第二話 転校生は柳の如く
『興味が湧きました』
登校中、先週夜の女性のことを考える。
脳裏をよぎるのは、なぜ殺してくれなかったのだろうという、淡い失望。
それを抱きつつ、ただ歩く。
……この日、子供は見なかった。
◆◇◆◇
(……あれ?)
最後尾であったはずの私の席。その後ろに置かれた、古ぼけた机と椅子。
長年埃被っていたような印象を抱かせるそれが、新しく最後尾となっていた。
キーンコーンカーンコーン。
二十四時間ぶりの朝のチャイムが鳴り響き、担任が戸を引き声を出す。
「席につけ〜。ショートホームルーム始まるぞ〜」
いつもの如く、間伸びした声。
その後に続くは、やはりというべき連絡事項。
しかしいつもと違い、その中には、一つのビッグニュースがあった。
「突然だが今日、転校生が来る」
「……」
水打ったように、静まり返る教室。しかしそれは、次の瞬間には朝も比にならぬほどの喧騒に変わっていた。
「転校生ってどんなのかな」とか「どこから来たんだろう?」とか。そんな声が耳へと届く。
しかし、そんな会話を受けてもなお、私の興味はそこにはなく。
私は閉じていた本を開き、読書に没頭した。
パン、パン。
室内に乾いた拍手が響き渡る。
「……転校生くらいで騒ぎ立つなんて、お前らホントに高校生か?」
言葉の主は当然ながら長谷先生。その口調には、戒めよりも先に呆れが立つ。
次いで、「まあいいや」という、どうでもよさそうな声。
「それじゃあ、入って来い」
スッ、と扉が開く。
転瞬、潮風が吹いた。航海の転機を知らせるような風が吹いた。
それが鼻先を掠め、塩と血の入り混じった、海の匂いをくすぐらせる。
入ってきたのは、どこか見覚えのあるヒト。長い黒髪と、何よりも、全てを見通すような眼が、特徴的なヒト。
「自己紹介を」
「……今日からこの学校に通うことになりました。
ぺこりとおじぎを一つ。
再び上げた顔は、なぜか真っ直ぐ私の方を向いていた。
「天夜の席は……あそこだな」
指差されたのは、私の後ろ。新設された、新たな窓際最後尾。唯一の、七列目の席。
私の横を、天夜さんが通りかかる。
「よろしくお願いしますね。……
すれ違いざまに、一言。
割と小声であったのに、伸びるような声質ゆえか。聞こえたらしい周囲から好奇の視線が、私たちに突き刺さる。
天夜さんは、それもまた柳に風とばかりに席に着いたが、私にはやはり鬱陶しく思えて、顔を窓の方へと向けた。
次いで貼り付けたのは顰めっ面。
太陽と視線の挟み撃ちに、私は逃避するように、口の中で呟いた。
——暑い。
◆◇◆◇
(……煩い)
休み時間の度に訪れる、今朝から何度目とも知れぬ思いを、私は抱いた。
その元凶は一目瞭然。真後ろの人溜りだ。
「天夜さんってどの部活入るの?」
「ああ、それはまだ考え中で」
「じゃあウチの部活来なよ!初心者でも大歓迎!!」
こんな調子が、朝から続いているのだ。とても落ち着いて読書なんて出来やしない。
内心でそんな悪態を吐きながら、私は本から顔を上げた。
「そういえばさ、天夜さんと桜舞さんってどんな関係なの?」
ピタッ、と。
後ろでナニカが止まった気配。対して私は聞こえないとばかりに顔を再び本へと戻す。不意を打たれたからと止まるほど、私は可愛くない。
「……どんな関係?う〜ん」
天夜さんの悩み声が耳へと届く。それは本当に、どうしたら良いものかと悩む声だった。
すると私の中で疑問が浮かぶ。何をそこまで悩むのだろう。
私だったらきっと「日曜日の下見の時に会って」とか適当に言うと思う。
つまり、そこまで難しいことじゃないのだ。誤魔化すこと自体は。
……まあ、それはあくまで〝私にとって〟であって、〝天夜さんにとって〟は違うかもしれないけど。
ただ、ここまで真剣に悩むということは、と。
私の脳裏を嫌な予想が掠める。
……この予想が当たっていたら、天夜さんは底抜けのバカということになるのだが、一度湧いた疑念は、内に巣食って離れない。
故に私は、休み時間が残り五分なのを確認すると、席を立った。
「あっ」
余計なことを言った口と、よく似た声が耳へと入る。次いでぐるん、と首が回り、無数の視線が私に突き刺さる。
(訊きたい事があるなら訊けばいいのに)
チクチクと肌を突く視線に、そんなことを思う。
しかしやはり私は小心者なので声には出さず。
