第52話 下ごしらえ
翌朝、寝起きがいいのが取り柄の私は部屋から出ると、寝ぼけて廊下をウロウロしていたスコーンをキャッチして、ビスコッティ直伝のビシバシをやってみた。
……結果、手が痛かっただけで、スコーンは目覚めなかった。
「なにこれ、引っぱたくだけじゃないの?」
私は苦笑して、スコーンを自分の部屋まで案内してベッドに寝かせ、脱げていた三角帽子を頭に被せた。
あまり好ましくないが、部屋の机をみると、ぐしゃぐしゃになった紙が転がり、古代エルフ語を現在使用されているエルフ語に直し、それを人間が使う共通語に変換しようとしている痕跡が見て取れた。
「いってくれれば、辞書を貸したのに」
私は笑みを浮かべ、辞書を二冊テーブルの上に置き、そのまま廊下に出ようとした。
「むにゃむにゃ……ビスコッティ、ホッペにチューして……」
再び布団に包まったスコーンがベッドから床に転げ落ち、そんな事を呟いた。
「まさか……そういう関係?」
私は笑って、スコーンの部屋からでた。
リビングの片隅にあるジムコーナでは、ビスコッティとアリスがマシーンの取り合いをして騒ぎ、キッチンではメリダが朝食を作り、さすがになにかあったら困るからといつもなら町のどこかに隠れて監視しているシノは家の中で、所在なさげにウロウロし、リナとララは朝から庭で汗を流してした。
いつもなら起きているミス・パンプキンとハウンドドッグが部屋から出てきていないが、なにか作業中だろうと、とりあえずそっとしておくことにした。
「まあ、平和だねぇ……」
私は笑みを浮かべた。
朝食の食卓は、当然といえば当然だがグモルグの話しで持ちきりになった。
「うん、私はサポートだな。どんな銃を使えばいいか……」
アリスがなにかを考えていた。
「あまり近すぎても困りますね。対物ライフルしかないでしょう」
ビスコッティが小さく笑みを浮かべた。
『うむ、お前たちを観察していて、対物ライフルとやらの弾道計算はしてある。最適の位置に転送しよう。魔法で浮島のようなものを作り、その場で戦ってもらう。浮島といっても揺れはない。安心してくれ」』
頭の中に闇の精霊の声が聞こえ、私はそれをそのままみんなに伝えた。
「そうか、揺れないならいいな。魔法もそうだろ?」
「そうだよ。あんまりはでに揺れると、狙いがズレちゃうから」
アリスの問いにスコーンが笑みを浮かべて答えた。
「そういえば、私たちはなにをすればいいの?」
リナが笑った。
「それは分からないな。また勝手に操作するんじゃない。気持ち悪い事は、分かってるつもりだよ」
私は笑った。
「そういえば、私って光の精霊なんでしょ。攻撃魔法の専門家に回復の力ねぇ」
スコーンが苦笑した。
「それで、私は闇の精霊……破壊か。なにか、理由がありそうだね」
リナが笑った。
「それが、教えてくれないんだよね。答えられないのかもしれないよ。どうなるか分からなくて」
私は笑った。
『お答えします。単純に魔力の高さが決め手なのです。創成……すなわち回復の方が魔力を使うので、スコーンさんにお願いしたのです。これは、お二人にも伝えてあります』
光の精霊の声が聞こえ、スコーンとリナが笑った。
「そうきたか、これでも自信あったのになぁ」
「私はいわば魔力タンクだったんだね。なら気楽だよ!!」
リナとスコーンが笑みを浮かべた。
「私は二人をコントロールするアンテナね。そう考えれば、気が楽になるよ」
私は笑った。
朝食も済んでリビングで一息ついていると、ビスコッティが私が座っているソファの隣に座った。
「気楽に構えてはいないでしょ?」
「もちろん、なにか隠してる」
私は笑みを浮かべた。
「はい、少なくともあなたはただのアンテナではありません。ここ一発の決めどころで、なにか起きる事は覚悟しておいたいいです」
「うん、分かってる」
苦笑するビスコッティに、私は笑みを浮かべた。
そんな会話をしていると、疲れた様子のミス・パンプキンとハウンドドッグが部屋から出てきて、取っておいた朝食を食べ、リビングにやってきた。
