ballad

§ § §




聖なるミズベーの塔、高層階。

粗末な部屋に乗り込んだ男達は、目の前の女の動向を見ていた。

窓のない部屋はどこか薄暗く、暗い色の石壁が迫ってくるようだ。


彼らの前に凛と立つ赤の癖毛。

リュ-ディアはまさしく貴族であった。襤褸を纏っていて、ざんばらな髪、手は荒れているようだが。瑞々しくきめ細かい白い肌。ふっくらとした頬は健康的に赤みがさし、唇は小さく、吸い込まれそうな色の大きく勝ち気な瞳。


王子の登場に眼を眇たのも束の間、彼女はすたすたと王子を無視して奥の扉に向かった。

扉を開いてなにかを確認し、閉める。

何を確認したのか。王子、クスター達には何もなかったように見えたが、彼女には何かが見えたのだろうか。

踵を返してクスターに向き合ったリュ-ディアは、顎に手をやって首をかしげた。


「そうですわね。未来の王妃ってアマリア様かしら?」

「貴様がアマリアの名を口にするな」


クスターが怒りを露にする。リュ-ディアは、首をかしげたまま、考える素振りを見せる。


「私はサインしていないのに、婚約解消できたんですのね」

「当たり前だ。罪人のサインなど必要な訳がないだろう」

「それで、今日のご用向きは?」


リュ-ディアの疑問にクスターが即答する。間髪を容れずリュ-ディアは続けた。

その疑問を待っていたとばかりに、後ろに控えるアハトが口角をあげた。


「貴方の刑が確定したので、伝えに来たんですよ」

「はあ」


深くお辞儀するアハトに、リュ-ディアは生返事する。


「実はね、貴方が起こした事件、正式に裁かれていなかったんです。この塔に間違って放置されていたみたいで、申し訳ありません」


ミズベーの塔への幽閉は、刑ではなく、間違えた結果。手違いで牢ではなくここに繋がれたのだと、アハトが説明する。だから、正式な刑に服せということがいいたいのだろう。


これこそがアマリアが頼んでいたことだった。

書記官のアレクシは裁判所に顔が利く。そこで正式な手続きでリュ-ディアの罪を申請した。日にちはそこまでかからず、刑が確定したのだ。

反論の余地も残さない。

そうやっているうちに、クスターへ恩赦がおりた。彼らはその足で、リューディアの始末をつけにやってきたのだ。


リュ-ディアは何の感慨もなく、無表情だ。

アハトの次に、アレクシが何やら紙を掲げて見せてくる。


「正式に裁判にかけて、有罪の判決が出たので。後腐れなよう処理しに来たんですよ」


言い終わるやいなや、アーロが踏み込んだ。体重をのせて素早くリュ-ディアとの距離を詰める。

リュ-ディアは反応しない。

当然だろう。鍛えられた騎士の反応速度が高位の貴族令嬢に出来るなら、それはもう武人だ。


アーロは腰に差していた剣を抜刀する。

銀色の光が閃いて、確かにリュ-ディアの首を薙いだ。


「死刑だ」


それは鋭い閃光のようだった。

瞬きと静寂。アーロは研ぎ澄まされた感覚に高揚していた。


アーロは抜刀した剣を戻そうとして、違和感を覚える。

重みだ。

手に握る剣の重み、鞘の重み。それらが一切ない。

感覚がないといったらいいのか、不思議に思ったアーロは己の手を確認し。


誰かが息を飲む声が、やけにアーロの耳にこびりついた。


「…なんだ、これ」


アーロは呆然と呟き、そして唐突にガタガタと震えだした。壊れた人形のように。狂った歯車のように。


「うわああああぁああぁぁあああぁ!!!!!!う、腕がぁ!俺の、腕がぁあ!」

「アーロ!」


アーロは泣き叫んだ。

騎士として生きてきた彼は、からだの一部に起きた異変を受け入れられなかった。


彼の両手ともが、消えていた。

血が出ているでもなく、ただ肘から先が消えていた。切断したかのように、ただ、断面は見えない。最初からそこになにもなかったかのようで、動かそうとしても、あったものが急に消えた混乱だけが残る。


