4-163 狂姫乱舞
「『君たちの名声は、
草や葉の色のように、
外へ出たとみるまにまた消える。
葉が大地からのびるのは太陽のおかげだが、
その太陽に照らされて色もあせる』」
そこは暗がりの底。かつん、かつんという足音だけが一定のリズムを刻み、時折響く声が無意味の世界を切り裂いていく。知恵持つ者たちは言葉によって世界を分節した。無明の恐怖に耐えるために、そうせずにはいられなかったのだ。
しかし命無きものにとってそんなことは関係が無く、人形たちは今日も陽気に振る舞い騒ぎ立てる。
「『神曲』の煉獄編、第十一歌だね! どうしたんだい、世を儚みたくなった?」
「適当に衒学ムーブしてマウントとる相手もいないのに唐突だよ? 大丈夫?」
「違うよベルグ、ガルラ。これは憐憫だ。虚栄に縋る哀れな者たちへの、な」
人形の王と従僕たちは姿なきままに歩みを進めていく。
彼らが向かうのは闇の底。企みは深い闇に覆い隠されたままで、いかなる干渉もその糸の前には阻まれる。アルト・イヴニルは外部からの監視に気付いた上で、余裕に満ちた態度を崩さない。
「来るならば来るがいいトリシューラ。相手をしてやろう――もっとも、お前がミヒトネッセの張り巡らせた罠を突破できればの話だが」
不敵に宣言するが、続く二つの声は不思議そうにこう呟いた。
「あれ? この監視使い魔、機能しなくなったよ?」
「瘴気が濃くなりすぎて通信障害が発生してるんだ。もうこっちの情報が届いてないよアルト。どうしよう、せっかく格好良く決めようとしたのにこのままじゃ恥ずかしいよ! 上に戻ってやりなおす?」
しばしの沈黙。
硬質な音が二回響き、甲高い悲鳴が上がった。
「ひどいよアルトー」「八つ当たりはよくないよー」
「うるさい!」
遠く、賑やかな声が聞こえる。
自分が目覚めたことに急に気が付く。
起きたのならば、動き出さなければ。
倦怠感を振り払い、ゆっくりと身を起こした。
私は――いや、俺は誰だっただろう。
無数の意識、無数の記憶、無数の歴史。
あまたの可能性の中から最も『俺』に適合する名前を手繰り寄せる。
そうだ、俺の名は――。
「シナモリ、アキラ――?」
誰かに呼ばれる。今にも掠れて消えそうな弱々しい声。
ああそうだ。俺は『アキラ』。『シナモリ・アキラ』だ。
記憶はある、肉体の実感に四肢の確かさが追いついてきた。
悠久の過去を巡り、未来へと走り抜け、再演の旅路から帰還した――そうして、どうしたのだったか。記憶が曖昧だが、シナモリアキラとしてやるべきこと、俺が俺として振る舞う上で重要なことは心得ている。
だが寄り代の来歴がわからない。
この身体は何なのだろう。
ウィッチオーダーも氷の腕も無い。
ただ生身の真っ白い肌だけが左右についている。
「どうして、あなたが」
不安に揺れる声がまた響いた。
視線を向けると、怯えるような気配。
奇妙な事に光の差さない暗闇の中でも周囲の状況は手に取るようにわかった。この身体には暗視機能でも付いているのだろうか。
だから、狭い部屋の片隅で身を縮める少女に手を差し伸べることに不自由は無かった。それに、知らない相手でもない。
「怪我は無いか? 少し、衰弱しているように見えるが」
「え、あの――」
困惑する少女を怯えさせないよう、距離を空けたまま穏やかに語りかける。恐らく長期間に渡り幽閉されていたのだろう。可哀相なくらいに痩せこけていて、足などはぞっとするほどに痩せ細っている。おそらくあれでは歩くことすらできまい。
「俺自身、状況を掴めていないんだが、お互いに情報を交換すれば状況が改善するかもしれない。俺でよければ力にならせて欲しい。何があったか、良ければ事情を聞かせてくれないか――リールエルバ」
