エンディング

「心臓病ってどういうこと!?それに、ずっと前から分かっていたんだって?」

勢いよく飛び込んできた愛弓さんは、けれども私の顔を見て安心したらしく、すぐに落ち着きを取り戻して言った。


私はちらっと在野さんを見た。どうやら在野さんは、一切何も話していないようだ。自分の口から言えるように配慮してくれているのかもしれないが、正直説明はちょっと面倒くさい。


二人は、私のベッドの傍に膝をついた。その姿が、いつかの瑞羽ちゃんと重なって見えた。思えば、前世では死の間際の瑞羽ちゃんと両親以外、誰も病室には来てくれなかった。

こっちの方が、女子高生としては普通なのだとは、思うけど。


「まあ、これが隠してた秘密ってわけ。私、不治の病なの。いや、秘密は他にも沢山あるから、秘密そのいちかな」

「そんな…本当に治らないの?」

「大丈夫、お金さえあって、手術を成功させ続ければ、生きていられるから。八十パー、七十パー、六十パー。成功させる度に寿命が伸びていくみたいな感じかな」


私の発言を聞いて、愛弓さんは涙目になって言葉を詰まらせてしまった。すると、紅葉さんが聞きづらいであろうことを、聞いてくれた。

「何歳まで?」

「分かんないけど、手術してから五年くらい、生きている人はいるらしい。ただまあ、何歳までって言われるとわかんないかな。最短で半年かな?」

今の所、統計上は一年で死ぬ確率が私の中では100%だが。


「でも、五年も期間があれば、何か治す手立てが見つかるかも…」

「前向きだねぇ」

思わず、お婆ちゃんみたいな言い方をしてしまった。しかし五年くらい生きている人がいる、というのはあくまで前例があるということであって、かなり最大値を取っていると思うのだけど。


そして、それから愛弓さんは予想通りの一言を放った。

「私にできることなら何でもするから!」

後ろで、紅葉さんも頷く。


「そこまでしてもらわなくてけっこう。知ってるだろうけど、特に困っていることはないし。それに、すべきこともない」

「するよ!親友だもん。それに、自分じゃどうしようもないって思ってたことも、やってみれば何とかなるってことを、最初に教えてくれたのは音ちゃんなんだよ!」

…ああ、舞台のことか。いつまでも、昔の事をよく憶えているものである。


そろそろ、本当のことを言わなければならないだろう。

「違うよ。私は、確証があったから動き出せたんだよ。秘密その二。私未来から来たから」

私には人を動かす力などない。ただ、そこには単なる偶然があったのだ。


かくかくしかじか。私はほとんど、過去に戻ってきたばかりのとき在野さんにしたみたいに、何があったのかを語って聞かせた。

二人は、最初だけはいいリアクションをしてくれたけど、後は黙って聞いてくれた。っていうか、私の両親そろそろ呼ばなければ怒られると思うけど。


「未来の知識を利用して活躍か…なろう小説みたいだね!音ちゃん」

「在野さんはコネチカットヤンキーって知的な例えを、出してくれましたけど」

「ヤンキー?なにそれ?」

愛弓さんと紅葉さんはコテン、と首をかしげてしまった。愛弓さんは、舞台に関係ないことはあまり興味がないらしい。


それに、それほど活躍だって、出来てはいない。


「それにしても信じるの早すぎません?」

「だって、そうとでも考えないと不自然だもん。音ちゃん、明らかに普通は知らないことも答えてくれるし」

だとしても、信じるのが早すぎるとは思うが。いやまあ、二人ともそんなタイプだけどさ。


「まあ、ともかく。そんなだからさ、二人にそこまでしてもらう必要はないよ。そもそもさ、さっき話したとおり私、死ぬことよりも迷惑をかけることの方が怖いんだ」


これは本当。こう言ってしまうとなんだが、この輝かしい二人の人生を、私の看病に費やしてよいはずがないのだ。いや、看病くらいならいいかもしれないが、愛弓さんなら、何かが起こった時今のように「できることならなんでもする」なんて平気で言い出しかねないのだ。


しかし、治し方も分からない病のことを治そうと試みるなんてこと、一年続けるだけで何百万という金が飛んでいく。そんなこと許せない。


…これで、皆で過ごす日々も終わりである。


「…ねえ、音ちゃん。これ見て」

私がそんな哀愁に浸っていると、紅葉さんは愛弓さんの手を取って、掲げてみせた。


「………お熱いね」

そうとしか言えない。紅葉さんは、何が言いたいのだろうか。自慢か?自慢なのか?