「貴様、アーロになんてことを!」


それがなんで起こったか。

反射的にクスターはリュ-ディアに掴みかかろうとする。すると、クスターは弾かれたようにリュ-ディアの目の前で跳ね、後方へ飛ぶ。

石壁にぶち当たった彼は、そのまま動かなくなった。


「クスター様!」


アレクシとアハトがクスターに駆け寄る。クスターはうめき声をあげる。アーロはまだ泣き喚いていた。


『五月蝿いな』


びくりと、アハトが虚空を見上げる。その声は、なにもない空間から響いた。


『たかだか欠損しただけで騒ぐとは。人間は愚かしい。他の生命体なら、違和感に戸惑ったとしてもその後は嘆かずに生きていくものを』


ゆるり、と。リュ-ディアの前方の空間が水面のように揺らいだ。


それは、鋭い眼をした、人のようなものだった。形状は人間だが、圧倒的な存在感があった。

は虫類を思わせる翠がかった金の目。細長い体躯。透き通る銀髪に美しい見目。だが、厭世的とでもいうべきか、生活感がなく、奇異な存在に映った。そして異国の衣服。男だろうか。それすら危うい存在だ。


「貴方は何の権限があってこんな非道を」

『権限?』

「ああああああぁぁ」


アハトの疑問に反応したそれはしかし、アーロの声にかき消された。アーロはもがき苦しんでいた。心と体が一致しないストレスと、理解できない現状にのたうち回る。

人のようなものが不快感を示すと、リュ-ディアが盛大に溜め息を吐く。


自覚のないうちにガタガタと震え出す体を、アレクシもアハトも隠すことは出来ない。その存在は、通常の精神では受け止めきれないものだった。


「治して頂戴」

『何、治すのか。この不届きものを』

「いいから。五月蝿いでしょう?」

『まあ、確かにな』


リュ-ディアとその存在が話すのを、アハトは極度の恐怖と緊張からうまく拾うことが出来ない。アレクシも同じだろう。


人外のそれがアーロに手を翳す。

アハトが何か喚き、アレクシがそれを止めた。

アハトはアーロが殺されると思ったのだろう。だが、アレクシに止められて声を失い、凍りついた。


アーロは床を転がり回った。鎧の金属が耳障りな音を立てる。

暴れまわるせいで面倒になってきたと人外がぼやくが、リュ-ディアにいわれて渋々続ける。


転がっていたアーロの手が、いつのまにか蘇っていた。それをみたアーロは螺が飛んだように笑いだした。弾けて、再び床に何度も体を打ち付ける。やがて動かなくなった。

気絶したようだ。


『ふむ。確かに静かになった』


人の形をしたそれは、満足そうに頷いた。さらりと、銀の髪が揺れる。


「別に出てこなくて良いのに」


リューディアはそれのとなりに並び、対等に話す。

それがアハトには理解できなかった。もう、理解することを脳が拒否していた。


『今そなたは殺されかけたのだが』

「もう。他人の力は借りないって決めたのに。これは私が解決することよ」


人の形をしたものが、呆れたように呟く。

リューディアは不貞腐れた顔になる。


『それはすまなかった。だが、我は他人ではない。そして、友が困っていては見捨てられぬ。そうだろう我が友よ』


にこり、と。人のようなものが、美しい顔を綻ばせた。

先ほどまでと違い、リューディアに向ける瞳は限りなく優しく、慈愛に満ちている。

絶世の、といってもいい柔らかな笑みを向けられて、リューディアがたじろいだ。


「えっと」

『友とはそういうものなのだろう?そなたがいった』

「そ、そう。そうね。友達なら仕方ないか。友達ですものね」


人差し指と親指を合わせてもじもじさせるリューディアは、チラチラと、人のようなものを窺う。

その人外は、殊更に目を細めてリューディアのそばに寄った。


『そういうことだ。我が友を害するものは我が敵も同然』

「何か、恥ずかしい…」

『そなたが我を友と呼んだのだぞ』

「そうなんだけれど。貴方の力を利用したくないのよ」

『利用するのではない。我がしたいようにしているのだ、リュー。我はしたくないことはしない主義だ』

「それはそれでどうかと思うけれど…わかったわ。有り難う」


顔をほんのりと赤らめているリューディアは、年相応の女子。

アハトは悪女の意外な一面、それに呆気にとられてしまった。それは小さな波紋のようなものだ。

しかし、クスターは違う。


(何を見せられてるんだ俺たちは)


