4-142 オルヴァ王と十二人のシナモリアキラ⑧




 プーハニアは、目の前の女性に対して恐れを抱いている自分に気が付いた。女性はか弱く、自分なら容易く身動きを封じてしまうことができるだろう。あるいは恫喝すればたちまち怯えてしまうだろうし、性的なほのめかしをすれば恋人のいる彼女を傷つけてしまうかもしれない。そうすれば先ほどの謝罪会見に逆戻りだ。


 それは遠いようで、あまりにも近い。

 その気になれば簡単に行けてしまう場所なのだと彼は知ってしまった。

 早々に彼女から離れよう。エントランスホールまで送って、あとは案内ドローンかなにかに放り投げればいい。これ以上は自分自身の精神に悪い。

 しかし、妙なことに先ほどから院内通信が機能していない。

 敵対勢力の攻撃によるものなのか、それとも想像もつかない異常事態が起きているのか。誰ともすれ違わないのも気になる。人の気配がまるでなかった。

 一刻も早く状況を確かめなければ。

 焦っていてそれに気付けなかったのは痛恨の極みと言えた。


「う――」


 ポメラニアンの女性が震えながらプーハニアの背後に隠れる。

 長く続く廊下の前方に、生臭い肉塊が横たわっていた。

 死体のようでもあり、動物のようでもあり、植物のようでもあり、鉱物や魚類、昆虫などにも見え、同時にその全てをごたまぜにしたような異形そのもの。

 怖気を振るう異質性の獣、狂怖ホラー


「まさか、『火車』って野郎かっ」


 途端、表情を引き締めて周囲を警戒するプーハニア。

 話を聞いた限り、相手は最もオリジナルのシナモリアキラに近い『アストラル体』だ。その動きは自由自在、どこにでも侵入できる上に死体を操って狂怖にしてしまうという恐るべき力まで持っている。

 今ここで戦えるのは自分だけだ。背後の女性だけは守らなければ。

 決意するブルドッグは、そこで奇妙なことに気付く。

 目の前の肉塊――あれは死んでいるのでは?


 そうしているうちに、肉塊が黒ずんでいき、細かな粒子となって消えていく。

 死亡して間もない狂怖はしばらくその場に残ることがある。

 だとすればなぜ死んでいたのか。

 誰かと交戦していた? 仲間たちが迎撃したのか。

 それとも、まさか『別のシナモリアキラ』が侵入していたのか?


 真っ先に思いついたのは仮面の男。

 シューラ犬によれば識別コードは『鵺』。

 『鵺』と『火車』が激突した結果、あの場所に狂怖が残されていたということなら納得は可能だ。状況を掴めないもどかしさが、不安を募らせていく。


 それからも行く先々で肉塊と遭遇した。

 それらは二人が近づくと灰となって消え去るが、確実にそこに置かれていた。

 まるで、彼らを怯えさせるために存在するかのように。

 異常はそれだけではない。


「なんだよ、こりゃあ」


 院内から、人の気配が消えていた。

 あれだけいた避難民も病院のスタッフもトリシューラの部下たちも、全ていなくなっていたのだ。通信も繋がらないまま。

 外に出ようとするが、自動扉は開かない。対呪動装甲ライフルにすら耐える強化呪術ガラスは全力のタックルでもびくともしなかった。


「はうう、怖いぃ」


「あ、安心して下さいよ、俺がいますから!」


 内心ではプーハニアも不安になっていたが、か弱い女性が後ろにいることでかろうじて虚勢を張れた。

 どうにかこの病院から抜け出そうと歩き回る。

 しかし脱出の糸口すら見つからず、


「もうだめぇ、歩けないぃ」


 遂にポメラニアンの女性がへたり込んでしまう。

 彼女は先ほどから「疲れた」「足が痛い」と不満を訴えていたのだが、プーハニアは「もう少しで外に出られるから」と我慢を強いていたのだ。歩幅も体力も違う。そうしたことは頭では理解できていた。しかしふわふわした声を聞くたびに彼はいら立ちを募らせた。


