第1話 転校生は美少女作家
「
卒業まで残り半年に迫った高三の秋。俺達のクラスにやってきた季節外れの転入生は、少しの緊張も感じさせない柔らかな口調でそう述べて、教壇の上からうやうやしくお辞儀をしてみせた。
ラメでも入ったかのようにキラキラと艶やかな黒髪。星の輝きを映したような瞳。不織布マスク越しにもわかる整った顔立ち。白い頬にかかるロングヘアーを軽くはらい、彼女がにこやかに微笑むと、教室のあちこちからほうっと息が漏れる。
長すぎず短すぎないスカートから覗く真白い両脚。真新しいブレザーの下で確かな存在感を放つ胸の膨らみ。俺だけじゃない、クラス中の男子も女子も一人残らず、あまりにも清純可憐なその美少女の姿に目を奪われているのがわかった。
だが、本当の衝撃はそれからだった。
「よぉし、誰か藤谷さんに質問のある人ー」
熱血が売りの担任教師に促され、クラスの陽キャ達が「ハーイ!」と我先に手を挙げる。陰キャの俺は教室の最後尾で無関心を装っているだけだが、もちろん彼女の受け答えには興味があった。
彼女みたいな美人が俺と親しく口を利いてくれることなんて、卒業まで一度もないに決まってるけど……それでもプロフィールくらいは知っておきたいじゃないか。
「藤谷さん、趣味とかあるのー?」
陽キャ男子の一人がお決まりの質問を投げる。すると、美少女はマスクの下で微かにはにかむような素振りを見せて、こんなことを答えたのだ。
「小説を少し……」
小説……?
俺の眉がぴくりと吊り上がった、その瞬間。
きっと俺の勘違いだろうが――彼女は、探していた何かを見つけたような目で、俺にぎゅんと視線を合わせてきたように見えた。
「……!」
心臓が飛び跳ねるように高鳴って、俺は慌てて目をそらす。もちろん、クラスの誰もそれには気付いていないようで、口々に「どんな本読むのー?」などと彼女に質問の続きを浴びせている。
そこで、担任が信じられないことを口にした。
「みんな聞いて驚け、藤谷さんのもう一つの顔は小説家だそうだ。何て言ったかな、ショートノベル?」
彼の言葉に、クラス中が一斉にざわつき始めた。
「ライトノベルです、先生。ショートノベルだと短編に……じゃなくて、その件はヒミツでってお願いしたじゃないですか」
「いやいや、隠すことないだろう、立派な肩書じゃないか。高校生作家様だ。みんな、現文でわからないことがあったら教えてもらえよ」
「……もう」
恥ずかしそうに頬を赤らめ、片手でぱたぱたと顔を扇ぐ彼女の姿に、クラスメイト達は一気に盛り上がるが――。
(高校生作家、だと……?)
俺は一人、誰にも気にされない最後尾の席で、ぎりっと奥歯を噛み締めていた。
小説、ライトノベル、高校生作家――今の俺にとって、それらはあまり正面から受け止めたくない言葉だった。同い年でそんな奴がいるなんて……その現実を認めるのは、今の俺には苦しすぎる。
「ていうか、高校生でも作家ってなれるんだー」
「七瀬ちゃん、芥川賞とか取っちゃうの!?」
「ちげーだろ、目指せアニメ化!だろ」
「はいはーい、あたし声優志望なんで、アニメになったら使ってくださーい」
陽キャ達のハイテンションな声が、教壇から目を背けた俺の意識を上滑りしていく。
「アニメなんて、まだまだそんな。考えるのも恐れ多いよ」
渦中の美少女は謙遜じみた声でそんなことを言っていたが、今の俺にはそれすらも嫌味にしか思えなかった。
「じゃあじゃあ、目標はー?」
「まずは無事に二冊目を出すことかな……」
「ペンネーム、なんていうのー?」
「……それは、ここではシークレットで。だって恥ずかしいもん」
彼女と皆の質疑応答を横目に、俺は頬杖をつき、窓の外へと視線を向ける。
(……ちぇっ)
公募かウェブ小説か、どんなルートでデビューしたのか知らないけど……。
……運か実力かも知らないけど、「持ってるやつ」のことなんて知ったことか。
(……どうせ俺は、あれだけ書いて一作も書籍化できなかったヤツだよ)
俺が高一まで熱心に小説を書いていたことは、このクラスの誰も知らない。今も形だけの文芸部の部長をやってはいるけど、誰も陰キャの俺のことになんか興味を持ってはいない。
だから、美少女転校生のアイデンティティが小説家だったところで、誰もそれに絡めて俺に話を振ってきたりなどしない――。
卒業までたった半年。どうせこれから受験に向けてラストスパートの時期だ。
せめて、せっかく捨てた苦い記憶をえぐりかねない彼女の存在からは、なるべく距離をおいて過ごそう。わざわざ避けなくても、彼女が俺なんかに近付いてくる可能性は元々ないだろうけど。
……と思っていたが、そうもいかなかった。
その日の放課後、ボッチで陰キャな俺の居場所に――
俺が形式上の部長を務める文芸部の部室に、話題の美少女作家様が訪ねてきたからである。
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