クリスマスの子ども

ふさふさしっぽ

クリスマスの子ども

「ねえ、ママ。今日はクリスマスだね」


「は? だから何だって言うの? クリスマスじゃない、クルシミマス、だよ。ああ、今月もお金が足りない……」


 ママは古ぼけたキッチンの椅子に座って、電卓を叩きながら、私を睨んだ。


「そんなとこにぼけっと突っ立てないで、どっか行ってよ。忌々しい」


「ママ、お腹すいた」


「公園で水でも飲んでろ! うちはお金がないんだよ!」


 私ははじかれるように外に飛び出した。ママはいつもこんななんだ。私は悲しくなって、寒空の中、五年前に亡くなった優しいパパを思い出した。


 五年前、パパと一緒に大きなクリスマスケーキを買って、家に帰ったな。パパは私にお姫様みたいなティアラと、テディベアをプレゼントしてくれた。


 キラキラしてた、クリスマス……。


 パパとママと手をつなぎ、嬉しそうにケーキ屋さんを後にする女の子。

 大きなプレゼントを大事そうに抱えて、早く家で開けるんだ、と意気込む男の子。


 きゅるきゅると、情けない音を立てるお腹をさすりながら、私はクリスマスに彩られた街を眺める。


 今の私には、ケーキも、プレゼントも、優しいパパもいない……。まわりの人たちも、自分の幸せでいっぱいで、私になんて、目もくれない。


 古ぼけた手袋にはあーっと白い息を吐いて、私は一人、公園に向かった。遅くなるまで、家には戻らないほうがいいだろう。最近は、ぶたれることもあるし。

 クリスマスの日、私は一人ぼっちで、あてもなく彷徨う。





「だめだ、何度計算しても、お金が足りない……。家賃を待ってもらうしかないわね」


 母親は電卓を眺めながら一人呟く。そして、大きなため息をついた。


 何だってあの子は働かないのかしら……。もう四十六になるのに……。私の稼ぎだけじゃ、もう限界よ……!


 先ほどヒロイン気取りでが出て行った玄関ドアを睨みつける。


 夫は一人娘に甘かった。娘が四十路になろうとも「我が家のプリンセス」と言って、何でも買い与えた。夢見がちな男で、投資に失敗して大きな借金を抱えた挙句、病気であっけなく死んでしまった。

 あとには自分がお姫様だと勘違いしたままの大きな子どもが残された。

 本気で家を追い出そうとすると、泣きわめき暴れ、手が付けられない。手加減なしの暴力をふるってくるので、こちらも必死に抵抗する。


 夜には何食わぬ顔で、家に戻ってくる。何も食べさせないと、またあの子は癇癪を起こすだろう。


 母親は絶望した気分で、テーブルに突っ伏した。電卓が、かしゃんと床に落ちた。


 遠くの方からかすかに、ジングルベルの音が聞こえる。そうだ、今日はクリスマスだって、あのバカ娘が言ってたっけ。


 働きづめで疲れ果てた母親には、癪に障るメロディーでしかなかった。なにがクリスマスだ、くそったれ。


 サンタクロースがいるなら、あの背負った袋にバカ娘を詰め込んで、どっか連れてってくれーー!!

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