4-135 オルヴァ王と十二人のシナモリアキラ①


 混乱の続く第五階層。

 ラフディ崩壊後、情勢は悪化の一途を辿っていた。

 真竜王アルト・イヴニルと狂王子ヴァージルの激突は日ごとに激しくなり、終息する気配を見せない。不死の軍勢同士の戦いには果てが無く、朝となく夜となく断末魔の悲鳴と再生の産声が上がり続けているさまはさながら奈落の底。


 再生者たちの狂乱するさまは生者たちに恐怖と忌避感を抱かせ、それを呼び水にして『狂怖ホラー』と呼ばれる異形の怪物たちが地の底から這い出してくる。このような異獣の被害が各地でひっきりなしに上がっており、住民たちが結成した自警団や『反政府勢力』がその対処に当たるという事態となっていた。


 ――そう、ガロアンディアンに抵抗する『反政府勢力』。


 指名手配されている首謀者の名は、トリシューラ。

 その他、幹部集団マレブランケとシナモリアキラの名もしっかりと並んでいる。

 とはいえ組織としての屋台骨は揺らいで瓦解寸前だ。

 トリシューラの補佐を務める蠍尾マラコーダこそ健在だが、情報・呪術戦担当の中傷者ファルファレロは敵地に潜入したまま消息を断ち、銃士カルカブリーナは重傷でしばらく戦線復帰は不可能、道化アルレッキーノはボイコットを決め込んでいる。


 こちらの最大戦力の一人である牙猪チリアットは記憶喪失になってしまった隻眼の男(名前は失われている)を付きっきりで看病しているし、狆くしゃカニャッツォは昨今の男性性を増大させる風潮の影響を受けて看護師へのセクハラで謹慎処分を受けるという不祥事まで起こしている。頭の痛い話だが、組織が大きくなってくると自然とこういうことも覚悟しなければならないのだった。


 アルマはあれ以来行方不明で、ゼドもあれだけ沢山いた探索者たちを連れてどこかに雲隠れしてしまった。遠くドラトリアで大規模な時空震が起きたと聞いているが、リールエルバ救出に向かったカーティスから続報は無いまま。


 そんな中、レオの存在は避難してきた住民たちの心の支えであり、今の俺たちに無くてはならない精神的な支柱だった。記憶喪失ということで共感を覚えているのか、名無しの男を励ましたりもしてくれている。護衛のカーインも呪術医としての役割を求められて応えたりしている様子だ。


 以前、草の民にやったようにカーインの瘴気で敵軍を病に感染させることはできないかと相談したが、再生者や人形には効き目が薄いか皆無らしい。

 そうでなくても、近代以降の軍隊は対吸血鬼との戦闘を想定して瘴気対策をしているとのことだった。そもそも奴が吸血鬼だったということが初耳だったのだが、カーインは何故か肯定も否定もせず「まあそんなようなものだ」と言葉を濁した。

 『下』は多種族他人種の共生社会だと聞くし、混血とかなのかもしれない。


 ともあれ、俺たちの陣営は辛うじて命脈を繋いでいるといった状況だった。

 敵との戦力差は考えるのもうんざりするほど。

 人形師団、竜王国軍、ラフディ残党、ティリビナ人コミュニティ、その他様々な勢力を取り込んで拡大中のガロアンディアンの総兵力は三万に届くと推定されている一方、反政府勢力の総兵力は――。


「戦闘用ドローン五千機、純戦闘スタッフ二百人――これでも『最大効率で運用できた場合』って但し書きが付く。ちなみに表向きはこの倍の数を喧伝してるよ」


 会議室の長卓上に浮かぶ第五階層のミニチュア幻像を睨み付けながら、トリシューラが面白くもなさそうに言った。

 彼女の心情を想像すれば当然の態度と言えた。いままでは第五階層の機械女王と名乗ることができていたのに、一夜にして『ガロアンディアン』という名前を王権の正統性ごと乗っ取られてしまったのだから。

 敗走のあと、俺たちは第五階層をひたすら南下した。

 第五階層南部ブロックにある呪術医院は有事の際に自給自足で設備を維持できるように作られている。エネルギーや水、食糧などの用意があり、ある程度の期間までなら籠城が可能なこの場所は拠点とするには丁度良かった。


