幼馴染に「彼氏ができてクリスマスデートするんだよwww」と煽られたのでプレゼントに下剤仕込んでデートをぶち壊してやろうとしたら、なんかドタキャンされたとかで俺のとこきたけどめちゃ死にそうな顔してる件

くろねこどらごん

第1話

「―――ほら、小夜。少し早いけど、今年のクリスマスプレゼントだ」


 12月23日。

 クリスマスイブを翌日に控えたその日。

 俺こと鹿原勇司は幼馴染である白石小夜に少し早めのクリスマスプレゼントを手渡していた。


「あ、ありがとう…」


 少し戸惑いながら紙袋を受け取る小夜。

 トレードマークであるツインテールを揺らしながら、心なしかはにかんだ表情を見せている。

 それを可愛いと思うものの、表に出すことはしない。

 このボクっ娘幼馴染は、すぐ調子に乗るやつだってことをようく知っているからだ。


「ネタばらしになるけど、中身はキャンディーだ。一応手作りだから、早いうちに食べてくれ」


「うん。わかったよ。ていうか、今開けてみていい?」


「ああ、いいぞ」


 俺が頷くと、ガサゴソと袋を漁り始める小夜。

 それを見ながら昔から食い意地の張ってるとこがあったなぁと、少しだけ感傷に浸ってしまう自分がいる。

 やがてラッピングしてあった袋を開けると、中からキャンディーを取り出した。


「うわ、綺麗な星型だね。さすがユージ。お菓子作りが上手いや」


「ははは、もっと褒めるが良い!」


 手に取ったキャンディーを、小夜はしげしげと眺めてそんなことを言う。

 趣味であるお菓子作りの腕前を褒められたのが嬉しくなってつい調子に乗ってしまうのは、まぁ仕方ないだろう。

 好きな女の子に褒められて嬉しくならない男なんてそうはいないのだから。


「あ、それはいいや。君はすぐ調子に乗るしね」


「なんだと!?」


「あはは、そういうとこが子供っぽいんだよ」


 からかわれているとわかっていても、笑顔が可愛いからつい許してしまうのだ。

 これが惚れた弱みってやつなんだろう。ただの会話だけでも、嬉しかった。


「だけど、せっかくなら明日渡してくれたら良かったのに。クリスマスイブじゃん」


 だけどその言葉を聞いた途端、胸をズキンとした痛みが襲う。


「いや、そういうわけにはいかないだろ」


「なんでさ」


「なんでって、そりゃお前…」


 分かってて言ってんだろうか。

 だとしたら、コイツはとんでもない悪女の素質があるに違いない。

 なぜなら…


「明日は彼氏とデートなんだろ?そんな日に、俺が会うわけにもいかんだろうが」


 この幼馴染には、既に彼氏がいるのだから。


「…………あー。そ、そういえばそうだったね」


「おいおい…」


 そういえばとか、今思い出したみたいに言ってやるなよ。

 彼氏の扱いちょっとテキトーすぎないか?


「そんなんで大丈夫かよ。そんなんじゃ愛想尽かされるぞ」


「い、いいんだよ!ボクは可愛いから!愛想尽かすとしたらこっちだもん!そ、それよりちょっと飴食べてみていいかな?どんな味するのか気になるし!」


 露骨に誤魔化そうとしてくる小夜。

 もっとつっこんでもいいのだけど、ここは合わせてやるとするか。


「別にいいけど」


「やった!じゃあいただきまーす!」


 了承すると同時に、小夜は飴を口の中に放り込む。

 それを見て、俺は密かにほくそ笑んだ。


(ククク…食いやがったな…俺の特製キャンディーを…)


 そう、俺が渡したのはただの飴ではない。

 俺が自ら作った、下剤入りの特製キャンディーだった。





 ―――話は前日。22日の夜まで遡る。

 ベッドの上に寝転んで漫画を読んでいた時、脇に置いていたスマホが着信の音楽を鳴らしたのが始まりだった。


『ユージは今年のクリスマス、なにか用事あるの?』


 それを見た瞬間、俺の脳裏に浮かんだのはまたかの三文字。

 きっと傍から見れば、今の俺はとんでもなく渋い顔をしていることだろう。


(毎年毎年、よくもこりずに送ってくるもんだ)


 思わずため息をついてしまうくらい、それは見慣れた文面だった。

 送り主である白石小夜は俺の幼馴染で、同い年の同級生だ。

 家も隣で生まれた病院も一緒という、生粋の腐れ縁。

 さらには学校もクラスもずっと同じだというのだから、もはや筋金入りである。


 そんな関係だったから、気付いたら小夜に好意を抱いてしまうのも、自然なことだったのかもしれない。

 幼馴染としての贔屓目抜きに小夜は昔から他の同級生より可愛かったし、中学に入ったあたりでグッと大人っぽくなったと思う。

 遊び友達だと思っていた幼馴染の変化。そしてそんな小夜を見て、なんだか胸がモヤモヤしていた自分。

 よくわからない感情にヤキモキした日々を過ごしていたが、一緒に学校から帰ってるとき、不意に見た横顔がすごく綺麗だったのだ。


『あ、こいつ可愛いな』


 すっと自然に、そんな言葉が頭をよぎった。

 幼馴染のことを女の子として意識した瞬間だったんだろう。

 以来、俺はずっとこの幼馴染に恋心を抱いている。


(懐かしいな…)


 恥ずかしくもあり、同時にくすぐったくもある初恋の記憶。

 思わず苦笑していると、不意にピコンという音が部屋に響く。


『ねぇ、ユージ。聞いてる?既読付いてるんだから、見てるよね?』


 スマホに目を落とすと、そこには新しい文字列が表示されていた。

 時計を見ると返信した時から5分ほど経っていた。

 どうも物思いにふけってしまっていたらしい。


『聞いてるよ。用事なんて特にない。強いて言うなら、ケーキ作りを手伝うくらいかな』


 慌てて返信するけど、言ってて悲しくなる内容だな…

 本当なら会話の向こう側にいる相手を誘いたいっていうのに…


(い、いや、今ならワンチャンいけるか…?思い立ったが吉日って言うし…)