「仲直り、したんだ」

「そうですか」

「音ちゃんはどうして、私達が音ちゃんのために尽くすのが迷惑をかけることだって考えたの?」

「そりゃあ、お金だってかかるし、二十代は貴重だし」

私は生き延びれば生き延びるほど、心臓が締め付けられることになるだろう。治療法が見つからなければ、彼女たちの二十代と財産がパーである。


しかし、紅葉さんはそうは思わなかったようだ。

「音ちゃんとお金なら、音ちゃんの方が大事だし、音ちゃんと共に生きようとする二十代も、同様にまた貴重だと思うよ」

「そう言って頂けるのは嬉しいです…でも」


私は怖いのだ。その気持ちが、いつしか変わってしまうことが。そんな誓いをするには、私達は若すぎたのだ。


愛弓さんは静かに声を発した。

「以前、ラブホテルで話した、私達の仲違いの原因。憶えてる?」

「ええ。憶えていますよ。愛弓さんは、将来もこんな関係が続くとは思えなかったんですよね。だから、早いうちに手を出すべきだと思った」

紅葉さんの顔が曇る。


「うん。確かにそう言ったよ。でも、分かったんだ。安定した生活とか、将来を守るためとか色々考えてたけど。そんなのどうでもいいんだって。大事なのは今!今なんだよ。だって、未来が怖いから別れるなんて、意味分かんないもん。…そう、紅葉と話し合って分かったんだ」

「…それはいいことだと思うよ。応援する」


私は、正直以前の愛弓さんの方に賛成だった。今のままの関係なんてずっと続くわけないから、傷つかないように今のうちに離れるんだっていう考え。


でも、限界まで一緒にいる。それが二人の結論であるのならば、私はそれを尊重するのみだ。


そして、愛弓さんは衝撃的すぎる一言を放った。

「何言ってるの!そこには音ちゃんも一緒じゃないと駄目なんだよ!私達ずっと、一緒だったじゃん!」

「へ?いやいや、そんなの普通じゃないよ」

てっきり彼女たちが付き合うことになったという話だと思ったんだけど。


「タイムスリップして、心臓病になって、もう普通なんて意味ないから!私、自分の給料、全部音ちゃんのために使うから!紅葉も、そうだよね」

「まあ、私も、人のためにお金を使っちゃ駄目なんてのもずっと馬鹿らしいと思ってたんだよ」

紅葉さんは目を瞑って頷いた。


「そんな簡単に言わないでください!三人一組で、病気と戦って、二人の人生まで、私のせいで台無しにすることはありません!」

「だから、人生が無駄だとか、無駄じゃないだとか、そんなの私が決めることなんだよ。音ちゃん」


紅葉さんが言葉を付け加える。

「私達は、ありもしない未来の不安とか、世間体とか。そんなのに、悩むことはもうやめたんだ。私は今そうしたいのだと思うままに生きるし、一緒にいたいと思う人と共に過ごすし、。そして傷つけてしまったら、死ぬ気でやり直す。そうするしかないんだよ」


ああ、紅葉さんも、愛弓さんも、。それは、世間で言われる「大人になる」というのとは少し違うのかもしれないが、前に進もうとせず、過去のオソノイに戻ろうとしている私とは違って、少なくとも前進はしているように見えた。


「だから、私も愛弓ちゃんも、音ちゃんのために生きるよ。音ちゃんと、ずっと一緒にいたいから」

「…愛弓さんに怒られますよ」

「勝手に決めないでよ!ずっと二人がいい人もいるだろうけど、私は三人がいいんだよ!もちろん出来るなら、瑞羽ちゃんと青葵とも、ずっと一緒に居られれば。それが、全部脱ぎ去って、腹括った中田愛弓の本心だよ。好きな人が何人いたっていいじゃん」


