5-58 人形たちの飛躍、あるいは墜落




 動物たちが愛を歌い、世界は朱色の夢に沈みゆく。

 熱情の色に染まった空を、幾つもの光が流れて落ちた。

 それは原初的な生命の種。

 空を走るのは、精子と化した機甲箒の一群だ。

 異常極まりない光景。支離滅裂な夢でもまだこれより現実味があるだろう。

 

 だが、変容した獣将国にも幾らか原型を留めている部分はあった。

 選手たちが進むのは自然の暴威によって浸食された大渓谷のコースだ。

 古代に存在していた巨大な呪力流は山を削り大地に無数の亀裂を生み出した。

 今は消え去った豊かな呪力資源の痕跡。そんな豊穣の残滓に誘われてやってきたのは無数の生命だ。この『獣たちの王国』の様相は無秩序の極みにある。


 巨大な翼で空を舞う黒犬がいる。大気を泳ぐ鳥魚がいる。見つめた虚空を固めて踏みしめる水牛がいる。蹄持つ馬族の背には翼があり、また別の馬の下肢には足ヒレがあり、それとはまた異なる個体の額には角があった。

 人が創造し得るありとあらゆる神話や伝承、数多の物語に登場する空想的な形態はその多くが獣と獣を掛け合わせたキメラとなる。その『部位が多ければ強い』という安直で強欲な世界観は、そのまま呪的性質の強度に直結していることが多い。このような生命はいずれも強靭であることが良く知られている。


 自然界に由来する高濃度の呪力、すなわち『荒ぶる精霊』に影響を受けた動植物は呪術的な性質を帯び、幻想的な形質を獲得する。呪力が薄い環境下で生まれた生命よりもずっとアストラル体の変異が大きくなるのだ。このような『魔獣』たちは概して凶暴であり、特に繁殖期になると外敵に対して極端な攻撃性を見せる。


 選定レースの中でも難所とされている大渓谷。

 レメス神の浄界によって全ての生命体が強制的に発情させられてしまったいま、難所は更なる困難を選手たちに与えようとしていた。

 恐らくレメス自身にはそんな試練を与えた自覚はないのだろうが、結果的に彼の介入によってこの大渓谷の危険度は通常時の数倍に跳ね上がっている。


「誰もが昔は精子だった。なのにお上品ぶってセックスを忌避するなんて愚かしい。人の本質は生命の躍動! 一皮向けば勝利の渇望! 他を蹴落とし、一着を勝ち取れ! 選定レースとは、セックスそのものであると自覚せよ!」


 荒ぶる獣が猛然と飛翔し、遠吠えと嘶きが大合唱を始めた。

 凪いだ大気を嵐に変える馬言語魔法が乱舞し、多頭犬の口から吐き出される灼熱と極寒と劇毒の吐息が天地を蹂躙していく。

 選手たちにとっては絶望的な状況だというのに、それを天空から見下ろすレメスの表情はとても快活で楽しそうだった。


 実際、観客たちの半分くらいはゲラゲラと笑いながら品のないレース展開を消費している。見ている分には愉快な冗談でしかないからだ。

 動物たちが仲睦まじい様子で『ワンワン!』する楽園のただ中を幾つもの精子が泳いでいく光景なんて、実際に直面したら笑うくらいしかできないだろう。


 リーナ・ゾラ・クロウサーもそうだった。

 笑う。面白くて仕方のない状況だから楽しそうに飛翔する。

 けれど、その笑顔はどこか張りぼてじみている。

 あったはずの緊張感。目に焼き付いた姉の無惨な姿。打倒すべき競争相手たちに対する複雑な感情。そして、圧倒されるしかないクロウサーという血族の巨大さ。


 夢世界でダウザールと相対してからというもの、リーナの精神状態はひどく不安定になっていた。レースを続行するために『自分は不安定ではない』と強く念じなければ飛ぶことができないくらいに。