 ピロン♪


 そんなことを考えていると、また新しい文章が目に飛び込んでくる。


「…………え゛」


 すぐに確認するのだが、そこに書いてあったのは


『あ、やっぱりwww』


 という、草を生やした完全なる煽り文句だった。


 ビキッ


 瞬間、額に青筋が走る。

 い、いや、待て我慢だ我慢。相手は惚れてる女の子だぞ。

 荒立てるのは良くない。もしかしたら小夜なりの照れ隠しの可能性もある。


『やっぱりってなんだよ』


『ゴメンゴメンwww悪気は無いんだよwwwwただ、ププッwwww相変わらず寂しいクリスマス過ごすんだなってwww高校生なのにwww中学からずっと独り身wwwwwwプククククwwwwwww』


 ビキキキキッッッ!!!


 笑われ煽られ、俺はキレた。キレないでか。

 好きな女がどうした!?こんなこと言われて、キレない男がいるはずねぇ!!!!


『なにが可笑しい!!??』


『別に?ただ、君も早く彼女作ったほうがいいんじゃないかなーってwwwいつまでもひとりって、彼女もいないってwwwww(ヾノ・∀・`)ナイナイマジデナーイwwwww』


『お前だって、彼氏いたことないだろ!?俺と立場変わんないのに、そんなこと言われる筋合いはない!!』


 MAJIGIREする俺に対し、小夜はあくまで煽りの姿勢を崩さない。

 自分だって彼氏がいないくせに、なんて言い草だ!


(い、いや、いられたら困るからそれが別にいいんだが…てか俺ら、毎年毎年こんなやり取りばっかしてんな…)


 恋人がいない事実を指摘すると、小夜もキレてきて互いにケンカに発展し、クリスマス当日に仲直りするのが毎年の恒例行事になりつつある。

 その際いつも妹に仲裁を頼むハメになるのだが、そのたびに呆れながら俺たちを見る妹の目はいつも冷たかった。

 今年もまたあの視線を浴びることになるんだろうな…そう思っていた時のことだ。


『…………あれ、言ってなかったけ?』


 ん?なんだろう。小夜子の様子がいつもと違う気がする。

 虫の知らせというのだろうか。なにか引っかかるものを覚えた次の瞬間、


『ボクね、最近彼氏できたんだよ』


 俺の目に飛び込んできたのは、幼馴染のとんでもない爆弾発言だった。





『…………は?』


『あれ、理解できなかったかな?ボク、今年は彼氏出来たんだよねーwwwクリスマスはデートするんだよーwwww』


 その言葉の意味を理解するのに、たっぷり一分はかかっただろうか。

 いや、理性が理解することを拒んでいたのかもしれない。


『まぁボクって可愛いし、モテるからね!ボク以外女の子の友達がロクにいない君とは違うってことさ。その気になれば、すぐに男くらい作れるんだよ?』


 え、なに、彼氏って?

 彼って男ってこと?男ってホモサピエンス?

 つまり人類の敵ってこと???


『ねぇねぇ、後悔してる?後悔してる?ボクみたいな超絶可愛い幼馴染がすぐ近くにいつもいながら、手を出すことも告白することもしないで自分がどれだけ恵まれた立場にいたのか気付けなかったことに、もしかしてようやく気付いたりしたのかな???』


 頭がパーになっている間も、スマホには次々に新しい文字が浮かんでは更新されていく。


『だとしたら、ざまああああああwwwwwwさっさと告白していたら、万が一の確率で、もしかしたら成功していたのかもしれないのニナー!ボクって超絶優しいから、気まぐれで君を彼氏にしてあげても良かったとか気の迷いおこしてたのかもしれないのニナー!なんでこれまでそれをしなかったのかなぁ!!ボクを女の子として見てなかったのかなぁ!!!だとしたら、殺すぞ!!!!!』


 いやいや。いやいやいやいや。

 なにいってんだお前。なにキレてんの。

 お前のことなんて、最初から最後まで女の子として見てたわ!

 てか惚れてるし。頭のてっぺんからつま先まで、好きで好きで仕方ないっていうのに、お前いつの間に彼氏なんて……彼氏なんて!!!


『ハァ、ハァ…ま、まぁいいさ。とりあえずそういうわけだから、きみは独りで寂しくクリスマスを過ごせばいいのさ。そう、独りでね。いいか、ぜっっっっったい独りでいろよ!!!当日は空けとけよ!!!予定入れたらぶっ殺すからな!!!!』


 混乱する俺をよそに最後にそれだけ言い残し、小夜からのメールは途絶えた。


 五分十分と待っても、画面にはなにも表示されないし音もしない。

 ただ真っ暗なディスプレイに、呆然とした自分の顔が映し出されているだけだった。ゆっくりと現実が、俺の脳を侵し始める。


「………クリスマスに独りでいろ?」


 どういう意味だ。

 あれか。お前に彼女なんてできるはずないから、家で大人しく家族と過ごしていろということなのか。

 その間、自分は彼氏とラブラブなクリスマスを満喫して、リア充ハッピーライフを送るし、なんならデートの様子を実況生配信してあげますよと。


 つまりはそういうことなのですかな?

