遊星からの物体Xmas

瘴気領域@漫画化決定!

遊星からの物体Xmas

 そのとき、地球の上空ではおそるべき陰謀が進行していた。

 彗星に紛れて外宇宙から遠征してきたエイリアンたちが地球侵略を企てていたのだ。


「調査に入って1公転周期近くが経った。ようやく、明日には攻め込める」


 遠征艦隊1万隻の司令官をつとめるエイリアンは、4本の触腕を組んでつぶやいた。


「お父さん、明日になったらお船から降りられるの?」

「ああ、坊や。明日にはこの足元にある青い星で思う存分かけっこできるよ」

「わぁい、やったぁ!」


 司令官は触手の先にある視覚器官を細め、その背にあるクンノドゥルト器官で我が子をなでた。この艦隊の乗組員はほとんどが家族と同乗しており、司令官も例外ではなかったのだ。


 何しろ1万オーグもの距離を越えた大遠征である。

 ヘゲヤイス星人の誇る亜光速航法を持ってしても、地球時間にして何百年もかかる大規模な計画だ。

 航行中はほぼコールドスリープしているとはいえ、心許せる家族と一緒でなければとても耐えられるものではない。

 征服が完了次第、即座に移住に取りかかれるのもメリットだった。


 そして、大切な家族と共にあるために、失敗は許されない。

 万が一にも秘密兵器で反撃されてはたまらないと、1年近い時間をかけて現地環境と知的生命体の技術レベルをじっくり調査していたのだ。


 結果、万が一どころか億が一にも敗北はありえないという結論に至った。

 シミュレーションどおりなら、この惑星の知的生命体が持つ最大威力の兵器を1隻の艦に集中して放たれたとしても、外装1枚剥がされることはないのだ。


 そもそも、長期間に渡って衛星軌道上にとどまっている艦隊の存在にも気がついていないのだ。攻撃を当てることさえ不可能だろう。


「これでようやく苦労が報われる……」


 司令官は全艦に檄文を送信して眠りについた。

 明日、攻撃を開始すればほんの数時間で地表から知的生命体は消失するだろう。


 念には念を入れて、資料調査から判明した地表の知的生命体がもっとも油断する日時を攻撃開始時間に選んだのだ。

 近傍恒星が突然ブラックホールに変化でもしない限り、勝利は間違いなかった。


 * * *


「お父さん、お父さん。起きてー」

「んん、どうしたんだい坊や」


 それは攻撃開始が間近に迫り、そろそろ覚醒しようという頃合いだった。

 司令官の息子が寝室を訪れて、父のヒャガンジャス糸状体を引っ張っていた。


「いったい何事だい? お父さんはこれからお仕事……待て、何を持っている?」

「朝起きたらねー、枕元にあったのー」


 とてつもなく嫌な予感がした司令官は我が子の手から、その赤い袋状の物体をもぎ取った。簡易サーチをかけると組成が明らかになる。

 これは地表に生息する「羊」という生物の体毛から作られたものだ。

 サンプル採取は行っていたが、こんな遊びに使えるほどの量はない。

 一体誰がこんなことを……?


「それからねー、中にこれが入ってたのー」


 続けて息子が差し出してきたのは、四肢を持つグロテスクな木彫りの像だった。

 地表の知的生命体を模したと思われるそれの手には、やはり木彫りの原始的実体弾投射兵器がにぎられていた。


「閣下、司令官閣下! 緊急事態です!」


 司令官の寝室に、血相を変えた部下が駆け込んでくる。


「艦隊に同乗している子どもたち全員に、赤い袋に入った謎の物体が届きまして……」

「そんな……馬鹿な……」


 あまりの出来事に、司令官はニョゴダガンダ棘状肢を折って床に崩れ落ちた。

 ベロベルン星系のニンジャ蝿1匹通さない防護網をくぐり抜けて、何十万人もいる子どもたちだけを狙ってこんなことができるなんて……。


 贈り物に込められたメッセージは明白だ。

 攻撃をしてくるのなら、即座に兵士を送り込んで子どもたちを殺す用意があるという意味なのだ。

 もちろん、子どもを狙ったのは脅迫としての有効性を考えてのことで、実際には機関室などの重要区画が攻撃対象になるのだろう。


 完全にこの惑星の知的生命体が持つ技術レベルを見誤っていた。

 原始的な生活を行っていると侮っていたが、それは油断を誘うためのカモフラージュに過ぎなかったのだ。

 惑星ひとつ、まるごと完璧な偽装を施す圧倒的な技術力に、司令官は慄然とした。


「攻撃は中止し、撤退……いや、とても逃げ切れんな。友好の使者を地表の生命体に向けて送りたい。至急、人選をしてくれ」

「了解しました、閣下!」


 無条件降伏をしなかったのたのはプライドが邪魔をしたせいだ、とも言える。

 しかし、長期に渡って我々の艦隊を見逃した上、奇襲をせずに警告から入る姿勢から察するに、友好的関係を結ぶ余地はあるということだろう。


 司令官は触腕をねじりながら、この予想が当たっていることを祈った。


 * * *


「今年もひと仕事終えたのう」


 窓の外にしんしんと降り積もる雪を眺めながら、老人はホットワインをすすった。

 毎年のことだが、この仕事をやり遂げたときの満足感は格別だ。

 特に今年は、普段は人がいない場所に子どもたちがたくさんいたから大変だった。

 どんなものが人気かわからないから手彫りの人形を贈ったのだが、喜んでくれただろうか?


 手持ち無沙汰の老人は、何の気なしにテレビのスイッチをつけた。

 この時期には珍しいことに、どの局も報道特別番組一色になっている。

 なんでも、国連や主要国の指導者のところに、宇宙人が訪問したとのことだった。


 コメンテーターによると宇宙人の持つ技術は人類とは隔絶しており、技術交流が進めば地球の未来は明るいものになる、という話だ。


「それはよいことじゃのう。まあ、年に一度、世界中の子どもたちにプレゼントを配るわしの仕事に変わりはないがの」


 老人はほほほと笑って白いひげをしごいた。


(了)

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