俺がそう申し出ると、閉ざされた牢獄の中で鎖に繋がれていた緑色の髪の少女は驚いたように目を丸くして、それから急に俯いてしまった。
どうしてか顔が赤い。彼女は恥ずかしそうにおずおずと口を開くとこう言った。
「あの」
「どうした」
「こっち、見ないでちょうだい――恥ずかしいから」
言われて気付く。
右腕で胸元を、左手で下腹部を隠すリールエルバは、全裸だった。足こそ哀れなほど萎えてしまっているが、年頃の少女としては均整のとれた美術品のような体つきをしている。リールエルバが誇らしげに披露する完璧な美貌そのものだ。
はて、と首を傾げた。だから何だというのだろう。
要求の意味がいまひとつ理解できずにいると、少女は焦れたように、
「いいからあっちを向きなさい、この変態――!」
悲鳴と共に使い魔らしきコウモリが飛んできた。
理不尽だ、と経験は感じていたが、常識的な理性は『俺が悪い』と判断していた。何だこれは。衝撃と困惑のまま後ろを向く。
何か非常に珍しい事が起きていることだけは確かで、どうもこのわけのわからない状況をすっきりとさせるのにはだいぶ時間がかかりそうだった。
なにしろ、お姫様のご機嫌をだいぶ損ねてしまったようだから。
「良い知らせと悪い知らせがある。どちらから聞きたい?」
「時系列順に話してくれ」
呪術医院のミーティングルーム、ホワイトボードを背にした黒髪の女の面倒な質問に即答する。女は整った眉をひそめてやや不満そうに口を尖らせた。何度見ても今一つ実感が湧かない顔だ。これが、俺?
「わたしにーさま、冷たい」
「その呼び方もややこしいんだよお前は――イツノ、でいいんだったか?」
「ひとまずはそう呼んで。『鎌鼬』や『火車』を仕留めるまでは統合のための戦いは控えるつもり。『鵺』は見込みがなければ潰すけど」
『大蛇』といういまひとつ経緯の分からないままにトリシューラ陣営に加わった女は、自らをイツノと名乗った。トリシューラは『姫』とかなんとか呼んでいるが、一応仲間らしい。俺の義肢ウィッチオーダーのテスターで『不完全なシナモリアキラ』を倒すことが目的らしいが、どうにも危険な臭いのする相手で信用が置けない。まずなんか距離感がおかしい。
「わたしにーさま♪」
よくわからない呼び方でこちらに擦り寄ってくる。トリシューラが用意してくれたばかりの義体が自動的に拒否反応を起こして仰け反った。『サイバーカラテ道場』に危険人物判定されている。
少し離れた位置にある椅子の上で足を組んで座っているトリシューラはにこやかにこちらを見ていた。こいつのこの態度も何か非常に怖いんだが。
オルヴァ――というか俺自身との戦いが終わった翌日の事である。
俺たちは新たな戦力である老オルヴァを陣営に取り込むことに成功したが、相変わらずブレイスヴァブレイスヴァ叫んで隙あらば破滅を招こうとする狂人を取り押さえるのに一晩を要した。おかげで三時間しか寝ていない。ルバーブが熱いコーヒーを差し入れてくれなかったら寝ていた所だ。
そのオルヴァこと『
グレンデルヒみたいに隙あらば寝首を掻こうとするタイプではなく、突発的に巻き込み自殺しようとするタイプなのでおちおち未来予知を頼むこともできない。迂闊に頼るとこちらが危ないので普段は能力を制限して戦ってもらうことになる。現在はルバーブと共に呪術医院の周囲に構築した城塞で茶でも飲んでいるはずだ。
「オルヴァが拡散させた十二人は上手く使えば戦力にも転用できる。使える奴は捕獲して説得か洗脳を試みたいところだけど――さすがに望み薄かな。アキラ姫の経験値にした方がいっかー」
トリシューラはふわふわとした口調で言った。何故か今日の装いはもこっとした動物着ぐるみ。どういうファッションなのかわからない。もしかして寝間着か?