 そりゃ毎年この時期はお互い煽りあってケンカしてたけどさあ。

 普段は仲良かったじゃん。

 学校は登下校一緒だったし、休みも一緒に遊ぶことがほとんどだったし、平日だってお互いの部屋を行き来して、勉強するような仲だったじゃん。

 彼氏なんてできるはずないと思うじゃん。


「……うそ、だろ…」


 俺達、ずっと一緒にいたじゃん。

 言葉にしなくても、もしかして俺ら両思いで、脈くらいはあるんじゃないかなくらいは思うじゃん。


「なんでだよ、小夜…なんで…」


 勘違いなら仕方ないけど、好きな奴ができたならできたで、せめて相談くらいはしてくれても良かったじゃないか。

 そうしてくれてたら俺は全力でそいつを闇討ちしていたし、なんなら先に告白だってしてたのに。


「ちく、しょう…!」


 お前は俺のこと、なんとも思ってなかったってことなのかよ。

 あの毎日は、なんだったんだよ。


「畜生…ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」


 気付けば俺は絶叫していた。

 どうしようもない現実に抗うように思い切り床をぶっ叩き、喉が枯れるほど大声で思いの丈を吐き出した。


「ぶるああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 下と隣の部屋から「うっせぇぞ!!!」と両親と妹の怒鳴り声が聞こえてくるが、そんなもんはどうでもいい。

 妹はモテるし、両親はそもそも結婚してるリア充どもだ。

 やつらに俺の悲しみなどわかるまい。今の俺にはリア充は全て敵だ。


「彼氏ってなんだよおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!ほろびろクリスマスゥゥゥゥゥゥゥッッッッッ!!!!!!!!!」


 悔しさに心はズタズタに引き裂かれ、悲しみに暮れながら俺はひたすら慟哭するのだった。


「だからうるせぇっつってんだろ!?殺すぞ!!!!」


 なお、部屋に侵入してきた親父にぶん殴られて、すぐ辞めることになったのだが。

 やはりこの世に神などいなかった。ハゲは死ねばいいと、心から思うのだった。








 どれくらい時間が経っただろう。

 10分か30分か。あるいは数時間か。

 曖昧になった感覚のまま、俺はひざを抱えてひたすらうずくまっていた。


「くそ、くそ…!」


 口から出るのは悪態ばかりだ。

 幼馴染との思い出が浮かんでは消えていく。


 失恋。

 そのたった二文字が、重く肩にのしかかる。

 そう、俺は失恋したのだ。長年の想い人を、顔も知らない赤の他人に奪われてしまった。

 それもよりによって、クリスマス前のこのタイミングで。

 近いうちに関係がステップアップすることはほぼ確実。

 そのことを考えるだけで、気が狂いそうになる。

 このショックから立ち直るには、かなりの時間を要するだろう。


「…………許さん」


 ―――ただし、普通のやつなら、だが。

 俺は一言だけ呟くと、腫れた頬を拭いつつ立ち上がった。


「クリスマス?彼ピッピとデートだぁ?」


 壁に掛けてあるダウンを手に取り部屋を出る。

 後ろ手に、バタンと扉が閉まる音がした。

 フツフツとなにかが沸き上がってくる感覚。


「散々イチャついて、そんで性の六時間に突入だとぉ?」


 今の俺を突き動かすのは、怒りの炎だ。

 裏切られたという怒り。そしてなにより、俺以外の男と大人の階段を駆け登ろうとしている幼馴染の足を全力で引っ張りたいという衝動が、俺を突き動かしている。


「許さん…絶対に許さんぞぉ…!」


 許すことはできない。

 できらいでか。

 一気に階段を駆け下りると、俺は家を出て疾走した。

 自分でも驚く程の活力が、体中を駆け巡っていた。


「小夜―!!!お前と付き合う願いを叶えるのは、この鹿島勇司様だ!断じてぽっと出の寝盗り彼氏なんかではな―――い!!!!!!」


 だって、めっっっっっちゃ悔しいもん!!!

 そんなこと、許されてたまるかよぉっ!!!!


「どんな手を使ってでも阻止してやる!ぜってぇクリスマスデートなんてさせねえええええええええええええええ!!!!!!!!!!」


 顔も見たことのない彼氏への嫉妬を丸出しにしながら、俺は近所にある24時間営業のスーパーへと駆け込んだのだった。







「んー、おいしー!」


(ククク…何も知らずに美味そうに舐めおってからに…)


 それには強力な下剤を混ぜているというのに。

 便秘が中々治らないからと、親父がわざわざ海外から購入した一品だ。

 その効果は摂取した途端トイレに立てこもり、翌日ミイラのように痩せこけた姿で出てきたというのだから、まさに推して知るべしである。

 材料を買い込み、ひと晩かけて作ったのが、今小夜が舐めている特製キャンディーって寸法さ!

 今から口にしたのなら、まず今日はトイレから出ることは不可能だろう。

 つまりそれは、明日のデートもご破産っていうことだ。まさか彼氏の前で、ミイラ姿を見せるわけにもいくまい。


「ミント味でスッキリする感じだね。味付けバッチリだよ」


「そりゃ良かった。作った甲斐があったってもんだな」


 よし、バレてない。

 味に違和感を覚えないようミント味にしたのは正解だったな。

 作戦が順調にいってることに、内心ほくそ笑む。


「でも、なんで今年はキャンディーなの?去年はシャーペンだったよね?」


「そりゃ…今年は彼氏のデートがあるって言うからさ。口直しにはちょうどいいだろ?お前、デリカシーに欠けてるとこがあるから、俺なりの気遣いってやつだ」


「えー!そんなことないよ!ボク、しっかりしてるもん!」


 小夜からの質問に一瞬ドキリとするが、なんとか無難に返答できた。

 今日は我ながら、なかなかに冴えているらしい。

 ちょっとした事件の犯人のような気分だ。


「そうかぁ?」


「そうだよ、ユージったら失礼しちゃうな!やっぱりボクのこと、女の子として見てないでしょ!ぶっ殺すからね!!!」


 子供っぽく頬を膨らませる小夜を見て、胸がズキリと痛んだ。


「…そんなわけ、ないだろ。俺はずっとお前のこと、女の子だと思ってたよ」


 小夜のことを、俺はずっと好きだった。

 女の子と言えば真っ先にコイツの顔が浮かぶくらい、小夜のことが好きなんだ。


「……え。そ、そう?そ、そうなんだー。やっぱりそうなんだー」


 こうして顔を赤らめてもじもじしてる姿を見るだけで、胸がキュンとするくらい大好きだ。

 彼氏ができたって言われても、その気持ちはまるで揺らいでいない。


「えへへへ…ねぇユージ、ボクね……う゛っ!!!」


 ギュルルルルルルッッッ


 そう。例え一瞬で顔色が青に変わり、女の子からしてはいけない音がコイツの腹のあたりから聞こえてきたとしても、この気持ちが変わることは有り得ないのだ。


「な、なに?…き、急にお腹が……」


(さっそく効いてきたようだな)


