4-218 終節:端『Acceptance』①




 わかりづらい?

 そうかもね。というか、事態の全容を正しく把握できているのはそれこそルウテトとラクルラールだけだと思うけど、成り立てのあなたにそれと同じ視野を期待するのは高望みというもの。いいわ。今更ではあるけれど、再演劇の概要をこの私、アマランサスが説明しておきましょう。

 一応とはいえ共闘する仲間だし、情報共有は大事だものね。


 それにしてもどうしてかトリシューラもコルセスカも、シナモリアキラでさえ何も知らない様子なのが不可解なんだけど――共有されているはずの前提を誰も知らないこの状況、これにはどういう意味があるのかしら。

 それとも、これも説明がつかないことなの――?

 まあいいか、そんなの適当で。


 いい? この再演劇のベースとなっているのは、基幹参照世界におけるソフォクレスの悲劇『アンティゴネ』。そこに『オイディプス』とかアイスキュロスの『テーバイ攻めの七将』の要素も混ざっているけど、あくまでメインは『アンティゴネ』だと思っていい。私はそう考えている。


 これらの物語は予言された通りに宿命に弄ばれ、そうと知らずに父を殺し母と結婚したオイディプス王の悲劇を発端とする一連の破滅を描いている。

 テーバイ王オイディプスが宿命によって王国を追放された後、その二人の息子たちは王位を巡って争うことになった。その結果、兄エテオクレスが勝利し、弟ポリュネイケスは国を追放されたけど、ポリュネイケスはアルゴス王アドラストスを頼り、異国の軍勢を率いて祖国テーバイに攻め入った。王位を勝ち取った兄と敗北して祖国を裏切った弟、二人は戦いの末に相打ちとなって共に命を落とす。


 テーバイの新王となったのはオイディプスの叔父、宰相クレオン。彼は敵将と相打ちになった前王エテオクレスを手厚く葬らせたけど、異国の軍勢を引き入れた裏切り者ポリュネイケスを許さず、その埋葬を禁じて屍を野晒しにせよと厳命した。それに反発したのがオイディプスの娘にして相打ちになった王子たちの妹、テーバイの王女アンティゴネ。


 彼女はつい最近まで追放された父オイディプスと共に放浪の旅をしていて、老いた父が亡くなったために祖国に戻ってきた。もともと情の深い王女だったのね。そして同時に、神々の定めた法を大切にする信仰心に篤い一面もあった。そんなアンティゴネにとってクレオンのお触れは到底容認できるものではなく、妹イスメネの制止にもかかわらず彼女は叛逆者ポリュネイケスを埋葬してしまう。


 クレオンは法に背いたアンティゴネを裁き、地下牢に閉じ込める。アンティゴネはそこで首を括り、更にはアンティゴネの婚約者にしてクレオンの息子であった王子ハイモンもまた恋人の後を追って自刃する。息子の死を嘆いたクレオンの后エウリュディケもまた自害し、秩序の信奉者クレオン王は孤独に玉座に取り残される――概ねこのような話よ。


 この『アンティゴネ』って話のめんどくさい所はね、『オイディプス』との捩れた参照関係にある。オイディプスは予言された破滅を回避できず、神々の手のひらの上で滑稽に踊って悲惨な末路を迎えた。つまりは世界の残酷、運命や宿命には抗えないということの悲劇性が描かれている。

 一方その娘アンティゴネは家族への情愛と素朴な信仰心をもって『外なる法』、すなわち人が作りだした秩序と相対する。つまり人と神との対立構造が、形を変えて裏返っているの。


 ――私にはアンティゴネが理解できない。

 神に与えられた自然な人間らしさ。

 情、倫理、信仰、そして与えられた宿命。

 こんなおぞましいものを、当然のような顔をして、それでいて『自分自身の自由意思で選び取りました』みたいな顔で敢然と上位者クレオンに立ち向かう、アンティゴネの生き方には嫌悪すら覚える。

 私たちは宿命に翻弄されていることにすら気づけない滑稽なオイディプス。たとえ気付いてもその時には何もかもが手遅れ。神々の無力な操り人形。そんな諦めが被造物の本質なのだと、人形ならみんな知っている。


 トリシューラ、コルセスカ。

 あなたたちになら、アンティゴネのことが理解できる?