視界隅のちびシューラも同じ格好で、じゃーんねずみシューラだよーとか言ってる。何故ねずみ。
話の方向を軌道修正するように、イツノはホワイトボードに『知らせ』とやらを書き込んでいく。異様に達筆で驚く。トリシューラの完璧に整った筆致とはまた別の美しさだった。ちなみにコルセスカは何かあちこち飾る。
「まず悪い知らせ。『星見の塔』で大きな動きがあった。ラクルラール派の主要な構成員が第五階層で大規模な儀式を遂行しようとしていて、『塔』を離れた。これに対抗する形で反主流派が塔内で主流派に対する離間工作を実行、勢力を切り崩しにかかってる。私は主流派の動きを追い、可能なら阻止する目的でここに来た」
つまり、とトリシューラが話を引き継いで最悪の結論を示す。
「ラクルラール派の首魁がじきにこの第五階層に到着するってことだね。全面対決はもう避けられない――『星見の塔』における『使い魔の座』の頂点に立つ最強の人形師――第三位のラクルラール」
「は? 何で第三位?」
一位じゃないのか、そういうのって。
これまでの情報を統合すれば、残りのラクルラールは六位のアルト・イヴニルと一位と三位だけだから、そいつが出てくるのはおかしくはないんだが。
「あのね、第一位のラクルラールって誰も見たことが無いんだ。実質的にトップに立っているのは第三位――推測だけど、第一位は『総体としてのラクルラール』なんだと思う。『使い魔』ってそういう呪術得意だからね」
とすれば、相手も俺のような紀人ということなのだろうか。
いずれにせよ、これから直接対峙するのはその三位とアルト・イヴニルということになりそうだ。
敵勢力が本格的に動き出していることと、決戦が近い事はわかった。
なら良い知らせとは何だろう。イツノは頷いて疑問に答えた。
「良い知らせは、ラクルラールの支配の糸が弱まったおかげで囚われていたクレアノーズお姉さまの救出に成功した事。だからトリシューラ、時機を見て一度会いに行くといい」
「そっか、お姉さま、自由になったんだ。そっか」
トリシューラは安堵したようにそう言って、椅子の背もたれにぐっと背を預けた。それから伸び伸びと両手を広げて、ぱっと表情を綻ばせる。
「いよーし、これで色んな技術が解禁だー! 『杖の座』の勢力も拡大できるし支援も本格的に受けられる! やったよアキラくん!」
目をぎゅっと瞑って両手をぱたぱたと振り回すトリシューラ。きぐるみの余った袖がぶんぶん上下していて千切れないかどうか心配になる。イツノがどうどうとトリシューラの頭を軽く叩いて説明を続ける。
「姉妹統合派のトップが姉妹存続派のトップを幽閉しているというのは非常に危険な状況だった。けど所詮ラクルラールは六女代理。自分が正規の姉妹になってトライデントを末妹にするまでは下手な動きはしないだろうと思ってた」
「へえ」
「万が一ということもあり得たから、これで気兼ねなく『杖の座』を勝利に向かわせることができる――アキラくん、これからは本格的に攻めていくよ」
「なるほど」
相槌がどうしても適当になる。正直『星見の塔』の事情は俺にとっては見知らぬ世界の出来事で今一つ実感が湧かない。末妹選定ならともかく、その背景にある姉妹たちの派閥争いまでは俺の物語ではないという気がしていた。
とはいえ、トリシューラが喜んでいるのは俺にとっても好ましい。
恩師が人質になっていたことで、トリシューラがどれだけ動きを制限されていたのかはわからない。ただ、『杖の座』に『使い魔の座』以上のアドバンテージを確保することが許されていなかったであろうことは想像に難くない。これからは違う、ということだ。
「それで、今後の方針についてなんだが」
第六階層に大魔将と共に逃げた『火車』やアルト・イヴニルなど、厄介な相手はまだ残っている。
ヴァージルとパーンはアルトに敗れた様子だが、連中のことだからいつ復活してもおかしくない。行方不明のファルやカニャッツォも心配だし、イアテムが本当に死んだのかどうかも怪しい所だ。どこから手を付けるべきか――そんなことを考えていると、ちびシューラが自己主張していることに気付く。
「これからのことだけど、私から報告と提案があるよ」
トリシューラはさくっと感情を切り替えて話を進めた。喜びが持続していないわけではなく、未だにわーわー跳ねまわっているちびシューラが情動の発露を担当しているのだ。
