4-168 あなたのアイは独りよがり
なんと美しい蠕動だろう。
ミミズのようにシンプルで、植物のように鮮やかに、ステージの上で伸び伸びと躍動する幾本もの長いシルエット。それは影。暗黒から誕生した命。
少女はうねるように跳躍した。
曲線を描く複雑なステップと共に身に纏うふわりとした衣装が揺れる。
原生生物にも似た
イギリスの都市で量産されたことに由来するペイズリーという名前。
柄そのものが実際には名付けよりも古くから存在したのと同じように、ゼオーティアにおいてもこの複雑怪奇な模様は世界各地で自然に発生、発展を遂げてきた。それぞれの文化特有の呪力を持つ紋様として、少女は呪術を着こなしている。
影の世界スキリシアにおける意味は『手』あるいは『足』。
それはかの世界では同一の意味を持つ単語『触手』として括られる。
ワンピースの内側から華やかな模様そっくりの触手が爆発的な勢いで広がり踊る。その異形の舞いこそが『ラリスキャニア』というアイドルの真骨頂。
ステージの盛り上がりは最高潮に達しようとしていた。
先にステージを終えた俺たちはラリスキャニアの舞台をただ見ていることしかできない。前回と同じく最高のパフォーマンスができたという自負がある。だが、対するラリスキャニアのステージから気圧された様子は見いだせない。あちらにもまた絶対の自信があるのだ。こちらのライブの方が上だという勝利の確信が。
舞台袖で擦れ違ったとき、ラリスキャニアは俺たちにこう囁いた。
「あなたの
ラリスキャニアが満を持して解き放った『マジカルアピール』を目の当たりにした時、俺はその言葉の意味を理解した。
曲の盛り上がりと共にラリスキャニア渾身のアピールが始まった。
無数の触手がステージの天井となり、世界を暗黒で埋め尽くす。
一瞬の間。
直後、影から無数の触手が湧き出してステージから溢れ出し、観客席にまで溢れ出す。夥しい数の影が盛り上がっていた観客たちを片端から捕らえ、ぐるぐると巻き付いていった。
これは――データにあった今までのアピールと違う。
観客に軽く触手で触れたり軽く巻き付いたりといったパフォーマンスはこれまでもあった。しかしあくまでじゃれあい、握手レベルのファンサービスに留められていた。だが目の前で繰り広げられているのはあまりにも圧倒的な、
「暴力――!! こっちのアピールに対抗してきたのか!」
触手による強烈な締め上げに、観客たちは苦悶の声を上げている。
アピールはそれだけでは終わらない。
観客たちひとりひとりに巻き付いた触手が変形し、先端部分に少女の顔が浮かび上がり、肩、腕、胴、腰までのラリスキャニアとなったのだ。
そして、整った顔を相手にそっと寄せた。
「――ほら、苦しい? まだ息はできる? もうちょっと頑張れるかな? ほら、ぎゅっぎゅってしてあげる――」
無数の触手のそれぞれでラリスキャニアの上半身が甘く囁く。ファンとこれ以上ないほど密着し、自らの愛で包み込み、ひとり一人にぴったりの締め付けを与えて昇天させていく――ファンの顔を良く見て行われるアピール。
満足度の高い『握触手会』で有名な、ファンとの親密な交流を得意とするアイドル、それがラリスキャニアだ。そのポテンシャルを存分に生かしながら、的確にこちらのアピールを潰しに来ている。
個別のファンそれぞれに最適な暴力を押しつけて、満足を与え承認を徴集していく、そのありようはまさしく絶対的な君臨者。
ステージが終わる。
全ての音が遠かった。万雷の拍手の中でラリスキャニアが触手を掲げた。
『お前たちのアピールは独りよがりな押しつけに過ぎない』。
その致命的な事実を、敗北という結果が告げていた。
「ぐぬぬ。くやしいよー」
じたばたと手を振り回しながら二頭身の狼っぽいマスコットキャラと化したトリシューラが言った。デザイナー兼プロデューサー兼マネージャー兼ドレス役に集中したいからちびキャラ化するそうだ。何故か浮遊しているし、意味がわからない。