 この役を、私はどう解釈したらいいのかしら。

 もう私には判断できない。

 だから教えてよ。

 その便利なアプリで。

 ほら、私にはその資格があるんでしょ?




「クレイ。いいえ、クレイ役を失格になった無名の役者。舞台『死人の森』はあなたを選ぶことはありませんでした。しかし悲観することはありません。この広い世界にはオーディションなど幾らでもあります。上の世界、下の世界、あるいは他の世界槍にも。私があなたを別の世界に連れ出してもいい」


 氷の響きがする言葉と共に、牢獄の闇に光が差し込む。

 それは希望であり、同時に諦めを促すものでもあった。

 しかし、と女は言葉を繋ぐ。


「しかし、それでもなお、この舞台を譲れないというのなら」


 あたかも、昔話の中で主人公に手を差し伸べる魔女さながらに。

 コルセスカは、クレイという名から零れ落ちた残骸に道を示した。


「自分こそがその役に相応しいと全身全霊で主張しなくてはなりません。たったひとつしかない主役の座、たとえ兄弟姉妹であろうとも蹴落として我こそはと名乗りを上げる。競い合えとあなたの心がまだ命じるならば、私と共に来て下さい」


「俺は」


 当惑する男に向けて、畳みかけるように冬の魔女は呪文を浴びせていく。

 アマランサスから伝え聞いたという『再演劇』の概要。

 自分たちの運命を翻弄する舞台が何を下敷きにして上演されているのか。

 全てを語り終えると、コルセスカは自分にはその状況を踏まえて事態を打開するための秘策があると豪語してのけた。

 状況を脇から観察していたミヒトネッセはその性急さに眉根を寄せる。


「『オイディプス』、そして『アンティゴネ』という劇に基づいた仕掛けを、私たちで引っ繰り返してやりましょう」


 地の底の牢獄に囚われたクレイとミヒトネッセ――二人の前に現れたコルセスカは脱出と反撃の計画を提案したが、救出される側の反応は鈍い。

 この二人にはコルセスカと共闘する理由が無い。

 そもそもが敵同士。

 相容れない両者が手を取り合うなど、普通ならばあり得ない。

 そしてそれ以上に、主に不要と捨てられたクレイは自身の存在価値を見失っていた。意思無き抜け殻の身体で、外界からの入力に反射で応じているだけだ。

 折れた刃の瞳でコルセスカの氷の瞳を見返しながら、男は言った。


「そのオイディプス王をベースに俺が創造されたのだとして――では、俺がすべきことは何だ。創造主の定めた宿命に従い、このまま闇の中で朽ちていくのが相応しい結末というものでは無いのか?」


 無気力な溜息を吐き出すクレイに、コルセスカは強い否定を返す。


「いいえ。他ならぬこの私が、それはルウテトの趣味では無いと保証します。何故なら、彼女はその結末エンディングを既に見終わっている。良い運命にせよ悪い運命にせよ、個別の結末全てに目を通しておきたいのが私です。前回の言動からして、あなたはルウテトにとって期待外れだった。ならば今度こそ期待に応えられるように、今までのあなたでは考えもしなかった叛逆を行うのです!」


 クレイを味方に引き入れるためにコルセスカが選択した説得方法は、そもそも相手の動機をそのまま再利用することだった。クレイは『死人の森の剣』だ。女王のために戦い、女王のために生きる。叛逆を女王が望んでいるなら叛逆するのがこの『キャラクター』だとコルセスカは理解していた。

 実際に、この言葉はクレイの瞳にわずかな生気を取り戻した。

 一方で、ミヒトネッセの反応は冷ややかだ。


「ルウテトが被造物の反抗を望んでいるのなら、結局手のひらの上じゃない。馬鹿馬鹿しい、私はそんな茶番には付き合えない。だいたいあんた、どういうつもりでここにいるわけ? 助けに来ましたみたいな顔してるけど、要するに私たちを駒として使いたいってわけでしょう」


