終話 まだまだ消えぬ冒険心
その夜は特になにもなかったが、どこかで警戒していたのだろう。
迎えた朝は熟眠感をあまり感じないまま、私はベッドの上で大きく伸びをした。
「はぁ、眠いな……」
まだ朝も早かったが、二度寝出来るような状態でもなく、私はベッドから下りて部屋を出た。
「まだメリダも食堂から帰ってきていないか。早朝だもんね」
私は苦笑してから、階段から下りてリビングにいった。
まだ誰も起きていない様子で、私は自分でコーヒーを淹れて飲みはじめた。
「やれやれ、この怠さがなんとも。毎日続くのかな」
私は小さく息を吐いた。
あの大渦からなにが出てくるのか。
目下のところ、それが一番気がかりだった。
「さて、大事になったぞ。これが迷宮なら、いうことなかったんだけどね」
私は苦笑した。
グモルグと戦う事になるのは、もう分かっていた。
闇の精霊と光りの精霊たちがなにをしているのかは不明だが、それでも倒せない事が分かっているからこそ、私やスコーン、リナに力を宿らせたりはしないだろうし、そもそも姿すら見せないだろう。
朝の程よい時間になって、食堂から戻ってきたメリダが朝食を作りはじめた。
「メリダ、トロキさんが参戦するって話しを聞いてる?」
「はい、聞きました。食堂は早じまいの予定です」
メリダが笑みを浮かべた。
「そっか、聞いてるならいいや。大変な事になりそうだよ」
「はい、そうでなかったら、トロキさんは動かなかったでしょう。分かっています」
メリダが頷いた。
「そうだね。さて、どうなるやら……」
私は笑みを浮かべ、ダイニングの指定席に腰を下ろした。
この頃になるとみんなも起きてきて、賑やかな朝食となった。
「昨日のうちに、この町を覆うように結界を張っておきました。自警団の団長さんにには話しを通してあります。しばらくは、町から出るのは自由ですが、入るには団長さんが持っているオーブが必要です。これで、最低限の防備は出来たでしょう」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「そっか、お疲れ。他の町にもやりたいけど、説明している暇はないか」
私は苦笑した。
「それは問題ありません。私が流した情報で、どの国でも似たような防御体勢を敷いたようです。魔法使いは、どの国でもいますので。腕は分かりませんが」
ミス・パンプキンが笑った。
「ま、まあ、それは……。闇の精霊の声に焦りがった。そう間もなく出てくるんじゃないかな。覚悟はしておこう」
私は笑みを浮かべた。
こうして朝食を済ませると、私たちはリビングにいき、それぞれの時間を過ごした。
さながら戦の前の一時という感じではあったが、それは無理もない事だった。
『私だ。第二次攻撃も防いだ。これだけ弱らせれば、万一そちらに現出しても、なんとか戦えるだろう。期は迫っている。準備しておいてくれ』
頭の中に闇の精霊の声が聞こえ、みんなが真面目な顔になった。
「どうも、みんなにも伝えたみたいだね。防ぎきれないっていったようなものだよ」
私は苦笑した。
「そうだな。あとは、構えるだけか」
アリスが笑みを浮かべた。
「こんな経験初めてです。何度もあったら困りますが」
ミス・パンプキンが笑みを浮かべた。
あの大渦の前にあった島に転送されたら即戦闘だろう。
その時、玄関扉がノックされてトロキさんが入ってきた。
「他の里抜けは失敗しました。私だけになります。声が聞こえました。私もここで待機します」
トロキさんが笑みを浮かべ、ソファの空いている席に座った。
「戦いを待つギリギリの感覚か。怖いね」
私は思わず呟いた。
「うん、こういういう時こそユーモアなんだ。スコーン、屁でもこいてみろ」
アリスが笑った。
「え、えっと、じゃあ一発……」
スコーンが構え、ポーッというおならとは思えない音が響いた。
「……なんだこれ」
スコーンが頭を掻いた。
「なにそれ!!」
私は笑った。
「し、知らないよ。今度はパステルがやってみてよ!!」
「いいよ、まだビスコッティの薬を飲んでないから、ちょうど頃合いで……」
私がちょっと気張ると、ポピー!! という甲高い音が響いた。
「……かえって恥ずかしい」
私の心中とは裏腹に、なぜかウケた。