「あのなぁ、休んでる場合じゃねえんだって――」


 つい強めの口調になってしまう。言っている途中で後悔したが、ポメラニアンは涙目になって身を縮こまらせてしまった。


「はうっ、ご、ごめんなさいぃ、おこんないでぇ」


「あ、いや、そんなつもりじゃ」


「うそぉ、怒ってるぅ」


 大げさな怯え――ブルドッグの大男にはそう映った。

 強面と巨体は彼にとって誇りであったが、それゆえに好意を抱いている相手にこうした態度をとられるのは不本意で、自覚は無かったものの傷ついてもいた。


「別に、怒っちゃいませんよ。俺がいじめたみたいな顔すんのはやめてください。俺は弱いものいじめはしない男です。むしろか弱い女性を守るヒーローと言ってもいいくらいだ」


「ほんとにぃ?」


「本当ですとも!」


 力強く胸をたたいて見せる。

 できるだけ快活に、恐ろしくないように笑った。

 それでも女性はおずおずと、


「ほんとのほんと?」


 と問いかける。


「もう、疑り深いなあ」


「――それ、誓える?」


「え?」


 突然、女性の声が落ち着いたものになる。

 はっきりとした抑揚。切れ味鋭いことば。

 つぶらな瞳が、まっすぐにプーハニアを見ていた。


「あなたは、強いのにいじめないの? ヒーローの資格がある人なの?」


「何を言って――あれ、そういやお嬢さん名前は?」


「その力を使うのは、正しいことのため?」


 ポメラニアンの黒い瞳に、視線が吸い込まれる。

 暗黒の夜空のように深いそこから、黒々とした靄が広がっていき、世界全てが闇に染まっていった。無限の暗闇に放り出されたプーハニアは必死にもがき、確かな者を探そうとする。


「正義とは何だ」「誰かを守ること?」「信念を貫くこと?」「秩序を維持すること?」「お前の正義はどこにある」「その正義が何であるのか、お前は本当に理解した上で掲げているのか」「英雄という」「正義という」「特権者の地位を」


 四方から聞こえてくる声は、ポメラニアンの女性のものにも、仮面の男のものにも、自分自身のものにも聞こえた。「もうやめてくれ」「なんなんだよこいつは」「おい、いい加減にしろ」――叫ぶ巨漢の言葉が無限に反響する。闇が形をとり、世界が変容していった。




 誰かが笑っている。

 自分の事を、嗤っている。

 視線は刺さるように痛い。

 言葉は殴られたように響く。


「よぉ、安産型」「安産型さんちーっす」「安産型ブルドッグとかうける」「ていうか何でいるんだよあいつ」「うわきも」「普通言えないだろ、勇気あるわー」「アホなだけだろ」「てかそこに注目する? っていうね」「『俺のガキを産めそうだなぐへへ』とか思ってたんじゃねーの」「うっわそれうっわ」「最低」


 耳を塞ぐ。

 座り込んで、蹲って、目をきつく瞑った。

 知らない。何も分からない。何もかも関係無い。

 肩を叩かれる。

 振り返ると、そこに。


「あなたは気軽に言ったのかもしれませんが、私は一巡節前に子宮の摘出手術を受けたばかりだったのです。知らなかったのでしょうけれど、私はとても傷付きました。謝罪して下さい」


「す、すみませ――」


「あと人の体型をそういう観点から評価するのはどうかと思います」


「はい、改めます」


「それに視線が舐め回すようで嫌でした。凝視はやめて下さい」


「はい」


「あと」


「まだ、ありますか」


 恐る恐る顔を上げる。

 特徴的な耳のパピヨン氏族。

 気位の高い、強く美しい女性だった。


「先日していただいた交際の申し出ですが、お受けできません」


 冷ややかに、きっぱりとした拒絶。

 プーハニアは深く傷付き、丸くなった。

 学生時代の失恋が連鎖するように思い出される。

 あの時はそう、軽々しいボディタッチが嫌がられたのだ。

 大きな身体の彼が小柄な女性に対してするそれは、ひどく威圧的であったという。逆らえずに身を竦ませているのを、「相手も満更ではない」のだと思い込んで調子に乗っていた。当然、上手く行くはずもない。


「何でこうなんだ、俺は」


 昔は良かった。子供時代は身体が大きいこと、力が強いことが絶対だった。

 皆が自分に一目置いていた。鈍重ではなかったからスポーツも得意。

 学級の中心で、いつも頼りにされていたのだ。


「――本当に、そうだったか?」


 自問する。

 現在と過去が混濁し、曖昧になる。

 学校の、机。そこに落書きされた『安産型』という文字。

 馬鹿な、あの頃にはそんなことは言っていない。

 そもそもそんな言葉は知らなかった――いや、知っていた?