 リーナは平静を装うために『いつものリーナ』を強引に心の奥底から引っ張り出して顔に張り付けている。急ぎ冥界に向かい姉を助けなければならない、なんて状況でそんな顔をしていられるはずなどないというのに。


「そうだ。それでよい。軽やかに、自由に、朗らかに飛ぶが良い。お前にはそのような表情が似合っている。それこそが我が遠き孫、リーナの本当の強さなのだ」


 吹けば飛ぶようながらんどうの『リーナ・ゾラ・クロウサー』を、老いた巨人が無条件に肯定する。興奮して宙を乱舞する危険な生物たちを軽々といなし、手際よく遠ざけていくダウザールの意図は明白だった。


「恐れることはない。人にとって多くの獣は古くからの友なのだ。愛らしく忠実な犬を嫌う者などそうはおるまい? 馬ほどに強く美しく、それでいて人に尽くす生き物がどこにいる? さあ、純粋無垢なお前らしく、その手で撫でてやるがよい。馬は愛でるものだ。お前の慈愛に馬も応えてくれるだろうよ」


 賢者に導かれ、乙女は暴れまわる魔獣に手を差し伸べる。

 リーナの清き心が伝わり、恐るべき呪術生物たちは本来の穏やかな気性を取り戻していった。全ては仕組まれた通りの演出。乙女が一角獣に手を差し伸べ、その背後で老賢者が祝福し、天上から光の柱が降り注ぐという念写映像は瞬く間にアストラルネットに伝播していく。


 それが清らかなモチーフの絵であることと、精子が泳ぎ獣が乱れ交わるポルノ画像であるという現実は二重化され、アストラルネットの表と裏を瞬く間に席巻していく。全ポルノ画像はリーナと一角獣という画像に置き換えられ、同時にあらゆるリーナと動物に関連した映像がポルノと等しくなる。ポルノと非ポルノの間には既に境界線などない。牧場は娼館に。ペットショップはアダルトショップに。動物病院はラブホテルに。その逆も然り。クロウサー家による情報操作は常識さえも改変し、『動物なかよしは当たり前』という世界に誰も疑問を抱かなくなったのだ。


「そうだ、それでいい。それがリーナという空使いに求められている理想の姿。荒ぶる馬と心を通わせる純粋な乙女。決して賢くはないが時に核心を突く眼力。才なき空の民が技術と努力、高貴な血統と絆の力により高みに至る。これぞ主役の物語だ」


 トップグループの順位が、ひどく作為的に入れ替わっていた。

 血族の反逆者パーンや謎の老魔女ビルメーヤと競りながら、荒ぶる獣たちを軽やかになだめていくリーナ。その影には年若き後継者をさりげなく助けるダウザールの姿があった。熟練の空使いにとって試練は過去に乗り越えたもの。陰謀の片手間に魔女を手助けすることなど容易い。


 更に、空使い選定レースの裏で繰り広げられる暗闘も追い風となっていた。

 祝祭を主導するクロウサーは大神院を裏切り、上方勢力の基盤である槍神教を制圧した。槍神ハグレスは追い詰められ、世間は『古いもの』が『新しいもの』によって革新されていく期待に胸を躍らせている。リーナは旗印としてうってつけだ。


「そうじゃないだろう、リーナ。ったく、ぬるい真似してんじゃないよ」


 わずかな差でトップの背を追いかけるビルメーヤが高速で独白を記述すると、呼応するようにパーンが言った。


「同感だ。前を往くお前が、遅くなったように感じるぞ」


 因縁の衝突と台詞による感情の交錯。

 レースも後半に突入し、各々が『物語』の位置エネルギーを充填している。

 だがそのような小細工は優位に立っている側には必要ない。

 盤外工作によって速度を確保できているクロウサー本家にとって、そのようなテキストベース・サーキットの定石など既に無用の長物だった。


「負け惜しみを」


 よって、パーンたちの言葉はリーナに届く寸前でダウザールによって遮断された。

 続いてプレッシャーをかけるようにクロウサー分家のエンハ・ナックス兄弟がパーンとビルメーヤの背後につける。片方が箒化するという秘術に加え、この性愛の浄界に適応するかのように禁忌の壁を突き破り、箒への愛撫によって安定した『文脈』の充填まで行っている。その成果なのだろうか、二重螺旋の如く絡み合う兄弟精子の中央には三つ目の小さな光が生まれつつあった。