 さすが即効性の劇物。効果が早くて何よりだ。


「小夜、どうした?顔色が悪いぞ」


「い、いや…ハハ…ちょ、ちょっと調子がね。昨日、寝るのが少し遅かったからかも…」


 素知らぬ顔で話しかけるのだが、小夜は目をそらして腹に手を当てている。

 冬だってのに、額には汗が浮かんでいる。

 飴に下剤が仕込まれていたなんて、微塵も疑っていないって顔だ。

 その表情を見て、俺は勝利を確信する。


「マジか。なら、もう帰って休んだほうがいいだろうな。呼び出してすまなかった」


「う、ううん。大丈夫。急に調子が悪くなっただけだし…でも、そうさせてもらおうかな…ア、アハハ…」


「明日のデートに差し支えたら良くないだろうしな。今日は早めに寝た方がいいぞ」


 ま、寝られたらの話だがな。

 下剤を飲んだとき、親父はひと晩トイレで明かした。

 おそらく小夜も似たような状況になるはずだ。小夜の変化をこの目で見られたのは実に大きいと言えるだろう。


「そ、そうするよ…プレゼント、ありがとうね…明日はボク、頑張るから…」


「おう。まあ頑張れ」


「う゛っ!き、君も絶対、独りでいてくれよ…ボクは信じているからな…誰かとでかけたりしたら、殺すぞ…絶対に殺すからな…オ、オオオ…まじもう無理…じゃ、じゃあまた明日…ホオオォォ」


 ところどころ混じる叫びは聞かなかったことにして、俺は小夜の背中を見送った。

 あの様子なら、明日のデートは到底無理だろう。


(すまん。だけどお前が悪いんだぜ、小夜…俺に黙って、彼氏なんざ作ったんだからな)


 アイツの性格上ギリギリまで粘るだろうが、そうなると当日ドタキャンになるのは間違いない。

 クリスマスにデートをすっぽかされたことで喧嘩になり、彼氏と別れる流れになってくれたら万々歳だ。


「我ながら外道なことをしてるな…」


 勢いでやっちまったことだが、後悔はない。

 あいにくこちとら、諦めが悪いんだ。

 ぽっと出の野郎に長年惚れた女を取られた上に、性の六時間を過ごすことがわかっていながら黙って見てろだぁ?

 んなことできっか!指くわえて悔し涙流すくらいなら、小夜にひと晩トイレの水を連打で流させることを俺は選ぶ!


「そうすりゃ少なくとも寝取れることはないからな!俺は世の寝取られ男どもほど甘くはないぜ!」


 とはいえ、小夜に仕込むのが確実だったといえど、やはり悪いことをしたと思う。

 ほんとは彼氏に下剤仕込めりゃ一番だったんだが、なにせ時間もなければ顔も知らない相手だし…


 ………あれ?そういや小夜のやつ、いつ彼氏作ったんだ?俺、ずっと一緒だったし、そんな時間あったっけ。


 今更ながら浮かんできた疑問に首を傾げるも、外の風の冷たさに俺もすぐに家路につくことにする。

 徹夜もしたし、とりあえず今夜はぐっすり眠ることはできそうだった。



 ………………………




 …………




 ……



「か、彼氏からいきなりデートドタキャンされたんだよね…う゛っ!よ、予約しているし、仕方ないから彼女がいない君とクリスマスデートヴォッ!……ハァ、ハァ…してあげるよ……感謝してよね…ウップス」


「」


 どうしてこうなったんだろう。

 翌日迎えたクリスマスイヴ。時計の針も正午を周り、昼下がりに差し掛かった頃合。ちょうどケーキが完成したタイミングで、ソイツは我が家の玄関へと現れた。


「え、えーと…小夜…さん…?」


「ハァ、ハァ…な、なんで疑問形…?他の誰に見えるっていうのかな…ヴォォ!っくは!君の幼馴染のォッ!白石、小夜だよォォォ…オナカァ…イタイィ…」


 いや、ごめん。小夜なのはわかる。

 かすれてるけど小夜の声だし、髪型はいつも通りのツインテールだけど、クリスマスらしくピンクのダッフルコートに白のマフラーと、めかしこんでるのもわかる。

 多分、相当気合を入れてデートに望むつもりだったんだろうなってのも、まぁわかる。


「い、いや、なんていうか…その…随分、調子悪そうに見えるんだけど…」


 ただ、顔がヤバかった。

 目の下にはクマが出来てるし、眼光がやたらギラついていて焦点が合ってない。

 だっていうのに瞳孔はかっぴらいてこっちをまっすぐ見てくるものだから、まるでホラー映画のクリーチャーに標的にされたような感覚だ。

 頬もこけてミイラみたくなってるし、唇もカッサカサ。髪もセットはしているけど、ところどころほつれてる。


 はっきり言って、今すぐ病院送りになってもおかしくない様相だ。

 クリスマスに出現した女ゾンビといわれてもしっくりくるだろう。

 少なくとも美少女を名乗っていい容姿を、今の小夜はしていない。

 これがラブコメヒロインだとしたら、きっと読者から避難が殺到することだろう。

 それくらい目の前の小夜はガンギマリのギンギラギンだった。

 威圧感◎は確実に持っている。そんなヒロイン、普通いるか?