 覚え立ての言葉を使いたがる子供の習性が祟って、若い女性教師にその言葉を使ってしまったのでは? 男性教師に怒鳴られてから渾名が『安産型』に変わったということが無かったか? あまりにも酷い記憶を忘却していなかったか?


 わからない。正しいことは何だ。

 記憶も夢もごちゃごちゃと入り交じり、全てが不確かに融けていく。

 ふと気付くと、子供の姿で初等学級の教室にいた。


「へーい、パス!」


 放物線を描いて、箱のようなものが飛んでいく。

 あれは、自分のペンケースでは?

 慌てて追いかける。


「返せよ!」


 怒鳴っても、相手はにやにやと笑うばかり。

 数人でペンケースを投げ合って、いくら追いかけても取り返せない。

 勢い余ってつんのめり、机に上半身を投げ出してしまう。


「うわそれお前の机じゃーん、きったね、安産型菌付いてら」


 からかうような声が飛ぶ。

 すると机の持ち主はわざわざ机に手で触って、友人たちに手を触れようとする。


「はい感染うつったー! 安産型ー」


「安産型になんだろ、マジでやめろって最悪だし!」


 不可視の『穢れ』を接触感染させられた子供が激怒した。共通理解の下に行われた儀式を通して、瘴気が具現化して子供たちの間に蔓延していく。

 子供たちはまじない使いだった。

 無数の視線、無数のルール、無数の穢れ。

 大勢の闇が世界に満ちて、それは決して消えることは無い。


 プーハニアは闇の中に独りで佇む何者かを幻視した。

 それは普遍している。瘴気は人類と共に在る。

 緑色の髪に長い牙、大勢にして孤独。

 その名前を、プーハニアは知っている。

 大勢の中で独り。その先には破滅しかない。


「え、どれどれ?」


「ほら、あいつだって」


「へー」


 隣の教室から、遠くの教室から、珍獣を見物するような視線がやってくる。

 小さな眷属たちが悪意を込めて笑った。

 心底から愉快そうに。

 牙を剥き、拳を握った。


「てめえらああああ!!」


「うわ、安産型がキレた!」


 拳を振り回し、椅子を持ち上げて投げる。

 悲鳴、悲鳴、悲鳴。

 暴れていると、恐ろしく強い力が腕を鷲掴みにする。

 見上げると、そこに巨人がいた。


「なにをやっとるかぁっ」


 違う。自分が小さいのだ。

 気付けば足下には額から血を流して泣き喚いている子供がいる。

 プーハニア少年の腕を掴んでいるのはドーベルマンの教師だった。

 牙を剥き出しにして怒鳴り、思い切り突き飛ばされる。

 机と椅子を吹き飛ばしながら床に倒れ伏す。背中と腰に激痛。


「どうだ、プーハニア! これがお前がやったことだ! 力が強いからといっていい気になるな!」


 一方的な言い分にかっと頭が熱くなる。


「あいつらが、あいつらが悪いんだ!」


「言い訳をするなっ!」


 今度こそ拳で殴られた。

 理不尽だ、こんなのはおかしい、そう思いながらも圧倒的な腕力の違いを思い知った今、反抗などできるはずもない。

 涙が出た。教師に引きずられて生徒指導室へと連れて行かれる。

 背後で、くすくす笑い。

 泣いていることへの嘲笑。

 『穢れた』机を誰が片付けるかで一悶着。

 それら全てが、ただ厭わしい。


 圧倒的な寒さ。

 恐怖の底で、プーハニアは更なる奈落を見た。

 足下に、無数の視線。

 緑色の髪、長い牙、仮面、認識出来ない顔、顔、顔――。

 大勢の誰か。


 孤独に並び立つ『無数』がより醜悪な瘴気によって窒息していた。

 プーハニアのいる所はまだ瘴気が薄く、かろうじて高所に逃れる事ができそうだ。まだどうにかなる。挽回できる。ここから逃げ出せばいいのだ。


 しかし、足下の彼らは逃げられない。奈落の底で窒息し続けている。

 プーハニアは、足場にしている男を見た。

 仮面の男。シナモリアキラを名乗る誰か。

 『鵺』は、プーハニアがもがき苦しむ様を見ながら、自らも苦痛に喘いでいた。既にブルドッグは気付いている。これは『鵺』の精神攻撃、幻術の類だと。しかし、相手を一方的に術中に嵌めるのならともかく、自分も苦痛を味わうというのはわけがわからない。ふと彼は気付いた。