「ウルフシューラとしては特訓を提案するよ!」
「けど、今のままじゃラリスキャニアには勝てない。策はあるのか?」
俺とトリシューラはライブステージから移動しながら作戦を練った。幾つかの新たな『マジカルアピール』案をああでもないこうでもないとこねくりまわしつつレッスンの計画を立てていく。目的地はひとつ下のフロアにある人気のダンススタジオ。運良く予約が取れたため、これからレッスンを受けに行くのだ。
「これからのダンスレッスンで何か掴めればいいんだが」
「ダンス方面の強化はトップに立つために必須になっちゃったもんね」
トリシューラは幻影の窓を広げ、更新されたランキングを表示した。
ほとんどは前までと変化のない顔ぶれだが、今まで二位に君臨していた『ヒュドラボルテージ』が消え、かわりに『ハンズ・オブ・グローリー』という見慣れない文字列が記されている。指先でタップすると、念写映像が表示された。
鋭い顔立ちの男――見間違うはずもない、それは消息不明だった『死人の森』のクレイその人だったのだ。
「どういうことだと思う?」
「監視ドローンによる最後の目撃情報によると、クレイはセスカと一緒にアルト・イヴニルに拉致されていったみたい。おそらく、その後はふたり揃ってこの地下空間に連れてこられて、何らかの理由によりクレイだけが置き去りにされ、セスカだけが最深部に囚われている――という状況っぽい」
とすると、クレイは当然コルセスカ――というか『死人の森の女王』を救出するために動いているのだろう。それはいい。問題は、なぜクレイだけがわざわざこの場所に置き去りにされたのかだ。
「この地下アイドル空間、何か怪しくないか?」
「そもそも歌や踊りって、祭事においては神に奉納するためのもの――つまり呪術儀式でもあるんだよね。アイドルが集結しているこの場所にはさまざまな呪力が渦巻いているし、ラクルラールやアルト・イヴニルが何らかの呪術儀式を私たちにやらせようとしている可能性は十分あるだろうね」
つまり、舞い手として一流であるクレイはそのためにここで踊らされているかもしれないわけだ。俺たちも含めて。
ただ、この場所のルールはコルセスカの浄界『コキュートス』によって構築されているものだから、そう容易く無効化はできない。
地下から溢れ出す瘴気をいつまでも抑え込んでおくことはできない。
結局はアイドルとして戦うというルールに従いつつ、この舞台を仕組んだ奴らの裏をかくように動くしかないのだろう。
「とりあえず敵の狙いについてはこっちで探っていくから、アキラ姫はステージに集中して。今はレッスンあるのみ、だよ!」
ぐっと小さな手を握って激励するトリシューラに、小さく頷き返す。
今回のレッスンで可能な限りコーチの技術を盗むことが勝利に繋がると信じよう。なにしろこのダンススタジオを主宰しているのはランカーのひとり。
ランキング六位、『オルプネ』。
情報を集める意味でも接触しておきたい相手だった。
「えっとね、データそっちに送るね」
トリシューラが集めた情報によると、こんな人物らしい。
オルプネは半白骨の再生者で、黒檀の民女性だ。
呪術的な意味を持つ刺青や刻印を肌や骨に刻み、蠱惑的なダンスやバリエーション豊かな歌唱というエキゾチックなパフォーマンスで観客を虜にしている。
ラフディ出身のヘアスタイリストが彼女の後援者となっており、高額な呪物付け毛で細かい編み込みを作り頭部に渦巻き線を描くという髪型が小規模なブームとなっているそうだ。ファン層は老若男女の別を問わず、高いダンス技術を教えることを惜しまずにダンススクールを開催するなど後進の育成にも積極的だという。
「調査の結果、背後関係は特に無し。『女王』に忠誠を捧げ、叛逆した『六王』に不満を抱いているごく一般的な再生者だよ。もともとダンスをやっていたみたいで、この空間を知ったあとすぐに飛び込んで活躍を始めたんだって」
