エピローグ
第46話 エピローグ
「うはぁ~! うめぇ~! うぉぉ!? 頭、いてぇえええ!?」
五段アイスを一気に平らげると、フィストは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「一気に食べるからよ」
「そーですよ。そんなに急いで食べたら、お腹壊しちゃいますよ」
すっかり呆れて二人は言う。
「だってよ! 一週間も我慢してたんだぜ! 医療棟の飯は不味いしよ! アイス腹いっぱい食うの、昔からの夢だったんだよな! あははは」
残ったコーンを平らげて、子供みたいにフィストは笑った。
「本当に大丈夫なんですか? シャーリー先生は全治一ヵ月だって言ってたのに」
「みんな大袈裟なんだよ。師匠にボコられたら、あんなもんじゃ済まないぜ」
「……本当あんたって、めちゃくちゃなんだから」
呆れつつ、アイリスもチョコミントのアイスを舐めている。
あれから一週間が経っていた。
約束通り、三人は街に繰り出していた。
重篤な魔力欠乏に経絡系の損傷と背中の火傷に全身の筋肉断裂と疲労骨折等々。諸々込みで、シャーリーの見立てでは最低でも全治一ヵ月だった。優秀なアカデミーの医術士の力を持ってしても、それくらいはかかるだろうと言われていたのだ。
それなのに、フィストは驚異的な回復力を発揮して、たったの一週間で退院許可を貰ってしまった。まだ全快はしていないが、街で遊ぶくらいは問題ない。動けるなら、フィスト的には治ったも同然である。二人は散々心配したが、フィストが駄々をこねるので、諦めて折れる事にしたのだ。
今は、フィストの希望でぶらぶらと甘い物を食べ歩いている。と言っても、二人はフィストにご褒美をあげたくて、美味しいお店を色々調べていたので、その案内に任せている形だが。
「次は何処に連れてってくれるんだ? ケーキか? パフェか?」
「まだ食べるの!?」
「私も甘い物は好きですけど、流石にちょっと……」
フィストに付き合って二人も一緒に食べている。もう五軒目で、流石に胸焼けがしていた。
「だらしねぇな。師匠が言ってたぜ。甘い物は別腹だって」
「言っとくけど、あんた達が異常なんだからね!」
「あはははは……フィストさんには普通に食べて貰って、私達は一緒にお茶でも飲んでましょうか」
苦笑いを浮かべつつ、リーゼは言った。一緒にデザートを食べて感想を言い合いたいので頑張って食べていたが、これ以上は辛い。胃袋的にも、カロリー的にも。孤児院とは違ってアカデミーではお腹いっぱいご飯が食べられるので、ついついリーゼも食べ過ぎてしまっていた。そのせいで、最近ちょっとぷよってきたんじゃないかと心配している。アイリスにも、リーゼはもちもちして抱き心地が良いとか言われて、複雑な心境のリーゼだった。
「そうね。アイス食べてお腹冷えちゃったし。確かこの辺に、美味しいお茶を出すタルト屋さんがあった気がするんだけど」
授業なんか全然出ないアイリスである。フィスト達と出会う前は、不良になった気分で昼間から街をぶらぶらして遊んだりもしていた。その頃に見つけた店がこの辺にあるはずである。
どの辺だったろうかと視線を回すと、雑貨屋の新聞スタンドが目についた。一面では、先日カイルが起こした事件がいまだに取り上げられている。
マギオンの本家の次男にして、現職の勇者でアカデミーの教員でもあるカイル=ミスティス=マギオンが、吸魔症の少女の犯行に見せかけて、姪のアイリスを殺害しようとした事件である。巷ではかなりの大スキャンダルで、アカデミーでもずっとその話題で持ち切りだった。
カイルの凶行は阻止したが、マギオンの名声に大きな傷を残す事になり、そういう意味では、彼の復讐の半分は成功していた。とばっちりで、アイリスも色々と陰口を言われている。
リーゼも、本当に無実なのかとか、実は裏で魔王論者と繋がっているんじゃないかと、根も葉もない噂を立てられていた。
他にも、カイルが力を得る為に大勢の犯罪者を私的に利用していた事や、吸魔化したカイルの力を知らない人達が、落ちこぼれのカイルに殺されかけた三人はやっぱり大した事ないんじゃないかと言っていたり、とにかくもう色々、面倒な事になっているのである。
ベッドで寝ているだけのフィストは全然気にならなかったが、二人はかなり参っているようだったので、実は元気づけるつもりで街で遊ぼうと誘ったのだった。
三人で遊んで楽しかったのに、新聞を見たら、アイリスはまた悲しい気分になってしまった。でも、自分が悲しんでいたら、二人だって楽しめないから、気にしないようにしないと! そう思ったのだが、顔にはどうしても悲しさが滲んでしまった。
「元気出せよ」
アイリスの小さな頭をがしっと掴んで、フィストが乱暴に撫でた。
「べ、別に、平気だもん……」
誤魔化そうと思うのだが、やっぱり悲しくて、上手く出来ないのだった。
