最終話 ボーイ&ガール
――騒めく観客達の声が聞こえる。それは期待の現れか。それとも嘲りの囁きか。
『大変長らくお待たせいたしました! 突然の活動休止発表から四年。
ついに、ついにあの《Orizuru》が、ユニットとして帰ってきました!』
地鳴りのような歓声。和太鼓を思わす、圧倒的な音の圧に、身震いする。呼吸が浅くなるのを感じる。
「おうおう。なんかめちゃくちゃお客さん、ざわついてんな」
「しょうがないよ、何にも説明しなかったしね。しかし、思ったより時間かかったなぁ。
あれだけ自信ありげに言うんだから、もうちょっと生徒の出来が良いと思ってた私が悪かったよね。
怪我をしてる私より運指が酷いのも、想定してなくちゃいけない事だったんだろうなぁ。」
どこまでが皮肉で、どこまでが文句なのか判断に悩むような事を桐須が言う。少なくとも全部が本気で、冗談は一つもないんだろう。
「お、やるか、こら。」
確かにそうなんだけど。僕も自分の才能のなさに驚いたけれども。それでも今日という日に漕ぎ着けたことくらいは褒めて欲しい。
軽口ですらも声が震えるんだぞ、こっちは。
「……ふふ。でもさ、ここまで来たんだね。辿り着けたんだね。」
確かに、ここまでは決して楽では無かった。それなりにあった二人の貯金はほとんど底をついているし、僕らの演奏や歌が、本当に観客を満足させうる出来まで上達したのかも微妙なところだ。
それでも、だからこそ僕は胸を張る。
「そうだな。なんてったって生徒が優秀だからな」
「ばーかばーか。本当に……ありがとう」
「……おう。」
『闘病説。燃え尽き説。妊娠説。様々な憶測が飛び交いました』
「なんか、すんごい言われようだな」
「私の公式サイトもめっちゃくちゃ炎上したもんね。関係各所には頭が上がらないですわ。これからいっぱい貢献しなくてはなりませんね、有斗君。
しかしあの司会者さんが言ってること、全部合ってるのがまた面白いね」
私の指は、結局私にヴァイオリンを諦めさせた。
日常生活を多少不便に生活する程度までの回復が精々。音楽家として舞台に立つのであれば、マイクを握るくらいしかやれる事はなかった。
だからこの場に戻って来れたのは、誰がなんと言おうと彼のおかげなのだ。言ってあげないけど。
むしろ、これからも全力で甘え倒すのだけれど。
『その答えが、今日、ついに明かされます!』
「まぁ、しゃあないさ。人気絶頂から突然の休止だからな。そりゃあ有る事無い事…って、え。全部って…え?」
桐須の指は結局ほとんど治らなかった、らしい。
日常生活もままならず、マイクすら脂汗が出るほどキツイ、らしい。心配だ。
しかし、僕がこの場に立つ事が出来るのは、間違いなく彼女の力なのだ。
織鶴の技術、Orizuruの名声、そして桐須の努力の賜物だ。今日の僕はその添え物であり、舞台装置である事を忘れてはいけない。
でも。いずれはきっと。
『それではご登場頂きましょう!』
「さぁ。
行くよ!」
「おい、まだ話は……って、たく。
しゃあない。覚悟決めて、行きますか!」
私達二人だからこそ、苦しい冬を耐えられた。
僕達二人だからこそ、今日がこんなにも美しい。
『有斗 quilt桐須アリとキリギリスのお二人です!!』
さぁ。新しい春に、会いに行こう。
有斗君と桐須さん キョウ・ダケヤ @tatutamochi
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