そういう相手ならレッスンを受けても問題は無いだろう。いつかはぶつかるかもしれない相手だが、それまでは貪欲に学んでいく姿勢で行った方がいい。なにしろこちらはアイドルとしては素人もいいところ。チャレンジャーとして、格下なりに必死に立ち回らなくては。
しばらく進むと、俺たちの目の前に『
「なんだ、あれ?」
入り口に人だかりができている。
騒ぎの性質もファンが集まって黄色い声援を浴びせているというようなものではなく、どこか不安がるようなざわつきだ。
いったい何が起きたのだろう。
誰かに訊ねようとしたそのとき、横合いから声がかかる。
「ちょうど良かった、トリシューラ――と、シナモリアキラ? それともイツノとお呼びした方がいいですか?」
現れたのはブラウンのくせっ毛に大きめの眼鏡、そして砂色のウールコートで小柄な身体を包んだ少女だった。アシンメトリーな打ち合わせのボタンと肩にかけた小さな革のバッグにちょっとしたこだわりを感じる。どこかで見たような少女だが、さて、誰だろう? 声を何度か聞いたような。
「メートリアンじゃない。どうしたの、こんなところで」
「きっとあなたたちと同じ目的ですよ――もっとも、肝心のコーチは不在、というか行方不明なんですけどね。ほら、騒ぎになっているでしょう?」
トリシューラの反応で思い出した。確か『呪文の座』のひとりがメートリアンという名前だった。『チョコレートリリー空組』としてはミルーニャと名乗っているようだが、どちらが本名なのだろうか。ステージでは翼を広げて髪も衣装も純白だったので、今とは全く印象が違う。
「今はミルーニャでお願いします」と言った少女は、俺たちよりも早くこの場所を訪れ、レッスンを受ける予定だったらしい。実際に直接オルプネと対面し、同時にレッスンを受けに来ていた数人と共にダンスの指導を受けていたのだが、突如として異変に見舞われたのだという。
「消えたんです。忽然と」
何の予兆も無かったとミルーニャは語る。
音楽が鳴り響き、激しくダンスをしている最中のことで、ミルーニャはその瞬間を見ていない。だがレッスン生のひとりがその瞬間を目撃していた。それによると、オルプネは足下の床に――正確には影の中に引き摺り込まれるようにして沈んでいったのだとか。
たちまち騒ぎとなり、レッスンは中断。
そのあと運営委員に事の次第を報告したミルーニャは、そこで更に不審な事実を知った。なんとあの『スマルト』までもが同時刻に謎の失踪を遂げていたらしい。
「影の中に誘う呪術――霊体だけでなく実体まで拐かすだなんて、相当な手練れでしょうね」
影の世界の住人であるスマルトが抵抗すらできなかったという事実が重くのしかかる。この事態が知れ渡ればアイドルたちの間に不安が広がることだろう。
ミルーニャの表情もまた硬かった。上位ランカーが揃って謎の失踪を遂げたとなると、いよいよこの地下アイドル空間もきな臭い。
ライバルが減ったと喜べるような心境にはとてもなれなかった。
これからどうしようかとトリシューラと顔を見合わせていると、ミルーニャから提案があった。
「トリシューラ。あなたにお願いがあります。私たちが戦った上位ランカーの情報と引き替えでどうです?」
「お願いっていうと、『それ』絡みかな?」
トリシューラはミルーニャの肩の辺りを指差す。そこにいたのは何とも言い難いフォルムの不細工な鳥類だった。
デフォルメされた体型のマスコットキャラというか、ぬいぐるみもどきというか、なんとなく今のトリシューラと似ている。
全体的にニワトリっぽいが、オレンジの炎に包まれた翼ではばたくたびに火の粉が散っていてミルーニャは迷惑そうだ。ふてぶてしい顔つきでこちらを見ているが、あれは似たような存在に見えるトリシューラに対抗しているのだろうか。
「『それ』呼ばわりとは無礼千万。我こそは灼熱の炎冠『ヒュドラボルテージ』。いずれはここにおわす『白の娘』が手にする覇道の玉璽であるぞ。ええい、もっと敬意を払わんか。我が愛し子に無礼な口を効くことはゆるさん。ウチのコが一番かわいいアイドル!」
