情景描写ってなんだ? 後編

 お題「情景描写」の後編です。


 引き続き筆者作品を引用しながら、今回は三人称を中心とした情景描写について語って行きます。


 それでは前回の続き、宿屋内で一悶着あった後、目が覚めてから始めて外に出た場面を読んでいきましょう。


 ────────────────────


 ギギギ……ッ、と宿の入口にある木製の扉を開ける。


 すると、さわやかな風が流れ込みシキの赤髪を揺らした。


 大小様々な木々に囲まれたこの宿は、街の中心から少し離れた土地に建てられていた。鼻をくすぐる自然の香りが、よりこの宿に安らぎをもたらしていたのだろう。


 雰囲気に流されるように深呼吸し、気分をリフレッシュする。風に揺れる草木の音が心地よく感じた。

 風に耳を当てていると、自然の音に紛れどこからか可愛らしい動物の鳴き声が聞こえた。


 なんとなく気になったシキは、鳴き声の聞こえた宿の横にある洗濯物を干すスペースへ行ってみた。すると、そこには小さな少女の背中が見えた。


 ────────────────────


 はい。本作は序盤のみ一人称視点で、それ以降は三人称視点が主な物語となっております。

 ややこしくてすみません。そんな事は置いておいて、場面の説明に移りたいと思います。


 宿から出るワンシーン。しかし記憶喪失の主人公にとっては、初めてこの世界に触れる瞬間でもあります。

 緊張や不安、それと同時に期待を抱きながら扉を開ける主人公。

 あえて扉が開く音を入れる事で、材木の軋む音が聞こえるほどに丁寧に扉を開けているという事がこの一文に込められております。


 扉を開けていると、髪の揺れからほんのりと優しい風が吹いていると伝わると共に、主人公の容姿についても再度描いております。主人公の容姿や傍から見た様子を何度も描くのは、広い視点を描きながらも主人公の印象を強くイメージさせる、三人称特有の表現でもありますね。


 そして目に入った風景を通し、眠っていた宿屋は休息と安らぎによく力を入れている。と伝わる表現を取っております。

 その後は宿屋の目論見に流されるようにリフレッシュする主人公。聞こえてきた動物の鳴き声から、次の場面へと繋がる描き方となっております。


 場面転換を行った後は、必ず次の場面について最低限の情報は記述するようにしましょう。

 漫画では場面転換後は必ず背景のコマか、背景の写っているコマを描くようにとプロの漫画家も口を酸っぱくして言っております。


 小説も同じように、場面転換後の情景描写が不足していると情報の前後が混ざってしまい読みにくくなります。


 例えば事件現場に遭遇し推理する探偵がいたとして、色々と考察しながら推理を話していても、それは事件現場に留まり続けているのか。

 それとも真相に迫るため証拠や犯人がいる場所へ移って考察しているのか。はたまたその移動中の出来事なのか。

 推理自体はどこでも可能なので、情景描写が無いと探偵はどこで推理を行ったのかが文章からでは伝わらなくなってしまいます。


 引用した文章についても外に出たと分かる描写が欠けていた場合、宿屋の一室で窓を開けた時の出来事とも読み取れてしまうのです。そのため、情景描写の中でも特に「移動した」と明確に分かる情報は、優先度の高い描くべき情景だと言えます。


 次に、初めて商店街に訪れたシーンについて読んで行きましょう。


 ────────────────────


 時刻は正午過ぎ。日の光はそろそろピークを迎えそうなお昼頃。

 2人はミコに紹介された、この辺りでは一番と呼ばれる商店街を歩いていた。


 規模は小さいながらも、飲食から装飾品、武器に医療具にはたまた何に使うのか分からない怪しげな雑貨屋まで、必要なものは全てこの中で揃えそうなほど多種多様な店が揃った立派な商店街だ。


