更に年越しへと続くイベント事の流れは老若男女問わず心を前向きにさせるらしい。行き交う人々は忙しないながらも充実した日々を送っていた。


 僕らはそんな刻々と移り変わる景色を何を言うでもなく眺めていた。荷物を足元に置き腕を組んで見下ろしている僕の横で、同僚の少女は屋上のフェンスに腰掛けてぶらぶらと足を揺らす。鼻歌すら聞こえてきそうだ。地面からは数十メートルも離れているが臆することはない。実際僕らには高所を怖がる理由などないのだ。地面の代わりに空を移動する術を僕らは持っている。ビルの間をそよ風が駆け抜けて彼女の純白の羽がふわりと揺れた。


「暇だねぇ」


 間延びした言い方とは裏腹に彼女は晴れやかな表情で人々を眺めている。まるでプレゼントを貰った子供のようだった。つられて僕も口角を上げながら、それを指摘する。


「聖夜の子どもみたいな顔だよ、ギャビー」

「だって、皆楽しそうなんだもの!」


 ギャビーは柵の上から次々と通行人を指差していく。


「あのおじさまも、あの親子連れも、あの少女も。皆きっといい聖夜を過ごしたんだわ。ねえミック。素敵な夜だと思わない?」

「そうだね、幸せそうな人ばかりだ」


 彼女とは同意見だった。しかし、人々が満たされているからこその懸念もあった。


「こんなに幸福そうな人が多いと、夢も売り残っちゃいそうだよ」


 小さな吐息をもらして、それと同じくらい白い袋を一つぽんぽんと叩く。柔らかく変形して、袋から淡い火花が飛んだ。


 袋の中には夢が詰まっていた。神様が手ずからつくりあげた幸福な夢だ。それらを人々へ配り歩くのが、神様に遣わされた僕らの仕事。普段は寂しい想いをしている人や運に見放された人に配るのだけれど、ウィンターホリデーのこんな日にそんな人は見当たらなかった。今日は十二月二十六日、人々はクリスマスの余韻で幸福を味わっている。僕らの出番などないくらいに。


「このままだと、この夢たちは持って帰らないといけないかな……。でもなぁ……」


 僕が懸念していたのは神様のことだった。僕らのボスはきっと事情を説明すれば分かってくれるし怒られることはないだろう。それでも、あの神が悲しそうな顔で夢を受け取る姿はあまり見たくはない。


 僕が考え込んでいる様子を見ながらギャビーはクスリと楽しげに笑った。そして大きく腕を広げる。


「ここから見える幸福そうな人達をもっともっと幸せにできたら、それはとっても素晴らしいことだと思わない?」

「それは、確かにそうだけれど……」

「難しいことないよ。ほんの少しのイマジネーションでいいの。ほら!」


 ギャビーは一際軽い袋を持ち上げて思い切り街中へと振りまく。虹色に輝く粒子が袋から飛び出すとたちまちの内に細かい雪となって世界を輝かせた。


 あちらこちらで歓声があがる。人々は確かに神からの祝福を受け取ったようだった。満足そうなギャビーを見ていると僕も何かをしたくなって、手近にあった袋を掴んで夢をばら撒いた。キラキラと輝く粒子にささやかなまじないをかける。今この場に立ち会った人々が年の瀬まで幸せでありますように。暖かい年明けを迎えられますように。触れたら溶けてしまうその祝福は雪と混ざり合って透き通った空気の中を舞い降りた。


「すごいじゃない、ミック! その発想は私にはなかったわ!」


 降り注ぐ雪なんかよりずっと煌めく瞳をしたギャビーが僕の手を取る。


「この調子でもっとたくさんの人に夢を見せに行こう」


 断る理由なんてなかった。しっかりと頷いて背中にたたんでいた翼を広げる。温かな手のひらから伝わってくる熱を感じながら、息を合わせて二人で屋上から飛び立つ。ひんやりとした空気が肺を満たした。もうすぐ新しい年が来る。

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