やたらと尊大だが威厳のかけらもない。
そのわりにやかましいニワトリだと思ったが、ニワトリなんてそんなものか。
トリシューラが「つんつん」と言いながらつつくと変な悲鳴と共に逃げていく。面白がった狼とニワトリの追いかけっこが始まった。やめてやれよ。
「がおー、たべちゃうぞー」
「よせ! 我は腹持ち悪いぞ! 食べると寿命が凄い勢いで縮むから本当に必要なときだけにしておけ!」
もはや緊張感など皆無だった。
対応に困っていると、ミルーニャがややうんざりとした表情で言う。
「順を追って説明しますから、とりあえず場所を移しましょう。私たちのショップの奥なら落ち着いて話ができると思います」
そんなわけで、俺たちは『空組』の拠点であるアクセサリーショップにやってきた。『
店内ではリーナ・ゾラ・クロウサーと小さな猫のマスコットキャラが忙しそうに接客していたので、俺たちは裏手から回ってソファのある応接室に通される。
ミルーニャはお茶を煎れるとつい先日の出来事を語りはじめた。
単身で下層に挑み、クレイとライブ対決を行って敗北したこと。
直後に神滅具『ヒュドラボルテージ』を名乗る炎の化身と遭遇したこと。
そしてミルーニャの窮地を救った猛火が彼女を主と仰ぎ、小さなニワトリの姿になって仕えるようになったこと。そのニワトリは語る。ミルーニャこそメクセトの名を継ぐ真なる中原の覇王であると。
「中原に轟く輝かしくも呪わしい名の数々――裁き司キャカラノート、碑文彫りジャッフハリム一世、忌み人メクセト! おお偉大なりし覇王の系譜! そこに、あるけみ☆アイドル★メートリアンが加わるのだ!」
ニワトリが翼を広げて叫んだ。ミルーニャは聞こえないフリをしているが若干顔が赤い。いやほんとやめてやれよ。
覇王メクセトが遺した神滅ぼしの武具と言えばコルセスカが集めている呪具で、かつてキロンが用いてさんざんに俺たちを苦しめた因縁のアイテムだ。一説にはコルセスカの正体は神滅具であるとも言われているから、俺たちにとっても他人事ではない。なにより、『塔』から持ち出された神滅具というのが既に怪しい。
トリシューラは腕組みしながら唸った。
「また厄介なものが出てきたね。クレイのことといい、ラクルラール派の罠って感じがするよ」
「私も同感です。ただ、現在この『炎冠』はほぼ無害なんですよ」
『本人』からの説明によると、このニワトリは『ヒュドラボルテージ』の制御ユニットである仮想使い魔でしかなく、本来の力の数割も発揮できない状態らしい。彼の心臓部である『太陽核』と呼ばれるコアユニットが『リールエルバ』を名乗る魔女に盗まれ、最下層に隔離されてしまったから、だそうだ。
「異常を検知した我が覚醒したときには既にコアユニットはあの魔女めに盗まれ、手の届かない暗がりに閉じ込められてしまった。心臓を取り戻すべく奴に挑み続けたが力及ばず、ならばせめて勝てる誰かをと探し続けていたのだが、このたびついに運命の主と巡り合った次第である――情熱らぶりい♪えんじぇるメートリアンのプロデュースは我にまかせろー」
シリアスな空気を維持できない病気なんだろうかこいつ。その辺コルセスカっぽいというか、もしかすると神滅具の擬人化キャラに共通の性質とかだったりするのかもしれない。頭上をぐるぐる旋回する変な生き物はわめき続けた。
「我のアピールは凄いぞ! なにせ面白い芸をしなければメクセトのクソ――いや陛下のご機嫌を損ねて焼き鳥にされてしまうからな! 命がけで芸を磨いたわ!」
それでも二位だ。口には出さなかったが、一位の『リールエルバ』はどれだけ凄まじいのかと戦慄する。今の話だと、クレイでもまだ勝てていないようだし――本物でも偽物でも、厄介な相手なのは確実だろう。
白骨迷宮という華やかなステージの裏で何が進行しているのか?