それは、世間から見れば、中学生の仲良しグループが「ずっと友達」だと誓うようなもので、欺瞞そのもののように写っただろう。


そのはずなのに何故、愛弓さんや紅葉さんがいうと、信じたくなってしまうのだろうか。


「…でも、私は、オソノイに負けたから。昔の夢を叶えなきゃいけないから」

「何なのさ。その夢っていうのは」


私は、あの引きこもって惨めだった日々に、散々思っていたことを思い出していた。

「…オソノイはさ。瑞羽ちゃんと一緒に、穏やかな余生を過ごしたかったんだよ。二人は本当にずっと、一緒だったから」

こればっかりは、皆と一緒というわけにはいかない。


私にとっては、タイムスリップしてから皆と過ごした日々と同じくらい、あの瑞羽ちゃんしか友達がいなくて、毎日ずっと一緒だった日々も大事なのだ。


すると、愛弓さんがパッと顔を上げて言った。

「だったら、半年間だけ、瑞羽ちゃんとふたりっきりにしてあげよっか?それより長生きできたら、皆で暮らそうよ」


XXX


私はその後、両親とこれからのことを話し合った後、一人になった。


そして、愛弓さんに頼んで病室に瑞羽ちゃんを招いた。

彼女は、これまでの様子とは異なり、少々しょんぼりとしていた。誰かに叱られたのだろうか。紅葉さんだろうな。近頃扱いひどかったし。


彼女は病室に入るとぺこりと頭を下げた。

しかし、私の方こそ、彼女に謝らなければいけない。


「瑞羽ちゃん。折角オソノイのために特定してもらって悪いけどさ。私、もうオソノイには戻れないみたい」

「戻れないってどういうこと?」

彼女は、病室だからか、少し静かに、しかししっかりとした口調で言った。


「私はさ、オソノイになったらお金も使わずに、半年で死んでもいいと思ってたんだ。でも、そうもいかないみたい。私は、もっと長く生きなきゃいけない」

愛弓さんや紅葉さんと、そう約束してしまった。


「ええっと…よく、わかんないけど。死ぬ必要なんて、ないよ!始めっから」

「いや、でも、くじらの小部屋で送ったオソノイは、居なくなっちゃったから…。瑞羽ちゃんが好きな、オソノイは」


そう、結局彼女が望んだオソノイは、もう経験したはずの私でさえ、戻ることはできない。演じることすら。

私の頭の中では、在野さんの「人は過去には戻れない」という言葉が鳴り響いていた。


怒られるかと思っていた。しかし、

「よかったぁ」

「へ?」

瑞羽ちゃんは泣き出して、浮かべているのは、安堵の表情?


「寂しがってる凜花は、オソノイはいなかったんだね」

私には、何故彼女が喜んでいるのか分からなかった。


そうだ、そういえば私も、彼女が何を考えて特定をしているのか、思い込みだけで直接聞いたことはなかった。

「ねえ、私の方こそ、ずっと自分の考えで行動してばっかりでさ。聞かせてくれない。瑞羽ちゃんが、何考えていたのか」

この質問も、先程紅葉さんに合わなければできなかった。


瑞羽ちゃんは、すぐに話し出してくれた。

「私さ、オソノイのこと、中学生の頃本当に好きだったんだよ。私ずっと友達いなくて、苦しくてさ、くじらの小部屋だけが楽しかったんだ」

彼女は、しまった大切なものを覗き込むように、両手を胸の前に組んで言った。


「だから、ある日、孤独のまま死んでいくオソノイの生涯を、凜花が投稿したから、あの時の私みたいだなって思ったんだ。だから、なんとしてでも助けて、一緒に居てあげたいって思ったんだ!でも…よかったぁ」

