第51話 前兆
翌朝、ゆっくり目に起きた私は、欠伸をしながらベッドから下り部屋から出た。
階下のダイニングにいくと、ちょうどメリダが朝食の支度を終え、先に起きていたみんなにエメリアが配膳していた。
「あっ、おはようございます」
エメリアが声をかけてきた。
「おはよう。元気だね」
私は笑みを浮かべ、いつもの席に座った。
「うん、遅いぞ。珍しく寝坊だな」
アリスが笑みを浮かべた。
「まぁ、疲れていたからね。迷宮より移動の方が疲れたよ」
私は苦笑して、エメリアが運んでくれた朝食を食べはじめた。
すでにみんな食べているので、いただきますの挨拶は不要だった。
「朝からステーキなんて気合い入ってるね」
私は笑みを浮かべた。
「はい、迷宮用に買いそろえた食材が余ってしまって。残りは食堂で使います」
メリダが笑みを浮かべた。
「そっか、思いのほか短時間で終わったしね。さすがに用意がいい」
私は笑った。
「はい、それが役目です。では、私は食堂に行ってきます。外でトロキさんが待っているので」
メリダは笑みを浮かべ、玄関扉を開けて外に出ていった。
「相変わらず、バイタリティ溢れているね。さて、朝食を食べよう」
私はステーキにフォークとナイフを刺した。
少しヘビーな朝食の後は、みんなでリビングに集まり、それぞれの時間を過ごしはじめた。
私はスコーンと並んで座り、迷宮で手に入れた膨大な書物を読む事にした。
「さて、なにからはじめるか……」
私が呟いた時、納戸の扉が少し開いて、一冊の書物が空中を飛んで私の前のテーブルに下りた。
「うぉ、ビックリした」
予想外の事に、私は思わず声を上げてしまった。
「これはなにかの魔法だね。これから読めって事か」
スコーンが笑みを浮かべた。
「そっか、それじゃ読むか」
私は薄く光っている本を読むために、そっと手を触れた。
すると、本を開くまでもなく、そこに記されているであろう内容が頭に飛び込んできた。
「うわ、なんだ!?」
思わず声を上げると、スコーンが同じように宙を漂ってきた魔法書に手を当てながら、小さく笑った。
「強制速読魔法だよ。読まなくても知識として入ってくる。高度な魔法だよ。私の魔法書はチンプンカンプンだけど。古代エルフ語だし!!」
スコーンが笑った。
「そ、そうなんだ。じゃあ、素直に従おう……」
私は苦笑して本をテーブル上に戻し、そっと手を当てた。
「へぇ、グモルグって体長数十メートルの松かさみたいなんだね。もっと、グロいの想像してた」
と、最初はどこか他人のように思っていた知識が、だんだんシリアスなものに変わってくると、いかな私とて真面目に構えるようになってきた。
「たった三日で世界の三分の一を消滅させたのか……シャレにならないな」
一冊『読み終わる』と納戸に戻り、次の本が納戸から出てきて私の前に置かれた。
当然ながらそれを『読み』、私の知識は徐々に膨大なものになってきた。
しばらくすると、頭が痛くなり、一度本から手を離すと、ビスコッティがコーヒーを淹れてくれた。
「あまり根を詰めると大変ですよ」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「大変なのはこっちだよ。想像してたより、グモルグはかなりヤバい」
私は小さく息を吐いた、
「そうですか。師匠も真顔ですね」
「そりゃそうだよ。やっと癖が読めて、どんな魔法か大体分かったんだけど、隕石を落としたり、今じゃ禁止されている召喚魔法もあった。それも魔族だよ。悪魔を倒すために別の悪魔を呼び出すなんて、よほど切羽詰まっていたんだよ。そんなのが相手か……」
スコーンはため息を吐いた。
みると、隣のソファに座って魔法書を読んでいたリナが、小さくため息を吐きながらそれでも、魔法書に手を当てていた。
「ほら、誰だって難しく感じるはずだよ」
スコーンが苦笑した。
「そっか、そこまでやったか。まあ、無理もないね。私だってクラクラしてるよ」
私も苦笑した。
結局、午前中は『読書』タイムになった。
情報を共有するためにみんなにも読んでもらったが、こんなのに手だし出来るのかという反応だった。
「私だって手だししたくないけど、なにも知らない人よりマシだって思わなきゃ。いきなり巻き込まれたら、シャレにならないから」
私は苦笑した。
「まあ、そうだが……。どう戦うんだ?」