自分に捨てられて惨めな女の筈だ。

ここで絶望して暮らしていると思ったのに、男と一緒に、しかも満更でもなさそうに暮らしている。

たった一月で、だ。

たった一月。しかも婚約破棄の事実が確認できてなさそうだったのに。なのに《不貞を働いた》とは。貞節がない、だらしない女だ。

泣き濡れて自分に縋って助けを求めるならまだしも、王子である自分を差し置いて。しかも何ならクスターを気にも止めてないかのようなその振るまい。


男も男。

未来の王に楯突くとは不遜そのもの。

闘志がクスターに燻りはじめていた。


「貴様は何者だ」

『無礼な人間よ。名を求めるならそちらから名乗るが良い』

「俺はこの国の王子。クスター・ラウリ・オヴァスカイネンだ」


輝ける金の髪を靡かせ、クスターが立ち上がる。

横柄に名乗り、さあ怯えてしでかした罪に震えるがいいと、背筋を伸ばした。

吹っ飛ばされた礼もしなければ気がすまないと、クスターは不敵に笑う。


しかし、男は飄々としている。痛くも痒くもない、何を期待しているのかわからないといったような様子だ。


『成る程。ゲオルギウスの子孫か。道理で傲慢不遜だ』

「私もだけど」

『リューは別だ。我が友だからな』


友だとか言いながら男はリューディアといちゃつきはじめる。それが目障りで、クスターは怒気を隠さない。


「無礼だぞ、名乗れ」

『我はジズ。リューに助けられて以来、彼女の友になったものだ』


翠がかった金目で彼らを見下ろし、ジズはクスターらに覇気を放つ。

跳ねるようにアハトとアレクシが身を震わせた。


「それは、ゲオルギウスに封印された…」

「まさか、そんな」


二人は血の気の引いた顔で、平伏する。

ジズとは、ゲオルギウスに封印された竜の名だ。狂暴で手がつけられず、世界を征服しようとした竜。


「ご無礼を致し、申し訳ございません。ご令嬢も。我が不徳の致すところ。どうぞ御許しください」


アハトはジズの名乗りを耳にして、すっかり別人のように大人しくなった。

来たときに見せたようなあの爛々とした目はどこか冷めている。

不気味な存在と、見えない恐怖にとりつかれたアハトは、竜とわかって冷静さを取り戻した。あり得ないその存在感に納得したのだ。

そのお陰で色んな要素で舞い上がり、頭に上っていた血が、すっかり消えてしまったようだ。


「ちょっとジズ、やりすぎだわ」

『多少は平気だ。血の気が多そうだからな』


リューディアがジズを小突く。

アハトとアレクシは既に戦意がない。しかもアハトに至っては、アハト自身気づいていないが、リューディアに対する態度が変わってきている。


それで面白くないのはクスターだ。

従順な片腕がたぶらかされた。しかも悪女があり得ないことに竜を飼っているとは。


「馬鹿な、竜が真名を人間に呼ばせるなど」


竜がその名を呼ぶことを許すというのは、竜自身がその人間を主と認めるに等しい。

アハトが言葉を選んで謝罪したのは、竜の怒りに触れないようにするための賢い選択だ。

わかってはいるが、それを許すほどクスターのプライドは低くなかった。


『ようやく理解したか』


ジズはクスターに向き直る。

クスターはジズの言葉に苛立って声を荒げた。


「その女が何をしたか知っているのか…!」

『我らの世話をしてくれてる。少し竜使いが荒いがな』

「わかって、いるのか。そいつは嫉妬に狂って俺の女を殺そうとしたんだぞ!」


段々と大きくなる声で、クスターは吐き出した。言うべきことは言った。やりきったと、これで竜の目を覚まさせてやるのだと。


「貴様、侯爵だけでなく竜もたぶらかしたのか」


リューディアを睨み言い切って、彼は肩で息をする。

そうして呼吸を整えてから顔をあげる。

口角をあげていたクスターの表情が凍りつき、ひきつる。


竜は、冷気を感じさせる金目を眇める。汚らわしいものをみるようにクスターを捉えた。

クスターの言葉に、竜が反応した。

だが、それはクスターが期待したものからは、ほど遠かった。


重苦しい圧が、すぐさまクスターを襲う。かは、と息を吐き、その後に肺に空気が吸い込めず、クスターは藻掻いた。息も出来ない。瞳が充血し、こめかみに血管が浮き出る。

クスターは膝をついた。


『成る程。何の文句もなく、ただいうことを聞く女が好きなのか。つまらん。お前達の範疇で計れる女など。本当に尽くしているものが分からぬとは、難儀な生き物だな、人間』

「何故かしら、いちいち恥ずかしいわ。そして酷いことはしないで頂戴、ジズ」


竜の逆鱗にふれ、足掻くクスターは滑稽なほどに体を折り曲げてのたうち回る。

誰も、クスターを助けにはいかない。

竜という存在を軽んじるほど、アハトは馬鹿ではないし、アレクシは豪胆でもなかった。


リューディアの苦言に、ジズは眉間に皺を寄せながらもクスターにかけていた圧を解いてやる。

クスターは、必死で息を吸い込む。激しく咳き込んで、生理的な涙が止めどなく流れる。


『五月蝿い小虫が』


ジズの怒気を孕んだ声色に、ひっ、とクスターが息を飲んだ。


『さて人間。選ばせてやろう。自分の足で帰るのか、別の方法で帰るのか』














降りていく昇降機をぼんやり見つめたあと、ジズはリューディアを振り返る。


『いいのか』

「いいわよ。私はあんなのに構ってられるほど暇でもないし、相手をしてあげるほどプライドも低くないわ」


向こうがしつこい場合は、勘弁してほしい。せっかくこっちが忘れたのに、ことあるごとに出没されるのは面倒だ。


リューディアは、背中に箒を背負い、頭巾を被っている。両手に持っていたバケツを下ろして、奥の扉を開けて階段を上ろうとするリューディアに、そそくさとジズはついていく。