「フフフ…そんなことはないよ。ボクは元気ハツラツさ。いっそ体が軽いくらいだよ。まるで羽が生えたような感覚すらあるね…はぐっ!ヘプスカイヴン!」


 極めつけに言動がヤバい。

 怪しいっていうか、ヤバい。ところどころでなんか悲鳴あげてるし。

 ついでに後ろでも「ひっ!」って悲鳴聞こえた。ありゃ多分妹だろう。あいつから見ても、今の小夜はやはりヤバい存在に見えているようだ。

 俺の感覚はどうやらまだ正常であるらしい。それが分かったところでなんの安心にも繋がらないんだががが。


「いや、マジで大丈夫か。ヤバいぞ今のお前」


「大丈夫だってばYO。そんなことより、さあ行こうほら行こう。クリスマスに独り身なんて嫌だったろう?彼氏にドタキャンされて予定が空いてしまったからね。君と過ごしてあげようっていう幼馴染の優しい心遣いを無下にはしないよネブカドネザルゥッ!!!」


 いや、俺より先にお前はまず自分の体に優しくするべきだと思うぞ。

 その心遣いを、自分に向けてやったほうがいいと思う。


(つーか、こうなった原因ってやっぱあれだよな…)


「さ、小夜さん?だよね!だ、大丈夫なの!?」


 固まっていると、背後から声が近づいてきた。

 妹の美世だ。どうやら玄関先で佇む幽鬼を、幼馴染である小夜だと認識できたらしい。


「ああ、美世ちゃん。ボクはダイジョーブイだよ。チャラヘッチャラさ。お腹にちょっと夢というか、汚い現実が詰め込まれているだけだからね。カラッポになってくれないんだよウフフフフ」


「何言ってるの!?ネタが古いしなんだか言動おかしいよ!?」


 心配する美世に対し、小夜はサムズアップで応えるも、親指がプルプル震えてる。

 大丈夫じゃないのは誰の目にも明らかであり、美世もツッコミを入れていた。


「君にも思えば苦労かけたね。ヘァッ!ボ、ボクは今日という聖夜に、奇跡を起こしてみせるから…」


「い、いや、今の小夜さんだと鬼籍に入ってクリスマスがお通夜になりそうなんだけど…本当に大丈夫なの?家で寝てたほう良くない?」


 そう言いながらチラリとこっちを見てくる美世。

「どういうことだよ」と言いたいんだろう。知らんと首を振りたいところだが、生憎と小夜がこうなった原因に心当たりがあった。

 ていうか、めっちゃある。クッソある。ウ○コあると言っていい。


(絶対これ、昨日の下剤が原因ですやん)


 一日でここまで変わるとは…

 そりゃあこうなることを期待してたし、実際こうかはばつぐんだったみたいだけど。

 まさかウチに来るなんて、予想できないですやん…

 普通寝込むもんだろ。なんで来たのさ。


「大丈夫だって。ほら、ユージ。早く着替えてきてよ。あんまりボクを待たせると、大変なことになるんだからね。主に玄関グァッ」


 お前にとってはジョークのつもりかもしれんが洒落になってないぞ。

 漏れる的な意味にしか感じ取ることができないンすけど。


「わ、わかった。すぐ着替えてくる」


「早くね。ほんとに。マジで早くしてよね。じゃないと…」


 その先を聞くのが怖くて、急いで階段を駆け上る俺。

 玄関は寒いし、お腹に良くないのは確かだから、選択肢はなかった。

 実質脅しのようなものである。


「どうしてだ…なんで小夜はウチに来たんだ…」


 本当に、どうしてこうなったんだろう。

 こうなるとわかっていたら、下剤なんて盛らなかったというのに。


 やっぱりこの世に神様なんていないらしいことを、イヴの日にヒシヒシと感じながら、俺は急いで着替えるのだった。










 クリスマスの街はざわめいていた。

 街灯はイルミネーションに彩られ、道は多くの人が往来し、肌寒さを感じさせないほど賑わいを見せている。


 歩く人々の大半はひと組の男女で構成されており、彼らの関係が恋人、あるいはカップルと呼ばれるそれであることは言うまでもないだろう。

 恋人たちは手を握り合ったり顔を見合わせ視線を交わし、あるいは荷物を掲げているが、共通してるのは皆が皆、一様に笑顔を浮かべているということだ。


 今日という日を特別な思い出にしたい―――言葉に出さなくても、きっと同じような想いを、彼らは胸の内に秘めているのだと思う。

 良き思い出として記憶に刻むために、彼らは恋人へ笑みを送り、自分の好意を伝えるのだ。

 そう考えると、クリスマスは一年の中で、もっとも優しい日と言えるのかもしれない。



 ざわ…


 だが、何事にも例外というものは存在する。


「ひっ…!」


 道路というのは公共の場だ。それは歩行者道だって例外じゃない。

 恋人だけをずっと見ているわけにはいかず、前を向かないと周りの人にぶつかってしまう危険性がある。駅前という人の多い場所なら尚更だ。


「ん?どうしたんだい…って、うおっ!」


 だというのに、この状況はなんだろう。

 どうして俺の前は、まるでモーゼに割られた海のごとく人が避けていくのだろうか。


「なに、あれ…幽霊…?いや、もっと邪悪な…」


「やめろ、見るな!呪われるぞ!」


 どうしてあんなに幸せそうにしていたカップルの顔が、恐怖に引きつっているんだろう。

 まるで化物を見たかのように怯え、視線を逸らす彼らにさっきまでの穏やかな空気は存在しない。

 現実から目をそらすかのように、ただ足早に去っていく。

 おかしいなぁ、なんでだろう。俺にはさっぱりわからないや。


「ボクは大丈夫ボクは大丈夫ボクは大丈夫ボクは大丈夫ボクは大丈夫ボクは大丈夫ボクは大丈夫ボクは大丈夫ボクは大丈夫ボクは大丈夫ボクは大丈夫ボクは大丈夫我慢できる我慢できる我慢できる我慢できる我慢できる我慢できる我慢できる我慢できる我慢できる我慢できる我慢できる我慢できる我慢できる我慢できる我慢できる我慢できる我慢できる我慢できる我慢できる我慢できる来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな」