「巡槍艦は階層の狭間を自動航行中。今は自己修復モードだけど、いざとなったらあっちに引きこもるって手もあるかな」


「ここにいる怪我人や避難民を置いて? そもそも、その間に第五階層を完全に占拠されたらやばいんじゃないのか」


 問いかけると、トリシューラは「そうなんだよねー」と眉尻を下げて困ったような顔をしてみせた。彼女があえてこういう顔をするということは、俺に『困っている』を伝えたいということだ。


「散発的な人形兵団の襲撃は乱髪スカルミリオーネのおかげでどうにかなってるけど、このままじゃジリ貧だからどうにかしないといけないんだけど――」


 トリシューラでもこの状況は手詰まりなのだろうか。

 確かに戦力差は圧倒的だ。

 第五階層北部を支配するアルト・イヴニルの真竜王国は圧倒的な勢いで勢力を拡大中で、ヴァージルの亡霊兵団はその全容すら明らかになっていない。おまけにイアテム率いる『眠れる三頭』はヴァージルと組んで階層中央を完全に抑えている。


 だが悪い情報ばかりというわけでもない。

 乱髪スカルミリオーネことルバーブの加入により、俺たちの戦力は劇的に強化された。彼は非戦闘員たちの『創造力』を利用するために徴兵を強行。これには反発もあり一悶着あったのだが、あくまでも臨時、そして工兵として要塞の建築に従事するという条件付きであったため、住民の協力を取り付けることができた。要塞が完成すれば中にいる全員の生存率が向上するからだ。


 『創造クラフト』による突貫工事で完成した一夜城壁は星形要塞とでも呼ぶべきものだった。星というには棘が多すぎてまるでウニかラフディーボールかといった風情だったが、とにかく呪術医院を取り巻くようにして作られたこのラフディ式要塞は呪術に対する防御力が高く、また攻め込んで来た敵軍を突起の尖端部からの十字砲火で挟撃するという戦法がとれたので、非常に堅牢だった。


 火砲があまり発達していないゼオーティアの戦場で最も危険なのは邪視と呪文である。大人数による同時詠唱でオルガンローデを撃ち込まれることは避けたいし、望遠鏡を利用した邪視狙撃の威力を減衰させるための護符は必須だ。


 事前に察知して妨害呪文を唱えることのできる監視網、そして邪視を防ぐ天眼石の護符、そして邪視避けに適している棘のような先端部|稜堡《りょうほというらしい》などを組み込んだ呪的要塞は、『要塞は堅牢である』というイメージから大規模な『聖域』となって内部を守護していた。


 破損した箇所はマニュアル化された『創造』で修復できる上、数少ない戦闘要員を指揮するルバーブの将としての能力は素晴らしく、『杖』によって近代化されたトリシューラの部隊を十全に運用して幾度も敵軍の侵攻を押し留めてきた。

 少ないとはいえトリシューラの戦力も十分に強力だ。不可視化された高電圧鉄条網、シェルター、浮遊機雷、戦闘ドローンによる監視警戒網、そして辛うじて残っていた杖型オルガンローデ一機と守りという点では申し分無い。


 ルバーブが蓄積してきた戦争のノウハウと経験から生まれる勘。それらをトリシューラと共有し、分析することで『サイバーカラテ道場』へとフィードバックし、戦争行為を高度にモジュール化することが可能となった。ルバーブを中心として有機的な連携を行う精鋭部隊は今のところ負け知らずであり、真竜王国が本格的な攻勢をかけてきていないことを考えても素晴らしい戦果と言えた。


「問題は、アルトとヴァージルがどう動くか、だな」


「それだよね。あのとき、ヴァージルは私たちを見逃した。アルトがすぐ近くに迫っていたっていうのもあるだろうけど、何かの狙いがあると見るべきだろうね」


 すぐに考えられるのは二つ。

 一つは、動きが読めないパーンの動きを制限するため。

 彼はクロウサー家に拘っており、現在俺たちと協力しているリーナ・ゾラ・クロウサーと勝負をするということになっていた。彼女との決着がつくまで戦場に介入しないのであれば、しばらくパーンの注意を俺たちの方に向けさせておいた方がいいという計算をヴァージルがした可能性もある。


「もう一つは、ワルシューラみたいに私をいつでも汚染する自信がある場合。ヴァージルほどの言語魔術師なら、私の防壁を突破して支配下に置くことも――」


 そこまで言って、嫌な想像を振り払うように黙り込んで首を振る。

 