アリスが頭を掻いた。
「それは、私とスコーン、リナが主力のはずだよ。そうじゃなかったら、光の精霊も闇の精霊もコンタクトしてこないから。なにがあるか分からないし、他のみんなはサポートだね」
私は笑みを浮かべた。
「パステルさん、お部屋を提供して頂いた借りを返す時がきましたね。微力ながら、私たちもお手伝いします」
ミス・パンプキンとハウンドドッグが頷いた。
「ありがとう。戦力的にはこれで十分だと思うけど……。そういえば、大洋のど真ん中に大渦が発生していたっけ。そこが、いわば台座になって出現するって闇の精霊がいっていたな。一度見たいね」
私は笑みを浮かべた。
「ああ、あの飲まれたら脱出不可能な大渦か。話しには聞いていたが、確かに見た事はない。しかし、近づくのは危険なんだろ?」
アリスが小さく鼻を鳴らした。
「うん、今はどうかな……」
私が呟くと、頭の中に闇の精霊の声が聞こえてきた。
『ダメだ。今近寄られると、グモルグが気づく気づかないの問題ではなく。お前たち全員が死ぬぞ。世界を記した地図はあるか?』
私は頷き、空間ポケットを開いて世界地図を取りだした。
それをテーブル上に広げると、開いたままの空間ポケットから勝手に筆記用具が飛び出し、大洋上の一点にバツ印がつけられた。
『それが、大渦が発生した場所だ。海の中央部だな。ここには近づくな。万一グモルグが出現した場合は、そうもいっていられんがな』
「そっか、分かった」
私は笑みを浮かべた。
「みんな、闇の精霊からの警告。大渦には近寄るなだって。全員死ぬとまで断言されたら、よけい気になるけど、今回はやめておこう」
「うん、分かった。その位置が大渦だな。また、微妙に遠いな」
アリスが苦笑した。
「ヘリで三時間くらいですね。被害が拡大しないことを祈りましょう」
ミス・パンプキンが笑みを浮かべた。
「それじゃ、私はもっと情報を集めるから、昼食の時に帰ってきたメリダにも話そう」
私は笑みを浮かべた。
昼食時にメリダが戻ってきた時に話しをすると、彼女は目を丸くした。
「そ、そんな事になっていたのですね。分かりました、今回は食事の心配はしなくてよさそうなので、ここに残って食堂とこの家を守ります。戦えない私がいても、足手まといになるだけです」
メリダが苦笑した。
「そっか、分かった。万一の時は、よろしくね」
私は笑みを浮かべた。
「うん、この場所だと空から戦える戦力も欲しいな。空軍にツテがある。話しを通しておこう」
アリスが笑みを浮かべた。
「あっ、ドラゴニアのエメリアなら、ドラゴンに姿を変えられるでしょ。戦ってくれる?」
私はココアを配ってくれていた、エメリアに声をかけた。
「はい、お手伝いしたいところですが、私には戦闘経験がありません。せいぜい、ドラゴンに変身して飛ぶだけの使い走りが出来る程度で、里では落ちこぼれだったのです。私はメリダさんと一緒にこの家を守ります」
エメリアの言葉には、どこか説得力がある強い意志を感じた。
「分かった。それじゃ、留守番よろしくね」
私は笑みを浮かべた。
これで、参戦メンバーが決まった。
私、ビスコッティ、アリス、スコーン、リナ、ララ、シノ・ミス・パンプキンとハウンドドッグの合計九名だ。
「よし、決まったね。数が多ければいいってものじゃないから、ちょうどいいかな。もっとも、グモルグがくればね」
私は笑った。
今日は読書日と決め、私は過去の記録を次々に『読んで』いった。
この本は読み手を選ぶようで、私の次はリナ、次ぎにスコーンと回っていった。
「スコーン、この『必殺の魔法』って分かる?」
私が問いかけると、スコ-ンは怒り顔になりおならで返事してきた。
「コメート。隕石を落とす魔法だよ。こんなの使ったら、どれだけ被害が出るか……」
「うげっ、そりゃ必殺だ」
私は苦笑した。
「それだけじゃないよ。必死になるとここまでやるか……って感じだよ。これじゃ、どっちが世界を破壊してるか分からないよ。もう、ペッペだよ!!」
スコーンはそれでも魔法書の解析をやめなかった。
「それは困ったな……。まあ、読書を続けよう」
私は納戸から出てくる本に手を当て、ひたすら知識を蓄えていった。
その他のみんなは武器を手入れして、いつになるか分からない、そして本当に起こるかどうかも分からない戦いの準備をしていた。