事件の全容が見えないまま、『アイドル活動』という課題だけを提示されている状況はいかにも不穏だった。本当にこのままアイドルとして先へ進んで行くべきなのか? 迷いはある。だが、他の道は未だ見つかっていない。
一方、思考を巡らせる俺をよそに二人の魔女は会話を続けていた。
「アルマ・リト=アーニスタと話をさせていただけませんか」
出てきたのは意外な名前だった。
元修道騎士であったという彼女のことを俺はよく知らない。コルセスカが信用して傍に置いているのだからと無条件に『安全』だと思い込んでいたが、それは間違いだったとラフディの一件で思い知らされたばかりだ。トリシューラとも話し合った結果、現在アルマは拘束中である。これは本人も納得済みの一時的な措置だ。
「落ち着いてきたけど、いつまた暴走してしまうかわからないから念のため封じてる。セスカが戻ってくれば『前世の業』を吸い取って安定化できるんだけど」
「会話だけできればいいです。できれば冬の魔女と話したかったのですが――いまはそれがかないません。なので、当代きっての『神滅具使い』からお話をうかがえないかなと思いまして」
と、傍らのニワトリを一瞥しながらミルーニャ。
トリシューラは特に迷う様子も無く快諾し、ミルーニャが集めた上位ランカーの情報と引き換えにアルマとの通信チャンネルを開いた。小さな体が卓上で硬直し、口がぱかりと開いて喉から光が放出される。中空に立体映像が浮かび上がり、中性的な顔立ちの女性が映し出された。
アルマは少し驚いていた様子だが、話を聞くとすぐに了承してくれた。
「こんにちは、久しぶりだねミルーニャちゃん」
「その節はどうも」
ミルーニャは軽く頭を下げると、神滅具の『真作』がどのようなものなのか、その呪いの程度、実際に使った感触、そして『ヒュドラボルテージ』についてコルセスカから何か聞いていないかどうかを矢継ぎ早に訊ねていった。アルマはひとつひとつの疑問に丁寧に答え、神滅具を使うコツやら心構えやらをミルーニャに伝授していく。それが終わると、最後に肝心のニワトリについて語り始めた。
「私もコアちゃんから聞いただけなんだけど、それでもよければ」
「お願いします。今は少しでも情報が欲しいんです」
ミルーニャの真剣な表情にアルマも感じるところがあったのだろうか。しっかりと頷いて話を続ける。
「えっとねー、あれは確か、わりと昔の大作シミュレーションに拡張MOD入れて二人でCOOPプレイしてた時だったかなあ。歴史軍略国取りモノを宇宙進出できるようにしたスペオペアドオンで、タイムスケールがとにかく物凄いからゲーム内時間を加速させようって話になってさー」
「えっ、えっと?」
ミルーニャは唐突に出てきた謎の専門用語に困惑しているようだ。
俺の方はと言えば、「ああやっぱり」という感じである。コルセスカの使い魔なのでコルセスカっぽい趣味を持ちコルセスカっぽいことを言う。自然だ。
ミルーニャの戸惑いには構わず、アルマは話を続ける。
「で、元のゲームにあった神滅具のデータいじって時間を早めたり遅くしたりできる便利アイテムにして雰囲気出してみたんだ。昔のゲームだから、動作がもっさりした所を省略したりとかすると快適なんだよね。爆速にして文明滅亡タイムアタックとか楽しかったなあ。私、小さい頃から教練用のシミュレータとかシリアスゲームばっかりやらされてきたからこういうの大好きで。コアちゃんに教わらなかったらずっと知らないままだったろうなー」
「はあ」
ミルーニャはよくわからないという顔をしているが、俺はアルマをゲームに巻き込むコルセスカの生き生きとした瞳の輝きが目に浮かぶようだと思った。以前見たアルマの業――冷徹な修道騎士、苛烈な炎天使としての顔と普段の穏やかさが結びつかなかったが、今はコルセスカが彼女を変えていった様子が容易に想像できた。
「で、その元になったのが『氷血のコルセスカ』と『炎冠のヒュドラボルテージ』なわけ。コアちゃんが減速、ヒュドちゃんが加速ね」
ちなみにSFネタで神滅具出す時はコールドスリープ装置が『氷血のコルセスカ』でクローンとかの急速成長装置が『炎冠のヒュドラボルテージ』であることが多いんだよ、という補足説明が入った。この辺は理解しやすかったようで、ミルーニャはほっとした表情で頷いた。俺もなんとなくこの神滅具のイメージが掴めてきた。