「世界中の裏組織に情報を流しました。各国国王にも繋がっている場合がほとんどなので、これで情報伝達は大丈夫でしょう……というか、それしか方法がありません。もう、動いているはずですよ。誰でも命は惜しいでしょうから」
ミス・パンプキンが笑った。
「うん。大丈夫。これでいうこと聞かなかったら、あとは知らない」
ハウンドドッグが笑みを浮かべた。
「そっか、お疲れさま。まあ、ゆっくりして。さっき闇の精霊がくれた情報を話すよ」
私はミス・パンプキンとハウンドドッグに、浮島などの話をした。
「そうですか。私たちも対物ライフルですね。これは、ハウンドドッグの方が得意です」
「うん。任せて!!」
ミス・パンプキンが苦笑し、ハウンドドッグがいつも通り単語ごとに切った独特の言い回しで答えてきた。
「期待もなにも、やるしかないからね」
私は苦笑した。
「そうですね。私たちは、頑張ってサポートします」
ビスコッティが笑った。
今のところ、まだなにも起きていない。
しかし、戦いの気配は十分に感じていた。
リビングでスコーンとお馬さんゴッコして遊んでいると、頭の中に闇の精霊の声が響いた。
『浮島の準備が出来た。どのみちこの世界が狙いだ。大渦に接近してみるか?』
『そうだね。下見しておかないと』
『では、皆に伝えるがいい』
声が消えると同時に、私はみんなに伝えた。
「うん、いい考えだ。悪くない」
代表してか、アリスが笑みを浮かべた。
「よし、送ってもらおう」
私が笑みを浮かべた時、視界が歪んでいきなりとんでもないところに出た。
足下にはしっかりした広い土台のようなものがあったが、凄まじい水音とともに、海に大きな渦が発生している光景は、ただただ唖然とするだけだった。
『水音で肉声が聞こえん。無線にしろ』
アリスの声が耳のインカムに届いてきた。
「わ、分かった。ここで戦うのか……」
私は正直ビビってしまった。
『あくまでも仮完成だ。簡単な低い手すりも用意するつもりでいるので、そこは安心して欲しい。グモルグは水を好む習性がある。だから、ここなのだ。なお、この声は全員に聞こえるようにした』
頭の中に闇の精霊の声が響いた。
「手すりはいいが、安全ベルトも欲しい。あるいは、もっと広くするか。これでは、なにかあった時に海に落ちてしまう」
無線でアリスが呟くようにいった。
『そうか、分かった。もっと広くしよう。安全ベルトのイメージが分からんからな』
闇の精霊の声が聞こえた途端、島というか土台の面積が倍近くになった。
「うん、これなら大丈夫だろう。渦まで一キロ半といったところか。それで、この迫力とはな……」
アリスが苦笑した。
「はい、驚くべき光景です。足下は滑りにくい素材で出来ているのですね。さっそく試してみましょう」
ミス・パンプキンとハウンドドッグが対物ライフルを伏せ撃ちの体勢で構え、アリスとビスコッティもそれに倣った。
「……風、湿度。最悪な環境ですね。撃って修正するしかりません」
ミス・パンプキンとハウンドドッグが頷き、アリスとビスコッティが厳しい表情を浮かべた。
「もっと近づきたいが、この距離に意味があるのだろう。贅沢はいえんな」
アリスが小さく息を吐いた。
『うむ、これでも近すぎるほどだ。では、家に戻そう』
闇の精霊の声が聞こえ視界が歪むと、そこは家のリビングだった。
「うん、凄いものをみたな。これは、練習しておく必要がある。射撃場に行ってくる」
アリスが銃を肩に下げると、ミス・パンプキンとハウンドドッグも続き、ビスコッティだけが残った。
「あれ、いかないの?」
「はい、私の遠距離射撃のスコアは最悪です。あの環境では、回復と結界に専念した方がいいでしょう。ちょっと前にあなたをビシバシしましたが、あれは拳銃の腕だけみたのです」
ビスコッティが笑った。
「なんだ、ビスコッティにも弱点があったんだね」
「当然ありますよ。では、ココアでも用意しましょう。寒かったので」
ビスコッティが笑みを浮かべ、キッチンに向かった。
「スコーンとリナはどうみる?」