「悔しいけど、今はそれを考えても仕方無い。防壁を強化しておくことにするよ。あとはアルトとヴァージルがつぶし合ってくれれば言うこと無いんだけど」


 せめてコルセスカがいればもう少し何とかなったのかもしれないが、無い物ねだりをしても仕方が無い。捕らわれたコルセスカはヴァージルとイアテムの根城、巨大な陽根の中だ。存在そのものが護符として機能するあの下品な塔はそのばかげた外見からは想像もつかないほど合理的な呪術要塞であり、おまけにイアテムの浄界によって半ば異界と化している。侵入は困難を極めるだろう。

 

「籠城を続けていれば希望はある。クロウサー家からの物資補給はもうすぐだって話だったよな?」


「うん。パーンとの箒レース対決にかこつけて、物資の運送会社と私兵部隊が来てくれることになってる。他にもクロウサー家関連の民間警備会社五社と、医療系の人道支援団体が――」


「待った、それ槍神教の病院修道会絡みじゃないよな」


 キロンのことを思い出しながら問いかける。

 トリシューラは首を振って答えた。


「ううん。槍神教の息がかかってない団体を探すのは骨が折れたけど、クロウサー家がなんとかしてくれたよ」


「なら、よかった」


 クロウサー家はアルト・イヴニルから反政府勢力と名指しされている俺たちを支援すると公言しており、マスメディアに介入することで圧政を敷く独裁者に正義の戦いを挑むトリシューラ、というような宣伝を行ってくれているようだった。


 この状況、最悪の展開は『下』の勢力がアルトかヴァージルあたりを支援して、この第五階層が『上』と『下』の代理戦争の舞台となってしまうことだ。

 クロウサー家の支援を受けるということはそういうリスクも背負うということで、その点を理解していないトリシューラではないはずだが――。


「地獄の二大勢力の片方であるセレクティ派は協定があるから動かないはず。セレクティはあくまでもセスカとの対決に拘ってる。世界槍のゲームマスターとプレイヤー、火竜を巡る転生者の因縁。それに、『ベアトリーチェ』って人格はこういう泥沼の戦場を更に泥沼化させるような行動はとらない気がするよ」


 なるほど。予断は禁物だが、トリシューラの判断はそれなりに納得できる。


「それからもう片方のレストロオセ派も今はそれどころじゃなくて身動きが取れない――っていうかそもそも統制が取れていないはずなんだ。でもだからこそ必ずしも安全ってわけじゃなくて」


 奇妙な言い回しだった。


「政変でも起きてそれぞれが勝手に動いてるのか?」


「そんな感じ。情報統制されてるけど、半年くらい前にジャッフハリム最高評議会議長レストロオセが何らかの謀略を仕掛けられたって情報は掴んでる。それから、同時期に数名の評議員が辞職してることや、呪的財産としての『王族』たちが次々と病死、唯一の生き残りが誘拐されたことも」


 思わず目を丸くしてしまう。

 トリシューラはこういう情報をどこから入手してきているのだろう。

 やはり――『下』に情報源がいるのだろうか。


「おいおい、なんか色々新情報出てきたな」


「ほんとはとっくに掴んでたんだけどね。状況が動いたらその都度知らせればいいかなと思ってたんだけど、そうも言ってられなくなった」


「つまり、動いた?」


「うん。これを見て」


 卓上の立体幻像が切り替わる。

 第五階層の俯瞰図から、西ブロックのある地点にフォーカスしていく。

 そこに、巨大な流線形の鋼鉄が突き刺さっていた。


「なんだこれ、巡槍艦に似てるけど――」


「今からおよそ345,600秒――つまり四日前だけど――『墓標船』が不時着したの。異世界からの漂着物って言えばわかる?」


 トリシューラの問いかけに、頷いて答える。


「ああ。なるほど、転生事故か。ゼオーティアの周辺は時空情報流が乱れてるから漂着しやすいとか何とか」


「その通り。この世界でのイメージが『墓標のような船』という漠然とした形をとらせているんだけど、純粋な異界の情報の塊だよ。それも、幾つかの特徴から推測するとアキラくんの故郷由来である可能性が高い」