「…いなくてよかったの?」

私はてっきり、小園井音よりもオソノイが好きなのだと思っていたのだが。


「だって、オソノイ、かわいそうだよ!友達も奪われて、ひきこもりになって、苦しんで死んで…。だから、傍にいてあげたくて」

「…そんなことなの?」

「そんなことって…だって!救われたんだから、救い返さないと!」

…そうか。結局、前の時間軸同様、瑞羽ちゃんに私は助けられようとして、すれ違っているだけだったのか。


よかったぁ…小園井音が嫌われたわけではなかったのか。


「…とにかく、今まで迷惑かけてごめん。瑞羽ちゃんはもうストーカーなんてする必要ないよ。なんせ、辻凜花の正体。オソノイはもういないんだから」

「それは…よかったよ。うん、よかった。私もずっと、親友が苦しんでいるって勘違いして、空回りし続けてたんだね」

結局、在野さんのいうように、全ては文字通り徒な労力とろうで、私達このストーカー騒動で得たものは何一つないのだった。ただ一つ。前に進んだのだとういう実感を除いて。


私が目を覚ましてからこの病室はずっと騒がしかったが、初めての静寂が訪れた。

何も言わずに雀の囀りを聞き届けた後、瑞羽ちゃんが言った。


「Vtuber辻凜花はどうするの?」

「あれはさ、オソノイのものだから、やめようかなって思ってる」

「でも?音ちゃんはVtuber好きだよね?」

「…うん。好きだよ」

「好きならいいじゃん。続けてよ」

「でも…」

「オソノイと音ちゃんの間に、共通点があってもいいじゃん。音ちゃんはさ、タイムスリップして、全部変わったと思ってるかもしれないけど、Vtuberだけは、ずっと好きだった。それでいいじゃん」

「…それもそうだね」


今思えば、ふたりっきりで、何も隠し事をせずに話すのは本当に数年ぶりになるかもしれない。


あの登校の日も、彼女は私に隠れて紅葉さんに会っていたんだもんな。あ、そういえば。


「Vtuberの存在ってさ、元々、前の時間軸の瑞羽ちゃんが教えてくれたんだよ」

「…なんか想像つかないな。私にとっては音ちゃんって、何でも教えてくれる人だったから」

「今でこそ私は、最新鋭のインフルエンサーで、Vtuberという裏の顔も持ってるけどさ」

「……………」

「昔は何も知らなくて、流行のことなんかは全部、瑞羽ちゃんに任せっきりだったんだ。代わりに、私は下らない昔の映画とか教えてたんだけどさ。結構、上手く言ってたんだよ」


今の瑞羽ちゃんとは、結構キャラが違う。私はもっと違うのだろうけど。

「なんとなく、その私の気持ち、分かるな」

瑞羽ちゃんが言った。


「一緒に居続けるために、違うことを知ってたら、大事にされると思ったんだと思う」

「…ちなみに、私は流行の話は全然興味なくて、全部受け流してたんだけど」

「ひどっ!」

彼女は少し笑ってくれた。


「多分。誰かと一緒にいたら、ずっとは続かないんじゃないかっていう不安とか、何かしなきゃならないって思う性質タチなんだよ。私」

瑞羽ちゃんが下を向いて言う。私も愛弓さんも紅葉さんだってそうだ。


「そうだね。でも、安心して。私さ、今から発作起こしまくってすごい迷惑かけるから。瑞羽ちゃんは、流行りを勉強する代わりに看病の勉強してくれたら、負い目なく一緒にいられると思うよ」


「じゃあ、音ちゃんは、今まで教えてくれなかったことも、全部教えてね」

「いいよ。どうせ私、病室じゃ本ばっか読んでるし」

「あ、でも、配信は続けてよね。最近はちゃんと観れてなかったけど私、凜花の配信好きなんだから」

「ああ、うん。っていうか、配信数日休みますってツイートしないと」

彼女は、スマホを取ってくれた。


私はツイートを打ちながら言った。

「ねえ、瑞羽ちゃん」

「なあに?」

「ありがとね。特定してくれて。凄く、スッキリした」

「うん」

「だからさ、これからも、一緒にいて」


「うん」


XXX


私達の青春は確かに甘酸っぱいものだったかもしれないけど、どこまでも固茹でで、噛み切れないものばかりだった。

今でもその時のことを思い出すと、苦しかったり、楽しかったり、結局飲み込みきれていない感情ばかりだ。


あれから時が流れて、私は二十歳を迎えていた。


私の病室は広い分、かなり上の階にあって、眼下に広がる景色はとても心地よい。でも、のぼりが面倒くさいから、これからの病室にはなるべく下の階にVIPルームを作っておいて欲しい。