「つまり、この『炎冠』はかの魔槍に匹敵するほどの時の秘宝というわけですか」
「メクセトは『尊き命を救うであろう英雄』を百人、『恐るべき死を堰き止めるであろう医師』を三百人、『偉人の命を生み出すであろう母』を六百人炎にくべ、国中の技術者や科学者といった『文明の火を灯す者たち』を九百人捧げて火竜メルトバーズを召喚し、その炎でこの『炎冠』を鍛え上げたそうだよ」
部屋の中が急に血腥くなってきたような気がしてくる。
話の中心にいるニワトリは間抜けな顔をしながらふんぞり返っているが、どれだけふざけたマスコットキャラクターであってもこれが呪われた道具であることだけは忘れてはならないのだ――コルセスカに、死の女神という側面があるように。
「コアちゃんによると、それは絶対に本来の使い方をしては駄目なんだって。使ったが最後、持ち主の命を燃やし尽くしながら小型の熱核融合炉となり、周囲の全てを焼き尽くす疑似太陽と化す――とかなんとか」
きっとメクセトという王は頭がどうかしていたに違いない。
王なんてのはアレな奴ばっかりだ。
不本意そうなトリシューラは無視するとして、そんな危険なものがこの真下に存在しているというのは正直ぞっとしない。どう使われるかわかったものではない。
一方で、トリシューラとミルーニャは俺とは違った感想を抱いたようだ。
「ニワトリのコアユニット――『太陽』に擬されたパーツが地下に隠されて、地上に瘴気が漏れ出しているっていう構図が気になるね。太陽という生命の象徴を隠し、病や穢れといった死の象徴を明らかにする。これって、まるで春と冬の交代劇じゃない?」
「私も同じ事を思っていました。やはり、ここでも『死人の森』が関係してくるというわけですか――」
ミルーニャは何か思うところがあるのか、目を伏せて黙りこくってしまった。
話題が尽きて場に沈黙が降りてきたことを画面越しに察知したのか、アルマが「それじゃあ私はこれで」と言って通信を切った。それに被せるようにミルーニャが礼を述べるが、既にアルマの気配は去ったあとだ。気まずい沈黙。
トリシューラが口を開いた。
「参考になった?」
「ええ。この場所で行われている大儀式のおおまかな輪郭が見えてきました。対抗策にも幾つか心当たりがあります。トリシューラ、私は私で動いてみるので、そちらはそちらでまず勝ち星を稼いでおいて下さい。ラリスキャニアに勝てないようでは、この先とても戦っていけませんよ」
冷ややかに告げるミルーニャは確かに格上のアイドルそのものだった。彼女たち『空組』は昨日また上位ランカーに勝利してランキングを駆け上がり六位となったところだ。今や押しも押されぬ人気アイドルで、『上』の大規模アイドルグループへの引き抜きの噂すらあるほど。
「言われなくても次は勝ちますよーだ」
べえと舌を出してみせるトリシューラはふざけているようでこれでも真剣だ。対抗したニワトリと取っ組み合いの喧嘩をしているのも彼女なりのパフォーマンスの一種でしかない――はずだ。多分。
ともあれ情報交換は無事に終わり、俺たちはこの場を離れようとしたのだが、そんなとき予想だにしなかった来客があった。
どたどたと派手な足音を立てながら応接室に近付いてくる何者か。甲高い声で何度もミルーニャの名前を呼んでいるようで、眼鏡の少女は顔を引き攣らせていた。
そして、勢い良く開け放たれた扉から弾丸のように飛び込んで来たのは――
「おねーさまー! きゃあああん♪ 会いたかったですうぅ!!」
――何故か一糸まとわぬ姿の少女だった。
十代前半にしか見えない幼い姿態が同じくらいに見えるミルーニャに激突し、そのままソファの上に倒れ込む。巻き添えでニワトリが吹っ飛ばされていったが誰も気にしない。双方の幼い容姿もあって無垢さと背徳が均等に混じり合った空気が漂い出す。飛び込んできた少女が外見からは想像もつかないほどに艶然とした笑みを見せ、ミルーニャが焦り始めた。
「ちょ、どいて、退いて下さい!」
「いーやーでーすぅ! うずめぇ、もうミルーニャおねーさまから離れたくないでーす。今日のおしごと終わったからぁ、あとはおねーさまとらぶらぶするだけの簡単なおしごとー♪ なーんて、きゃーはずかしーい!」