 この兄弟はここまで上位者であるダウザールにぴったりと追従していたが、ここでもそのスタンスは崩していない。その一方で虎視眈々とトップグループへの最後の追い上げが間に合う位置関係をキープしてもいる。ペース配分とポジショニング、夢の試練をものともしないマインドセット。いずれも安定感のあるプロの走りだ。


 そのすぐ後ろでは威力竜巫女マルガリータが鋼鉄の視線でトップグループを見定めている。プロレーサーに匹敵するほど安定したパフォーマンス。前半までは強烈にパーンに敵意を剥き出しにして時折ラフに『仕掛ける』こともしていたが、後半に入ってからはうって変わっておとなしい。とはいえ、勢いを減じてもまだ上位には食らいつける立ち位置ではあった。


 一方、他の選手たちはそこから大きく引き離されてしまっている。

 トップグループからやや間隔を開けて元暴空族ファーガスト、謎の博徒クリーナー、緑天主ロードデンドロン、自動箒ジーゼロと続く。

 いずれも精子化しているが、よく見るとこの四人はやや様子がおかしい。

 ファーガストは精子だけでなく本体に寄り添うように卵子が飛翔しているし、ティリビナ人は植物の種子、自動箒はドット絵ピクセルアートのようなタッチで描かれた精子と雰囲気が異なる。そしてクリーナーに至っては、透明な精子の内部に膝を抱えた全裸の本人が見えているという最も異様な姿だった。


 黒衣が剥ぎ取られ、露わになったクリーナーの姿はやや珍しいものだ。

 赤子と壮年男性の面相を混ぜ合わせたような、奇妙な顔立ち。

 髪は白く、瞳は赤い。身体的特徴は第五世界槍付近の三本足の民に近い。

 その眼差しに宿る意思の形が、大きく変化している。


「思い出した、ああ、そうだ。俺は勝たないとならねえ。俺じゃない、『前の俺』みたいに間違うわけにはいかねえんだ」


 独白が意味する彼の素性は転生アプリのユーザーであることを示していた。

 ではこの博徒は一体どのような前世を持っていたのだろうか。

 夢の世界から帰還して以来、クリーナーの飛翔には鬼気迫るものがある。

 血のように赤い瞳は、悲しみと後悔に濡れていた。


「ごめんな、駄目な父親で、最低のクズでごめんな」


 精子の中の赤子が血を吐くように呟くと、その真下で蠢く封印されていたはずの箒がもぞもぞと蠢き、白い翼をばたばたとはためかせた。

 謎のヴェールで覆い隠された正体不明の箒らしき何かはその両翼を広げ、周囲を焼き尽くす熱波と閃光を放射する。更に情けない男を叱咤するかのような激しい怒りを込め、前方に向かってごうごうと火を吐いた。

 襲い来る魔獣たちはそれを見て一斉に逃げ出していく。まるで、肉食獣を前にした草食動物の群れのように。

 自然界の掟は厳格だ。恐るべき魔獣たちは、上位捕食者には絶対に抗えない。


「せめてリーナ、お前だけは救ってみせる! 俺はもう、クロウサー家に媚びへつらう人形にはならない! 子供を利用するような親でいるのは、もう終わりだ!」


 フォーカスされた描写とほのめかされるリーナとの因縁に一部の観客が注目する。

 芝居じみたモノローグと共に、精子の中にいる男は機体の内部から一冊の本を取り出した。呪術を学ぶものであれば、黒々とした装丁を目にしただけでわかるほどの呪力密度。魔導書の正体は定かではないが、極めて古く力のある叡智の結晶であることは確かである。レースの展開に置いていかれつつある中で、誰からも勝利を期待されていないダークホースは静かに詠唱を開始した。