看病に来た紅葉さんが話し始める。棘だらけの服装は、相変わらずである。

「愛弓、公演から昨日帰ってきたって」

「知ってる。この前連絡来たよ」


愛弓さんは、もっと大きな舞台にいくものかと思ったが、『ディレッタント』に残ったまま舞台の内容を配信し、人気を得てしまった。そこから生でも舞台を見たいという人物が増え、彼女はツアーを行うようになった。インフルエンサー舞台役者である彼女らしい大躍進である。


「瑞羽ちゃんは?」

「来てませんよ。青葵はさっき来たけど」


私は手術を受け、なんとか発作はなくなり、寿命も伸びた。でも無理やり心臓を動かしているせいで、身体のあちこちにガタが来ている。


とも軽々しくいえないくらい私の身体はボロボロだった。例えば腎臓病の合併症のせいでほぼ毎日人工透析を受けていたり。


でも、入院しているというわけじゃない。一日のほとんどは自由時間である。


だからだろうか。

「今日は、誰の家に泊まるの?」

なんと彼女達は全員、病院の近くに家を借りたのだ。

おかげで私はほとんど自分の家に帰る必要がなくなってしまった。


毎日誰かの家に皆で集まって、馬鹿をやっている。


「ほんと私達、退廃的な暮らしになっちゃいましたね」

「全員働いてるし、大丈夫大丈夫」

「憶えてます?高二の時愛弓さん、将来のこと考えて紅葉さんを遠ざけるとか言ってたんですよ」

「人も変わるんだよ」

「今や、人生全部棒に振ってるんだもんね」


そう、瑞羽ちゃんも紅葉さんも愛弓さんも、青葵でさえも、人生を私に費やしている。


私の寿命は残り数年ほどはあるといえるほど伸びた。私含めた五人は全員、自身で稼いだお金を研究機関に投資している。治す方法が分かっているのなら薬の開発に資金を投じればいいのだが、どうなれば病気が治るのかも分からないので、臓器に関する開発機関にお金を支払い続けている。


最初は医学の勉強をしてみたんだけど。ありゃ間に合わない。


そんなわけで、どうやら必要なお金以外はほとんど寄付しているらしい。そしてそんな状況にも関わらず、彼女たちは馬車馬の如く働いて、収入を増やし続けている。


私を心配に思ったのか、紅葉さんが私の手を握って言った。

「棒に振ってるんじゃないさ。これが、私達の生き方なんだよ」

「うん」


そうらしい。未だに、こんな関係続くはずがないと思いつつも、なんだかんだ、続いている。案外、人によって合っている生活は違って、こんな生活が合っている人間もいるんだと思うようになってきた。


こんなただれた、他人に貢がせて初めて不安のない生活を送れている私が言うのだから、間違いない。


紅葉さんはVtuberだけじゃ収入が足りないと、在野さんの企業運営側に回った。私と同じルートである。もちろん、配信は続けているが。


しかし、コネ入社ばかりで、在野さんの企業の先行きが心配である。紅葉さんは有能だからいいとして…


在野さんの企業は『ファイノメナ』といって、私は辞めてしまったが代わりに青葵が加わってエンジニアをしているらしい。


しかし二人共ただの社員ではなく、株主として資金を増やしていたし、青葵も元々私の未来知識を活かした株運用をしていたらしいから、割と上手い事行っている。なんで彼女があんな良い家に住んでいたのか疑問だったが、私の日記を見て投資していたらしい。よく上手くいったなと思う。まあ、投資というか暗号通貨にブッパしただけらしいけど。