私は二人に聞いた。
「うん、距離はあるけど十分狙えるよ!!」
リナが笑った。
「私も狙えるけど、どんな役割があるか分からないね」
スコーンが苦笑した。
「派手に総攻撃……だったら怖い」
私は笑った。
『グモルグ接近注意報だ。今はすでに破壊された世界の光と闇の精霊が集まっている。この世界……すなわち宇宙に侵入されたら、真っ先にその星を目指すだろう。そうならないように、全ての精霊で攻撃中だが、いささか分が悪い。かなり弱らせたがな。また連絡する』
私の頭の中に、闇の精霊の声が響いた。
これは『全体放送』だったらしく、スコーンとリナが表情を引き締め、アリスたちが慌てて帰ってきた。
「うん、いよいよか?」
アリスが小さく息を吐いた。
「正直、鍛錬の時間が足りません。やるだけやってみます」
「難しい」
ミス・パンプキンとハウンドドッグが、頭を抱えそうな勢いでため息を吐いた。
「そうですね。これは難題です」
シノが小さく息を吐いた。
「私も頑張ります。空間を裂くこの剣なら、あるいは戦力になるかもしれません」
ララが笑みを浮かべた。
「ま、まあ、まだ注意報だから。今のうちに準備しよう。どうせ、なにかあったら全員転移されるだろうから」
私は笑った。
「そうだな。もう少し、きっちり練習してこよう」
アリスが家から出ていくと、ミス・パンプキンとハウンドドッグもそれに続いた。
「私も鍛錬してきます。じっとしていられなくて」
ララが笑みを浮かべ玄関から出ていき、庭で剣の素振りをする姿が窓越しに見えた。
「さて、なにが出るか……楽しみにはしたくないな」
私は苦笑した。
「あの、どうしました?」
昼食を作りにきたメリダが、さっそく家の空気が変わった事を察知したようだった。
「うん、グモルグが出るっていう大渦を見てきた。シャレにならなかったよ」
私は苦笑した。
「そうですか……。実はトロキさんが、戦いになれば参戦するといっていますが、どうですか。コモンエルフだけあって、腕は確かなようです」
メリダが笑みを浮かべた。
「そっか、それはありがたい戦力だね。猫の手も借りたい感じだから」
私は笑みを浮かべた。
「分かりました。食堂に戻ったらトロキさんに話してみますね」
「そう間もなく戦闘になると思うよ。見えないところで色々やっているみたいだけど、私たちに注意を促すくらいだから、思わしくないんだと思う」
私は小さく息を吐いた。
「分かりました。食堂はしばらく二十四時間営業を取りやめます。トロキさんにしっかり休んで欲しいので」
メリダが笑みを浮かべた。
「分かった。よろしくね」
私は笑みを浮かべた。
「ところで、みなさんは?」
メリダが不思議そうに聞いてきた。
「みんなそれぞれ戦闘準備中だよ。昼に帰ってくるかも分からない」
「では、サンドイッチにしましょう。これなら、好きなときに摘まめるので」
メリダが笑みを浮かべ、さっそく調理をはじめた。
「それはいい考えだね。色々ありすぎて、私もあまり食欲がないから」
私は苦笑した。
メリダが大量のサンドイッチを作ってくれ、そのまま食堂に向かっていくと、しばらく経って久々にトロキさんがやってきた。
「話しは大体伺っています。なぜ、早く教えて下さらなかったのですか。少し、闇の精霊さんとお話ししたいです」
「色々いいにくくてね。待って、今は忙しいかもしれないけど……」
『うむ、とりあえず一次攻撃は防いだ。今は問題ない。光りの精霊と共に姿を見せよう。あくまでも、仮初めだがな』
闇の精霊の声が聞こえると、久々に闇の精霊と光りの精霊が私の両肩の上に姿を見せた。
「うむ、私が闇の精霊で反対側の肩にいるのが光りの精霊だ」
「これは初めまして。少しだけお話しを伺ったのですが、どういう事態なのでしょうか?」
トロキさんが笑みを浮かべた。
「うむ、私から話そう。実は……」
闇の精霊が現状を語りはじめた。
最初は笑みを浮かべて聞いていたトロキさんが、徐々に険しい表情になっていった。