そんなアイリスを、リーゼはギュッと抱きしめて、不安と一緒に魔力を吸った。
「無理しなくていいんですよ。私達、友達じゃないですか。辛い事や不安な事があったら、遠慮しないで話してください。そういうのって、誰かに話すだけで楽になると思うんです」
教会の運営する孤児院で育ったリーゼならではの言葉だった。自分は今まで、沢山シスターに支えて貰った。だから今度は、その経験を生かして友達を支えてあげたい。
ちょっと前のアイリスなら、誰かにそんな事を言われたら、このアイリス様に何様のつもりよ!? とブチ切れていた所だが、善良で無垢なリーゼと触れ合って、すっかり丸くなっていた。元々は、素直な娘なのである。
「……ぅん。ぐすん。おじ様の事思い出したら、悲しくなっちゃって」
「……そうですね」
穏やかな笑みを浮かべていたが、リーゼはカイルの事を全く許していなかった。むしろ、憎んでさえいた。下らない理由であんな恐ろしい事をして、アイリスまで悲しませて! 本当に悪い奴だと思っている。同時に、アイリスの悲しみも理解出来た。悪い人なのは分かっている。けれど、彼女にとっては家族であり、一緒に長い時を過ごしている。演技とはいえ、思い出の中の彼は優しく善良で尊敬できる人間だったのだろう。最後にフィストを助ける手助けまでされて、悪人だと思えないのも仕方がない。
だからリーゼは、ただ同意するだけにしておいた。アイリスだって、自分の気持ちがただの身内贔屓である事は理解している。悲しいけれど、仕方のない事なのだ。
「そんな顔すんなって。シャーリー先生が言ってたぜ。カイル先生の研究成果は同盟も興味があるだろうから、それを引き出すまでは殺したりしないだろうって」
「フィストさん!?」
絶句して、リーゼが言った。フィストとしては、励ましのつもりだったのだが。あまりにデリカシーがない。
「本当にあんたってデリカシーないんだから……」
「マジか。ごめんなさい」
ぺこりと、フィストが謝る。
呆れ果てて、アイリスは逆に笑えてきた。
「いいわよ。励まそうとしてくれたんでしょ? おじ様のやったことは許される事じゃないし、自業自得なのよ。それでも、あたしにはたった一人のおじ様だから。どうしても、嫌いにはなれそうもないわ」
「俺も別に、カイル先生は嫌いじゃなかったぜ? めちゃくちゃ強かったし、また喧嘩してぇな!」
「なに言ってるんですか!? 死にかけたんですから、絶対ダメです! あんな無茶、二度としないって約束しましたよね!?」
ずいっと顔を突き出して、リーゼが言った。その事については、散々怒られたフィストなのだった。
「わかってるって。どのみち、シャーリー先生にツボを弄られちまったから、あの技はもう使えねぇよ」
事も無げに、フィストが肩をすくめる。シャーリーにも、フィストはみっちりお説教をされていた。こんな危ない技は没収だとか言われて、治療のついでに死穴を解放出来ないよう経絡を弄られたのだった。
「お! 次はあの雪みたいなの食おうぜ!」
カキ氷の露店を見つけて、フィストが駆けだした。
「ちょっとフィスト!? 次はタルト屋さんだってば!」
「行っちゃいましたね」
苦笑いでリーゼは言う。
「本当っ、山猿なんだから! あんなのがお兄ちゃんとか、勘弁して欲しいわよ」
頬を膨らませて、ぶつぶつと文句を言う。
「そうですか? 私は、ちょっと羨ましいですけど」
その言葉に、アイリスはそこはかとなく、女の余裕を感じ取った。
じっとりと、リーゼを見返す。
「……そう言えばリーゼ、フィストの事が好きだって言ってたわよね」
言われてリーゼは真っ赤になった。あの時は必死で、もう最後かもしれないと思って、どさくさで言ってしまったのだ。恥ずかしいので、あの時の事についてはなんとなくお互いに触れないようにしていた。
「い、言いましたっけ?」
わざとらしく視線をそらして誤魔化す。
「言ったわよ。あたし、はっきり聞いたんだから」
「……だって、好きになっちゃたんですもん」
諦めて、リーゼは認めた。もじもじと、大きな胸の前で指などいじりつつ。
そんなリーゼを、アイリスはやっぱりジト目で見つめている。
「……リーゼも聞いてたわよね。あたしも好きだって」
うっ、と。内心でリーゼは呻いた。こうなる気がして、避けていた話題だった。
「……でも、アイリスさんは兄妹ですし……」
「異母兄妹よ。それに、法律的には問題ないわ」
「そーですけど……世間的には……アレなんじゃないかと……」
アイリスとフィストが兄妹だと知って、リーゼは内心で安心していた。だって、アイリスがライバルじゃ、勝ち目がない。だから、出来ればそれを理由に諦めて欲しかった。
「関係ないわ。あたしも、フィストが好き。自分に嘘ついてたら、おじ様みたいになっちゃうもの。そんなの嫌よ」
カイルの一件を、アイリスは反面教師として捉えていた。マギオンの名に圧し潰されたら、自分もあんな風になるかもしれない。そうはなりたくなかった。