『確かにただの虫けらであったが。そうかそうか』


頬が緩むのは止められない。ジズはリューディアのバケツをひとつ持ってやる。両方持つとリューディアが怒るのだ。


するとリューディアが瞬いた。


「なに笑ってるの」

『笑ってる?我が?』

「ええ。何か、嬉しそう」


バケツを何気なく持ち直し、ジズはまいったな、と自覚する。


ジズは嬉しかったのだ。

リューディアがあんな人間達にとられずに済んで。

ずっとリューディアが過去に悩んでいたのを知っていた。だから、きっと婚約者に未練があるのだろうと思っていた。

それが堪らなくジズの嫉妬を駆り立てた。

そしていつかリューディアはそちらを選ぶのではないかと、気が気ではなかった。


ひどい人間達だった。まだ眼鏡の男は改心の兆しが見えたが、他が酷かった。

実際会ってみて、確かにこれではリューディアに選ばれないだろうと安心できて、ついでにジズの心を乱した分、仕置きをした。

それにリューディアに危害を加えた分。それについては足りなかったが、リューディアが望んでいないのだから仕方ない。


『良かったではないか。我がいる限りそなたに害は及ばぬ』


リューディアの望むままに出来て良かった。ジズは胸を撫で下ろす。

最上階にたどり着き、リューディアがバケツを下ろしたのに倣って、となりにバケツを下ろす。

するとリューディアがジズに近づき、その手をとった。吃驚してリューディアを見下ろすと、彼女は破顔した。


「ありがとう」


リューディアの、大地と空を混ぜたようなクリアな瞳が、緩む。そこには、ジズしか映っていない。

どきりと、胸が早鐘を打ったのを、ジズは自覚した。


『…うむ、友だからな。今後も恙無く我が何とかしよう』


そして感情のままに、いろんな術を展開する。

ぎょっとした目でリューディアが握った手を振り回した。


「ちょっと待って。何したの、貴方は過激だから」

『あ奴らが王城に帰ったら城ごと消す準備を』

「やめてやめて。もっと穏便にして頂戴。お父様達も貴方も過激なのよ」


父親。

ジズはその存在を、つい最近知った。最近この塔に通うようになった男が、色々と言付けてくれるのだ。その中にあるのが、父親の手紙。

聞いていると気が合いそうな武人で、ゲオルギウスより話がわかりそうな男だ。その父親と同じで過激とは、解せぬとジズは思う。

それだけでなく、父親の執事とも分かりあえそうだ。


『復讐せぬのか』

「いらないわよ。私、別にあの人達に不幸になってほしい訳じゃないし」


リューディアが遠い目をする。なにか思い出すように、堪えるように。

リューディアはいつもそうやって耐えている。


それがジズには口惜しい。


「それに私、悲しい唄(バラッド)は苦手なの」


人に裏切られて、恨んでいない筈がないのに、そのものの人生は肯定する。むしろ幸あれと。何て不器用な生き方だ。

リューディア自身は傷ついている。

過度な好意や、恋人と言った響きに嫌悪を抱いているのだ。だから、最近塔に通うようになった男は、痛い目にあっている。それ以降、彼も気を付けるようになってから、リューディアの彼に対する嫌悪は和らいできている。


ジズはだからこそ、友でいる道を選んだ。