 少し驚いた。それはどのくらいの確率なのだろう。

 いや――俺以外に同郷の転生者が既に訪れていてもおかしくはない。

 これは転移だが、ゾーイという前例もあることだし。


「私は即座に調査のためにドローン部隊を向かわせたけど、半数が破壊され、回収できた情報には限りがあった。そのかわり最悪なニュースを持ち帰ることができたわけなんだけど」


 破壊された、と聞けばその悪い知らせが何なのかはおおよそ想像がつこうというものだ。大方、アルトかヴァージルが墓標船を独占しようと兵を送ってきたのだろう。本人が直接やって来たということも考えられる。

 ところが、トリシューラは想像もしなかった事を言い出した。


「妨害されたの。アキラくんにね」


 緑色の瞳。

 まっすぐとこちらを見据えていた。

 首を傾げる。トリシューラが今も培養し続けているクローン細胞と分子機械群などのマイクロマシンを組み合わせた生体機械の身体は完璧に俺のアストラル体と同期しており、彼女に違和感を感じさせる要因など何も無いはずだ。

 では、トリシューラの視線の意味は何なのだろう?


「異獣を呼び寄せる虐殺者シナモリアキラという悪名は高まりを見せている。魔将、守護の九槍、四英雄、異世界力士、そして地竜まで打倒した武名もね。それこそ名前が一人歩きするくらいには」


「サイバーカラテランキング、かなり変動しているらしいな。何でも、『俺』は称号扱いで、最強のサイバーカラテユーザーを目指す奴らが『シナモリアキラ』を自称しているとか。負けたら名前剥奪なんだっけ?」


 道場の看板を懸けた勝負――というのと少し似ている。

 名誉、尊厳、社会的な生命。

 つまりは形の無いものを巡る戦いだ。


「そいつらがより『俺』に近い異界の情報を求めて墓標船に殺到したと? 」


「うん。そして、彼らはそれぞれに成果を持ち帰った。大まかに十二分割されて第五階層の各地に拡散されているみたい。さいわい各地の監視網が何人かの『自称シナモリアキラ』たちの動向を捕捉できたから、現在追跡中だよ」


 早い話が、『シナモリアキラ』たちによる『本物としての確信』と『異界の情報』の奪い合いになっているらしい。サイバーカラテ道場はランカー同士の切磋琢磨を推奨しているから、これは非常に良いことだ。何しろ話がシンプルになる。


「要するに、いつもみたいに最後に俺が勝てば丸く収まるってことだな。それで? 最初に殴りに行くのはどいつなんだ? 目星はついてるんだろ?」


「うーん、そうだね」


 院内ということで白衣を着ていたトリシューラは懐から拳銃を取り出すと、そのまま無造作に発砲した。頭蓋を撃ち抜かれて倒れる俺の肉体。


「容赦ねえな。流石だよトリシューラ」


「気安く呼ばないでくれる?」


 ふわりと浮かび上がりながら、少しだけ傷付いた表情を作る。

 今の俺は剥き出しの心。繊細なのだ。もう少し言葉には気をつけて欲しい。

 半透明の霊体となった俺は、物理的肉体から抜け出して会議室の中をゆらり、ゆらりと漂っていた。トリシューラは銃口をこちらに向けるが、俺にとっては大した痛手にはなり得ない。むしろ視界をうろちょろするちびシューラからの呪的侵入の方が厄介だが――。


「効かねえよ。ナチュラルボーンの幻脳だぞ俺は。アストラル界の攻防なんぞ感覚でこなせる。お前と同レベルで、だ」


 ちびシューラをはたき落として笑みを形作る。実体としてのトリシューラは無表情のまま落ち着き払っている。おそらくこういった事態に備えて彼女は色々と俺に隠し事をしていたのだろう。俺が知らない切り札も幾つか隠し持っているはずだ。


「いいね。そういうお前だからこそ屈伏させる甲斐がある」


狆くしゃカニャッツォといい、ミヒトネッセとイアテムに毒されちゃって」


 平坦な声の中に隠しきれない苛立ちが混じる。

 いや、混ぜているのか。こちらに敵意が伝わるように。


「否定してくれるなよ。欲望は生物としての正常な本能なんだから」


「アキラくんはそんなこと言わない」


 きっぱりと――そして即座にトリシューラは否定した。

 苛立ちを感じる。

 激情のまま、霊体が感情を伝播させていった。


「お前に俺の何が分かる?」


「だっさい台詞」


 軽蔑の視線。トリシューラ。お前のその目が、たまらなく屈辱で苛ついて――だから押し倒して穢して滅茶苦茶にぶっ壊してやりたくなる。こいつが泣き喚いて俺に赦してと懇願する姿を見たらどんなに気持ちが良いだろう。力関係を反転させて、力尽くで従属させてやったらどんな顔を見せるのだろうか。