「これは、お前の記憶なのか」


 シナモリアキラが二人の共通項だった。

 しかし、それ以外にもあったのかもしれない。

 プーハニアの現在と『鵺』の過去が融け合い、共感が呪いを増幅する。

 苦痛が伝染し、奈落に引き摺り込まれていく。


「これは、お前の痛みか」


 仮面の奥が見える。認識の闇の彼方、見えないはずのもの。

 今なら、それが見える気がした。

 巨漢は気付く。『鵺』の背後に、同じように仮面を付けた人々がいることに。

 それらの仮面が外れると、そこからぞっとするほど濃い瘴気が溢れ出る。


「我らは」「無貌なりし『悪疫ポックス』に連なり」「大勢である『■■』に属するもの」「レギオン」「その血統」「そのまことの名こそは」「見よ」「見よ」「見よ」「闇の奥を直視せよ」「そして問いに答えよ」


 『鵺』がこちらに手を伸ばす。

 無貌の民たちが無数の手を伸ばしてくる。


「我らは、人か」


 言葉は呪文となって世界を染め上げた。

 曖昧な形が変容していく。


「それとも、異獣か」


 仮面の下に存在していたのは、捩れた肉塊と無数の生物を組み合わせた異形。

 真性異獣、狂怖ホラーの姿。

 嫌悪感を抱かせる悪夢の具現。

 その最前列に立つ『鵺』は、頭は猿、手足は虎、身体は狸、尾は蛇という姿で、夥しい量の異界の呪文を全身に纏っていた。漢字と思われるそれらがシナモリアキラとしての性質を強化して、怪物としての形を際立たせる。


「我ら『悪疫』の血統は壁の中に押し込められた忌民ネヴァドゥン。槍の少年に始祖が討たれたのちはブレイスヴァの滅びに縋り、ただ静かに終わることを願い続けてきた――しかし、事情が変わった」


 瞳の中の虚無に、プーハニアは言葉を失う。

 奈落の底にある汚泥を掬ってもここまでどす黒くはならないであろうという、絶対的な暗黒。一切の安寧が奪われた苦痛の沼に使っている者の目だ。


「激化する天地の争い――そして、遂に現れた概念的『悪』としての異獣。形而上の恐怖と嫌悪が物理世界に落とした影。ある『邪視まなざし』の結果として出現する終末の獣たち――ある日、我々は自らの姿がそれに変化しつつあるのを悟った。その変化は止まることが無く、身内のみで処理することも難しくなってきた」


 何を言っているのか、全く分からない。

 想像を絶する、なにか巨大な問題が進行していること。

 漠然としたイメージが膨らむばかりで、具体的な思考が働かない。

 考えたこともない、それはつまり、自分とどう関わりがあるのだ?


「槍の少年に連なる僧兵たちは正義を掲げて我らを管理した。その数は減り続け、幾つかの『壁の中』からは誰もいなくなったと聞く」


 正義。正義と言ったか。

 プーハニアには『上』のことはわからない。

 だが、ひどくおぞましい気配だけはわかる。

 これ以上聞きたくない。


「だからこそ、『俺』が立ち上がった。変化は不可逆だ。ならばせめて、概念的な絶対悪の根源、大魔将イェレイドを討つことで同胞たちへの手向けとする」


 それは、自殺ではないのか。

 問うと、肯定が返ってくる。


「そうだ。俺たちは自ら滅び、ブレイスヴァの下へ向かうのだ。正義が定めた悪性を、俺たちの手で打ち倒す。そうすることで奴らの正義と価値を根底から砕く」


 『鵺』の瞳に炎が灯る。


 激しく燃えるその意思が、じりじりとブルドッグの巨体を退かせていった。

 それは強大な力に対する恐怖ではない。

 高潔な決意に対する、圧倒的な畏怖だった。


「魔将の邪悪を、守護の九槍の正義を、強大な英雄を凌駕したシナモリアキラという純粋な暴力こそ、この俺に相応しい。全ての価値を破壊し、否定し、超越する。俗な正義や悪などどうでもいい。理不尽な力こそが正義だ。俺はそれを振るって英雄になる。力の傲慢そのものに、俺はなる」