実際リューディアは友に飢えていた。親友を亡くしたらしい。最初は友でさえ嫌悪感を抱いていた。受け入れるのに何日もかかった。

そんな傷ついているリューディアに、自分勝手な好意は伝えられない。それでいいと、ジズは思っている。リューディアがそう思えるようになったときに、傍にいてタイミングは逃さないようにしたいが、今この好意を伝えるべきではない。

ジズにとってはしたいことでも、リューディアの苦痛になるなら無理強いしたくないのだ。


『お人好し過ぎるな』

「誉め言葉よね、それ」


こうして軽口を叩けるようになったことも、不思議なくらいなのだ。


リューディアが箒で床を掃き清めはじめた。


『さて。さっさと掃除を終わらせるか。シャックスも待っている』


シャックスは、リューディアに懐いている子竜だ。ジズと同じでリューディアに命を救われて、いつも掃除が終われば遊んでやっている。

とはいえ、掃除は床掃除だけでなく、竜の背中も清めねばならない。毎日数匹だけに限定しているが、結構な重労働だ。


「もう、侯爵もいらっしゃるのだから、大人しくしててね」


シャックスは飲み込みが早いので、ジズは遊びついでに竜術を教えている。

ついはしゃいでしまうジズが、ついでに侯爵とやらも絡めて竜術の練習大にする。なので、それをリューディアが窘めた。


『あやつは好かぬ』

「ユリハルシラ侯は貴方に好意があるみたいだけれど」


どや、とリューディアが胸を反らす。

かわいいと思うが、今使うべきではないと、ジズは思う。


『気持ち悪い言い方をするでない』

「ふふ」


勝ち誇ったリューディアは、さっさと床を掃き終わり、近くの竜を呼んだ。背中を洗ってやるのだ。その顔に曇りはない。


『良かったな』

「え?」


リューディアが首を傾げる。

恋人という鎖を重荷に感じていたため一時は遠退けていた侯爵に嫌悪を示さなくなった。それには理由がある。

ちゃんと、侯爵はリューディアに向き合ったのだ。

自分の都合ではなく、リューディアの友であろうと、彼も考えた。

そして。


『親友に、会えるのだろう?』

「…そうね」


死んだ親友の墓参りに行けるよう、取り計らってくれたのだ。侯爵はこの塔の権限を持っている。だから、合法的に出してもらえるのだ。

といっても、ジズの背に乗ればいつでも出れるのだが。

そうなると墓参りは叶わない。そのルールはジズも理解した。

侯爵の許しが出れば、塔からでても構わないのだ。


『その時は我の背に乗るがいい』

「ふふ。有り難う」


ジズの体が揺らぎ、その姿が人以外のものへと変わっていく。そうして、大きな羽を広げる。

リューディアは、本当に嬉しそうに笑う。

ジズは、それを護りたいと、心に秘めた。



















『今はここで幕引きだ。しかし、他人を貶め引きずるような人間が、幸せに生きれるか?悲しい結末で終わるのは必然的だろう』


そう、独りごちながら。





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悪役令嬢はバラッドを好まない 个叉(かさ) @stellamiira

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