 謎の男が何かを仕掛けようとしているのとほぼ同時に、緑天主ロードデンドロンの状況にも変化が訪れていた。

 序盤から苦戦をし続けていたティリビナ人は今もなお後方グループから抜け出せていない。長距離の過酷なレースに食らいついているだけでも大したものではあるのだが、前評判を踏まえるとやや期待外れと言わざるを得ないだろう。


 それだけに次のステージには期待がかかる。

 なにしろこの大渓谷さえ抜ければ、第五階層の四方を囲む『死人の森』コースへと突入する。ティリビナ人にとって森は故郷。

 ロードデンドロンが森林コースで見せ場を作れなければ、緑天主の自称はただの妄言で終わるだろう。


 プレッシャーに身を震わせる若きティリビナ人は、ふと背後からの追い風に気付いた。孤独に戦うのみだった彼を、誰かが助けようとしている。

 ジーゼロだ。機械制御の自動箒の構築する呪文がロードデンドロンの背中を押している。相乗りするような加速。果たしてこれはどのような意図の結果なのか。

 

 観客たちが後方グループの異変を注視する中で、ジーゼロが奇妙な呪文を紡ぐ。

 機械は射精しない。

 伝播し、次代へと伝えるのはミームである。

 ゆえに、変貌した世界でジーゼロは奇妙な発情の仕方でミームを放出していた。


 『ジジババ死ね』『もういいよ老害は』『世代交代はよ』『リーナちゃん写して』『リーナたそ~』『枯れ木気持ち悪い』『ロードデンドロンは許す』『緑天主応援してるからもっと頑張ってほしい』『しょせんは時代遅れのティリビナ人』『異獣は敵』『枯れ木テロリストはジジババばっかだよ、芽吹き運動知らないのか』『プリエステラとかロードデンドロンの時代なんだよな』


 情報の塊となって呪文を構築し続けるジーゼロは、一種の自律型オルガンローデとなって飛翔を続ける。思惑の読めない暴走機械は、既に勝利を放棄しているのか、あるいは別の戦略を持ってこの呪術儀式に臨んでいるのか。

 誰もが首を捻る中、背後を確認したファーガストが箒に向かって呟く。


 「ラーテ、呪文汚染の警戒度を上げよう。『嘶き』を防御に寄せてくれ。ジーゼロがさっきからずっと何かを仕込んでやがる。上位狙いよりも妨害工作メインだあいつ」


 精子と重なり合う半透明の自己像アストラルイメージが機甲箒にまたがるファーガストの姿を構築した。この異常な状況でも彼は動揺せず、冷静に呪術師として対応しレースを継続している。それは彼が誰よりも頼みとする相棒がすぐそばにいるからこそでもあった。だからこそ、その相棒の異変には敏感になる。