 そしてなによりシキが驚いたのは、客引きの方法だ。

 派手に炎を上げ注目を集めたり、水を使った立体的なキャッチコピーや料理の臭いを風に乗せたりと、あの手この手で一人でも客を増やそうとあちこちで盛り上がっている。


 そんな華やかで賑やかで穏やかな街を、大柄な男と無機質な少女は無言で歩いていた。


 ────────────────────


 世界観の伝わる、主人公にとっても読者にとっても重要なシーンです。


 まず、一番初めに商店街の規模や品揃え、ここでは何が出来るのかが分かる一文を描いております。

 また魔術というものが本当に存在する世界だと主人公と読者に伝えるため、「魔術が根付いた世界の商店街」を想像しながら特有の情景を描写しております。


 そして気づいた方もいると思いますが、時間も立派な情景描写で描かれる情報の一つです。

 ただ漠然と時間を書くのも悪くは無いですが、日の光や人々の流れなど、その世界における時間の流れが分かる描写で描かれていると、一工夫された情景描写だと言える仕上がりとなります。


 最後に、物語における重要キャラクターの登場シーンについて読んで行きましょう。


 ────────────────────


 商店街にある飲食店の一角で、風変わりな男女は神妙な顔つきで小さなテーブルを囲っていた。


「記憶を取り戻す方法。それはなんだ? 何をすればいい?」


 与えられた一本の道筋。シキは具体的な答えを要求する。すると、ネオンは辺りを見渡し始めた。

 不思議な様子で眺めていたが、どうやら使えそうなものはないかと探しているようだ。


 飲食店のメニューを見つけ手に取ると、シキへ何かを伝えようとする。


 その時。


「あれぇ、シキくん……だっけ? 何してるの?」


 飴を転がしたような甘ったるい女の声が、シキの名を呼んだ。

 シキは振り返り声の主を捉えたが、その姿に見覚えは無かった。


 スリット入りの軽装に腰には短剣を携えた、メッシュの入ったクリーム色の髪が特徴的な少女が、突然話しかけてきたのだ。


 ────────────────────


 今回は最初に主人公達が何をしているか描いております。

 物語の進行的に、風景の情報より記憶を取り戻す方法の方が重要度が高いため、情景描写における風景の情報は最低限に留めております。

 それよりも、どのように記憶を取り戻すのかヒロインの行動を注意深く見ている様子を情景描写としては優先して描いております。


 そしてそれを遮るように登場する新キャラクター。

 注意深く見ていた分、それを遮るとそちらへの意識の移り変わりも大きくなり、結果的に新キャラクターの存在を大きく見せる事が出来るのです。


 声色や見た目も注意深く見たいた分、情報を描き過ぎなクドい表現にはならず、自然と頭に入って来る情報量として読者に伝えられます。


 三人称作品の場合主人公は読者の視点を担う役割だけではなく作品の登場人物の一人としても動くので、情景描写を描く際は主人公を軸にすると、情報が多くなっても伝わりやすくする事が出来ます。


 全体のまとめとしては、情景描写が不足すると物事や会話がどこで起こっているのかわからず、いくら面白い内容であっても場面があやふやなまま終わってしまい勿体ないシーンとなってしまいます。


 特に場面転換を挟む場合はどこからどこに移ったか、分かるように描く事が望ましいです。


 また、一人称の場合は主人公の感じたものを描くとそのまま情景描写になる。

 三人称の場合は、あらゆる情報を情景描写として織り込む事が出来るが、主人公を軸にすると伝わりやすい情景描写が出来る。以上が夜葉の考える情景描写の書き方です。


 情景描写と言っても背景を描くだけではなく、キャラクターの見た目や様子、時間の流れや出来事も情景に含まれます。

 あらゆる情報を駆使して、読んでいて情景が鮮明に浮かぶような情景描写を書いてみましょう。


 最後に一つ、短編やショートショートではあえて見た目をはじめとした情景描写を省く事があります。

 文字数という制限の他に、物語のストーリーへ集中させるために他の要素を気にしなくするためです。


 綿密に描くだけではなく省く事も含めて、魅力的な情景描写を見つけていきましょう。

 私もまだまだ苦手な部分ではありますので、エッセイを書きながら改稿したいと思う部分も多く見つかりました。


 また、今回引用した文章が気になった方は是非本編も読んでみて下さい。

 楽しくて面白くて、そしてシリアスなシーンも登場する場面を情景描写を駆使して彩っております。


 長編作品『この世界には私が眠っている。』

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054944120041


 それでは、また次回のお題でお会いしましょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る