 ただ瞳孔かっぴらいて前をガン見したまま、ブツブツ呪詛みたいなことを吐き続ける元美少女が横にいるだけなのにね✩

 いやあ本当になんでだろうなぁ、おかしいなぁあはははは。


「来るなぁっ!!!!!」


「「「!!!!!」」」


 突如横で大声を発せられ、体がビクンと跳ね上がる。

 いや、見れば俺だけではなく周りの人達全員が怯えたようにこっちを…正確には、小夜へと視線を集中させていた。


「来る…波が、ビッグウェーブが来るぅ…来るな、来るなよぅ、こっち来んなぁ!」


 道の真ん中に突っ立ち、そんなことを叫ぶもんだから、そりゃ注目すんなっていうほうが無理というもんである。どう見たってやべーやつそのものだ。


 …………うん、現実逃避はよそう。

 なんも意味がない。この世は無常なのだと俺は今日この日に理解した。


「ホアッ、ハッ、ハアアアアアアアアアアアア!!!!」


 小夜を横目で見ると、体を大きく震わせ猫背になって、拳を握り締めている。

 どことなく気を溜めるポーズに似ていた。

 正確には溜めているのは別のもんなんだが、それについては触れるまい。

 女の子というか、人としての尊厳に関わることだからな。

 こんな奇声を発している時点でとっくに手遅れだろというコメントはスルーさせてもらう。

 一つ言えるのは、家を出てからここにくるまで、こんなことを小夜は何度も繰り返しているということだ。

 何度も襲い来るビッグウェーブに、彼女は必死に耐えているのである。


「クハッ!ふ、ふう…やった…波が過ぎたよ…今回はどどんって来たな。いや、ビックバンクラスのアタックだったかもしれないな…」


(…………つーか、トイレ行けよ!!!!!)


 言いたい。マジでそう言いたい。ていうか、何度も言った。

 コンビニ見かけるたびにさり気なく促しているのだが、聞き入れてはもらえなかった。


「え、トイレ?あはは、嫌だなぁなに言ってんのさ。女の子はクリスマスに、トイレなんて行かないんだよ?」


 この一点張りである。

 んなわけねーだろ!!!と言っても聞き入れてもらえず、小夜はハチャメチャ(隠語)が押し寄せてくるのを泣いてる場合でもなくずっと我慢しているというわけだ。

 ワクワク(隠語)が100倍になるたびに注目を浴び、パーティーの主役になってしまってるが、こっちはメンタルの限界に近づきつつある。

 メンタルは強いほうだと思っていたが、どうやらまだまだ修行不足であったらしい。


「なぁ、小夜。どこ行くつもりなのかそろそろ教えてくれよ。さすがにそろそろ近くまできてるんじゃないか?」


 早く夢中になれるモノ…もとい、目的地について身を隠した買った俺は波がひいたらしい小夜に訪ねた。

 天下の往来じゃ、どうしたって小夜の奇行は目についてしまうからな。

 これ以上トラブルと遊ぶのは俺の身が持たない。


「あっ、そうだね。もう見えてるからいいかな。あそこだよ」


 そう言って一点を指差す小夜。

 釣られるように俺はその指先の指し示す方向へ目を向けるのだが。


「なん…だと…」


 そこにある看板を見て、俺は絶句した。

 普段なら何の問題もない、デートの定番中の定番ともいえる場所。

 だが今の状況では俺の目には、そこは地獄への入口のように見えて仕方ない。

 多くの人が入退場を繰り返すその場所は、映画館と呼ばれる施設だった。



「さぁ観よう!大丈夫、なんとここには、既にペアのチケットが二枚揃っているからね!ハゥル!フォー…ボクの奢りだから気にしないでいいよ。あ、ペガサス…言っとくけど、ボクは飲み物も食べ物もいらな――」


「待て!」


 意気揚々と劇場内に乗り込もうとした小夜の肩を咄嗟に掴む。


「はいう゛っ!!!」


「あ、すまん」


 途端、体を震わせ悶絶する小夜。

 刺激が肛門へとダイレクトアタックしたっぽい。

 さすがに悪いと思って謝るが、その反応は俺の考えは正しいという証左でもある。


「や、やめてよね。気安く触ると、女の子は死ぬんだよ。女子って言うのは、刺激に弱い生き物なんだ…ハグッ」


 いや、虚弱すぎるだろそれは。

 コイツの中で女子はスペラ○カーかなんかなのか?いや、今はそんなことはどうでもいい。

 映画はさすがに尻への負担がでかすぎる。


「な、なぁ、映画はやめようぜ。長時間座りっぱなしとかほら、キツそうじゃん。それより、もっと違うとこに行かないか?カラオケとか…」


「やだ、ボクは映画を観たい。今日の映画は、ずっと楽しみにしてたやつなんだ。絶対観る」


「ええ…」


 正気かコイツ?いや、トイレに行かない時点でとっくに正気じゃないのはわかっているが、それでもその選択はないだろ。死にたいのか、社会的な意味で。


「なら、せめてトイレに…」


「その話はもういい。てか、トイレなんて行きたくないし。全然行きたくないし。マジで行きたくないし。てか、女の子はウ○コなんてしない、よ…!?うん…クォオオオオオオオオオオ!!!!ヌワンテェェェ!!!!ヘヴンッ!!!」


「うおっ!?」


 いきなり叫ぶな!?びっくりするだろ!?明らかに波きてんじゃねぇか!!