あまりの光景に一瞬思考が麻痺していたが、冷静になってみると見覚えのある少女だった。上位ランカー対策のために何度かライブにも足を運んだことがある。
彼女もまたアイドルだ。
全裸の変態にしか見えないが、あれで実年齢は三十近いらしい。若作りとの声もあるが、まあセージより遙かに若いしなんでもいいだろ。
ランクは現在七位。
うずめ・イアンベ・バウボは『上』の企業である
「なんか昨日ウチらに負けてからずっとあんな感じなんだってさ」
突然、背後から恐ろしく冷ややかな声が聞こえてきたのでびくりとしながら振り向くと、そこにはミニハットに白いブラウス、ビスチェ、フリルスカートにステッキという服装のリーナ・ゾラ・クロウサーが浮遊していた。
何だろう。やけに怖い。目元を強調する感じの派手目のメイクをしているせいなのかもしれないが、表情に力がある気がする。色々あってあまり直接言葉を交わす機会に恵まれなかったが、こんなに厳しい感じの女性だったのか。流石は若くしてクロウサー家の当主となった女傑だ。貫禄が違う。これならきっとパーンと相対しても気圧されずに対等な言葉を交わせるはずだ。
「あ、リーナ! ちょうどいいところに、何とかして下さい!」
「ああん、おねーさまつれないですぅー! うずめ、妹分の後輩として色々おねーさまから教えて貰いたいことがあるっていうかー、あっそうだもう今晩泊まって言っちゃおうかなっこのままホントの妹になっちゃったりして!」
ミルーニャが悲鳴を上げ、うずめがテンション高く無茶なことを言う度にリーナの雰囲気が凍えていき、顔から感情が消えていく。もしかして『E-E』を入れているのではないかと疑いたくなるほどだった。
「ずっとそうしてればいいんじゃないの。よかったね『先輩』。可愛い妹分と仲良くできて。さ、行こうかニアちゃん」
前半の台詞に侮蔑を込め、最後の台詞だけはにこやかな笑みを浮かべて、リーナはミニハットをずらしながら言った。小さな帽子の中にはリーナと揃いの服を着た小さなセリアック=ニアが隠れていたが、可哀相なくらいに縮こまってびくびくと怯えている。真下の人物が放射する恐るべき威圧感に萎縮してしまっているのだ。
「え?! ちょ、待って――ああもうこの際トリシューラでもいいですから!」
助けを求めるミルーニャを無視してさっさとどこかに言ってしまうリーナとセリアック=ニア。トリシューラは面倒くさそうにふわふわと近付いてうずめを引き剥がそうとするが、全裸の変態はミルーニャにひしとしがみついたまま離れない。
「ちょっとぉ、うずめとおねーさまのらぶらぶ時間を邪魔しないで欲しいですぅ! ほらほらぁ、言う事きいてくれたらイイモノ見せてア・ゲ・ル♪」
「いやいらない。どっちかっていうと今は勝つための手段が欲しいかな。そうだ、うずめさんってラリスキャニア相手の戦績良かったよね? アドバイスしてくれたらメートリアンといちゃつくための手伝いをしてあげるよ」
逆に提案するトリシューラに、うずめは顔を綻ばせミルーニャは激昂した。
「喜んで♪ なーんだ、話のわかる人じゃないですかー」
「ぶっ殺しますよ?!!」
ラリスキャニアの得意技『握触手会』と『マジカルアピール』の合わせ技に、現在の俺たちは為す術が無い。ではどうすべきなのか。そもそも、ラリスキャニアに勝利しているアイドルたちはどうやってライブでアピールをしているのか? 直接話を聞ければそれに越したことは無い。
とはいえ、はっきりと言葉で説明するのはそれはそれでアイドルとは別のスキルが必要になってくる。うずめはしばし悩むと、ふと思いついたようにこう言った。
「実際にぃ、あなたたちも握手会をやってみればいいんじゃないですかぁ?」
それは、考えてもみればごく自然な発想で、当然試しておくべきアプローチ。
言われて初めて気付いた。学習と最適化の基本は摸倣と反復だ。
戦いでもアイドル活動でもそれは同じ。
まずは相手の得意技を実際にやってみる――そこから掴める何かがあるかもしれない。ラリスキャニアが言っていたことを思い出す。ファンの顔を近くで見ることで、独りよがりではないアピールに近付けるのではないだろうか。
そんなわけで、『シナモリアキラ姫握手会』のお知らせが白骨迷宮に告知される運びとなったのだった。
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