「他人事ではないですね。私がいた里から、味方を十人ほどそっと一時的な里抜けをさせます。食堂で働いている者はこういう戦力としては使えないので……微力ながら一緒に戦います」
「それはありがたい。しかし、エルフの攻撃は二千年前に把握されている。それが気がかりだ」
闇の精霊は小さく頷いた。
「私たちも進化しています。古代エルフ語を参考にして、新しく強力な魔法をいくつも生み出しています。なにかの足しにはなると思います」
トロキさんが頷いた。
「分かった、協力感謝する。なにかあれば、頭の中に私や光りの精霊の声が聞こえるようにするので従って欲しい。なんとか食い止めるように努力しているので、杞憂に過ぎれば我々の勝ちだと思ってくれ。では、失礼する」
闇の精霊と光りの精霊の姿が消え、トロキさんがサンドイッチを一つ摘まんだ。
「さて、私は十人の助っ人を呼んできます。もっとも、最近は監視も厳しいらしいので、抜けられるかどうか分かりませんが、最大限努力してきます」
トロキさんが笑みを浮かべ、玄関から出ていった。
「パステル、いい魔法を思いついた。ドームで試してくる!!」
リナがソファを蹴倒すような勢いで立ち上がり、玄関から出ていった。
「ねぇ、私もいい魔法を思いついたんだよ。ドームの試験も終わってる。無差別に隕石を落とすコメートを改良したんだけど、一個だけ直撃させる魔法。緊急事態だったんだろうけど、だからこそあんな荒っぽい魔法はダメだよ!!」
スコーンが笑った。
「そっか、ちゃんと準備してるんだね。私はなにをすればいいか分からないよ。魔法書って念じても出てこないし、それが役目じゃないって事だよね」
私は苦笑した。
昼も帰ってこなかったアリスたちが夕方になって帰ってきて、ダイニングのテーブルにあるバスケットから、一斉にサンドイッチをぱくつきはじめた。
「どうだった?」
「うん、なんとか形にはなった。長距離狙撃が苦手なミス・パンプキンも大丈夫だ。あとは、その時がきたらやるだけだな」
アリスが笑った。
「そっか、いざって時はトロキさんも参戦してくれるって。大きな戦力だよ」
私は笑みを浮かべた。
「それはいいな。しかし、どんなものか分からない敵に備えるのは大変だな」
「それはそうだね。弱らせてるみたいだけど、それでも脅威なんだろうね」
アリスの言葉に答え、私は苦笑した。
そのまま時間は流れ、スコーンとシャボン玉遊びをして気を紛らわせていると、リナが真っ黒になって帰ってきた。
「ええっ、ドームでそうなっちゃったの!?」
スコーンが声を上げた。
「うん、うっかり出入り口の扉を閉め忘れたら、暴発してこうなっちゃった。ドームは壊れてないよ。我ながら、頑丈な体でよかった」
リナが頭を掻くと、スコーンがリナをビシバシした。
「ダメだよ、出入り口開けっぱなしなんて。そもそも、自動で閉まるはずなのになんで手動にしたの?」
スコーンが怒鳴った。
「それがね、どうやっても閉まらないから故障だと思ったんだけど、ドームを変えるのも面倒だからって扉を手動にして、そのままやっちゃったんだよ」
リナが笑った。
「だ、ダメだよ。そういう事は、早くいってくれないと。何号機!?」
「うん三号機。暴発したのに壊れないなんて頑丈だね」
リナが笑みを浮かべた。
「どっちも頑丈だよ。まあ、それはいいや。ビスコッティ、修理にいくよ!!」
「はい、師匠」
スコーンとビスコッティが玄関から出ていき、外でドッタンバッタンやる音がここまで聞こえてきた。
「やれやれ、あのドームが一番緊張するんだよね。なにせ、最終チェックだから」
リナが笑った。
「そっか、とりあえず風呂に行きなよ。髪の毛がチリチリだし、あとでスコーンに治してもらえばいいよ」
私は笑った。
「それもそうだね。はぁ、いい感じで熱かったなぁ」
リナが笑って脱衣所に向かっていき、私は苦笑した。
大戦になるかもしれない。
そんな不安を感じながらも、私たちはどこか暢気だった。
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