「その調子だ、固くなるな。いざという時動けんぞ」
アリスが笑みを浮かべた。
「あ、あのね……」
私は苦笑した。
いつまで気負っても疲れるだけ。
アリスにそう諭されても、私の心中は穏やかではなかった。
「はぁ、これが待つ事か」
「そうだ、軍属だった頃に戦闘経験があるから分かる。敵を待ち構えるのは、神経がすり減るものだ」
私の呟きに、アリスが肩をポンと叩いて笑みを浮かべた。
「それは痛いほど分かった。私たちで勝てるかな?」
「勝てるかなはいかんな。勝つんだよ!!」
アリスが笑った。
そんなヒリヒリした時間が過ぎ去り、再び闇の精霊の声が頭の中に響いた。
『第三次攻撃も防いだが限界だ。こちらの宇宙に入ったら、瞬時にその惑星に移動するだろう。転送する』
視界がぐにゃりと歪み、私たちは再び例の大渦に設えられた島の上にいた。
銃組が素早く伏せ撃ちの姿勢を取り、スコーンとリナ、トロキさんは厳しい目で大渦を見つめた。
私は双眼鏡で様子を確認しながら、ビスコッティが素早く展開させた結界越しに大渦を見た。
最初はなんでもない感じではあったが、突然渦が消え盛大に水しぶきを撒き散らしながら、全長数十メートルはあろうかという、異形の物体が飛び出てきた。
「まるで、巨大なナマコだね……」
私の第一感想はそうだった。
松かさのようなヒダで全身が覆われているが、うねりくるその姿はまさに巨大ナマコだった。
『あれがグモルグだ。まずは口を狙え』
そんな闇の精霊の声が響き、銃組が一斉射撃を開始した。
ナマコの先端に付いた口のようなもの。
そこを目がけて、雨のように銃弾が注がれた。
『魔法は使うな。効かない上に覚えられてしまう』
呪文を唱えはじめたスコーンとリナ、トロキさんが即座に詠唱を中止した。
「なんで口なの。弱点?」
『弱点ではあるが、それだけではない……しまった、間に合わない』
私の問いに答えていた闇の精霊が、いきなり口調を厳しいものにした。
グモルグの口が激しく光り、光りの矢のようなものがのべつしまなく四方に飛んでいった。
「あ、あれは……」
『……今は言わぬ方がいいだろう。それより、今が隙だらけなのだ。魔法も効く』
闇の精霊の声で、まずはスコーンが攻撃魔法を放った。
「光の矢!!」
ここからでも分かる大爆発と共に、リナが放った闇色の矢が無数に突き刺さった。
「私はこれで、効くか分かりませんが……」
トロキさんが呪文を唱え、白い光線がグモルグの口に命中した。
「体内に強酸性の物質を作る魔法です。普通なら、内部から溶かされて瞬時にドロドロになります」
トロキさんはあくまでも優しく、いつも通りの様子で私たちに教えてくれた。
「へぇ、また極悪な……ん、ちょっとは効いたかな?」
双眼鏡で見ると、ボロボロになったグモルグの口がよく見えた。
『なかなか面白い魔法だな。二千年前にはなかった。次がくるぞ』
闇の精霊の声と共に、スコーンが正体不明の言語を吐き出し、ビスコッティの結界の上に白く光る結界が張られた。
そこに目がけて、グモルグの口から放たれた白い光線がぶち当たり、激しい爆発が起きた。
それと同時に、またグモルグが光りの矢を無数に放ち、銃組の一斉射撃をものともせず、沈黙状態になった。
「一段落か。さっきの光りの矢ってなんなの?」
『当時は『破滅の矢』と呼んだかな。あれを放って、世界中を無差別攻撃するのだ。当初の算段では、あれを撃てなくなるほど弱らせる予定だった。正直、ここまで頑強だとは思わなかった』
闇の精霊の声が聞こえ、まるでため息でも吐きそうだった。
「まあ、過ぎた事はどうにもならないよ。あれ、どうするの?」
『ここでケリをつける。また逃げられるのは最悪だ。今は沈黙して、失った体力を回復しているはずだ。今は攻撃しても無駄だぞ』
闇の精霊の声に、私は笑みを浮かべた。
「そうでもないかもね」
私は剣を抜き、被せてミスリルソードに化けた側を外し、中からエクスカリバーを取りだした。
「そ、それは、伝説のエクスカリバー!?」
今のところ待機状態のララが、変な声を上げた。
「まあ、迷宮を探索してると、たまに大当たりがあるんだよ。すでに『主従』の契約はすんでる。だから、こんな事も出来る。飛べ!!」