「グゥゥゥ…み、観ると言ったら観るんだ…これは、デートだから…デートに映画は付き物なんだよ、観なかったら、君を殺してボクも死ぬ…!」


「わ、わかった。わかったから…」


 最悪といっていい選択肢のはずなのに、小夜はひたすら映画を観ることに拘った。

 ここまで意固地になった小夜を説得できる気がしなくて、俺は頷くことしかできない。


「そんなに観たかったのか…」


 そこまで観たいというなら、彼氏と一緒だったらきっと、もっと嬉しかったんだろう。

 まして、腹痛に襲われてなんていなかったら…

 胸をチクリと差す痛みに耐えながら、俺たちは館内に入場していった。










「コヒュー…コヒュー…」


「おい、生きてるか?」


 映画館を出て、小夜は死にかけていた。

 なに言ってんだと言われても仕方ないが、ガチで虫の息である。

 顔はグロッキーを通り越した土気色で、人はここまで便意を我慢できるものなのかと逆に感動を覚えてしまってるくらいだ。

 肩を貸して引きずるように歩いているが、周りの視線がえらく痛い。

 まぁとっくに今更だし、ある意味慣れつつある自分が居るのがなんか嫌だ。


「ア…終わったんだね…」


「ああ、終わったよ。150分、よく耐えたな。頑張ったよ、お前は」


 死んだ目で俺を見上げる小夜の顔は、まるで戦い終えた老兵のように見える。

 軽く笑顔を向けると、小夜は微笑み返してくれた。

 だけどその顔にはやっぱり覇気がない。限界なのは見え見えだ。


「良かった…やり遂げれたんだね、ボクは」


「ああ。周りには迷惑かけたけどな」


 映画館内でなにが起きたかは敢えて触れまい。

 全ては終わったことなのだ。


「帰ろう、小夜」


 そうだ、終わったことを引きずっても仕方ない。

 それがよくわかった。引き伸ばしても、なんの解決にもならないってことを、今日一日で骨身に染みるほど理解できてしまった。


「家に帰ろう。それで今日のデートは終わりだ」


「え…」


「そしてお前はトイレに行け。もうとっくに限界だろ。出すもん出してスッキリしたら、明日にでも彼氏とデートやり直してこい」


 そのほうがいいだろ?お前にとってもさ。

 そう突き放したつもりだったが、


「…………嫌だ」


 何故か小夜は、俺の腕にしがみついてきた。


「おい…」


「まだ、デート終わってない。イルミネーション見たいし、それに…」


 言い終わるか終えないか。そんなタイミングで、視界の隅にハラリと白いものが映る。


「あ、雪…」


 それは雪。クリスマスに降る、ホワイトスノー。

 天からの贈り物とも言える白い結晶を、周囲の人達も空を見上げて見つめている。


「ホワイトクリスマス、か…」


 なんとも幻想的で、ロマンチックだ。


(できれば、小夜と…)


 いつまでも見つめていたい。そんな想いにふと駆られてしまいそうになる自分がい…


 ギュルルルルルルッッッ


「へ?」


 なに、この音。すぐ近くで聞こえた気が。


「ホッ、ホッ、ホアアアアアアアアア!!!」


「さ、小夜!?」


 見ると小夜が奇声を発しながら、死にそうな顔をしているではないか。


「そ、そうか!雪で腹が冷えて…!おい、大丈夫か。小夜!おい!」


「ユージ…聞いて…」


 一瞬で幻想を吹き飛ばされ、無慈悲な現実に引き戻された俺は小夜へと呼びかける。

 か細い声は今にも吹き飛びそうなくらいかすれてて、ひどく心もとないものだった。


「ほら、おぶされ!ダッシュで帰れば、まだ…!」


「ボク、嘘ついたんだ」


 背を向けてしょいこもうとしたのだが、ポツリと呟くか細い声に、体が勝手にピタリと止まる。


「嘘…?」


「うん、嘘ついた。彼氏いるなんて、嘘なんだ。ボクに彼氏はまだいないよ」


 一瞬、理解できなかった。

 なんで今、そんなことを言われるのか、頭が追いつけなかったからだ。


「なんで、そんな嘘を…」


「ああ言えば、君が意識してくれるかなって思ったんだ。ユージはボクのこと、女の子として見てないと思ってたから」


「それって…」


「嫉妬してくれるかなって、期待してた。デートなんて行くなって、言ってくれるかなって、願ってた。ボク、臆病だから。ユージがそう言ってくれたら、関係を進められるかなって…卑怯な考えだよね、これって。しかも飴を渡された時点で諦めるべきだったのに、みっともなく縋っちゃってさ。みっともないったらありゃしない」


 そんな女の子だから、きっと罰が当たっちゃったんだと、小夜は言った。


「クリスマスに自分の気持ちを伝える勇気のない意気地なしに、神様が願いを叶えてくれるはずなかったんだ。お腹壊しちゃったのは、きっと神様の罰なんだよ。おかげで散々、みっともないとこ見せちゃった。こんな子のこと、幻滅したでしょ?」


「そんな…」


「いいよ、慰めなくって。自覚あるもん。ないほうがおかしいでしょ」


 違う。違うんだ。

 罰なんかじゃない。俺が、俺がお前に下剤を盛ったんだ。

 お前を誰ともしれない彼氏に渡したくなくて、許せなくて…俺だって、弱い方に流れちまってたんだよ。


「―――だからね、せめてゲン担ぎしたんだ」


 どう答えればいいかわからず、言葉を探していると、小夜がそんなことを言う。


「ゲン担ぎ…?」


「うん。馬鹿な考えなんだけどね。決めてたんだ。今日のデートで、一日トイレ我慢できたら、自分の口で気持ちをユージに伝えるって。そうしたら、どんな結果でも綺麗な思い出として、自分の中に残せる気がした。ボク、頑張ったんだよ。たくさん迷惑かけちゃったけどさ」


 ほんと馬鹿だよね。

 言いながら、白い顔で小夜は笑う。

 相変わずひどい顔な上、雪が少し張り付いてますます白くなっていたけど、それでもその顔は、俺には―――


「ボク、ユージのこと好きだよ」


 これまで見てきた中で、一番綺麗に見えた。


「小夜…」


「あは、やっと言えた」


 にっこりと笑う小夜。

 本当に、とても綺麗だ。

 まるで、燃え尽きる直前のロウソクのよう―――


「そして、ごめん」


「え」


「無理、漏れる」


「え」


「漏れりゅ。でりゅ。限界。ちぬ」


「え」


 笑顔だったはずの目尻から涙が滲み、プルプルと震え始める。


「おい待て!早まるな!!」


「漏れりゅのおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!ボクもう無理いいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!?????」