紅葉さんは自分で持ってきた見舞いの林檎を齧りながら言った。

「あ、そういえば、瑞羽ちゃんが話したいことがあるって言ってたな」

「それ、先に言ってくださいよ。それじゃ、今日は瑞羽ちゃんの家に行きましょうか」


XXX


数年の時を経て、全ての負い目をなくした瑞羽ちゃんは、以前の時間軸のような明るさを取り戻しつつあった。


そして、何やら言いたいことがあったらしい瑞羽ちゃんは、私達を着席させると机に乗り上げて言った。

「動物から臓器の移植ができるようになったんだって!!!」


紅葉さんがコーヒーを啜り、青葵がキーボードを叩く手を止め、愛弓さんは瑞羽ちゃんと一緒に拳を掲げて、皆が三者三様の反応を見せる。


「へー」

「へーって、治るかもしれないんだよ!しかも、今回は期待を裏切られることはないよ!もう成功例が出たんだから」

いまいちテンションの上がらない私に、彼女が突っ込む。


「いや、心臓病が治ってしまうのが心配で…」

「え!音ちゃんまた、何か自我に悩んでるの?オソノイの次の人格は何?オト・マークツー?」

「違うから!今、皆から働く動機を奪うのが心配なんだって」


そう。私達五人はほとんど毎日、同じ家に泊まっている。青葵も最初は嫌がったけど次第に諦めたようだった。

もちろん、昼間は皆働いているから、まだそこは健全だけど、夜は紅葉さんと愛弓さんのカップル含め皆イチャイチャしている。


もし私が心臓病じゃなかったらと思うと、ゾッとする。

四六時中ひっつきあう暮らしになってしまっていたかもしれないのだ。

いくら普通に縛られない暮らしだからって、やはり限度はあると思うのです。


私は手を上げて声を張り上げた。

「だから、皆さん誓って下さい。私の心臓病が治っても、昼間は働くことを!」

「それはできないかなぁ。音ちゃんが病室暮らしのせいで、できなかった旅行とかも沢山あるんだから」

愛弓さん(配信と商品紹介でガッポリ)が、不満の声を漏らす。


「いえ、もちろん、旅行とかはいいけど!そうじゃなくって、皆でずっとふしだらな生活を送ることを心配してるの!」

「またまた、音ちゃんも好きな癖に」

「愛弓さん、ぶん殴るよ」


しかし、青葵まで、愛弓さんに乗っかってくる。

「でもさ、俺も反対だな。いい加減、働くのも飽きた。てか、もうそんな近々きんきんで金いらねーのに働く意味が分からねー」

いや、青葵はサボりたいだけだな。これだから、JKノマド族は!


「もう後戻りできないところまで行きかねないから言ってんの!」

「もう分かってるんでしょ。後戻りなんてできないんだから。進めるところまで進むしかないんだよ」

「こら愛弓さん!在野さんの名言を、そんな風に使うな!」


まずい、このままじゃ、皆が仕事をしなくなってしまう。

「そう、進むにしても、進む方向が違います!そうだ!何か…何かやりがいのある仕事を用意しましょう。在野さんの『ファイノメナ』を世界一にするとか!」

「えー、確かに儲かるけどさ、在野さんが世界一の金持ちになるのなんか嫌だな」

愛弓さんが唇を尖らせた。けど、何か分かるな。


「じゃあ、世界一周とか、自主制作アニメとか自主制作なんたらとか何か作ろ!」


私がそういうと、ようやく皆、少し興味を示してくれたようだ。

「いいね!っていうかさ!在野さんから版権もぎ取って、『メトロトレミー』のアニメとか、映画とか作っちゃおうよ!役者もエンジニアも歌手も、辻凜花もいるんだし」

愛弓さんが言った。


でも、アニメも映画も役者は愛弓さん一人じゃ作れないし、エンジニア青葵は何するのかわからないし、役に立つのは歌の上手い紅葉さんくらいである。辻凜花である私は、言わずもがな役に立たない。


「いいですね、ブルーレイのアニメの出来も、あまりよくなかったですし。それで、もし舞台をするなら、…私は何を」

忘れ去られていた瑞羽ちゃんが話に加わる。


でも、瑞羽ちゃんがアニメとか映画製作でできること…か。なんとしてでも、仕事がない人間は作りたくないし…。


「あ、そうだ!マスコット!」

「ええ!?なんの?」

「劇場版っていうことで、なんかシナリオ作ってさ、そこに、瑞羽ちゃんそっくりのキャラを出すんだよ」

「そんなバーターみたいな出演いらないよ!」


ちなみに瑞羽ちゃんは愛弓さんや紅葉さんのように個人で稼いでいる人達の手伝いをして暮らしている。青葵はエンジニアとして高度過ぎて手伝えないらしい。もう既に、バーターっぽい暮らしだとは思うが。