挑むような目でアイリスに見つめられて、リーゼも腹を括った。
「……私だって、フィストさんが好きです! アイリスさんが相手でも、諦めませんから!」
それを聞いて、アイリスはニヤリと笑った。
「じゃあ、あたし達、ライバルね」
「……そうですね」
やっぱり、勝ち目ないなぁと思って、リーゼは途端に不安になった。それに、ライバルになったら、今までのように仲良くは出来ないのかもしれない。フィストは好きだけど、同じくらい、アイリスの事も好きだった。だからリーゼは、胸が苦しくなってしまった。
そんなリーゼの不安を見抜いて、アイリスは言った。
「でも、リーゼはずっと親友よ」
「……私がフィストさんを取っちゃってもですか?」
そんな事はあり得ないけど、念のためにリーゼは聞いた。
「……それは、ちょっと自信ないかも」
「ほらぁ!」
泣きそうになってリーゼは言った。カイルだって、好きな人を奪われてあんな風に狂ってしまった。自分も、フィストをアイリスに取られたら、嫌な奴になってしまうかもしれない。
「じゃあ、こうしましょうよ。フィストは仲良く半分こ。これならみんな幸せでしょ?」
名案だというように、アイリスが言う。
「半分こって……そんな事出来るわけないじゃないですか!」
「そんな事ないわよ。あたしのお父様だって、何人もお嫁さんがいるんだから。全然おかしい事じゃないわ! ねぇ、そうしましょ! あたしも、リーゼと家族になれたら嬉しいもの!」
リーゼは呆気に取られてしまった。庶民で孤児のリーゼには、思いつきもしない発想である。でも、悪くない話だと思った。アイリスとフィストを奪い合ったら、きっと負けてしまう。アイリスがそれでいいなら、断る理由はない。今だって、そうしているようなものである。アイリスと一緒に三人で、小さな庭付きの一軒家に住んで、一緒に子育てをして、助け合って生きていく。そういう人生もありかもしれない。
「……私も、アイリスさんとだったら、良いかなって……」
真っ赤になってリーゼは言った。なんだかアイリスにプロポーズされてるみたいで、恥ずかしいのだった。
「リーゼならそう言ってくれると思ったわ! 大好き!」
飛び跳ねて、アイリスがリーゼの胸に抱きついた。二人で抱き合って、いつかこの間に、フィストを挟む日がくるのだろうかと夢想する。
「お~い! なにやってんだよ! これ、めっちゃうめぇぞ! こっち来て、一緒に食おうぜ! うごぁぁぁ!?」
フルーツを絞ったシロップのかかったカキ氷をかき込みながら、フィストは言った。そしてまた、頭を冷やしてうずくまる。
そんな山猿を見て、二人は同時に溜息をつくのだった。
「問題はあいつよね」
「好きとか結婚とか、全然分かってなさそうですもんね」
これは苦労しそうだなと、一緒に苦笑いを浮かべるのだった。
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ご愛読頂きありがとうございます。ここまでが一巻分の内容になっております。
本作は書籍的な構成をイメージして執筆しておりますので、次回の更新は二巻が書き終わってからとなります。
面白い、続きが読みたいと感じて頂けましたら、★を入れて頂けますと、執筆意欲が増します。
よろしければ、他にも何本か長編を書いておりますので、本作で興味を持って頂けましたら、合わせてお楽しみください。
【マスター権限】ってなんですか? 無能な上にスキル無し、彼女もNTRれ追放された僕だけど、可愛い奴隷少女のご主人様になって無双します。今更戻って来いと言われても、国作りで忙しいのでごめんなさい。
https://kakuyomu.jp/works/16816927859864833815
マスター権限~はタイトル通りのどテンプレの作品のつもりですが、多分嘘つけバカ! と思われると思います。でも、嘘はついてません。
手塩にかけて育てた仲間に一流パーティーを追い出されたら、(自称)勇者と魔王と聖女と組んで世界を救う旅に出る事になったんだが?
https://kakuyomu.jp/works/16816700428142740407
こちらは初めての追放物をテーマに書いた作品です。本作の前に書いたもので、キャラクターや設定面に名残のようなものを感じられるかもしれません。同じく書籍的な構成で書いており、二巻分まで上がっています。
魔拳の勇者は最強ですか? 捨てられた大魔術士の子は拳聖に育てられ、勇者学校で無双します! なんか普通にしてるだけなのに、勝手にモテて可愛い義妹まで出来たんだが? 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA
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