 ああ、本当に――。


「黙れよ。お前はこの数ヶ月、俺の信頼に甘え、抑圧し、従属を強いて、犬の如き屈辱を味わわせてくれた。俺は去勢されたんだ。お前は本当の意味で俺がどういった人格なのか、少しでも考えて配慮したことはあるのか?」


「それを赦せるのがアキラくんなの。『E-E』の制御下にない暴走したアストラル体なんて、もうアキラくんじゃないよ」


「精神、感情、心――魂こそが『俺』だろうが。今ここにいる俺を否定するのか」


「『杖』の紀人としては失格だね。他の自称シナモリアキラも同じ。偽物にすらなれてないんだよ、貴方たちは。出直してきて」


 トリシューラが何かを投擲する。いつの間にか指と指のあいだに挟んでいた真紅の針。あれはやばい。消滅の予感を覚えて緊急回避。宙を泳ぐ感覚はここ数日で慣れていた。『俺』の活性化以来、最速の飛行で針を躱してみせる。

 続けて、用意していた奥の手を使う。


「俺は自由だ! 欲望も暴力も、シナモリアキラは全てを肯定する。虐殺者という在り方は正しい。サイバーカラテとは暴力。命とは大量浪費と大量死を繰り返す安上がりな消費財だ!」


 会議室の扉を突き破って、複数の人体が乱入してくる。

 総勢六人。全て俺が同時に支配する『俺自身』だ。

 素材は霊安室から拝借した状態の良い遺体。『俺』が入り込むことで半ば狂怖ホラー化した人体は頭部が捩れていたり奇怪な花や菌類、無機物や生物などが融け合った不気味な外見をしていた。


 大魔将イェレイドと接触したことで獲得した『俺』という存在の特性。

 恐らく他の『自称シナモリアキラ』どもの中にも各勢力の影響下に置かれている奴らがいるのだろう。俺の本質が露見しなければこの勢力を狂怖の影響下に置くこともできただろうが――まあ失敗したものは仕方無い。

 トリシューラは冷静に俺の身体へと射撃を行い、状況を分析している。


「死体使い。なら――対象識別コード付与。これより標的名を『火車かしゃ』と定め、以後この名称での認識を徹底、宣名への対抗呪文とする」


「あー、何だっけそれ。妖怪? 日本人だから? それとも零落した神格としての妖怪解釈ってやつ? 本物には劣ると。おいわかってんのかトリシューラ、そりゃ悪手だ。お前が『シナモリアキラ』に見出した有用性は何だった?」


「違うよ。妖怪退治するだけ。悪者だからやっつけるの」


 子供の世界観かよ。あえて単純にしているのかは謎だが、トリシューラの思惑がわからずイライラする。問い質したかったが、時間切れだ。

 トリシューラの危機を察知したのか、マレブランケの連中が即座に駆けつけてくる。まあいい、霊安室から盗み出した遺体はこいつらだけではない。別働隊が脱出経路を確保している。俺を捕らえることはできない。


 窓を透過して幾重にも張り巡らせてある防壁を強引に突破していく。

 警報が鳴り響く中を飛翔して、ちびシューラの追跡、マレブランケの妨害を振り切って外へ。幸い今の第五階層は死体の確保に事欠かない。恐怖と憎悪、排除と差別といった俺の力になる全ての感情にも溢れている。


 『死にたくない』『誰かを守りたい』『今の生活が大切』――。

 ありふれた幸福を求める普通の感性こそが俺を強くする。

 平穏な日常を脅かす敵――それを排除するための力。

 異界の力を用いて異界を退ける。それが今求められている『俺』のはずだ。

 勝てる。必ず俺こそが本物になれるという確信があった。

 他の雑魚どもを駆逐し、俺こそが最後に生き残るシナモリアキラとなる。


 今から、その光景が楽しみでならなかった。

 戦場の空を飛翔しながら、俺は高らかに哄笑を響かせる。

 眼下には、大量の死があった。

 こんにちは俺の世界。

 それではシナモリアキラの物語を始めよう。

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