 気に入らない、と端整なかんばせが険しく歪む。

 刃の如き視線を隣から奪い取ったかのように、ミヒトネッセはコルセスカを睨め付けた。明確な敵意を込めて冬の魔女を認識する侍女人形の姿に、左右非対称の顔が薄い笑みを浮かべる。義眼の中で妖しく光が揺らめいた。


「――確かに、私とルウテトには本質的には違いが無いかもしれません。ですが確かなことがひとつ。ルウテトはあなたを含めたラクルラール派を完全に打ち倒すつもりですが、私はアルト・イヴニルやアマランサスを含めた人形たちの身の安全を保証します。この瞳にかけて、私の創造する世界にあなたたちの居場所を作る」


「どうしてそんなことが言えるの」


「私がトリシルシリーズを肯定しているからです。それは私自身の世界を肯定することにも繋がる。いいですか、末妹選定は今なお続行中です。ならば冬の魔女の動機はたったひとつに決まっている」


 敵意を向け合う関係性でありながら、それゆえに共有できるものがある。

 両者が敵対するそもそもの理由。

 ここにはいない鋼鉄の魔女だけが、敵同士を結びつける唯一の接点だ。

 コルセスカの視線は揺るぎない。

 ただ冬の魔女という視座を高みに届かせるため、地上の探索者としてのコルセスカは己の欲望で二人を飲み込もうとしていた。


「私と共に戦って下さい。この世界の生命にして死の具現である火竜を討ち滅ぼす勇者たちは、予定調和の終焉と向き合ったことのある者こそがふさわしい」


 視線は呪いだった。

 呪縛された二人は息を凍らせ、思考と感情さえも麻痺したように静止する。

 目が離せない、この異形の美しさをもった白銀の魔女といつまでも見つめ合いたい、あの瞳が映す世界を共に見てみたい――奇しくもかつてミヒトネッセが行使した投影の呪いがコルセスカの両目から放たれていた。


 元来、ミヒトネッセは霊媒として作り出された人形。

 他者の欲望を写し取り、過剰に戯画化された『役』として演じ、露悪的に出力する全自動零落呪具。その本質は従属。誰かの強い意思に付随して性能を発揮するのが本領と定められた道具に過ぎない。


 ラクルラールの人形、アレッテ・イヴニルの妹、ルウテトの隠れ蓑。

 『強い者に従わされる』――そのような運命を辿るよう、あらかじめ設定されている。ゆえに抗えない。強者が『そうする』と決めたならミヒトネッセは従うことしかできないのだ。

 強烈な意思そのものを投射する甘い誘惑――諦観に支配されて空っぽになった人形にとって、志向性を持った呪力は洗脳的な動員力を発揮していた。


「私はコルセスカ、いずれ未知なる末妹になる女神候補。私が神として創造する世界はあなたたちが諦めてしまった既知の運命ではなく、未知の幸運です」


 甘言壮語とでも形容すべき魅力的な誘惑、圧倒的な魔女としての存在感に呑まれてミヒトネッセはそのまま冬の魔女の手を取ろうとする。

 憎しみと怒り――これまでの『摂取』で覚えてきた感情が心の底から泡のように浮かび、淡く弾けて消えた。

 なんてちっぽけな自由意思。

 『ミヒトネッセ』という自我などこんなもの。

 諦めに身を委ねながら、ミヒトネッセは横目で自分と同じ残骸を見た。

 空っぽの『クレイだったもの』は再び主君のために立てるかもしれないという期待に胸躍らせていた。その幸せそうな顔に、ミヒトネッセの表情が歪む。


 『従属』という同一の『紀』持つ人形同士。

 自分の無い男。つまらない男。苛つく男。

 そう思っていた――けれど、違うのかもしれない。

 輝きを反射することしかできない『月』の自分とは違う。

 自ら輝ける『星』――自己の運命を変革してみせたアルト・イヴニルや、四魔女という主役の座を手にしたトリシューラ。認めがたいがコルセスカもまた紛れもない英雄だ。そしてこの全てを失った男。主に捨てられてなお一途に忠節を尽くそうとする彼の本質は、ただ従属を強いられているだけの自分とは違い、従属を選び取ることのできる強さを持った、輝ける『星』なのではないか?


