第34話 誰もまだ青春の途中

 勢いのまま美術準備室へ入ると、そこには床で三角座りをしている中楚がいた。その体勢で待っていると思っていなかった俺はちょっと驚いて次に何を言おうか迷ってしまうが、そう思っていた時にはもう中楚はそこから動いていた。


「テルクニ!」


 そう言いながら中楚は俺の胸に飛び込んで思いっきり抱き締めてくる。

 対する俺はまだ謝っていないというのに、いつかの教室でも感じた中楚の柔らかさや香りの方へ気を取られてしまう。


「な、中楚!? おま……こういう再会するような感じじゃな――」

「さ〝ひ〝し〝か〝っ〝た〝よ〝ぉ〝!!!」


 しかし、べそをかきながら寂しいを連呼する中楚を見ていると、思春期の男子としてドキドキは収まっていった。

 暫く中楚の背中をポンポンと優しく叩いてなだめると、中楚はゆっくりと離れていく。


「落ち着いたか?」

「……うん」

「…………」

「…………」


 なぜかそのまま無言で見つめ合ってしまったので、お互いに目を逸らした。

 ……二人して何をやっているんだろうか。今日ここに来るまでは喧嘩別れをしたことで気まずくなるかもしれないと思っていたが、まさか別の意味で気まずくなるは。


「えっと……何から話せばいいかな」

「テルクニ……ごめんなさい。あの時、変な事言って」

「……俺の方こそごめん。もっと言い方があったのに、変にキツイ態度取って」

「ううん。気にしてないから」


 中楚にそう言われて俺はホッとするが……その後にどうすればいいかわからなかった。それは中楚の方も同じようで、もじもじしながら俺の様子を窺っている。

 謝罪の言葉は述べたし、お互いに許し合っているけれど、俺と中楚が元のように過ごすにはまだ足りない。

 だったら、俺が考えたことを中楚へ伝えるしかない。


「中楚。その……聞いて欲しいことがあるんだが……」

「なに……?」

「言い訳みたいになるけど、本当はもっと早く謝りに来るつもりだった。それなのに一週間も空けてしまったのは原因を考えていたからなんだ。中楚が急にあんなことを言って、俺は俺で意固地になってしまった原因を」

「そう……だったんだ。それで……テルクニの答えは出たの?」

「ああ。中楚と俺が言い争ってしまったのは……たぶん同じ理由だと思う」

「お、同じって。アタシの気持ちと……?」

「そう。中楚が新しいモデルを探すって言われて、俺が感情的になってしてまったのは中楚と同じように寂しさや……し、嫉妬する気持ちがあっからだ」


 自分で言って恥ずかしくなりながら俺は中楚の方を見る。それに対して中楚は真面目な顔で言う。


「どうして……寂しかったり、嫉妬したりしたの? アタシとテルクニは脱ぐか脱がされるかの関係なのに」

「それは……いや、そんな関係になった覚えはないし、相変わらず何でそっちが脱ぐ選択が入ってるんだよ。というか、こんな時に話を脱線させるな」

「ご、ごめん。久しぶりだから緊張してつい……」


 久しぶりも緊張も関係ないだろうにと思ったけど、それのノッてしまうと脱線させることになるので、俺はこらえながら話を続ける。


「えっと……俺が寂しさや嫉妬を感じたのは……」

「う、うん」

「……俺の立場を別の奴に取られるのが嫌だと思ったから……だ。中楚が思ってくれている今の俺の立場を」

「そ、その立場って……」

「ああ。中楚にとって…………仲がいい友達として」

「……あー」


 俺がそう言い切った途端に中楚は微妙な表情になる。大きく外外してはいないけど、完全な正解ではない感じのリアクションだ。

 それを見た俺は真剣に考えていたこともあって、わかりやすく焦る。


「な、何か間違ってたか? 中楚は――」

「ううん。間違ってない。正直に言うと……アタシもまだ本当にそうなのかわからないから。少なくともテルクニがリョウカの連絡先を知ることで、友達としてのテルクニが取られちゃうんじゃないか、アタシの連絡なんてどうでもよくなるんじゃないか、と思ったのは事実」

「お、おう。そうかそうか……」

「え、なに? もしかして照れてるの? もっと顔よく見せて?」

「て、照れてねーし」

「そんなこと言わないで。アタシも……ちゃんとテルクニに言いたいことあるから」


 中楚がふざけかけた口調を戻して言うので、俺はきちんと中楚へ向き合う。先ほど俺的には恥ずかしいことを言い続けたので、目が合うと照れてしまうけど、これから喋る中楚も少し頬が赤くなっているように見えた。


「アタシもね、テルクニと同じように色々考えた。もちろん、変なこと言った反省とかどんな風に謝ればいいかとかもあったけど、それと同時に……アタシの気持ちに素直になろうと思ったの」

「中楚の……気持ち」

「うん、聞いてくれるよね?」

「も、もちろん……」


 口ではそう言ったが、すぐに覚悟はできなかった。それでも待ってくれとは言えないので俺は中楚の言葉を待つ。


「テルクニ、アタシね……もう二度と他のモデルを探すなんて言わない」

「……は?」

「アタシが見た……描きたいのはテルクニをモデルにした裸夫だから、他の男子じゃ代わりにならない。それに気付けたの」

「い、いや、中楚。確かに今回の件は悪いと思ってるし、他のモデルを探すことに思うことはあったが、別に新しいモデルを探すこと自体は反対じゃないぞ。むしろ気持ちを整理できたからこそ、探してくれた方がありがたいというか……」

「どうしても新しいモデルを探して欲しければここで一回脱いで貰わないと」

「なんでそうなるんだよ!? 脱ぎたくないから言ってるんだぞ!?」

「そんなこと言われてもアタシの意思はバッキバキに固いから無理でーす」

「バッキバキ……?」

「え。まさかテルクニ、その表現だけでイヤラシイ妄想したの? よっ、思春期男子!」

「してないわ!!! そして、なんで褒めてるんだよ!」


 気付いた時には久しぶりに会ったことの照れや謝り合った時の微妙な空気は無くなって、いつも通りに戻っていた。

 

 それで本当に良かったのかと言われると、俺にもわからない。俺が導き出した答えと中楚が本当に思っていたことは違っていたし、改めて中楚へ聞いてもすぐには答えてくれないだろう。

 

 でも、俺が疲れるとわかっていながらも望んでいたのは、今みたいないつも通りの中楚とのやり取りで、恐らく中楚が遠回しに伝えたいことも、このいつも通りをまだ続けたい……ということなんだと思う。


「そういうことだから……これからも末永くよろしくね、テルクニ」


 結局、俺は何度目かわからない中楚から解放されるチャンスを逃して、それどころか二度解放しないことを宣言されてしまった。


 でも、そうなったことに後悔はない。無論、全裸になってやるつもりはないけれど……中楚と過ごす日々は、いつの間にか俺にとって程よい刺激になっていたからだ。


 だから、中楚が本当に飽きるまで俺が裸夫のモデルにならないように抵抗する時間は終わりを迎えることは……


「ところで、喧嘩した後の方が気持ちいいって聞くから、今テルクニがアタシの前で脱ぐとめっちゃ気持ちよくなれるかも?」

「ならないし、脱がない」

「なんでぇ!?」


 ……ない。たぶん。

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裸夫が描きたい自称清楚系ヒロインはあらゆる手段で俺を脱がせようとしてくる ちゃんきぃ @chankyi

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