私の声でエクスカリバーが光り、素早くグモルグの口目がけて飛んでいった。
結界を張って防ごうとしたようだったが、それを易々と突き破ってエクスカリバーが口に突き刺ささり、再び手元に戻ってきた。
グモルグの悲鳴のような声が響き、怒り狂ったように光りの矢を乱射しはじめた。
「……失敗だったか」
私はほぞを噛んだ。
『面白い剣だ。気に病むな、最高のタイミングだ。このまま放っておけば、今までの傷を癒やしてしまうからな。今の隙に攻撃だ』
闇の精霊の声を待つ事なくスコーンとリナが素早く呪文を唱えた。
「コメート改!!」
「闇の刃!!」
スコーンとリナの声が唱和し、まずリナが放った攻撃魔法がグモルグを貫いた。
やや遅れて、真っ赤に焼けた巨岩がグモルグを押しつぶす勢いで命中した。
同時にスコーンが正体不明の言語を発し、極太の光りの濁流がグモルグを包んで消えた。
『狙っていたタイミングです。グモルグの防御結界を完全に封じました』
光の精霊の声が聞こえ、スコーンが苦笑した。
「なんだ、回復だけじゃないんだ」
『うむ、光りの精霊にはそういう力があるが、使いどころが難しいのだ。今のように、グモルグが激高して大きな隙があるときしか使えん。二千年前にはこれが出来なかったのだ。あとはもう丸裸だ。タイミング関係なしで攻撃して構わん。但し、四大精霊はダメだ。そもそも効かぬ』
闇の精霊の声が聞こえ、スコーンとリナ、トロキさんが好きなように魔法攻撃を始めた。
「……ダメだ。なんか嫌な予感がする」
私はハンドシグナルで魔法組を止めた。
しかし、これは遅きに失した。
なにもしないグモルグの体が明滅しはじめ、いきなり分裂して二体になってしまった。
「うわっ!?」
『なんだと、これは知らなかった』
なにも動かなかったグモルグが動きだし、二体同時に光りの矢をまき散らかしながら、こちらに向けて白い光線攻撃をしてきた。
すんでの所で結界が間に合い、二本の光線を弾く事に成功したが、戦況は決していいものではなかった。
「まずは、手負いの一体を倒そう。二体目はそれからでも遅くない」
私はエクスカリバーを掲げ、『飛べ』と命じた。
今度は海面に衝撃波すら残して飛んだエクスカリバーが、最初の一体の口に突き刺さって根元まで刺さり、回転しながら私の手元に戻ってきた。
それをパシッと受け取り、双眼鏡で様子をみると、今頃になって効いてきたのか、トロキさんの魔法でボロボロになって溶け落ちはじめた口が真っ二つに切り裂かれ、ガラス細工のように一体目が粉々に砕け散った。
「さて、二体目!!」
ウジウジしていてもはじまらない。
私は気合いを込めて声を上げ、スコーンとリナがちらっと私を見て笑みを浮かべた。
二体目は一体目より光りの矢を放つ頻度が高くそのため隙も多かったが、今まで効いていた魔法が一切通じなくなっていた。
『これが、覚えるという事だ。二度目は通じないのだ。困った事になった。少し考える』
闇の精霊の声は、そこで途絶えた。
その間にも二体目の猛攻は収まる気配がなく、ついに結界が間に合わなくなってララが愛剣のマクガイバで空間を切り裂き、なんとか凌ぐ事態になった。
こんな時でも冷静な銃組は淡々と射撃を続け、少し効果はあるようだが牽制程度の役にしか立っていないようだった。
「……私はなにも出来ない」
こんな事なら闇の攻撃魔法の一つでも作っておけばよかったと、心底後悔した。
今はスコーンとリナ、トロキさんが隙を突いてはひたすら魔法攻撃を試みているが、どうにも有効打にはなっていないようで、ビスコッティが結界を張りがてら、試しているのか水の精霊の力を借りた攻撃魔法を仕掛けているが、そもそも相手にされている感じではなかった。
「パステル、どうする?」
スコーンが短く聞いてきた。
「とりあえず現状維持。覚えられちゃうと困るから、効かないって承知でやってみて……あっ、コメートがあった。あれなら効くんじゃない?」
「分かった、やってみる」
スコーンが呪文を唱え、真っ赤な隕石がグモルグに命中すると、さすがに効いたらしく、動きが止まった。
そこで再びスコーンが意味不明な言語を放ち、グモルグが白く光った。
『今度も成功です。グモルグは丸裸ですが慎重に』