 さざ波立つ人形の心が舞台を震わせる。

 投射されたコルセスカの視線は、同時にミヒトネッセの荒れ狂う心中を瞳によって感じていた。『投影』と『摂取』――感情が共振し、両者の間に膨大な情報が――熱量が行き交う。その繋がりはやがて明瞭な形をとりつつあった。

 だがその直前、待ったをかける声があった。


「そしてまた『英雄物語のお人形』か。いったいいつまで舞台に立つつもりだ? それこそが奴隷を縛る鎖だというのに」


 割って入った声は、既知の声でありながら未知のものだった。

 暗い牢獄、白い部屋、舞台は明転して漆黒の穴蔵へと置き換わる。

 振り向いたクレイだった男は、そこに自分の姿を見た。


「降りた先もまた舞台です。死すらも人を舞台から自由にはしない。なら戦わなければ。あの光の先に向かって、世界の壁に向かって、声の限りに自分を演じきるしかないでしょう?」


 コルセスカが指差す方向、舞台中央に照明が当たる。

 九本の槍が支える二つの大地、模型で作られた世界図は矮小なようで広大だ。

 その全てが、こことは違う劇場で舞台なのだと魔女は語る。


「光の当たらない世界もある。傲慢な夢に他人を巻き込むなよ冬の魔女、まるで毒婦だぞ――ああ、そういえば将来の姿がまさに毒婦だったな」


 麗しい容貌の王子の背後で、重なり合う六人分の影絵が嘲弄する。

 ルウテトの眷族と化した盗賊王ゼドは、その手に一振りの剣を握っていた。

 コルセスカは挑発を無視した。影の輪郭をなぞるように相手の意図を探る。


「私の妨害に――いえ、ここにいる全員を始末しに来ましたか」


 『真のクレイ』が『クレイだったもの』を排除すれば本物の存在を脅かすものは無くなる。もちろん、ルウテトが『新たなクレイ』を作らない限りにおいて。


「ならば奴隷はあなたも同じこと。ルウテトはどちらがクレイとして生き残っても良いと考えているはずです。それを知りながらここまで来たあなたは、宿命とか自由意思なんて最初から問題にしていない」


「よく喋る口だ。呪文の座にでも転向したらどうだ」


「転向するまでもなく、邪視は全てを内包していますよ」


 対峙する両者の間では既に静かな戦いが始まっていた。

 舌戦、睨み合い、間合いの図り合い。

 開戦の予兆が幾度となく空間を行き交い、張り詰めた大気が破裂の気配を漂わせる。固唾をのんで見守るしか無いような雰囲気は、しかし低い唸りによって掻き消されてしまう。ぞっとするような怒りが一人の空虚を埋め尽くしていく。


「毒婦と――我が主を蔑んだか、盗賊風情が」


 その場にいた三人はそれぞれの感情をもって目を見開いた。

 何も無い男の怒り――この期に及んで、彼はルウテトへの侮辱に怒りを覚えているのだった。呆れ、嘲り、そして確信。

 コルセスカが柔らかい表情で見守っていることなど露知らず、王子だった残骸が王子の座を奪った盗賊に刃の視線を向けた。


「薄汚い死神が、軽々しく王国の剣を名乗るな」


「その程度の誇りは残されていたか、負け犬。いや、元々それしか無かったのか」


 返答は斬撃だった。

 舞台を蹴る脚は軽やかで、翻る腕のしなり、大気を切断する手刀の冴えは以前と比べて何の遜色もありはしない。役を降ろされたとしても、舞い手として、役者として積み重ねた研鑚は残骸の中から失われてはいないのだ。