なんだか、今までずっとお金稼ぎのために目の前のことばっかりやってきたから、未来の話を始めると、皆のテンションが上がってきた。


「なんか、舞台『メトロトレミー』やろうと思ってた時の気持ちが蘇ってきたぁ。青葵、音に手術代!」

「え!?愛弓さん、なんで俺何すか?」

「だって一番金持ってるし、辻凜花役が凜花じゃないと駄目だっていつも言ってたじゃん!」

「そりゃなりきりの話っすよ。別に、いいですけど。ってうお、海外でもたけー!私一人じゃ無理っす」


こうして、私はなんとか五人が同じ部屋にこもりっぱなしのふしだらな生活を免れたのだった。いや、その前に手術を成功させたり、そもそも予約したりやるべきことは沢山あるか。


「でもなんか不思議な気分だな。過去に戻って、『メトロトレミー』の舞台を成功させたら、出来の悪いアニメが出来るきっかけになって。今度はそれを自作することになるなんて」

私がそういうと、青葵が英字で臓器移植の事を調べながら話し始めた。


「くじらの小部屋でも、そんな話してたよな。理想のアニメ化の話。どの会社にアニメ化してほしいかとかさ。まさか、数年経って実現するとは思わなかったけど」

「ね、もうちょっと早く思いついてりゃ、人気もまだあったんだけど。ゲームで限定トロフィー逃した気分だよ」

愛弓さんが唇を尖らせる。確かに、今『メトロトレミー』の話をしている人なんてほとんどいない。アニメの炎上が最後の花火だったな。


「そりゃ、そうですよ。今まで私達、どんだけ色々やってきたと思ってるんですか!Vtuberに舞台に株に、特定とか」

瑞羽ちゃんが答える。特定は彼女と青葵くらいしかしてないけど。


「確かに、私達あのストーカー事件からずっと何かしてたもんね。多分全部やらなきゃいけないことばっかりだったんだよ」

少なくとも、過去を追い求めていたあの時よりは。


紅葉さんが優雅にコーヒーカップを置いて、珍しく会話をまとめてしまった。

「愛弓の言葉を借りるなら、トロフィー回収は二週目でこなすしかないね」


私達はインフルエンサーだろうがVtuberだろうが、誰しも過去に戻りたいと思いながらもボートに乗せられ、絶え間ない時の流れを進むしかない。失ったものを数えながら。


どうせ後ろに戻れないのなら、前を向いて漕ぎ続けるしかない。立ち止まるのではなくもっと速く、もっと速く。

そうすれば、いつか過去に逃して、二度と手に入らないはずのものが手に入るかもしれないと、そう信じて。







=====


『女子校で百合百合してた親友を先輩に突然NTRたけど、過去に戻れたからVtuberになって取り返す~ヤンデレの元カノに身バレしないかヒヤヒヤです~』。これにて完結です。いかがでしたか。


これからは、気が向いたら本作のサブストーリーを書くかもしれません。紅葉さんがナンパ男を退治する話とか、酒癖悪い瑞羽ちゃんとか、書きたかったのですが。瑞羽ちゃんが明るくなってからの絡みが書きたすぎ侍です。


お読みくださりありがとうございました。ここまで書き続けてこられたのは、皆様のおかげでございます。よろしければ、下の☆評価くださればこれからの執筆の励みになります。


先日は念願のレビューコメントも頂けて、とても嬉しかったです。何か書いてほしいお話があれば応援コメントや、レビューで書いておいてくださいね。いずれ参考にするかもしれません。


レビュー百件ほしい()。


また、これからも執筆活動に励み、良作を生み出していくつもりですので、面白いと感じましたらユーザーフォローもお願い致します。


重ね重ねになってしまいますが、ここまでお付き合いくださり、誠にありがとうございました。

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女子校で百合百合してた親友を先輩に突然NTRたけど、過去に戻れたからVtuberになって取り返す~ヤンデレの元カノに身バレしないかヒヤヒヤです~ 貼らいでか @hara_ideka

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