光の精霊の声を聞くまでもなく、銃組も含めて攻撃の手を止めた。
「さて、どうしたものか……」
先程の事を考えると、一切の攻撃が出来ない。
対するグモルグも、まるで挑発するかのように、ただ静かに海に浮いているだけだった。
「手が出せないね。どうしようか?」
スコーンが問いかけてきた。
「闇の精霊待ちだね。ここで攻撃したら、また分裂すると思う」
私は小さくため息を吐いた。
あるいは大丈夫かもしれないが、すでに結界が間に合っていない。
ここで迂闊な事をしたら、一瞬で全滅しかねなかった。
『待たせたな。本来は、我々が邪魔な星々を破壊する時に使う法を試すしかないという結論に達した。これはパステル殿とガーディアン二名の同時詠唱が必要だ。タイミングを合わせるために、これは私たちの方で制御する。失敗すると、この星を破壊してしまう。グモルグをそっとえぐり取るイメージだ。いいなも悪いもない。いくぞ』
闇の精霊の声と同時に、私、リナ、スコーンの口からかなり長い呪文が紡がれていった。
本能的に危険を感じたのか、じっとしていたグモルグの体が明滅しはじめたが、私たちの方が早かった。
三人同時に前方に差し出した手の平が一瞬輝き、グモルグが瞬時に消滅して海面が大きく波立った。
『成功だ、協力感謝する。二千年前もこれを検討したのだが、あの時はガーディアンがいなかったのだ。一人では無理だと判断して取りやめた。ここにいる全員に深く謝意を捧げる』
闇の精霊の声が聞こえ、私は小さく息を吐いた。
『さて、ここからが私の仕事です。スコーンさんの体を借ります。今やこの星の人口は半数に減ってしまっています。それを戻しましょう。ここは主義主張抜きでお願いします。せっかく星が助かったのに、これでは成り立ちません』
スコーンの口から正体不明の言語が紡がれ、辺りが真っ白な光りに包まれた。
『成功です。復活した人は、せいぜいちょっと立ちくらみがした程度ですよ。これで、グモルグ戦の痕跡は消えました。最初からなかった事と同然です。では、私たちとあまり深く繋がらない方がいいでしょう。これにて』
光の精霊の声と共に、私の腕にあった変な文様が急速に消えていった。
恐らく、全身そうだろう。
私は笑みを浮かべた。
『ああ、いい忘れていた。あとで光の精霊から怒られたのだが、一度上げた魔力は戻せないらしい。そこは陳謝する。また機会があったら会おう』
最後に闇の精霊の声が聞こえ、私はげんなりした。
「……なに、一生ビスコッティの薬が必要なの?」
私が呟くと、ビスコッティが笑った。
「作り方を教えましょうか。まあ、我慢出来ないパステルでは無理でしょうが」
「いいよ、一生ついていく。やれやれ」
私は苦笑した。
「さて、今日の薬を差し上げます。師匠、笑っていないできて下さい。あれだけ魔法を使ったのです。腐敗魔力が充満して、おならが止まらなくなりますよ」
ビスコッティが笑った。
恐らく、人生最大の強敵との戦いは終わった。
幸い全員無事で家に転送されると、ミス・パンプキンとハウンドドッグが笑った。
「さて、情報操作です。戦いは終わったと知らせねば。無論、みなさんの名前は出しません。変に有名になってしまうと、なにかと不都合でしょう」
「うん、名もなき冒険者でいいよ」
ミス・パンプキンに笑って答え、私はソファに座った。
ちなみに、いちいち記していないが、朝と同様の甲高いおならとは思えない音はさらに高周波音になり、ビスコッティが腐敗魔力が高すぎてヤバいと、スコーンと共に薬を点滴されていた。
「うん、やはり戦いにはユーモアだな。終わったあともやってくれるとはな」
アリスが笑った。
「あのね……。まあ、いいけど」
私は苦笑した。
「さてと、次はどうする。どっかに迷宮情報ないかな」
私は笑った。
「お前も好きだな。まあ、それがパステルだ」
アリスは笑って、ダイニングの変なヤカンでコーヒーを淹れ、マグカップに注いで飲みはじめた。
そう、私たちはダンジョン・ハンターだ。
戦いはちょっと違う。
私の冒険心は、尽きる事はなかったのだった。
「完結」
とある冒険者の活動日記 NEO @NEO
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