「そう、何もかも失ったあなたは、何も失ってなどいない」


 コルセスカの呟きに、ミヒトネッセが顔を歪めて小さく舌打ちした。

 氷の視線が、侍女人形の方にも向けられていたからだ。 

 一方、二人の王子は舞台を跳ね回り、壮絶な剣舞を演じていく。


「そんなものか、こそ泥が! 『彼』の舞はそんなにも軽いものか? 大地を感じられぬ足取りになまくらの剣、それでは王子クレイの役が泣くぞ!」


 直前まで気力を失っていたとは思えないほどの大声で挑発する役の残骸。

 刃の視線が捉えるのは目の前の『クレイ』。

 振るわれた手刀が切り裂くのは、『彼』として捉えた希望の役。

 今、この瞬間。

 無名の役者は確信を掴んだ。

 切断し、分割すべき対象として『クレイ』を認識したのだ。


 ――そう、それが『解体』だよ、レイちゃん。


 誰かの声が舞台に響く。

 挑戦者の胸に光が灯る。

 それは闇の中で淡く輝く炎のようであり、夜の間にだけ咲く儚い花のようでもあった。王子たちの斬撃が交錯する刹那に煌めきが一気に膨れあがる。

 男は刃を抜いた。

 手刀を拳に変えて、胸に手を当てて、振り下ろされた簒奪者の剣を迎え撃った。


 斬撃から溢れ出した鮮やかな光に包まれたクレイの姿が変わっていく。高貴さと勇猛さを重ね合わせた軍装、金の飾緒と肩章が踊り、丈の短いジャケットの胸では果実と花で満たされた羊の角の意匠が勲章となって一際強い輝きを放っている。

 その全ての光、紛う事なき『黄金』であった。


 影が擦れ違い、甲高い音と共に鋼の剣が宙を舞う。

 衣裳に仕込んでいた赤い血糊を噴水の如く吹き上げながら、くるくると舞ってみせる『偽の王子』――やがてぴたりと静止する。資格を取り戻した『真の王子』が手にした刃から血を払うと、偽王子はどうと倒れ伏した。

 鋼鉄の剣は鮮やかな断面を晒している。

 斬鉄を成し遂げたのは、骨だ。

 真の王子となった男の胸から引き抜かれた刃は、白骨を薄く鋭く引き伸ばしたかのような異形――それこそが彼が胸に抱いていた『王国の剣』なのだった。

 

「俺の肋骨は、一本だけ多い」


 クレイは物言わぬ残骸にそう言い放つと、骨の剣を再び胸に納めた。

 王子だったものの下から這いずりだした数人分の影がさっと舞台を横切り、速やかに捌けていった。この瞬間、『王子クレイのための試練』がどちらであったのかが決定された。まさしく、ルウテトの思惑通りに。

 事態を傍観していたミヒトネッセの目は相も変わらず冷ややかだった。

 そんな侍女人形にコルセスカは優しく語りかける。


「ミヒトネッセ、先ほどあなたが言っていたように、ルウテトは人形たちが予想を超えた未知に挑むことを期待しています。未解放のエンディング条件の模索――『ここで生殖しろ』というメッセージは、『ここで生殖する運命を超えろ』あるいは『死ね』ということになる」


「どっちにしろ純度十割の悪意じゃない」


 うんざりした、と大げさに両手を広げて表現してみせるミヒトネッセ。

 だがコルセスカはそれに否定で返した。


「宿命は時に試練という形で主役たちの前に現れる。劇とは予定調和に満ちた物語ですが、同時にそれだけのものではない」


「何が言いたいわけ?」


「アマランサスによれば、結ばれることのなかった婚約者同士である王女アンティゴネと王子ハイモンは地下牢で共に死を迎えるのだそうです。彼らが自害するのは照明が当たらない地の底で、クレオン王は二人の死を伝え聞くのみ――台詞の上で言及される結末もまた舞台の一部ということですね」


 この地下牢は舞台の外部、廃棄された者たちの墓場だ。

 観客はいない――しかしそれでもまだここは再演劇の一部なのだという。


「じゃあやっぱり、『生殖』に反して死んでみせても予定調和ってこと?」


「ええ。ですがここは『死人の森』――既に私たちは冥府の底にいるのです。ならば死を迎えた『その後』を想像することができるはず」


 コルセスカの示した道は、単純にして明快だ。

 再演の先――未知なる結末を、新たに創造する二次創作行為。


「期待してくれていいですよ。私は原作の本来の意図とか余韻とかをぶち壊す強引なハッピーエンドだって平気な顔で創造できる悪い魔女ですので」


 そう言ったコルセスカの表情は、確かに悪い笑顔としか形容しようが無い、しかして素晴らしく晴れやかなものだった。


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