 機体に憑依している守護霊に話しかける男は違和感を覚えて眉根を寄せた。


「おい、どうしたラーテ。調子が良くないのか?」


「いいえ、すこぶる調子は良いですよ。ようやく、彼が目覚めてくれたのだから」


 飛翔する精子や卵子という虚飾が剥がされていく。

 紀人レメスの強大な呪力と拮抗し得るほどの『権威』がファーガストを包み込み、彼が騎乗する機甲箒の内部から輝くオーラが迸った。

 『それ』は、はじめから霊体としてファーガストと共にあった。

 機甲箒に憑依する形で力を与える守護霊。

 彼の半身にして真なる三本足。強く美しい愛馬の霊。


「ねえファーガスト。私を愛している?」


「あん? そりゃまあ、今さらじゃねえか。言わせんなって」


「ちゃんと、言葉にして欲しいの。大事なことよ」


 草の民は馬を『三本足』と認識する。

 彼らにとって使い魔たる愛馬は半身であり、自身の一部のようなものだ。

 だからこそ、あらたまって親愛を伝えるのは気恥ずかしい。

 しかし、素直な感情を口にしていいのなら、全ての草の民がこう答えるだろう。


「当然だろ。愛してるぜ、ラーテ」


「ああ、良かった。これで安心して打ち明けられる」


 半透明の愛馬は感極まったようにアストラル体を震わせ、鼻先を天に向けて高らかに嘶いた。広大な世界に響くそれは、馬たちの呪文詠唱だ。

 風がそよぎ、疾走への予感に世界が躍動する。


 指を持たず、文字を持たず、しかし知恵を持つ馬たちにとって、その身で裂いていく風こそが手足であり言語であり文明の基盤であった。

 そして、馬たちの世界は常に乗り手と共にある。

 人の世界。それはつまり、地上の覇者が築いてきた歴史と文明のことだ。


 人が優れた隣人たちを愛馬と呼び慈しむのなら、その愛情は双方向の人類愛となって返るだろう。選別され、選抜され、優秀で力強く、賢く速く、人の友に相応しい個体の因子が連綿と継承されていく。その芸術にも等しい血統の神秘こそが馬たちの誇り。血の叡智を与えたもうた『血脈』こそ、馬にとっての神にして信仰である。

 よって、その宣名は必然的にひとつの帰属を明かす。

 空を吹き抜ける、一陣の風となって。


「ダウザール特務親衛隊『七つ風』序列二位、号は『高風たかかぜ』」


「は?」


 ファーガストという選手は、リーナやパーンを巡る『巨大な物語の本流』からは程遠い場所にいる。彼には彼の物語があるが、それはリーナたちとは関係がない。

 この物語とファーガストは無関係だ。

 しかしそれはファーガストだけならば、という話。


「この号はダウザールの乗騎たるこの私、チェダラーテ・フリグ・クロウサーに与えられるもの。そして私たちがこれから生み出す子に受け継がれる地位なのですよ」


 穏やかで知性的な、母や姉のような響きの愛馬の声に、湿った情愛が混ざる。

 発情した世界で獣たちが交わるのが当たり前のことだ。

 ならば、馬の守護霊を使役するファーガストにとってもそれは他人事ではない。


 獣の情愛は剥き出しの本能。

 『繁殖』という生命の方向性を貫く矢のように。

 草原を駆ける風となって、蹄の民は前へ前へと進み続ける。

 遠い過去から走り続けてきた彼女にとって、未来へ進むことだけが正義だった。


「ファーガスト。私と新たな『蹄鉄の四血族』を作りましょう? かつて私が、ダウザールと共に四つの血族を作り出した時のように」


 あまりのことに言葉を失うファーガストは、高密度の呪文にからめとられてその意思を誘導されていく。若い呪術師を遥かに圧倒する技量の『嘶き呪文』は老練の極みにあり、神々の時代を知る『馬の巨人ネフィリム』の操り糸にファーガストは抗う術を持たなかった。朱色の世界で、空を泳ぐ精子と卵子がひとつになる。


「きっととてもとても気持ちいいわ。今度はもっとたくさん、優れた血統を産んであげましょうね」


 後方グループで存在感を増していく『神馬』チェダラーテの呪力は、背後という逃げ場を塞ぐようにじわじわと前方の選手たちへとにじり寄っていく。

 パーンをはじめとした『クロウサーの敵』を完全に追い詰めるべく、ダウザールの使い魔は静かに行動を開始した。


 クロウサーは地上世界の至るところにその翼を広げている。

 ダウザールが最も信頼する右腕にして愛馬は、レースに参加している選手当人さえ知らぬ間に紛れ込んでいた。

 空使い選定レースは、どう転んでもクロウサーが勝つように仕組まれている。

 正面から戦う限り、この盤石の布陣を覆す手段は皆無だ。

 そう、正面から戦う限り。

 天へと続く正道はクロウサーが支配している。

 あとに残るのは、奈落への墜落だけだ。

  



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