そのうち時間は夕方になり、最後の一冊が回ってきた。
そこには色々書かれていたが、『追い返す事には成功した。しかし、倒せなかった。後世の者よ。あとは任せる』で締められていた。
「……悔しかったんだね。分かる気がする」
私は小さく息を吐いた。
「まあ、いいや。魔法書が回ってこないって事は、私には無関係か」
「うん、パステルはそのまま使えちゃうから、逆にセーブされてるね。私とリナの役割は、まずこれを現代の魔法に作り変える事だね。ちょっと、リナの隣にいってくる!!」
スコーンはちょうど空いていたリナの隣に座り、なにやら打ち合わせのような事をはじめた。
「よし、私は完了か。必要な知識は入った。あとは、くるかどうかだね。出来れば、無駄な努力であって欲しいよ」
私は笑みを浮かべた。
その夜、メリダの夕食でゆったりした時間を過ごしていると、頭の中に声が響いた。
『グモルグの情報だ。ついに、この世界を探知した様子だ。我々とて無力ではないが、いつまでも時間が稼げるものではない。いつでも出られる準備をしてくれ。いざとなったら、あの大渦まで転移させる。以上だ』
闇の精霊の声に私はため息を吐いた。
「うん、どうした?」
「ついに、グモルグがここを探知したって聞いた。その時がきたら、大渦まで転移させてくれるらしいよ」
私は苦笑した。
「そうか、ついにきたか。全員、寝ずの番だな」
アリスが笑みを浮かべた。
「いや、そこまで切迫した状況じゃないみたい。むしろ、ちゃんと寝て体調を整えた方がいいよ」
私は笑みを浮かべた。
「……いよいよきたか。まずは世界各国の王都がヤバいけど、今から連絡しても間に合わないだろうし、信じないだろうね」
本に書かれた情報によると、グモルグはまず人が密集している場所を狙う。
私たちみたいな田舎町は、そこを食い潰した上であとと書いてあった。
「お困りですか。私の情報網を使えば、どこの国でも明日の朝には情報が行き渡るでしょう」
私がよほど不機嫌な顔をしていたのか、ミス・パンプキンが声をかけてきた。
「それじゃ、お願いするよ。間に合うか分からないけど……」
「分かりました。さっそく手配しましょう」
ミス・パンプキンは二階に向かい、ハウンドドッグと共用の部屋に引きこもった。
「これで、少しは犠牲が減るかな。ミス・パンプキンがいてよかったよ」
私は笑みを浮かべた。
夕食のあとは珍しくみんなで酒を飲み、食堂に出かけていったメリダに代わり、ビスコッティが肴を作った。
「さすがに、メリダほどではありませんが、どうぞ」
ビスコッティが野菜と肉を中心したメニューを次々とテーブルに並べ、私たちは酒の席を楽しんだ。
その後はエメリアが後片付けをはじめ、私たちは風呂に向かった。
「みんなで湯船に浸かるなんて、久々だねぇ」
私はダラッと呟いた。
こんな時でも温泉は心地よく、私たちは長湯を決め込んだ。
そのうち、作業を終えた様子のエメリアとミス・パンプキンが入ってきて、メリダも入っていけばいいのにとそっと思ったが、食堂が出来てからというもの、みんなとはサイクルがずれた生活をしていた。
「しっかし、どんな相手かねぇ。今までの人生で最強の魔物っぽいけど」
私は笑みを浮かべ、大きく伸びをした。
「うん、どうだかな。案外、チョロいかもしれんぞ」
アリスが笑った。
「油断は大敵です。でも、チョロい事を祈ります」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
こうしてしばしの入浴のあと、私たちは湯船から外に出て、脱衣所で服に着替えた。
風呂上がりに少し酒を飲んで、私は自室に入った。
毎日スコーンが投げ入れてくれる虹色ボール一個の効果は抜群で、部屋は快適な環境になっていた。
「さて、どうしたものかね。まあ、考えてもどうにもならないけど」
私はベッドに横になった。
グモルグの正体。それは、異界からきた破壊神と記されていた。
それ以上の事は、本には書いていなかった。
「きっと、分からなかったんだろうな。それどころじゃないって感じで」
私は小さくため息を吐いた。
「まあ、考えてもどうにもならないか。さすがに、今度ばかりはワクワクしないね」
私は苦笑して、そっと目を閉じたのだった。
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