 鷲掴みにされた腕。

 腕力では勝っていたはずのプーハニアが手も脚も出ない。

 もはや逃げることもかなわず、圧倒的な意思力によって投げ飛ばされた。

 闇が裂け、誰もいない病院の廊下に叩きつけられていた。

 異形と化した『鵺』が叫ぶ。


「『マレブランケ』、全ての『シナモリアキラ』、そして『三叉槍の魔女』――そのことごとくを凌駕して、俺は完全なる紀人となり悪と正義を根絶する」


 今や男は完全なる異獣と化していた。

 異獣でありながら異獣を敵と定め、その根源を滅ぼす為に戦う英雄。

 異形の精神が狂気となって男を蝕み、強大な意思力を飲み込もうとする。

 苦痛に呻きながら、それでも必死に自我を保とうとする『鵺』。

 負けそうになりながらも立ち上がり、最後には己と敵に打ち勝つその姿に、プーハニアはかつて夢で憧れた英雄の姿を見た。


「俺は、過去の俺を超えていく――!! 使います、ピトス博士。あなたに貰ったこの力! 『創造』せよ、四十四番『ネクロゾーン』!!」


 光の粒子が収束していくと、男の腰に牙や爪などの意匠が盛り込まれた禍々しい革のベルトが装着された。前のホルダー部分に端末を差し込むと、まばゆい閃光を放ちながら機械音声が流れだす。『鵺』は力強く叫んだ。


「超・越!!」


 それは一瞬のことだった。

 異形の怪物が光に包まれたかと思うと、漆黒の霧が集い人の輪郭へと押し込めていく。まるで怪物を拘束具の中に封じ込めるかのような過程。

 『鵺』は苦痛に呻く。肉が引き締まり、骨を圧迫され、血が止まり、内臓が収縮して全身が砕かれていく。激痛の中で巨大な怪物は変形していく。

 光が消えたあと、そこに立っていたのは霊長類型のシルエット。

 『鵺』という異界の怪物の特徴を随所に持ちながらも、生物的なスーツを身に纏った人と異形の狭間に立つ存在。


「いくぞ『火車』の怪人ども。お前たちの正義と悪、まとめて砕く!」


 変身を果たした『鵺』の宣告でプーハニアは気付く。

 自分がいつの間にか異形の怪物になっていることに。

 身体の自由がきかない。勝手に動き、人形のように操られるがまま。


 いつの間に。いつからだ?

 横に並ぶのは首無しの死体。蠍尾マラコーダ銃士カルカブリーナという同僚たちが同じような異形となって『鵺』に襲いかかる。

 プーハニアは、耳の奥で響く声を聞いた。


 ――お前が俺を求めたんだろ? 『マレブランケ』は俺だ。どこにいようと、自在に手足として扱える。なあ、狆くしゃカニャッツォ


 そうだ、仮面の男に勝利した時。

 プーハニアは全能感に包まれ、力を肯定した。

 『火車』は欲望を肯定する。ゆえに両者はひとつとなった。

 プーハニアは自ら『火車』を受け入れたのだ。


 プーハニアとしての意識が抵抗する。

 違う、自分は怪物ではないと。

 だが全ては無駄。

 『火車』というシナモリアキラは最も紀人アキラに近い存在だ。一度でもその影響下に置かれれば抜け出すのは容易い事ではない。

 

 ――そいつは俺の天敵で、俺がそいつの天敵だ。『鵺』は殺す。お前たちで排除しろ。怪人集団『マレブランケ』の諸君。悪としての立ち位置を忘れるなよ。


 奇声を上げながら飛びかかっていくプーハニアたち。

 迎え撃つ『鵺』は異形のまま自らの中の爆弾を押さえ込みつつ戦う。

 最強最悪のシナモリアキラ『火車』を打倒し、その裏で全ての邪悪を統べる大魔将イェレイドをその拳で砕くために。

 その戦いの終わりは見えず、果てること無く続いていく。

 



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