第6話 エピローグ

 ミンミンミン――とせみが鳴くけやき通りを抜けると、レンガ造りの立派な図書館が目に入る。

 死の図書館――死神と呼ばれて幽霊たちの魂を切る一人の侍がいるその図書館に、俺は足を踏み入れた。

 肌を針でチクリと刺されたような感覚に襲われる――気のせいだ。神経が過敏かびんになっているだけだ。

 武蔵はいつもと同じ席で、普段通りに本を読んでいた。

 その姿は、変わらずにとても美しい。

「やあ」

 俺はいつも通りに声をける。

 武蔵はこちらを一瞥いちべつすると、再び本に視線を落とした。

 毎日のように繰り返された一連のやり取りだ。

「相沢は無事に目覚めて退院したよ」

 相沢の悪霊を切ってから丸二日が経っていた。相沢は今頃学校に行って、クラスメイト達にむかえられているだろう。

「……満足げな顔だな」

 武蔵は本に視線を落としたままで言う。

「それはもちろん。相沢が無事で何よりさ。武蔵の提案のおかげで彼の私生活への影響も最小限に抑えられたんじゃないかな」

 何気なく普段通りに彼の手元の本の表紙に目をやると、はっきりとタイトルが視えた。

 ――『審判しんぱん』。

 どうして今日に限って……といぶかしんでいると、「視えるのか、残念だ」と武蔵は本を閉じて立ち上がる。

「お主の魂はけがれ過ぎた」と武蔵は腰の刀に手を添えた。

「おいおい、待てよ。何を言ってるんだ。俺は別に何も悪いことなんてしちゃいねえって」

 そうだ、ただちょっとやり返してやっただけだ。あいつにやられた分の百分の一もまだ返しちゃいねえぞ。これからだ――これからだっていうのに。そりゃ、武蔵に殺される覚悟はしてきたさ。だけど、万が一のときのための覚悟だ。叱責しっせきくらいで勘弁かんべんしてくれよ。

かせ、たわけが。確かに相沢はお主に対して悪質ないじめをしていたのだろう。だが、それは悪霊のせいと言ったはずだ。にもかかわらず、お主は復讐心ふくしゅうしんとらわれて、相沢にひどい仕打ちをした」

 ……そこまでバレているのか。

 半年前、相沢のいじめの標的が俺になった。

 教科書はビリビリに破かれ、目の前でゴミ箱に投げ捨てられた。

 体育館裏に呼び出され、相沢を含むサッカー部の奴らから集団リンチを受けた。

 以前に武蔵に話した内容は、すべて俺の実体験だった。

 いじめに耐えられなくなった俺は、学校に行かなくなった。

 当初は相沢への復讐心にられていたが、学校から遠ざかる日が長くなるにつれて、その感情も希薄になっていった。

 そんなときに、立ち寄った図書館で武蔵に会い、これは使えると思った。

 幽霊であるために周りからは視えない存在。

 相沢に復讐するための絶好のを手に入れた俺は、まずはの特徴を掴むことにした。数か月を費やして無口なからできるだけ情報を手に入れた。

 計画を実行に移す際には、自らが被害者であることをさとられぬように、軽い調子で相沢の殺害を提案した。元凶が悪霊であったことは想定外だったが、それも「悪くない」と思った。

 ――あいつを殺すだけでは確かに復讐とは言えない。あいつにも俺が味わったのと同じかそれ以上の苦しみを感じてもらって、初めて復讐となる。

 相沢が倒れた土曜日の午前中。武蔵と合流する昼前までの時間を使って、教室のクラスメイト達の持ち物をぶっ壊した。教室の惨状さんじょうをカメラに収め、乗っ取った相沢のSNSアカウントで「やべー、気持ちいい」という文章つきで写真を送った。効果は覿面てきめんだった。相沢の素行そこうが悪かったことも後押ししたのだろう。その日の夕方には、SNSやクラスの掲示板は相沢を罵倒ばとうする文面であふれていた。その時間に練習試合があったことを知るサッカー部の数人は相沢を擁護ようごするコメントをしていたが、多勢たぜい無勢ぶぜいだった。

 登校した相沢がクラスメイト達から今頃どのような仕打ちを受けているのか――想像するだけで顔がにやけてしまう。

「……本当に人でなしだな。いや、人の形をした化け物と言った方が適切か」

 道具がどんな表情を浮かべているのか、よく視えない。

「お主との日々は、……悪くなかった」

 視えたのは、薄花色うすはないろ閃光せんこう

 刹那せつな、俺の体から、パッと黒い花弁が、散った。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死神と呼ばれる侍の幽霊 まにゅあ @novel_no_bell

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