相変わらずのにこやかな無表情、冷静沈着なトリシューラだった。
「パンデミックが発生しそうなので一緒に阻止しよう」
「とびきり悪い知らせだな?」
地域流行ではなくあえてパンデミックと言うからにはそれほどの危機が迫っていると考えるべきだ。第五階層を通じて、世界中に被害が拡大する最悪のケースは考えたくもない。そうなってしまえばトリシューラの『この地に王国を建てる』という野望は頓挫してしまう。
「ネズミやコウモリを媒介して感染するタイプのウィルスが確認されたの。SARSが変異したものと考えてもらって問題ないけど――最悪なのはこれが呪的なミアズマでもあること。影や暗闇を伝播するこの『呪い』は夜間に急激に広がり、スキリシア経由で全世界に拡散する恐れがある」
トリシューラによれば、被害が確認されたのは昨晩からなのだという。
今のところは第五階層住民だけの被害で留まってはいるが、いつ外部に漏れだすかはわからない。早急に対処しなければ取り返しのつかないことになる。
「防疫・公衆衛生ドローンの指揮権をレオに預けて第五階層の対処は一任してある。あとは私たちで感染源を叩いて呪いの因果を断ち切るだけ。感染ルートの絞り込みは済んでるよ」
トリシューラはホワイトボードに重ねるように立体幻像を投影した。
表示された第五階層の地図に赤丸で目的地が示される。
東地区に位置する階層周辺部の生産プラント。
その真下に広がる下水道の更に下。
「白骨迷宮――現在、リールエルバを誘拐した邪教集団が根城にしていると推測されている地下遺跡の最下層。そこから呪いは漏れ出している。幸いと言っていいのか、非『杖』的なメソッドを活用すれば根っこを叩くことが茎や枝葉を叩くことにも繋がるから、シンプルに決着がつけられるはず」
白骨迷宮と言えば、以前クレイと初めて交戦した場所だ。
そしてつい今朝方、『呪文の座』の三名がリールエルバ救出の為に向かった場所でもある。もし彼女たちが病に侵されていたら――いらぬ心配かもしれないが、同盟相手の危機とあらば見過ごすわけにもいかない。
そういえばリーナ・ゾラ・クロウサーにはだいぶ世話になったというのに挨拶もできていない。トリシューラの許可さえ得られれば、合流して手助けをできればと思っていたが、これはタイミングが良いのか悪いのか。トリシューラは俺の内心を理解した上で頷き、
「ウィルスを撲滅するついでにリールエルバたちに恩を売ることができれば上々の結果だよね。できることは全部やろう、アキラくん」
と言ってくれた。方針が決まれば、あとは行動あるのみだ。
あとはメンバーの選出だ。ウィルスに強い俺とトリシューラは確定として、呪術に詳しそうな奴といえば。
「当然私は行く。地下に逃げた『鎌鼬』を発見できるかもしれない」
イツノが名乗りを上げる。俺個人としてはあまり気を許せる相手ではないが、現ランキング一位が足手まといになるはずもない。『塔』の魔女である以上、呪術の腕も一流のはず。
あと数名欲しいが、『マレブランケ』の主だった面々は拠点防衛の為に残しておきたい。さてトリシューラはどう決断するかなと考えていると、部屋の外から声が届いた。
「私も同行する」
いつの間にか入口に立っていたのは見慣れた男だった。
「カーイン」
「呪的なミアズマであれば私の得意分野だ。対処は任せてもらって構わない」
確かに、今回の件でこの男の技能は頼りになるだろう。
本人が言うのなら断る理由は無いが、懸念もあった。
「レオはいいのか?」
「というより、レオ様の指示だ。この拠点における防備はルバーブやグレンデルヒに任せて、私には原因を断ち切るようにと」
優しいが果断な所のあるレオらしい指示だ。レオが言うならカーインを連れていくことに文句は無い。むしろレオを連れて行きたいくらいだ。
と、ここまでは比較的妥当な人選が続いたが、続けて名乗りを上げたのは意外な人物だった。
「ならば私も連れて行ってもらえまいか」
「オルヴァ?」
どこからともなく声が響く。直後、何もない虚空が歪み、景色が渦を巻いていく。迸る呪力が紫電となり、ガラスを削るような異音を発しながら空間が引き裂かれる。断裂した空間に開いたワームホールから豊かな白髭をたくわえた老人がぬっと顔を出す。普通に登場しろ。