 ガクガクと体を震わせる小夜を強引に背中に乗せ、俺は夜の街を疾走した。









「ま、間に合った…」


 約一時間後。

 とある公園のベンチに、俺たちは腰掛けていた。


「ギリギリセーフだったな…」


「もうあんな馬鹿なことはしない…ていうか、ボク頭おかしくなってた…死にたい…」


 顔を隠す小夜の頭をポンポンと軽く撫でてやる。俺なりの慰めだ。


「いや死なれたら困る。その…彼女できたばっかなのに、置いてかれたら、悲しいだろ」


「え?」


「いやだからほら。そういうことだよ」


 それだけ伝えてそっぽを向く。

 慰めついで、というわけじゃないけど。

 ほら、ああ言われたら、俺だって…なぁ?

 答えないわけにはいかんだろ。


「それって…」


「だぁー!つまりそういうことだよ!俺たちはこれから恋人同士ってことだ!」


 改めて言うと小っ恥ずかしいなおい!

 街にいたカップルって、皆こんなことして付き合ったんだろうか。

 皆すげーよ、まぁ俺たちほど強烈なくっつき方はしてないだろうけどさ。


「ユージ…!」


「ほら、帰ろうぜ。体冷やすのは良くないだろ」


 立ち上がると、出来たばかりの彼女に向かって手を差し出した。

 これが今の俺にとって精一杯の…その、愛情表現、みたいな?

 ああクソ。上手く言えねぇや。


「うん!あ、でもちょっと待って。せっかくだから、もう一回ゲン担ぎ…」


「ん?」


 言いながら、小夜はゴソゴソとポケットを漁り、


「あーん!」


 星型のキャンディーをふたつ取り出すと、口の中に放り込んだ。


「あ」


「へへへ、ボクとユージが、末永く上手くいきますよう…に゛ぃ゛!?」


 ギュルルルルルルッッッ!!!


 途端、聞こえてくるのは今日三度目の腹太鼓。

 それも今日一番といっていい、特大の唸りを伴ったものだった。


「ホ、ホオオオオオオオ!!!な、なんでぇっ!?」


「おま、それは下剤が入れてあったんだよ!?それをふたつも同時に食ったら当然…」


「え、下剤って、なに」


 ギギギと。

 機械のような音を立てながら、小夜の首がこちらを向いた。


「あ、やべ」


「ねぇ、下剤って、なに」


 あれ、小夜さん。

 目に光、ないんすけど。てかその目、なに?恋人を見る目じゃなくね?


「あの、早くトイレに…」


「下剤って、なに」


「トイ…」


「なに」



 ダメだ。



 誤魔化せそうにない。



「そ、そのぉー…小夜さんに、恋人が出来たって聞いてですね。裏切りやがったなこの野郎と、ついカッとなってしまいまして…」


「うん」


「クリスマスは性の六時間に突入しちゃったりするのかなーって思った次第で。そしたら、つい腹がたって、彼ピッピとの仲ぶっ壊してやるぜとイキった結果、その…」


「うん」


「プレゼントのキャンディに下剤、盛っちゃいました✩」


 てへっと、ラブリースマイルを向けてみる。

 ちなみに小夜さんは無表情だゾ✩てへっ♪


「へー…下剤…へー…」


「その、怒ってる?」


 怒んないはずないよね。だって、俺ならブチギレますもん。

 だから覚悟していたのだけど。


「ううん、怒ってないよ」


「え…」


 小夜が俺に向けてきたのは、満面の笑顔だった。


「ほ、ほんとに?」


「もちろん。ボクは心が広いからこれくらいじゃ怒らないよ。せっかく両思いになれたのに、こんな別れ方したくないしね」


 マジで!?

 菩薩かこやつ。ああ、こんな彼女を持てて、俺はなんて幸せな…


「その代わり、食え」


 おとこ…なん……って、え?


「え、あのなんで袋ごとキャンディーを」


「全部食え。残さず食え」


 いや、え?

 いや、無理でしょ。勢い余って作りすぎたから、まだ10個くらいあるんだよ?

そんなに食ったら俺死んじゃうよ?


「あの、む…」


「食わないと、殺すぞ」


 マジな目だった。

 今ならたやすく人を殺せる。そういう目をしていた。


「その、いや…」


「殺すぞ」


「…………」


「殺すぞ」



 うん




 無理だこれ




 俺は全力でダッシュした。



「逃がさん」


 小夜も全力で追いかけてきた。

 腹がギュルンギュルンしてるはずなのに、めちゃ早い。


「無理だってえええええええええええええええ!!!!!」


「殺すぞおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 これは果たして、付き合いたての恋人同士のやり取りとして正しいんだろうか。

 わからない。わからないまま、俺たちは夜のクリスマスの街を駆け抜けた。

 ホワイトクリスマスのはずなのに、暑すぎるほど暑い聖夜を俺たちは過ごした。

 余談となるが、翌日の25日にふたり揃って家の前に脱水症状で倒れているところを妹に発見され、揃って病院送りになった俺たちは、きっと限りなく馬鹿なんだと思う。


 まぁそれはそれとして。プレゼントに下剤を仕込むのだけはもう辞めようと誓ったメリー苦しみます……もとい、メリークリスマス。

 ちなみに飴は全部食った。死にかけたとだけ言っておく。

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幼馴染に「彼氏ができてクリスマスデートするんだよwww」と煽られたのでプレゼントに下剤仕込んでデートをぶち壊してやろうとしたら、なんかドタキャンされたとかで俺のとこきたけどめちゃ死にそうな顔してる件 くろねこどらごん @dragon1250

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