一顧だにに視線を向けず、扉は徒歩を進め——
「っ」
転瞬怖気が
「——っ!」
ゾワァッ!と背筋を悪寒に撫でられ、人知れず肩が上がった。
何故なら——
「……」
天夜さんが優しい、けれどどこか底知れない微笑みで、私を見ていた。
◆◇◆◇
(あーあ、行っちゃった)
私は口の中で舌を転がす。
(もうちょっと観察したかったのに)
私が彼女に興味を持ったのは、彼女が
私は仕事柄、人を視る機会が多い。
特に死に際は、その人の本性が現れるのだ。
そして大抵の人間は暴れる。
嫌だと泣き叫ぶ。
ただ哭き声だけ聴かせてくれればいいのに。
そう思ったことは一度じゃ利かない。
哭き声を聴かせて、
そんな自らの欲求のために人を殺す中、例外が現れた。
『……どうして、咲っているんですか……?』
桜舞雫。どこにでもいそうな、普通の女の子。
しかしその内に秘めたモノはまるで異質。
殺されるのを自覚して笑う人なんて見た事がない。
もしかして〝普通〟に分類される人は、みんなそうなのだろうか。
……いや、違う。
私だって昔から、暗殺が上手かったわけじゃない。
詰めが甘くて、助けを呼ばれたり、見つかったりすることもあった。
その時相対するのは、決まって〝普通〟の人間。
彼女と同じ様な年頃の子にも、見つかった事がある。あれは確か、真夜中の路地裏だったか。血糊を落としていると、見られてしまったのだ。高校生と
その裏路地は、廃棄された工場跡地に囲まれていて、夜中はおろか、昼間であろうが、滅多に人は寄り付かない。
そんな場所に何の用であったかは預かり知らぬが、これ幸いと確かめた事が有るのだ。
しかし結果は以下の通り。
親の顔よりも見た抵抗。次いで絶叫。
ゆえに気になるのだ。彼女の存在が。
桜舞雫という少女のことが。
「——あの、」
故に私は口を開く。
おあつらえ向きに、目の前には彼女と一ヶ月以上過ごした人間が六人ほど。これを利用しない手はないだろう。
「——
あたかもそれ以外は知っているかの様に、一部強調して言ってやる。
こうすれば分かってくれるから。
勝手に解釈して、理解した気になってくれるから。
「どんな人、かぁ」
それを皮切りに、口々と言葉が溢れる。
「なんていうかさ、一匹狼?」
「部活にも入っていないし」
「ずっと本読んでるしね」
「あっ、でも成績は良いらしいよ」
などなど。どうやらコレが、彼女に対する一般認識らしい。
(昼休み……)
休み時間はこんな調子で、放課後は教員に呼ばれている。ゆえに、話せる機会はと言えば、昼休みしかない。
どう話しかけようかと、私は知らず、口の端を吊り上げた。
◆◇◆◇
ギーンゴーンガーンゴーン。
いつもより、乱雑に聞こえるチャイム音。
その
ようやくの昼休み。
そう思うと、少し肩から力が抜けた。
私は、今朝方適当に見繕ったパンと水の入った水筒を取り出し、教室を出る。
次いで階段へと足を向け、私は屋上へと上がった。
「……はぁ」
憎らしいほどの晴天模様。それに思わず溜め息が出る。
しかし、ここしか一人になれる場所がないのだから仕方がない。
鉄柵を背もたれに座り込み、パンを千切っては口へと放り込む。しっかり三十ほど咀嚼すると、水で胃へと流し込む。
一連の動作を繰り返しながら、私は砂浜の様に白い、コンクリートを眺めていた。
「——
突如、耳朶を打つ、声。
それは何故か背後……
「高校生ってトイレまで着いてくるんですね」
びっくりしましたよ。本当。
タンッと軽やかな音が、コンクリートに突き刺さる。
声の主たる彼女は、私の顔に合わせる様にしゃがむと、笑って言った。
「何か訊きたい事が有るんじゃないですか?桜舞雫さん?」
————————————————————
遅れてすみませんでした。初めましての方は初めまして。そうじゃない方はお久しぶりです
はい。遅れたことには何も言いません。ただただごめんなさい。あとこれ先月分なので一応もう一つ今月中に投稿する予定です。はい。
さて少々近況を。
カクヨム甲子園についてはまだ一作品しかできていません。これ間に合うかな。
明日から中間です。まさか
それではまた次回お会いしましょう。ばいばーい。
君の慟哭を聴かせて 琴葉 刹那 @kotonoha_setuna
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