それにしてもオルヴァか。ぱっと見はただの老人だが、この状態でもブレイスヴァカラテの達人で強力なまじない使い。その上リスクを顧みないなら俺に転生することで時空を総べる大賢者として振る舞うことが可能だ。戦力としては申し分無いが、わざわざ名乗り出てきたからには何か思惑があるはず。この男は軍門に下ったとはいえまだ底が見えていない。駄目元で理由を問いただす。
するとオルヴァは厳かに頷いてこう答えた。
「私にもまた女神を求める理由がある。敗北し、お前たちの軍門に下った今となってはつまらぬ未練でしかないが――目的を諦める理由にはならぬ」
「その、目的っていうのは?」
オルヴァが俺たちの陣営で戦う理由とは何か。
グレンデルヒはサイバーカラテを利用して自己の存在をより強固にするため。
ルバーブはアルト・イヴニルに奪われたマラードを取り戻すため。
ならばオルヴァはやはり、ルウテトを手に入れるため、なのだろうか。
果たして老人は予想通りの答えを告げ、予想外の動機を開陳した。
「そう――女神を救い出したあかつきには、私の前でお前がその手に掻き抱き口づけるのだ――私に見せつけるように、激しく、いやらしく、情熱的に、私を苦しめるように!」
突然目を血走らせて激昂するオルヴァ。鼻息が荒いけど大丈夫かこいつ。
「おお、私がどれだけ想いを寄せようとも、彼女がどれだけ私に微笑もうとも、あらゆる絆はいずれ朽ち果て鮮烈なる情熱は飽きと退屈に凍らされる――そこに入り込む私よりも若く、新しく、強い男! ああマラードが、あの男のような人種が軽くつまみ食いをするような気持ちで最愛の妻を、妻を!」
「あのー、オルヴァさん? もしもし?」
「はっ、そもそも最初から私に無関心、愛し合う二人をただ眺めるだけ――うっ」
駄目だ聞いちゃいねえ。
どん引きする俺たちを尻目に、オルヴァはますますヒートアップしていく。
「うっうっうっ――何も知らぬ父上が遠方へ会議に赴いている間、母上は別の男の上で腰を振って――ううう」
あ、なんかトラウマスイッチ入ったっぽい。
さめざめと泣く老人を哀れに思ったか、カーインがハンカチを貸してやる。『下』のブランドものっぽいけど、おもいきり鼻をかまれてるけどいいのか。紳士だな。あまりにもあまりな光景に、俺はトリシューラと顔を見合わせた。
「まさかこいつの異名の『寝取られ王』って」
「悲しい逸話を揶揄されたんじゃなくて、特殊な性癖だったから付けられたの?」
俺に倒された結果として、こちらに都合のいい解釈が採用されただけかもしれないが――それならそれでいいか。本人はつらそうだが苦しさを楽しんでいる様子だし。そんなわけで、白骨迷宮行きのメンバーが決定した。
トリシューラ、イツノ、カーイン、オルヴァ、そして『俺』ことシナモリアキラ。なお、『俺』の範囲はサイバーカラテユーザー全体に適用可とする。
――だが、この時の俺たちは知らなかった。
辿り着いた地下迷宮で、恐るべき未知の世界と遭遇することを。
そして。
俺たち一行は、変貌を果たした白骨迷宮で愕然と立ち尽くす。
「ぶひっ、ぶひぃぃぃぃ!!」
「ほうら、豚は豚らしく可愛くぶひっと鳴いてご覧なさい?」
「ぶうっ、ぶうっ、ぶひっ、ぶっひぃぃぃぃぃ!!」
「いい子ね子豚ちゃんたち! それじゃあ奇跡の復活を果たしたこのラリスキャニアちゃんが、惨めな子豚ちゃんたちと触手で握手してあげる!」
「ラリスキャニアさまー! ぶひー!」
『支配』と『虜』の呪力が空間を覆い尽くす。
いい年こいた大人たちが四つん這いになって鼻を鳴らし、ダンスミュージックに合わせて頭を振りまくる。天井には小さな鏡を球形に貼り付けたディスコボール、色つきの照明が床を極彩色に染め上げていた。
異形の群は熱狂し、腐った四肢が零れ落ちるのにも構わず骨になって踊り狂う。
『死人の森』の再生者たちは地下に集い、何故か地下アイドルと一緒に盛り上がっている。困惑していると、周囲の状況を探りに行っていたトリシューラが戻ってきた。何故か音楽のリズムに乗って床のパネルを移動している。
「大変! ここで地下アイドルランクを上げないとこれより先のフロアには進めないみたい! それとなんかこの迷宮、音ゲーが混じってる!」
かすかに、氷の右腕が共鳴しているのを感じた。
彼女の浄界、『コキュートス』が活性化している気配も。
――とりあえず、コルセスカが今はまってるゲームのジャンルはよくわかった。
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